20 * フォンロン国の人々、狼狽えるの続き。
前回の続きです。文字数多めです。
―――宰相:スジャル・イチトアの語り―――
ヤナと結婚して二人きり穏やかな休日を過ごすようになってしばらくしたころ、彼女から語られた『真実』に私は愕然とした。
「あれ、演技よ」
「そんな、馬鹿な」
「【鑑定】したもの。殿下は愚者を演じてるだけ」
国王陛下、ラディオネス・イゼンドール。陛下には三人の弟妹がいるが、長女の元王女はこの国の公爵家に降嫁しすでに身分は王族から除籍されている。二人の王弟殿下のうち、末のミライド殿下は真面目で性格も穏やかながら聡明なお方で魔法や魔法陣の研究施設の名誉所長も務める経歴華々しいお方だ。
一方で。
レイジン殿下と言えば。第二王子として誕生したものの、成長するにつれ到底王族とは思えぬ発言と素行で周囲を振り回す方だった。その認識はまたたく間に国中で、そして大陸の主だった権力者たちの共通認識になるほど。この国の有力者たちの大半が影で『税金喰い』や『空っぽ王子』とバカにする。
しかし、そのレイジン殿下の事をヤナは。
「切れ者よ、ナメてると痛い目をみるわね」
と。
私はその現実を受け入れられずしばらく困惑したのだが、ヤナの言うことが確かであると確信に至ったのは、慎重に秘密裏に神経をすり減らして調べてようやく真実を見ることが叶ったからだ。
「ヤナの言っていた事が分かったよ」
「でしょ?」
「……豪商並の資金調達力をいつの間にか得ていたとは」
「周りにいる奴らもね」
「あんな人材をどこから集めたのか」
王宮の外で自らが調達した資金で王家とは無関係な実に優秀な部下を抱えていることが分かった。
それからというもの、私はなぜ殿下が愚者のフリをするのか考えるようになったのだ。
そして現在。
「へ、い、かぁ。そんなに『良い案はないのか』って人に聞く前に自分の意見言ったらぁ?」
覇王の誕生が確定した事で大混乱する議会。話は何度となく宙に浮くばかりでまともな対策など出てこない。そんな中であの独特な空気無視の声色で発言したのがレイジン殿下だった。陛下は自分に対して今この場でそんな事を言われ不愉快だったのか、勢いよく席から立ち声を張り上げた。
「役立たずは黙っていろ!!」
その場がシン、と静まり返る。
「役立たずは、貴方だろう、陛下」
突然の変化に、誰もが理解が追いつかず目を白黒させた。
「良い案は無いかと問うばかり、皆が突然の事態に混乱するのは分かりきっていてその言葉。貴方が下の立場だったならそんな言葉を望みますか? まず貴方がすることは覇王についての過去の歴史なり伝承に精通している学者を呼び出すこと。情報機関、ギルドを駆使し各国への速やかなる情報伝達と開示、フォンロン王家の伝を全て使い可能な限りの資金調達、発生兆候の地点から直様国民を避難させるためその避難先確保、更には移動手段に当面の生活支援、それらすべてを統括運営する臨時の局の立ち上げ、最低でも本日中にこれらの指示を出さなければ。貴方が問うていては部下は動けません、貴方は国の最高指揮官です、さっさと指示を出しなさい」
流れるような、心地よい口調で、まるでその姿が常なる事と思わせる違和感のなさだった。
「なっ、お前っ、お前は」
「貴方は昔からそうだった」
レイジン殿下は表情の抜け落ちた顔で真っ直ぐに兄である陛下を見つめる。
「いざという時、決断出来ず責任を宰相や大臣に丸投げ、そのくせ自分に都合がいい事だと判断したものについてはなりふり構わず周囲のことなどお構い無しで勝手に話を進める悪いクセがある。それに慣れてしまって大事な場面で速やかに的確な指示を出せなくなっていて今も周りから都合のいい言葉を拾うのに必死になり自分で考えることを放棄している」
「何をっ、言う! お前にとやかくいわれる筋合いはない!!」
「では、さっさと指示を出して下さい。さあ、早く。一秒も無駄にしないで下さい、刻一刻とその時は近づいているんですよ、貴方の都合のいいように止まったり遅れたり待ってくれたりなんてしませんよ」
そのやり取りに、私とヤナ以外は完全に飲まれ呆然とするものばかりだった。
レイジン殿下を担ぎ上げ新王擁立などと持て囃し暗躍していた者たちさえ、この方の本性を誰一人見抜いてなどいなかったのだろう。
