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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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20 * グレイセル、妹を出迎える

長らく出番の無い状態でしたがようやく登場です。

 


「ず」

 久しぶりに帰ってきた妹は、出迎えた私達とクノーマス侯爵家の正門で再会の挨拶に抱き合った時はとても笑顔だった。

 ルリアナの妊娠の話も手紙で報せていたからその祝いも、私とジュリの婚約が決まったことへの祝いも、フォンロン国の非常事態が刻一刻と深刻化する中ではあったが喜びの報告が続いていた我が家のお祝い雰囲気はこの場なら許されるだろうと父や母、兄夫婦、執事や使用人たちも皆集まってその明るい妹の様子につられるように笑顔だったのだが。

「ず?」

 妙に力のこもった一言に、私達は首を傾げることになった。

「ずるいわ、どうして?!」


 は?

 屋敷に入るなり、硬直したように立ち止まり、顔が真顔になって『ず』と言った妹。そして可愛い妹の顔が真顔からさらに急に怒りの滲むものに変化したので私も流石にそんな忙しい変化は久しぶりで驚いたし、ルリアナも妹のそんな顔を見るのは初めてだからかなり驚いて首を傾げる始末だ。

「どうしてこんなにジュリの作品があるんですか!! ずるいです、これはずるいです!!」


 ああ、なるほど。

 そういうことか。

 妹のシャーメインはジュリの作品の影響力を考慮してここ数ヵ月新作は当然のこと、既存のものすら入手出来ていない。何せ、下手に与えるとそれを見せてくれとこの国の第一王子や、年の近い公爵家の令息、宰相の令息、私も世話になった三代前の騎士団参謀長の孫、他にも名家の子息が同じ学園にいるために寄って来てしまう。そのせいでシャーメインはいま注目の的となっているし、ひっきりなしに見合いの話が舞い込んでくる始末。

 しかも。

「え、もしかして『逆ハー』とかいうやつ?!凄いねシャーメイン様! ネタになるよ、それ、本にしたら売れるかもよ、恋愛小説得意な作家に知り合いいないのグレイ!! てゆーか、ちょっとぉ、こっちの世界の男は『逆ハー』になりやすいの? チョロすぎ……クフフフッ」

 と、ジュリが訳のわからぬ事をいう事態にもなるので、作品を送る事を長らく止めていた。

 ジュリ、『逆ハー』とはなんだ。何となく嫌な響きに聞こえるのは気のせいか。


 クノーマス家本宅は至るところにジュリの作品がある。そして執事や使用人たちも個人的に所有している。その数は世間では考えられない質と量だろう。

 しかし、エントランスを見ただけでこのシャーメインの反応。

 母とルリアナの『収集部屋』は間違っても見せられない。ちょっとした博物館化しているのだ、ジュリが。

「うわ、ドン引き」

 と、つい二人の前で言うほどだ。鍵を掛けておくように母とルリアナに言うべきか。


「これは、リザードの鱗ですか?」

「ああ。リザード系でもメタルリザードの鱗を砕いて固めたものだ」

「不思議……乱反射して。こんなに綺麗な色と模様になるんですね」

 我が家のガラス皿を型にしてギジレジンとメタルリザードの鱗チップで作り上げたキリア渾身のリザードランプシェードの独特の光沢と輝きに感嘆の声を漏らす。

「これは新しいレースですね?!」

「フィンが最近デザインを増やしている角型レースだ」

「こんなに細やかなフィン編みを作るのにどれだけの労力を費やすのかしら」

 四角いテーブルにもすっきり収まるちょうどいいレースがあると良いわねの母の一言を叶えてくれたフィンのレースはエントランスにある家具の上に敷かれ、その存在感は中々のものだ。客も目ざとく見つけ、《レースのフィン》で販売されるのかどうかと探りを入られているそうだ。

「んー、……フィン、だからな」

「え?」

「この大きさだと一日かからず完成に至る」

「……あの、グレイ兄様、私ならこの十分の一でもそれなりの日数がかかりますが」

「……フィンだからな」

「フィンだからで済むことなんでしょうか」

「そうだな、そういうものだ」

「そういうもの、ですか。……よくわかりませんがそういことにしておきます」

 と、シャーメインに《ハンドメイド・ジュリ》と《レースのフィン》の作品の説明をして時間潰しをしているのには訳がある。


「グレイセル様、シャーメイン様、ご準備が整いました」

 執事の声に勢いよく振り向いたシャーメインの目は期待に満ち溢れている。

 あの額縁を見せるためだ。『侯爵家の額縁』を。ちなみに、名称をつけようとしたのだがジュリを筆頭に職人たちも『侯爵家の額縁』と呼んでいてそれで通じてしまうため名称がないままである。

