20 * フォンロン国の人々、狼狽える。
初登場モブさん二人の語りです。
『一通の手紙』直前、フォンロン国内のお話としてお読みください。
―――覇王発生兆候確認直前まで遡る―――
―――ジェイク・ウィルセン伯爵 (フォンロン国ギルド職員、マノアのいとこ)の語り―――
マノアたちが妃殿下への献上品に笑い飾りの新作、しかもそれが妃殿下のご厚意で公開され、貴族の夫人たちがどこからの品だと血眼で出どころを探り、それが僕の従兄弟であるマノアたちがあの 《ハンドメイド・ジュリ》の指導で自分たちで考えた物だと知られると、その称賛が私にも向けられ、ついでにどうやったら手に入るのかと探りを入れられたりと賑やかになって、そのうちギルドで売り出されるよと言えばその矛先がギルドに向かい静かになって家族とホッとしたのも束の間、妃殿下が予定日より早く陣痛が始まったとの知らせを受けたのは僕がちょうど王宮に出仕している時だった。
マノアからは定期的に僕あてに自分の手掛けたものや 《ハンドメイド・ジュリ》で購入した物が届き、妻や子どもたちが毎回楽しみにしているし、僕も男性用小物が入っていると凄く嬉しかったりする。その中に必ず手紙も入っているのでいつもの如くその手紙を妃殿下、そしてヤナ様にお見せするために登城し、手紙を見せ、お二人と談笑をした後にそのまま文官としても勤めがある僕は職場の文学省に向かい一時間ほどしてからだった。
ヤナ様は予定より早い出産が鑑定にて見えていたそうだ。あの方に鑑定出来ないものはほぼ存在しない。いつもは王宮に殆ど寄り付かないあの方が三日前から毎日朝から晩までこの王宮にいる、いや、正確には妃殿下にべったり張り付いているというのが正しいけれどとにかくいらっしゃることで、王宮では何となく妃殿下の出産が間近なんだろうと知らされていない者たちも察していたようだ。
「出産はね、人体の神秘なの。鑑定出来るのは凡その出産日だけよ。それでもまあ、予定より早い出産になることは間違いないから準備しろ、さっさと万全の体制整えろ」
と、国王陛下に命令していたと知った時は流石はヤナ様だと、妙に感心してしまった。
そして。
「あー、うん、スポンと生まれて来そうね。大丈夫大丈夫、妃殿下も御子も問題ないから頑張ってきばりなさいよ」
陣痛に苦しむ妃殿下を鑑定したヤナ様がそう言ってわずか一時間半後に本当に御子、第二王子が誕生なさった時、妃殿下は誕生してきた御子よりも先にヤナ様に向かって。
「あなたのその冷めた口調を聞いて冷静になれたわ」
と仰った話はきっとヤナ様の逸話として長く語られるに違いないと心の中だけで笑っておいた。下手にあの方にそういう話をしてしまうと機嫌を損ねて鑑定されて不都合な隠し事を暴露されるという、恐怖がある。いや、僕はないからね!!
第二王子の誕生に陛下は勿論、第一王子殿下や王女様方も大層お喜びで揃って生まれたばかりの御子様見たさに妃殿下の所に押し寄せて出産に立ち会ったヤナ様にブチ切れられ、締め出しを食らったあと国王陛下たちがしょげて哀愁漂う雰囲気の中お茶をしていたのは見なかったことにする。
そして。
「ヤナ様もお疲れ様でした」
「立ち会っただけよ、しかも妃殿下なんて既に私より子供産んでるんだから別に心配してなかったんだけど一応ね。二人産んだ私だって大変だと思ったのに彼女は凄いわよ、五人目よ、尊敬するわ」
「ええ、本当に」
「さあ、帰ろうかしら。いても面倒事を持ち込まれるだけだし」
「あ、僕の馬車でお送りしましょうか? 宰相様は本日お帰りにはなれないでしょうから僕の馬車でよろしければ既に待たせてありますし」
「いいの? 助かるぅ、お言葉に甘えて送ってもらおうかしら」
「はい、どうぞ遠慮なさらず」
マノアの繋がりでこれくらいのやり取りはするようになり信頼をしてもらえている僕は、次の瞬間ヤナ様がこの世界の人間との間に子供が殆ど出来ないと言われる【彼方からの使い】でありながらお二人のご子息をお生みになったからではなく、真に『至宝』なのだと思い知らされる事になる。
ヤナ様が僕と並んで談笑しながら、王宮を出るために廊下を歩いていたその足をピタリと止めた。
「どうしました?」
「なに、これ」
「え?」
「足元……なによ、これ、魔素?」
「え、魔素、ですか?」
足元を突然睨みつけたヤナ様の視線が僕に向けられて思わずビクリとしてしまう。
「分からないの? これ、魔素でしょ」
「魔素がどうしたんですか?」
「ちょっと待って、え、下から来てるじゃない、濃い魔素。こんなに濃い魔素、気付かないわけないでしょう?!」
僕は勿論、我が家の執事とヤナ様付きの護衛が彼女の鬼気迫るその問いに困惑した表情をする。
すぐに視線を戻し、ヤナ様は鋭い視線で足元を睨み。不意にユラリ、ヤナ様から濃い魔力が漏れ出す。
(魔力を消費した【鑑定】か!!)