「僕が今まで議会を混乱させた数々の発言、あれを貴方は何処まで信じておられるのか分かりませんがあれらのお陰で反親王派が炙り出された時点で排除なり遠ざけなかったのは失態です。まして【彼方からの使い】の国有化、あれを真っ向から国王として否定してほしかった。それなのに。発言した者を僕を含めて処罰の一つもしない、あれはもはや貴方の愚図さが露呈するだけでした。貴方は止めなくてはならなかった、僕を、反親王派を、全力で止めなくてはならなかったんですよ。人間を国有化するなんて発言を全力で止めなかった貴方の罪は大きい。きっともうフォンロンに【彼方からの使い】は、召喚されません。そして、彼らを国民として迎えることもできません」
全てが繋がった。
この方は、国を不安定にする、国益を損なう力を、有力者達を炙り出すために、それを自分を含めて王宮から排除させるために。
「残念です。陛下」
殿下の一言に、国王陛下はビクッと体を強張らせた。
「貴方が王家のあり方に甘い考えを持ち込み害悪を肥えさせ、僕ごと僕を担ぐ者たちを排除して下さらなかったこと、残念です。見なさい、そのツケがこれですよ。あれこれ議論するフリをして我が身可愛さに全てを親王派に押し付けようとする者たちと必死に貴方を国を守ろうとする者たちが今何を言い争っていましたか? どちらの派の者をどれだけ優位な位置に送り込めるか、この問題を解決するための議論ではなく、どっちの派の者が優秀であるかを言い争っていたんです。親王派ですらこの有様です、貴方はそれに気づきませんでしたか?」
「わ、私はっ、それくらい、気づいていた!」
「ならば止めるのが貴方でしょう。そんな下らぬ言い争いは直様止めよとなぜ言わない」
「それは宰相の役割で私が直にすることではないっ!」
「今のスジャルを見てもそういうのですか?」
私はこのやり取りを横目にしながら、やって来る側近に指示を出す、を間髪入れず繰り返していた。
「それならば国王の座はスジャルに譲ると良いでしょう。彼は的確な指示を出していましたよ、貴方の判断、勅命にギリギリ触れないラインで自身の側近たちに。あなたでなければ動かせないものは沢山ありますからね、頭をフル回転させてそれ以外のことを既にかなりの数、指示しています」
驚いた、そこまでこの混乱する中見ていたのか。
「兄上」
レイジン殿下は威風堂々、陛下のそばまで歩み寄るとその肩に手を乗せた。
「はっきりと申し上げます。私は玉座など興味ないし、国王になど微塵もなる気はありません。むしろ僕を継承権から外して頂き市井に下りたい。だから政治には口を出すつもりはありませんでしたが、この国の一大事、貴方が今までのやり方を通すというのなら、『覇王』の件が終息するまでその席僕が預かります」
揺れる不安定な瞳の国王陛下に対し、レイジン殿下の瞳は力強く揺るぎない芯のある意思を嫌と言うほど周囲に知らしめるものだった。
―――ヤナ・イチトアの語り―――
困ったものねぇこの兄弟も。
あいも変わらず兄は優柔不断で責任逃れの道を探すし、弟はその兄を立てるために我慢に我慢を重ねて今も何だかんだ言いつつ優しく説得してる。
ホント、面倒くさい。
「殿下、国王の代理じゃなく私の補佐をして」
勘弁してよ、スジャルが凄く頑張ってる側でこの空気。さっさとみんな動いて。なにボケっとしてるの。
「うぇぇっ? ヤナの補佐ぁ?! やだよぉ、コキ使うから!」
「私は鑑定して程よく使えるだけ使ってるだけよ」
またいつものふざけた態度に急変した彼を見てようやく皆が我に返ってるわ、遅いわよ。
「この状態だとスジャルは間違いなく王宮にこもりきりになるわ。カミーユはスジャルに付けたいの、しばらく私の護衛してちょうだい」
「それがしんどい!」
場違いな楽しそうな殿下の笑いを止める音。ドン!! とテーブルを加減なしで叩く音だった。
「わ、我々を騙しておられたのですか!!」
軍事省大臣にして南部に領地を構えるザナディ・エイワース伯爵だった。
「騙してなんかないだろぉ? 僕ちん、『事と次第によっては協力するよ』って言っただけ。それを勝手に解釈して、僕ちんの真意を確かめもせず動いたのはアンタたちじゃーん」
「議会での発言は虚偽だったと言うことですな?!
