20 * 混乱の最中の出会い
擬似レジン、螺鈿もどき、白土にリザードの鱗、手当たり次第に魔物素材を使ったアクセサリーパーツを作り続けて十日目だった。
私とキリアに流石に疲れが溜まり、昨日は急遽休みをもらって体調を整え迎えた朝。冬の名残が感じられる冷たい空気が頬を撫でる晴天だった。
研修棟兼夜間販売所の入る建物ではフィンが指揮をとってマイケルに魔法付与してもらったものをアクセサリーに仕上げてもらうために早朝からすでに十人以上の人が働いてくれていた。
アクセサリーと言っても手間を限りなく省くために革紐で巻きそれをネックレスとブレスレットにするだけ。留め具を付ける工程やパーツに穴を開ける手間を省くことで作れるものは限られているから仕方ない。
それでも慣れない体制と制作工程にも関わらずみんなが頑張っている姿を見るとこちらも勇気づけられる。
現在ローツさんに経営を任せ、《レースのフィン》が長期休業期間に入ったタイミングで、内職さん副業さんたちには今まで通り作ってもらいそれらを買い取ることは継続するけれど、主力の編み手や店員さんたちには全員今回の制作に回ってもらう判断を下したローツさんの統制能力には本当に感謝と感心しかない。私が言い出したことを、それを叶えるために動いてくれている。
その一つに、バミス法国の大枢機卿であるアベルさんに個人的に相談を持ち掛け彼が駆けつけてくれたときにローツさんが提案したのは、一般配布する大量の魔法付与されたものとグレイとハルトが持つものはマイケルが魔法付与するので、それ以外のものへの付与をしてもらおう、ということだった。
「あったほうがいいぞ。例えば最前線に出てくるトップクラスの冒険者や騎士団用に。グレイセル様とハルトが集中出来るように周辺は落ち着いてもらわないとならない。少しでも効果の高い付与品を彼らに持たせるだけでも心持ちも変わるはずだ。それと、フォンロン国への献上品としてグレイセル様に持たせるものにするといい、こちらの提案や希望を通すのに必ず役に立つ」
ということ。そこまで考えられたのはさすが騎士団参謀長候補として名前が出ていただけのことはあるよね。そして、魔物素材の糸に魔法付与し、それでククマット編みのブレスレットの量産を提案したのもローツさん。
「アベル殿たちハーフなら、魔法付与のための魔法操作や成功確率も高い者たちが多いだろう? その能力を貸してもらいたい。スパイダー系、ホース系の鬣など、出来るだけ集めるつもりだ。それにジュリの特性でもある防御系、補助系に絞って付与できたものをうちの従業員たちのなかでも恩恵が強く出ている、編む速さに特化した恩恵持ち達に量産させる。軽微、小クラスの付与が出来る二人の量産パーツと並行して作らせればかなりの数の確保が見込めると思っている。それと防御と補助系に絞るのは今後ジュリの作るものに攻撃系のものが付与できると勘違いされるのを防ぐためと、ある程度統一されていたほうがもらう側の不平不満も出にくいだろう」
そんなローツさんの提案で今は 《レースのフィン》関連の人たちは二手に別れ、デリアが率いる組は通常通り来季の為のレースはもちろん新規テザインや企画提案などを引き受けて貰い、ナオとメルサが付与された魔物素材を使ったククマット編みブレスレットの量産を引き受けてくれた。
「はっはっはっ!! ククマット編み久しぶりだねぇ、ちょっと腕が鈍っちまったかもね!!」
とかいいながらナオとメルサが尋常でない速さでブレスレットを作っているらしい。その手元を見ていると目がおかしくなるとかなんとか。
「何とかするよ、あの二人なら」
と、テキトー極まりない事を言ってレースを編む速さが尋常ではないデリアがどさくさに紛れて付与された糸をちょろまかし、不気味な笑い声と共に『誰に売ろうか? オークションに出すのもアリ、だね』とか言ってるらしい。
「な? 大丈夫だろ?」
何がどう大丈夫なのかわからないけれど、ローツさんの言うとおり、彼女たちがあの様子ならこっちはもう不干渉でも問題ないことはわかっているので任せることにした。
ちなみに、この機に彼女たちの編んでいる所を見学しコツを得ようと意気揚々としていたアベルさんが連れてきた付与の得意な女性魔導師さん数名と共に彼女たちの作業を実際に見て声が揃ったそう。
