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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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20 * グレイセル、笑って誤魔化してみる

 




「では、志願兵を出さなくても良いのですか?」

「後方支援が主な活動になる。フォンロンの問題だからね、他国が前に立つことはないし、ジュリの作品の提供というのが大きい、以前のように領民の命が多く奪われることは心配しなくていい」

「そうなんですね、よかった……」

 妹シイは、心から安堵の息を漏らす。

 隣国との小競り合いで多くの国民が血を流し続けている。この領地の民も少なからず失われたあの事実を数年前は受け止めきれずショックで数日間泣き暮らした。シャーメインが幼い頃遊んだ別荘近くに住む少女の父親がその小競り合いで命を落とし、母親と共に母親の生まれた別貴族の領地へと引っ越した。親戚を頼り生活を立て直さなければならなかったからだ。

 一人の命の重さと、そして一人の命が奪われるその時に失うものは他にもあると学んだ経験はシャーメインにとって転機の一つだったに違いない。


「お父様、王太子殿下は王宮ではフォンロンへの支援で意見が割れ、派閥争いを加速させる火種になる可能性があると懸念されていました。そのためご自身も公の場で発言し、少しでもその争いを抑え込みたいと申しておられました。お立場としては王妃殿下のご提案に沿うこと、賛成の意を表明されるとのことでした。権限は一切ないとしても王妃殿下支持派への後押しになるはずだと」

「そうか、殿下はお前にそう申したか」

「はい、王妃殿下の提案が貴族間の落とし所にもなるはずだとも」

「ふむ、王妃殿下はすでに水面下で【英雄剣士】ハルトと話はしているし、フォンロンともどのような支援が求められ、用意できるかを調整する段階まで話が済んでいるという話も来ている。殿下はよい判断をなされた、我々もその判断がそのまま王宮を動かしてくれると信じ準備を進めることにしよう」

 今の妹はシャーメイン・クノーマスとして将来の嫁ぎ先に困らぬように花嫁修業中心という学業ではなく、一貴族としてなにができるか社会貢献をしていくための学業に身を置いている。我が家もその意思を尊重し、自由にさせているが、私が贔屓目無しで見てもシャーメインは非常に才色兼備だ。

「シルフィ様に似てすっごい美人さんだよね。抱き枕にして寝たいくらい」

 ジュリの価値観だと少々理解が難しいのだが、それでも美的センスが極めて優れたジュリがそう言うのだから確かにシイは自慢出来る見た目も有している。


 どこに出しても恥ずかしくないこの妹。

 密に第一王子の婚約者候補に上がってもおかしくないと思っていたら事実そんな話を匂わす事を父と母は螺鈿もどきの献上で登城した際に宰相からされていたそうだ。

 シイは殿下より約五歳年上、殿下には相応に適した年齢の令嬢がいるだろう。

 だが。

 どうも殿下はジュリの作品を理由にして接触してきた形跡がある。手紙にちらりと出てくる殿下の存在に母が勘づいたのだ。妹にはそんな気は全くない、というより殿下の言動が琴線に触れていないらしく意識しているようには感じない手紙の文面なのだが、立場からすると殿下が用もなく令嬢に近づくとは()()()()()()なのだ。

 そして、どうやら。

 殿下の付き人と護衛を兼ねているアストハルア公爵家令息や他の令息たちと接点が増えてきているようだ。

「妻に迎えたいランキングとかあったらぶっちぎりの一位とか取りそうだね」

 ジュリは笑ってそんなことを言っていたが多分一位になる。

 いやはや、将来が楽しみな妹である。


 なんてことを思っていたのだが。


「そういえば、ジュリの作ったあの御守りだが、()()のを着けてきたのか」

「えっ?」

「ほら、シイは緑のが特に気に入って着けていると手紙であったから今回は青にしたんだなと思って」

 兄の何気無い一言。

 ん?

 シャーメインの顔が真っ赤になった。

 んん?

 これは。


「あら、まぁ、シイ……()()()

 母の問いに、固まってしまった。

 なるほど?

 これはそういうことか。


 で、父も固まったな。

 母は目を輝かせて身を乗り出したが。

「相手は、どなたなの?」

「いえ、あの、その、えっと。えー、あのですね? ええっと、今、今ですか? そのお話後ではだめですか? い、言えないとかそういうことではないんです! そそそ、そのっ、つまりは、私もまだ信じられにゃくって」

 何が言いたい (笑)? 落ち着け妹よ。しかも最後思いっきり噛んだな、可愛いぞ。

「シャーメイン?」

 面白くなって来てしまい、つい名前を呼んでみた。

「うっ、あ、えと、それは……ロディムさ、ま。です。」


 ……なに?

 え?

 聞き間違いか?