 額縁を見せる、そのために待たせるのか? と思うかもしれないが、それなりに理由がある。

 あの額縁が最も美しく見える時間があるのだ。

 それは西日が差し込む、日が赤みを帯びる時間だ。これは屋敷の掃除をしていた使用人が偶然発見したもので、初めて見た時は動けなくなるほど魅了されたらしい。

 私も見た時は驚いた。透明な擬似レジンの中に沈む赤みの強い銅の薔薇が、その赤みを引き立てられ、所々にある白金はうっすら朱に染まり、金はその黄金色を一層深める。側面に施された細やかな彫刻が絶妙な影を生み出し立体的な薔薇を引き立てる。

 今日は晴天、いい西日だ。


「これ、は……」

 そう呟いてからシャーメインが沈黙した。立ち尽くし、父と母の肖像画が嵌めこまれたその額縁をただただ、見つめる。

「シャーメイン」

 母に話しかけられ、ハッとしたシャーメインは、ニコニコと微笑む母から差し出されものに目を丸くした。

「ジュリが、あなたのものだけ後から作ることになってしまったと謝っていたわ」

 母の言葉に頭をフルフルと、弱々しく横に振り、シャーメインは目に涙を溜める。


 あの時のことを今でも思い出す。

「な、なんだ?」

 実はあのお祝い一色の最中でジュリを筆頭にライアスや職人達が一斉に『土下座』した時があった。土下座とはジュリのいた異世界の、日本という国を含む一部地域の最上級の謝罪の姿勢らしい。

「ごめんなさい。シャーメイン様の分が……」

 額縁に使わない余った銅の薔薇。あれをギジレジンに沈めて作ったオブジェは隠居した祖父母たちのものと、我々一人ずつにそれぞれ職人達が作ってくれた。名前も彫られ、宝石も沈むたった一つの自分の薔薇に、額縁同様家族はそれはもう喜んだ。

 だが、シャーメインの分だけすっぽり頭から抜けていたらしい。

「シャーメインにも見せてやりたいな」

 の、父の呟きに

「「「「ひっ?!」」」」

 っとジュリと職人達がそろえて声をあげたときはさすがに私も引いた。


 父は、そもそも余ったもので作ったのだから謝罪などされても困る、と慌てていた。あの『土下座』というのは破壊力があるから困る。

 そして、そのちょっとした騒ぎを引き起こしたその日から程なくしてジュリがこの屋敷に行きたいと言い出した。連れて来て出されたのが今、母が持つ銅の薔薇が入ったオブジェだ。

 二粒だけ用意されていたピンクダイヤモンドと、追加で制作してくれた、銅製の小振りの薔薇が三つ咲き誇るように擬似レジンの中に沈められている。私たちがもらったもの同様名前が彫られ、周囲には美しい彫刻が施されたものだ。

 ただ、一つ違いがある。

 シャーメインのものは六角形。

 いつか誰かに嫁ぐ時、この土地を離れるであろうシャーメインの健やかな健康と繁栄を祈って、その象徴である蜂の巣の六角形。

 ジュリと職人たちが、謝罪という名のもとに、シャーメインの幸せを祈ってくれたのだ。


 ポロポロとシャーメインの瞳から涙がこぼれる。

 ジュリや職人の気遣いを聞いてその優しさに心が解れたようだ。

 最近不安な事が多かったのだ。

 突然増えた見合い話で、学園で噂の的となり侯爵令嬢として失態を犯せないと肩肘張った生活が続いている。

 そして『覇王』。第一王子や公爵令息と親しくなった故にシャーメインも早くに情報を手にしていた。対応のためすぐさま学園を休学した彼らに習い、シャーメインも自ら帰省することにし。万が一の時、被害が出るであろうこの領地の領主の娘として何かしなければと気を張っていたのだ。


「あなたに、これを」

 母がシャーメインの手に、それを乗せた。

 涙がポタリ、ポタリとオブジェに落ちる。

「クノーマス家の一員として、大変なこともあるけれど、いつでも毅然と顔を上げて、そして優雅に余裕の笑みで、歩いてね? 私たちがいるわ、いつでもあなたのそばに」

「……はい」

「これは、あなたのお守り。大事にしなさい」

「はい」

「あなたももうすぐ十八才、クノーマス侯爵令嬢として出来ることは沢山あるわ、手伝ってくれるわね?」

「はい、お母様」

 妹は、笑顔で強く、強く、頷いた。


 シャーメインは十以上も歳が離れており、しかも、女児。両親は当然、私達兄弟はもちろん屋敷の者全員が蝶よ花よと大事に育んだせいで幼少期は少々我儘な時期もあった。

 それでも、子供ながらに『クノーマス侯爵家』というものを理解するきっかけがあった。

 シャーメインことシイが十歳の時。

 元々魔力の豊富な子だった。

 ある日、その魔力が突発的に膨れ上がり制御出来なくなった。甘やかされることに慣れていたせいで、魔力操作の訓練を度々すっぽかしていたのが仇となったのだ。兄二人と歳が離れた末っ子、しかも両親にとって三十代後半で出来た念願の女の子ということで父も母も兄と私によるシイの甘やかしへの注意など聞き入れない状態だったから起こるべくして起こった事でもあった。