「「「……恩恵ないと、無理ですね」」」
と。
だね、恩恵ないとあの速さ無理だからね。
そして魔法付与をしてくれるバミス法国の偉い人たちはとんでもない速さで編む従業員たちからの『編み終わったよ、次の付与まだ?』という圧に度々耐えながら、リンファ印の味に全く考慮されていない魔力回復ポーションを何本も飲みながら付与し続けて……。
泣きそうになっていた人や悶絶していた人がいたことは、見なかったことに。
ククマットはこんな感じでうちのお店中心に今は『覇王』対策のために浮き足立っている。何となく不安と興奮が入り混じった奇妙な空気がそこかしこに流れていて、私も今まで感じたことのないこの雰囲気には慣れない。
馴染みの職人さんたちもそんな空気に飲まれ、出来ることがあれば何でも言ってくれといつもと違う高揚した様子の人たちが増えてしまっていた。
「ならば今まで通りククマットで、いつも通りものつくりをしてくれ。停滞させないでくれ、それが私の望みだ」
領主であるグレイがそれだけ言った。
止めるわけには行かないものが増えたから、ね。
螺鈿もどき細工、万華鏡、ノーマ・シリーズ、透かし彫り、そして品質が飛躍的に向上したガラス製品。新築、増築された工房が増え続け、見習い職人さんたちも少しずつ増えているククマット。今ここで止まってしまったらそれを元に戻すのは大変だと誰よりも理解しているのはグレイ。
「まだまだ、成長途中だ。悪く言えば半端なんだよ、ククマットというこの土地は。ある程度自力で一定期間まとまって動けるだけの基盤がまだ出来ていないんだ、止めてしまったら、そこからまた変わりなく進められるという保証がまだこの地にはない」
「そうだね、まだ、途中だね……止めるわけには、いかないよね」
私とグレイが目指すものは、一年後、五年後どころではなくもっと先の未来にも残るようにと考えている。
だから止まるわけにはいかない。
たとえ『覇王』という脅威に立ち向かい、そのすぐ先に何が待ち受けているのか分からないとしても。
グレイのこの判断が、この浮き足立つ空気を抑え込んでくれている。
混乱することもなく、いつも通りゆえに、この地を訪れる人々の『覇王』への未知なる恐怖と不安がほんの少し薄れてくれているようにも見える。
「頑張らないとね」
そんな光景を見て、自然と口から溢れた言葉だった。
さあ今日も頑張るぞーと気合十分で屋敷を出て、店に到着した私とグレイはそのざわめきに顔を見合わせた。
「何かあったかな」
「……誰だ? この、気配」
「え、グレイの知らない人?」
「ああ、だが、似てる……」
「誰に?」
そんな会話をして裏口の扉を開けようとした瞬間。
「アストハルア公爵、か?」
「ん?! 公爵様今回は来る暇ないって言ってたよね?!」
「いや、これは公爵本人じゃなく……身内、か」
「そ、そんなにそっくりなの?」
「ああ」
ふと、グレイが口をつぐみ目を細めた。
「まさか、な」
「何が?」
「このタイミングで、彼を送り込んできたのか……?」
「え、誰よ」
微妙に怖いこと言ってる気がするけど。
おお。
なんと。
これはこれは。
ほほう。
と、口に出して言ってたら、キリアに口を塞がれた。
ロディム・アストハルア。
公爵様の息子で、次期公爵で、グレイの妹シャーメインことシイちゃんの婚約者 (仮)。
いた。
公爵を若くした、こういう顔してたんだな、と確信するくらいよく似た顔した青年がいた。ちょっと神経質そうな、インテリ系イケメン。黒髪なのがちょっと親近感湧く。
いやぁ、あの公爵の息子なのでね、流石ですよ。淡々とした口調でそりゃもうびっくりするくらい品行方正な態度、おまえ本当に十九歳かよ? とツッコミ入れたくなる堂々たる立ち姿で。
おおー、いい男だぁ。神経質そうなインテリ系イケメン。何回でもそこは言う。
「「「「いけめん?」」」」
あ、ごめん、彼とお付の人たちが首をかしげてしまった。
「聞き流して頂いて結構、異世界用語です」
グレイが私に代わって返答するも、彼らは私のこの態度に戸惑っている様子。
あ、そうか。
名乗ってないや!