「ん? それは、私の知ってるロディム令息か?」

 兄もどうやら一瞬迷ったらしい。合っているのかどうか確認を入れる。

「は、はいっ」

「つまり、次期公爵の」

「……はぃ」

 両手で顔を覆った妹よ。

 恥ずかしいのはわかるが、一人、気を遣ってやってほしい人がいる。


 父が灰になりかけているから。


 それにしてもまさかの相手だ。


 ロディム・アストハルア。

 アストハルア公爵家嫡男、のちの公爵家当主。

 彼は数年前バミス法国に留学していた関係で王都の学園への入学を遅らせていたため、本来ならとっくに卒業している年齢の十九歳だ。留学期間も成績トップ、この国に戻ってからは言わずもがな。父親の公爵同様極めて優れた魔導師としての素質もあるらしい。

 相手としては不足はない。

 しかし、家同士の確執があり、未だ正式な和解はしていない。結婚記念日の額縁の御披露目の際も社交辞令な挨拶で済ませて互いに距離を保ったままだった。国内の派閥間の力関係や現状を鑑みると中立派筆頭家と穏健派筆頭家が和解し手を組むのは強権派を刺激する事になりかねないため、何かと言い訳がしやすい事業提供、つまり《ハンドメイド・ジュリ》の移動販売馬車を共同展開する頃だろうと水面下で話を纏めているため、この展開は予定外なだけでなく今後の対応如何によっては問題がおきかねないだろう。


 それが分かっているからこそ、母はさっきの興味津々な笑顔をさっと消し去りシイを真っ直ぐ見つめる。

「宝飾品をお渡しする意味は、分かっていて?」

「当然です! そのつもりで、お渡ししましたし、ロディム様も、そう確認してくださっての、ことです。生半可な気持ちでお互い交わしたつもりは、ありません」

「つまり……その先の事を想定してのことで、間違いないのね?」

「はい。……ちなみに、私から押し掛けてお渡ししました」

「はっ?!」

 ああ、兄が声をひっくり返してしまった。

「拒絶される覚悟で差し出しましたが、受け入れて下さいました。あの、それで……卒業式の後の夜に行われる舞踏会ですが、同伴者として出席して欲しいと……。そして、ファーストダンスを申し込まれて、他の方と、踊らないで欲しいと……お願いされて」

「あら、まぁまぁ。つまり、ロディム様もあなたの事」

「……その、ようです……はぃ」


 父が灰のようになりサラサラと風に舞って消えてしまいそうな立ち直れずにいる間にまたちょっとざわつく事が起きた。


 アストハルア公爵家から手紙が直接、使いの魔導師によって届けられた。

 それは間違いなく公爵の直筆、印も押された正式な手紙。

 内容はまぁ、タイミング的に予測した通りだった。あちらもシイが帰ってくるタイミングに合わせてわざわざ、といったところだろう。


 シャーメイン・クノーマス侯爵令嬢への結婚を前提とした正式な婚約申込みと両家の顔合わせを次期当主となる予定の長男ロディムが望んでおり自分もなるべく早く然るべきタイミングでそうするべきだと思うこと、卒業式の最大の祭典である舞踏会に息子の同伴者として出席する許可を出して貰いたいこと、そしてその際のドレスや装飾品、当日の身支度は公爵家で全て用意させてもらいたいこと、さらにはこの事で王家や他の有力者との関係に変化が起こることは避けられないのでその根回しをするのに息子の教育が疎かになる可能性があるので卒業後ククマット領に送り込むからその時は徹底的に一から十まで鍛えてやってほしいこと、本当に結婚させるかどうかはそれを見極めてから両家で改めて話し合いをするのもいいのでは、ということが丁寧に書かれていた。


 そして。

 もう一枚で、父の目が覚めて灰から復活した。


 そこには、『覇王』の対策でこの国が動く際、立地から必ずクノーマス侯爵領が大きな負担を請け負うことは避けられないので、その支援を最大に、責任を持って公爵家が行う旨を誓約書に纏めたいので早急にこちらの管財人や有識者等と協議する席を設けたい、という旨のことが書かれていたことだ。

 そしてなにより、ジュリの希少魔物素材の買い取り希望については今回無償提供も考えている、一度私とその件で話し合いたいということも、書き添えてくれていた。


 妹の思いきった行動が、思わぬ形で我が侯爵家に幸運を運んできた。


 そして最後に、シャーメインが渡したネックレスは国宝に匹敵するもの、なのでそのお返しに頭を悩ませているので何か欲しいものや願いがあればなるべく期待に沿うつもりだとも書かれていた。


 さすがはジュリ作、マイケル付与である。

 巡り巡って恩恵は計り知れないと証明されることとなった。


 ただ一つ。

「……慣れって、怖いですね?」

 本日ずっと静かに我々の会話を聞くに徹していたルリアナが口を開いた。

「私達いつも当たり前に身に着けているので忘れていましたが……国宝級という事をアストハルア公爵様の手紙で今思い出しました」

 そう。

 ここにいる全員。

 ジュリ作、マイケル付与の物を常に身に着けている。他人の手紙で自分たちも国宝級を身に着けていることに今更気づく事になり唖然としてしまった。

「だとするとここにいる私達全員覇王の前に出ても死ななそうですね!」

 妹よ、笑顔で言う事だろうか。

「いや、流石にそれは無理」

 と、ジュリが真顔で言い返す光景が浮かんで消えた。














「グレイ兄様」

「うん?」

「あの……お願いがあるんです」

 屋敷を出て愛馬の黒炎の手綱を握り門に向かおうとしていたところへ慌てた様子で駆けてきた。だが、何か不安があって深刻そうな顔をしていると言うわけではなく、なんだか言葉に出すには恥ずかしいような躊躇いを含んだ妙な落ち着きのなさが見て取れる。