重罪ですぞ、殿下とて許されませんぞ!」
「え? そんなの聞いたことないなぁ」
「な、なんですとっ!」
「だって僕ちんの発言、誰も嘘偽りがないことを証明する誓約書作ってないじゃん。僕ちんサインしてないよぉ? あれにサインしないと、王族は効力無しって知らない? え、まさか大臣のくせに知らない?! うっそ、笑える!」
一通り盛大に笑っておいて、殿下は一拍間を挟んで顔に深い笑みを浮かべる。
「まさか、さぁ? 僕ちんのサイン、偽装したりしてないよねぇ?」
何人かが青ざめたわね。鑑定してやる。
「ヤナがいるのに、よくそんなことするねぇ。もしかして、僕ちんのことなんてヤナが相手にしないと思ってた? そういう所が甘いんだよぉ、いや、これはぁ? 甘いというより、抜けてる? 過信しすぎてる?」
そして殿下は、わざとらしく首を傾げた。なんか、ウザい、イラッとする。
「んー、まあ、この件については追々話し合おうか!! だって『覇王』相手に生き残らないといけないからさ!!」
呆然自失のエイワース伯爵や彼の腰巾着は当然だけど、【彼方からの使い】を国有化なんて馬鹿げた事に賛成した議員たちは皆一様に青ざめちゃってるわね、ザマァみろ。
「取り敢えず最大の問題に話を戻さないとなぁ、ごめんごめん、余計な話で盛り上がりすぎた」
「コキ使って元を取るから安心して」
「安心できる要素が一つもない」
うるさい、黙って。
「さて、僕ちんとしてはこの事態、ハルト様に支援要請を出したい所なんだけど、ヤナの意見は?」
「既に動いているようよ、彼なりに、だけど」
「おおうっ! さすが! 頭があがらない! で、気になるねぇ彼なりにってのが。僕ちんの予想だと? フォンロン王家と直接やり取りはしないつもりってことかな?」
「当たり前でしょ、あんたが余計なこと議会でいったりしたし」
「仕方なかったって言ったら許してくれないかなぁ」
「それもだけど」
ハルト暗殺計画。
全く、どこのバカよ、そんなこと実行しようとしたやつは。あ、今も呆然自失のあのおっさんだわ。
「わざわざそんなことが語られてる所に飛び込んで来るはずないでしょ、それこそあいつが【神の守護】をわざと発動させるために飛び込んでくるならまだしも……」
【神の守護】
【英雄剣士】が保有する、未だその全貌が闇に包まれた神からのギフト。
待って。
「ヤナ?」
そんなはずない。
かつて甚大な被害をもたらした魔物の氾濫以降続く中央と南部に跨がる地域で断続的に続く小規模な氾濫。
あれが今回の『覇王』誕生に繋がっていることはわかった。
その発生条件の根底にあるものって、何?