「あんたのそういうとこ! グレイセル様そこは怒る!!」
キリアがうちの店では一番常識人かも。
「ジュリ・シマダでーす。公爵様にはお世話になってまーす」
フレンドリーにと思って言ったのにキリアに睨まれた。ブツブツ文句を言われてるけど無視。
「先行しこちらに送り出された素材の護衛を兼ね途中合流とはなりましたがこうして馳せ参じました」
アストハルア公爵様から持たされたという手紙を差し出しながら私にそう言った彼が緊張しているのは、グレイのせいだよなぁ……。
突然降って湧いたような、シイちゃんの恋のお相手。
妹が可愛くて仕方ないグレイがさっきから品定めをしてるんですよ、明らかに、『私の妹に相応しいんだろうな?』みたいな目をしてるんですよ。
「グレイ、ちょっとウザい、お外に出ようか?」
……。
よし、目を伏せました。彼もお付きの人たちもホッとしました。
で。
手紙を開き、見て、グレイが目を閉じている間に戻した。
公爵様、いくら息子とはいえ、これはないんじゃなかろうか。
『息子はそれなりに役に立つ。こき使ってくれ』
あのさぁ、この相変わらず一切の無駄のない文章は読みやすくで端的で分かりやすくていいんだけど、息子をこき使っていいって、言われてもねぇ。
「……できる限りの、協力をしてくれるって事でいいのかな? 次期公爵の君をここに送り込んできたってことは、君を通して公爵家の名前を使うことも許可する。そう、解釈するよ?」
グレイがパッと瞼を上げて私とロディム・アストハルアを交互に見やる。
「そう解釈していただいて構いません。それがアストハルア公爵、そして公爵家一門の総意とも。父は今王宮を纏め上げるのに全力を注いでいます。ベリアス家がご息女の消息不明から王宮には出向いておらず、その影響が少なからず出ているためフォンロンへの対応を宰相から要請されました。父の望む形でのフォンロンへの支援が現状進められぬ中、クノーマス侯爵家及びクノーマス伯爵、そしてジュリ・シマダ殿への支援に父の名代として私であれば介入しても周囲からの圧はもちろん大きな干渉もされることはないだろうとの判断です。一門は当然、今回穏健派トルファ侯爵家ほか、七家の伯爵家より各当主直筆の無償の物資と資金援助の申し出の親書、そしてサインさえいただければ直様施行可能な契約書も預かっています。クノーマス伯爵様、ご確認下さい」
分厚い高級な布に包まれていた八通の重厚な封筒を彼はグレイに向けて差し出した。グレイは軽く一礼してから受け取り、そしてゆっくり丁寧に封を切る。一枚一枚、テーブルに並べていく。
ローツさんが、グレイの後ろで息を飲むのがわかった。
中立派筆頭家の分家であるグレイセル・クノーマスの目の前に穏健派による、無償の資金と物資提供が約束されたアストハルア家含む各家の文書と誓約書が並ぶことはおそらく未だかつてない、前代未聞のことなんだと思う。
すべて同じ文言の同じ書式の魔法紙。
この統一されたものは公爵様が用意したものだと思う。
これが、アストハルア公爵。
最近覚えた名だたる旧家であり資金力のある貴族の中に出てきた穏健派の名前がここに、揃っている。
彼らをこうして一糸乱れず纏め上げる実力、権力、財力。それがアストハルア公爵家。そしてその強大な力をいとも簡単にこうして貸してくれる。
私の選択は、アストハルア公爵様に会ってみたいと行動した過去の私は、間違っていなかったという安堵が襲う。
そして、そんな私を察したかのように。
グレイが振り向いて眼でローツさんに何かを合図した。頷いたローツさんは移動して事務所から箱を持ってきて、それを私に渡してきた。
ああ、これは。あれだね。
クノーマス侯爵家に、自警団を含む人員提供と出来る限りの物資と資金の提供を約束するというツィーダム侯爵家と、その傘下の貴族数名の名前が連なる誓約書。遠く支援そのものが難しい立地ではあるが出来る限りの支援をすると書かれたマーベイン辺境伯爵家とルリアナ様の実家ハシェッド家の連名による支援申し出の文書。
そして。
「凄い……」
公爵様の息子ロディムは、口元を手で覆い呟いた。
レクシアント・クノーマス侯爵の文書。
―――クノーマス家傘下の家による最大限の支援を約束すること、この支援によって集まる全ての資金・物資およびそれらの利用に必要な権限をグレイセル・クノーマスに与える。ジュリ・シマダに無制限、無条件でそれらが提供されることを許可する。なお、さらなる他家の支援についても侯爵家は一切の干渉をせず、全てにおいて二人に一任するとともに、それにより交渉等で問題が発生した場合は侯爵家がその問題解決に対応する―――
ロディムの後ろでお付きの人が身震いした。
ここに、そろった。
穏健派、中立派の筆頭家三家のサイン。
同じ目的を持ったサイン。
「……やるよ」
その一言で、グレイもローツさんも、そしてキリアも理解してくれた。
ククマットの小さな店のテーブルに、クノーマス侯爵家、ツィーダム侯爵家、アストハルア公爵家の派閥を超えた共同支援体制が約束された誓約書が並んだことは、このベイフェルア国の建国以来史上初のこととなる。
後の世で、【厄災の『覇王』】という書物の出版を皮切りに次々と実話に基づいて出版される関連書物の中でも特に、歴史を研究する学者たちが必ず持っているとまで言われることになるククマット領内の事が書かれた書物にこのことが記載され、どのようにして各家がその決断に至ったのかという学者たちによる論争が長きに渡って続くことになる歴史的瞬間を、私達は知らずに迎えていた。