魔力を消費することでより詳細な鑑定が出来るというヤナ様。その場面に立ち会うことなどまず僕のような立場では有りえない事だった。
「カミーユ」
「はい!」
彼女は護衛を呼び、呼ばれた護衛が直様ヤナ様の隣に並んだ。
「あなたは、この魔素を感じないのね?」
「申し訳ございません」
「謝ることではないわ。……ジェイクたちも、分からないのね?」
「は、はい、全く。魔素が濃ければ、分かるはずですが」
「濃いわよ、尋常ではないくらい」
「えっ」
「こんなの、フォンロンでいちばん魔素が濃い危険なダンジョンなんか霞むくらいの濃さよ。なに、これ本当に。どうして誰も感じないのよ」
その言葉に、私達は神経を研ぎ澄ませ足元に集中してみたがやはり感じることは出来ず、せいぜい大地から自然と放射されるすぐに空気に拡散し消えてしまう程度の魔素だけだ。
徐に、ヤナ様が一歩踏み出した。まるで、その一歩で何かを確かめるように。そしてどんどん高まる魔力の放出。自身の魔力を鑑定させるものに纏わせて全体を、内部を全て見るために。
「うっ!」
つい、後ずさってしまった。ヤナ様の放つ魔力は、この国の高名な魔導師よりも暴力的に感じた。今まで感じた事のない膨大な、圧倒的なその魔力に、恐れ戦くしか出来ずにいる僕の眼の前、下を睨みつけたままに彼女は呟いた。
「カミーユ、旦那呼んできて。会議だろうがなんだろうが連れてきて」
「かしこまりました」
冷静に、けれど彼女の護衛がその場を駆けて離れた。
非常事態が起きたのだと推測するには容易い現場に、僕は立ち会っていた。
―――ウィンダ・ノール(フォンロン国ギルド職員のレフォアの父であり、フォンロン議会議長)の語り―――
ヤナ様の夫でありフォンロン国宰相スジャル・イチトア殿がお生まれになった第二王子の祝賀について直様予定調整に入ると我々を呼び会議に入って間もなくだった。
「旦那様」
「カミーユ、弁えろ、今大事な話し合いをしている。それにヤナのそばに居ず何をしている」
「その奥様からの伝言でございます。すぐにお越し頂きたい、と。そして、現在魔力を消費し【鑑定】なさっておいでです。正体不明の魔素を感知した模様、非常事態かと」
その場がざわり、と空気が揺れた。私はその『一大事』にイチトア殿が顔を強張らせて椅子を倒しそうなほど勢いよく立ち上がった隣で努めて冷静に椅子から立ち上がる。
「一旦話し合いは休憩に入る! この場で待機していてくれ!」
私がそう声を張り上げれば、イチトア殿はすでに足早に議会室の外へ向かうために歩き出していたが振り向きざまに一言。
「すまん、ノール議長」
とだけ口にした。その顔は険しく、鋭く、事態の重大さを予感させた。
私もその場のざわつきを抑えるよう、外に漏れないよう側近に指示し後を追う。
簡単に後が追えたのは、ヤナ様の魔力だ。
(まったく、これで魔導師を名乗らぬなど、どうかしている)
本当に口にしてしまったら私のかつての若さゆえの恥ずかしい失態を暴露されるだろうから決して言葉にしないが、率直な私の意見だ。
あの方の【鑑定士】という【称号】は、この魔力にはいささか不釣り合いに思うのはきっと私だけではないだろう。おそらくだが、何か隠している能力があるのだと思うがそれを我々が知る術はない。何故なら彼女を鑑定出来る者はこの世でおそらく唯一人、あの【英雄剣士】ハルト様のみだ。
そのハルト様も今ではこのフォンロンと距離を置き、しばらくその姿を見ることすら叶わないでいる。
それもこれも、今のフォンロンの在り方のせいなのだが。
「魔力が足りなくなる! 魔導師連れてきて!! 急いで、これ動いてる、逃がすわけにはいかないっ、早く! できるだけ多くの魔導師よ!!」
ヤナ様の叫ぶ声。
魔力が足りなくなる?!
そんなバカな!!
つまり、ヤナ様があれほど膨大で無尽蔵だと思われる魔力を放っても、鑑定出来ない代物を鑑定していることになる。
そんなもの、世の中に、存在するのか?!