 勝手に己から放たれる太い丸太も建物の壁も簡単に破壊し吹き飛ばす風魔法にパニックを起こし、泣き叫ぶのを止めるために危険な暴風が吹き荒れる中心にいるシイの所に兄が飛び込んだ。

 顔や腕に流血する傷を、痣を一瞬で無数に受けた兄は笑った。

「この力を制御出来なかったら泣きなさい。この力をちゃんと扱えないという事は、クノーマス家に生まれた子供として恥ずべきことだから。それまで、泣いてはダメだよ。もし、この先出来なくて泣くことになっても、それでもいいんだ、その時は兄様二人が、シイを守って行くから。だから今は泣かずに、しっかり自分の出来ることをしなさい、努力しなさい、頑張って、頑張って、まずは頑張ったことを褒められるように。結果がどうなっても、努力したことが自分の自信に繋がる。さあ、さっそくやってごらん、出来るはずだよクノーマス家の者ならば。落ち着いて、深呼吸して、そう、ゆっくりでいいから……―――」


 血だらけの兄に言われたことを子供ながらに、必死に考えたのだろう。

 あの日以降シイは魔力の操作はもちろん、クノーマス家の者として恥ずかしくない人間になろうと必死に貪欲に何でも学ぶようになった。


 自分はどういう立ち位置にいるのか。


 それを、何度も何度も考えたのだろう。


 王都の学園に送り出す日の朝。


「兄様たちに私、誓います。クノーマス侯爵家の一人として私は学園で沢山の事を学び、その学びから人々のためになる事を見出し実践出来るよう努めます」

 と。

 懐かしい、あれからもう二年以上経つ。

 クノーマス家の辺境伯爵領への支援で揺れ動いた時期が長引き学園への入学を一年遅らせることになったのは本人からの申し出だったのを昨日の事のように思い出す。領全体が沈んだ雰囲気の中、自分だけ逃げるように王都に行くのは忍びない、領主の娘として出来ることをしたいと母やルリアナに付いて慈善事業に身を投じ。

 そして、その後。ジュリとの出会いで異世界の高等な知識を理解したいと更に学ぶことを望み。

 そして王都に旅立つ朝に兄と私に誓って。


 今。


「……これを、持つに相応しい人間になりたい」

 胸に両手で抱き、微かにうつむく妹の瞳は確かにクノーマスの血が流れていると思わせる力強さを滲ませた。


「兄様、私の得ていない情報があれば教えて下さい。役に立てないかもしれません、それでも正しい情報から私なりに沢山の事を考え、そこから、これから不安を抱えてしまうことになる領民のために出来る事を模索したいと思います」

「ああ、そうだな。力を貸してくれ、シイ」

「はい!」


 少し見ないうちに、成長したな。


 そんな思いを込めて頭を撫でれば、照れくさそうに『もうそういう歳ではありません』なんて言いながら満更でもない笑みを浮かべたので、こういうところはまだまだ幼いなぁ、なんてことを思いつつ私は妹の成長に嬉しさを噛みしめることになった。


 ちなみにこの妹。

「馬車で帰ってきたら日数がかかりすぎますから一人で帰ってきました」

 と、王都から転移で帰ってきている。

「でも魔力を大量に消費するのに着地点が狂う失敗をしても困るので、クノーマス領に入る二つ手前の他領からクノーマス領の西部関所までは走ってきました」

 その距離、我が家の馬車を普通に走らせたら丸二日かかる。

「あとはそこからこの屋敷までなら何度も転移していて慣れているのでまた転移で。半日かからず帰って来れるので便利ですよね、転移と走るのって」

 一人で転移と走って帰って来る、令嬢。


 我が妹だけだと思われる。

 こんな時だが少し説教をしておく必要がありそうだ。



シイちゃんの登場はこのタイミングと決めていたのですが、如何せんスペシャルとか季節モノとか色々入れて更新しているせいでまともに登場するまで二年もかかりましたよ、作者も驚く遅さ(笑)!!

とっても美人ですよ、シルフィに似てる設定です。赤味の強い艶やかな色の髪の毛はゆるふわヘアで、小顔で、頭の良さげな整った顔立ちで、いかにも貴族のご令嬢って感じの雰囲気で。でも、中身はとんでもねぇ妹のようです。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] > この力を制御出来なかったら泣きなさい。この力をちゃんと扱えないという事は、クノーマス家に生まれた子供として恥ずべきことだから。それまで、泣いてはダメだよ。 私の読解力の問題かもしれ…
[良い点]  シイちゃんも肉体(魔法)言語が得意そうですね(笑) 将来のお相手とどういう関係を築くのか楽しみになります。 
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