「どうした?」

「あ、あの。こんな時に不謹慎だと十分理解しています。だから、『覇王』の事が無事に解決したらでいいんです、改めて、その時にまたご相談します」

「シイ、何が言いたいかわからない」

 しどろもどろな姿が面白すぎて笑いがこみ上げ耐えきれず吹き出して笑ってしまった。

「なんだ? 言ってみろ」

「最近、ククマットで『ペアリング』なるものが流行りだしたと、聞いています」

「……ああ、なるほど?」

「私、頑張って自分でお小遣いを貯めています! だから、そのっ……ジュリに、デザインを、お願いできればな、なんて。あ! でも兄様やジュリを煩わせることはしたくありません! だから、私、出来ることを全力で領民のためにします、その頑張り、兄様が見て認められるものなら、一緒にジュリにデザインの依頼をお願いして欲しい、です」

 顔も耳も真っ赤に染め上げたシイを見て、恋真っ只中なんだな、もうそんな歳になったのか、と感慨深い思いがじんわりこみ上げる。

「いいよ」

 頭をポンポンしてやれば、パアッと花開いたような笑みを浮かべる。

「ありがとうございます!」

「お小遣いなんて貯めなくてもいいさ、私が出してやるから」

「もう兄様に甘えていい年齢じゃないもの。自分で何とかします」

 大人びた言葉に少し寂しさを覚えつつ、それでもこうして大人になっていくんだな、と妹の成長がまた楽しみになった。

「それに時々学生寮を抜け出して魔物を狩っていたんですけど」

 ん?

「最近キマイラを狩りました!」

 んん?

「ちょっと手こずりましたけど、キマイラは高額買い取りしてもらえたのでお父様に内緒のお小遣い、実はいっぱいあるんです」

「シイ」

「はい」

「ジュリ風に言うと、色々とツッコミ所があるんだが」

「そうですか?」

「……まず、寮を抜け出すのは止めなさい」

「でも兄様たちもしてたんですよね?」

「……そこは否定しないがお前はやめなさい。それと、キマイラに手を出すのは止めなさい、あれは魔法攻撃を高確率で完全に跳ね返してくる、魔法攻撃を得意とするシイとは相性が悪い、危険だ」

「それは知ってましたので剣で殺りました」

「……その剣はどこから出てきたんだ、寮には持ち込めないだろう」

「少しお金はかかりますが個人情報を一切漏らさず何でも預かってくれる所に預けてます、王都の西区にある『マルゴの茶屋』ですよ」

「まて、なんであの店を知ってる」

「ジュリが手紙で色々と教えてくれるんです!!」

 シイが嬉々として教えてくれた。

 私が学園の生徒だった頃の思い出話しを聞き、それはシイにも役に立ちそうなことが含まれていると気づいて書き留めておき手紙で教えていた事を。

「お金もギルドに預けるとバレるかもしれないからお母様の実家のバニア家に預ければいいんじゃないかって提案もジュリが。お陰でお小遣い結構貯まったんですよ」

「……シイ」

「はい?」

「…………」

「兄様?」

「逞しくなったな、お前なら、アストハルア家に嫁いでもやっていけるよ」

「本当ですか!!」

 嬉しそうでなにより。


 ちなみに、寮を抜け出して魔物を狩ってギルドに持ち込んで金を稼ぐようにと言っていたのは母だそうだ。クノーマス家に生まれたからにはそれくらい一人で出来ないと、と。ルリアナも、余計な知恵を与えていたようで、女子寮に存在する抜け道、隠し扉を全て教えていた。そんなものがあったのか……。という私の呟きにシイが無垢な笑顔で頷いたので、私も笑っておく。聞かなかったことにしよう。





クノーマス家の血ですからね、こんな女の子になるのは仕方ないのです。


ここで登場のシイちゃん、さて、どんな形で今回の問題と関わるのでしょうか。


ちなみに『青』『緑』について、そんなのあったかな、気になるという方は『4*グレイセル、魔法付与について語る』を参照下さい。

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― 新着の感想 ―
 ロディムくん、大丈夫か。尻に敷かれる未来しか見えないぞ…。
[良い点] >しどろもどろな姿が面白すぎて笑いがこみ上げ  可愛いじゃなくて面白いんかーい!  シイちゃんは既に相手を決めていたんですね! こんなにすぐに判明するとは思っていませんでした(笑) ク…
[一言] やっぱりグレイセルの妹だわ……押し掛けて告白したり寮を抜け出して魔物狩りをしたりで逞しすぎる…… 嫁に行くときにワーム君一匹くらい連れて行きそう
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