「ヤナ!!」
「大丈夫!」
駆けつけた直後、イチトア殿がグラリと傾いたヤナ様の体を咄嗟に支える。
信じられない。この押し潰すようなヤナ様の魔力の中に飛び込んで平気なんて。
「早く、早く! 鑑定しないと、これ、ヤバイ、凄く、ヤバイっ、何これ、なんなのよっ!」
混乱しているのは直ぐに見て取れた。それでも必死に、支えられながら歯を食いしばりヤナ様が足元を睨みつけて鑑定していることは理解できた。
「魔導師を集めろ!! 緊急事態だ!!」
きっと、平気と言うわけではないのだろう。イチトア殿が苦しげに一瞬顔をしかめたのが見えて、ハッとなり私は私の後を追ってきた者たちに叫んでいた。
何事かと集められた魔導師たちは、ヤナ様の視界に入った瞬間、手をかざされると一様に『うっ!』や『ひっ!』と、悲鳴に似た声を上げてその場にバタバタと倒れるその光景は異様だった。
「ま、魔力が、ほぼ、ありません。一気に失い失神したようです」
私の部下が抱え起こした魔導師が死んでいないことに安堵したものの、それでも人がこの場に来るたびにバタバタと倒れていく様は本当に異様だ。
「まだ、まだよ、あと少し、もう少しで見えるのに!」
「微々たるものですが!!」
咄嗟に叫んでいた。
人の魔力を吸収するなど、高名な魔導師すら出来るものは限られている。その高名な魔導師も今はバタバタと倒れた一人として救護班に抱えられていて、またたく間に騒然となる王宮の中では既に魔力の高いものはこの場から運び出されたり抱えられたりしているので、もうあてになりそうな者たちは今こちらに向かっているが間に合うかどうか、といったところだろう。
だから申し出た。
そしてヤナ様が私に手を向け、魔力をごっそり抜き取られる覚悟をした瞬間。
後ろから肩を掴まれた。
「はいはぁい、ウィンダの魔力じゃぜんぜーんたりないよぉ。僕ちんの使いな、ヤナァ」
場違いな陽気で緊張感皆無なふざけた口調。
ヤナ様は私の後ろに、視線を向けて不敵に微笑んだ。
「どこほっつき歩いてたのよ、王宮の妃殿下の近くにいろって行ったのに」
「えぇ、僕ちんがいるとみぃんな嫌そうな顔するじゃん? 妃殿下だって迷惑に決まってるさぁ」
「冗談は程々にね、それよりいいのね? 遠慮なく魔力貰うわよ」
「どぉぞぉー」
ヤナ様が、私に、いやその後ろにいた人物に手をかざす。
「んおっ?! ちょっ、まっ、しんど!! ヤナこれ僕ちん死ぬ!!」
ヤナ様が声を上げて笑った。
「ありがとうレイジン殿下!! 『こいつ』の鑑定、これでいける!!!」
ブォン。
空気が揺れるほどの魔力が一瞬ヤナ様から放たれた。
そして訪れた、突然の静寂。
ふー、と深い息遣いを一度だけしたヤナ様が、スジャル殿に支えられるままに天を仰ぐ。
「ああ、疲れた」
「大丈夫か?」
「殿下のお陰でなんとかね。危うく失神するところだったわ、全く、とんでもない物を鑑定する羽目になったわ」
そして、やはりこの場の空気など無視してスキップをしながら陽気な笑顔でその方はヤナ様とスジャル殿に近づいた。
「で、なんだったのさぁ、ヤナがこの宮の魔導師の殆どの魔力を奪っても見れないものなんて興味あり過ぎぃ」
「ああ、そのことなんだけど」
急にヤナ様が何とも言えない、困った顔をして。
―――『覇王』誕生確定。中央区と南部に跨がるダンジョン、リンバー地下洞窟の最深部の下にある魔核が現在急激に成長中。覇王誕生の際放たれる濃い魔素は『覇王』特有のもののため感知することは困難。小規模氾濫が魔物発生の理を無視して現在も続くのはこの魔核が原因。
魔核は過去最大級まで既に魔素を溜め込み、『覇王』誕生まで凡そ五十日。この魔核は破壊が不可能―――
「って、見えたんだけど、……『覇王』って、まさか、あの伝承に出てくる厄災のドラゴン?」
その場で意識があり、困惑した表情のヤナ様から放たれた言葉を聞けた全員が、凍りついたように声を発することが出来ず固まった。
何気にレフォアとマノアは良いとこのボンボンや血筋ということが発覚。ただ、ククマットの庶民の生活に速攻馴染んだことを考えるとギルドで相当経験積まされたのと、彼ら自身はごく一般的な生活をしてきたのかな、と。
そして次回この続き、となります。
フォンロン国では重要な人たちですが、全体としては出番が極めて少ない人に頑張って貰います。