あの氾濫鎮圧時、ハルトはとある事でエイワース伯爵から恨まれる事になった。でもそれは、全てエイワース伯爵の逆恨み。
そして、ハルトにいい感情を抱いていないフォンロン貴族は案外多くて、次々とエイワース伯爵のハルトへの復讐に加担するようになって。
時期は、一致する。
そして、今回。
「ねえ、誰か、ハルトに暗殺者仕向けたり、してないわよね? 親しい人を誘拐しようとか、馬鹿げたこと実行したりしてないわよね?」
「お、おい、ヤナ? 何の話だよぉ」
「殿下、調べられる? ハルトは最近フォンロンに頻繁に出入りしてるの、それに合わせてハルトかルフィナに手を出そうとしたバカがいないか、調べられる? 誰が指示したのかは、今鑑定する、その人周辺洗ってみて」
魔力を纏う。
目に、力を集める。
まさかね。
まさか、よね。
「!!」
赤黒い不気味な点滅が、エイワース伯爵の上で瞬く。『主犯の一人』の文字と共に。
そして、背を低くしてコソコソと逃げようと動く人影はエイワース伯爵の腰巾着数名と、あろうことか。
ここに何故か今日出席していないもう一人の王弟ミライド殿下の補佐官長。
彼を含む数名の頭上で、エイワース伯爵の上で瞬く点滅よりも一回り小さな点滅と『主犯の協力者』と『実行犯』の文字が視界に入る。
「スジャル!! 殿下!! エイワース伯爵と今議会を抜け出ようとしてる五人を拘束して!!」
騒然となった中、かすかに震える国王。彼の周りの側近が気遣って何か声をかけているけれど、それに対してボソボソと受け答えするだけ。ミライド殿下の裏切りの可能性が大きい今、国単位でハルト排斥に動いたとロビエラム国が判断しかねない。そうなれば国交に多大な影響が出る。『覇王』のことと並行してこの問題もすぐさま対応すべきだと思うけれど今の国王にはそんなことを思いつく余裕はない。
だからといって私は国王のために動く気はない。
「いいの? なんだかんだと国王が心配でしょう」
「来いって言ったのヤナでしょ。いいのいいの、これで本当に立ち直れないなら『覇王』の件が済んだら王位から引きずり降ろして息子の王太子に譲ればいいんだよぉ。ありがたいことにまともな大人がまだまだ多いからさぁ、王太子の教育もまだ間に合うし腐りかけた内部の掃除も間に合うっしょ!」
「だといいけど」
「それより、ハルト様に手を出したとなるとダルジー陛下が黙ってないだろうねぇ。となればロビエラム国の支援は絶望的、ベイフェルア国は期待するだけ馬鹿を見るし、バミス法国とバールスレイド帝国の軍の力を借りたいところだけど立地的に難しい。それでもギルドは期待していいかな? 逃げ出した粛清対象者の行方を今でも追っているからフォンロンに人を送り込んでくる建前が出来るよ、それなりの人材を大勢送り込んでくれたら利用したいところだねぇ」
「その粛清された奴らがハルト暗殺なんて馬鹿げたことに加担してる気がするけど? 殿下なら既に把握してるんじゃないの?」
「そりゃねえ、僕ちんを担ぎ上げるために一生懸命がんばっちゃったおバカちゃんたちを観察して煽ててれば色々情報は手に入ったよ」
「なんで、言わなかったの」
苛つく私の事など気にも留めずレイジン殿下は軽く、乾いた、感情が込められていない笑みを浮かべた。
「知ってるかい? 目も合わせないんだよ僕ちんと。今日、何年ぶりかなぁ正面から互いに顔を見て会話をしたの。陛下とはさぁ、些細な話もかみ合わないし、もう家族とも思ってもらってないんだよぉ。そんな僕ちんが動いたところで、どうにもならなかったし何より、エイワース伯爵やミライドに警戒心を与えかねなかった。タイミングは最悪だったけど……ここまで待つしか、なかったんだよ」
溜息しかでない。
これがフォンロン国の王家の内情。
力を合わせればバールスレイド帝国やバミス法国に引けを取らない国に発展させられる兄弟だったのに。
私が召喚されこの国に来る前から既に修復不可能になっていた兄弟仲。
王位を巡った骨肉の争いよりも、たちが悪いと思ってしまう。
「まあいいわ、済んだことを責めてる暇はない、行くわよ」
責めても意味はないの。
『覇王』が現れる。
今考えるべきはそのことだけ。
宰相夫妻に語って頂きました。
フォンロン国王もその弟たちもどうしようもない人たちのようです。
この辺の話をまとめてる時もう少しぼかそうかとも考えたんですが、どうせ覇王の話は長くなるしな、と入れた次第です。
次、ククマットに戻ります。




