20 * 始まる戦い
「はぁ?」
あ、ハルトが物凄い顔した。
「だからそれ言ったらグレイが」
「うん、分かってる。それでも全部言うのよ、包み隠さず。全部よ、私の影響力のことも」
「どういうことですか?」
レフォアさんが身を乗り出す勢いで質問してきた。
「グレイの【調停者】は私のためにあるの、私がグレイと行動を共にしていると尚更その影響力が強まる。王家がグレイを囲いこもうとしても、それは必然的に私も一緒に囲いこまなきゃならないわけ。でも、私は【選択の自由】がある、セラスーン様の守護がある。私の意思を尊重してくれるけど、あくまでセラスーン様が審判を下すことだから場合によっては発動する【神の守護】に、王家がどうこう出来るものじゃない、そのことを全部話すべきじゃない? この際隠さず全部。それが王家を脅迫するようなことになっても、私の立場が今より厄介だと思われても、それでもいいと思う」
そしてもうひとつ。
「ここまで来たら、コソコソ隠れるようなことはしないで堂々と生きたい。グレイとこのククマット領で生きていくって決めた時から、私にはもう避けられないことになったと思うの、王家との話し合いとか、ギルドとの確執とか。そろそろ本気で向き合わなきゃ、目をそらして気づいたら身動き取れなくなるのは絶対に嫌だし、私は 《ハンドメイド・ジュリ》をこれからももっと大きくしていくの、ククマットごと。もう立ち止まる気はない、だから堂々と私はどういう人間なのかをもっと主張していくべきだと」
「ジュリ、けどな……国ってのはお前が思うほど簡単なものじゃない」
ハルトが心配そうな顔をしてくれる。それを見るだけで、大丈夫だと思えるのは、私もこの世界で生きていく覚悟が日々大きく強くなってる証なんだと思う。
大丈夫、怖くない。
大丈夫、迷わない。
そう言える。
そう言えるのは、やっぱり優しい私の周りの人たちのお陰だ。いっしょに笑って悩んでくれる人たちに恵まれたからだ。
そしてなにより、この人だ。
グレイ。
グレイセル・クノーマス。
この男、唯一無二の私の自慢の男。
「大丈夫、グレイとならなんとかなるよ」
私の一言に、グレイが目を細めて微笑む。
「そうだな」
「そうでしょ? いざとなったらグレイと他の国に移住もありだよね」
「そうだな、それもありだな」
「新素材も見つけられるかもしれないしね」
笑えた。心から。不思議だ。なんでだろう? グレイが危険なことに身を投じることになるのに、自分とグレイのことがたとえフォンロン国だとしてもその王家に詳しく知られれば面倒が舞い込む可能性もあるのに、それでも今、笑える。自信を持っていられる。
なんでだろう。
『ジュリ、それでいいわ』
「……セラスーン様?」
『好きにしていいのよ。私はいつでもあなたを見守り、そして時々恩恵を授ける。その恩恵に傲ることのないあなたなら、どんな道でも決して間違いを犯すことはないでしょう。だから、進みなさい、自分で決めた道を』
「……はい」
ああ、そうか。
私はこの方の優しさに守られているから。
この方が私を見つけ、生かし、新しい生き方を与えてくれたことを受け入れ、それをこの方が受け止めてくれて、信じてくれているから今迷わずまっすぐ前を見ていられる。
私には大切なものがある。
その人たちのために、何より、自分のために。
出来ることをしたい。
「ねえ」
キリアが沈黙を破った。
「要は、この国がフォンロンを支援することになって兵を出す時にグレイセル様がクノーマス領とククマットの代表として召集されるのがマズイってハルトは言ってるのよね?」
「身分を隠して行動出来るといいからな。そうすれば俺と二人で最前線に立てる。そこに同行出来る奴なんて限られてるからそいつらに黙ってて貰うことも簡単だ」
キリアはそこまで聞いて何か確信めいたものを感じた顔をした。
「だったら、クノーマス領とククマットで兵を出す必要がないくらいの支援が出来ればいいんじゃないの? そしたら……グレイセル様は、代表としてそこに立つ必要なくなるんじゃないの?」
キリアが私を見て、ニヤリ。
え、なにその笑顔。
「あんたの作るもの、魔法付与出来るよね? しかも確実に。そしてあんたの恩恵であたしも高確率で付与できるものが作れる。支援って形でこのククマットとクノーマス領と 《ハンドメイド・ジュリ》の名前でできる限り支援物資の提供をするのを条件に何とかこっちの都合のいいように先にフォンロンに交渉できたりしない?」
「それ、採用」
ハルトがへらっと笑ってそう言った。
私のセリフだと思うんだけどね。
まあ、いいか。
「それなら! こちらでも出来ることがありますよ!」
レフォアさんも乗り気だったなぁ。
作るよって私言ってないんだけど。いや、作るけども。
「なるほど、その手があったか」
おうっグレイも納得って顔するの! ってツッコミ入れるべきだった? いや、まあ、いいか。
「恐らく近隣各国には既に通達されているはずです。ただ、要請があるまでは動かないでしょう、『覇王』となれば被害は甚大、どの国も兵を無駄にしたくはないでしょうから。正式な支援要請を陛下が出すまでは時間があるはずです。その間にクノーマス領とククマット領には……兵ではなく、それに相当するだけの支援を、ジュリさんの魔物素材だけで出来ている魔法付与された装飾品の提供を陛下から直接公式に要請してもらう、というのはどうですか。さらにグレイセル様がフォンロン国内で後方支援活動をすることも加えれば、フォンロン国内にいることも不自然ではなくなります」
レフォアさんのこの提案から。
まぁ、皆さんの動きの速さといったら。
「で、作るよね?」
っていうキリアの言葉に当然。
「やるわよ、まかせろー!」
って私が言ったせいもあるけど、ほんとに速い速い。
「オレ、フォンロンの国王と会って来るわぁ。あとこの国の王妃にもその後会ってくる。明日までには戻るからなー」
って友達に会いに行く軽さで、転移したハルトにレフォアさんたちが腰抜かしてたなぁ。
「父と兄上と話してくる。素材が大量に必要になるだろう、その相談もしてくる。誰かローツを呼んで来てくれ、緊急を要する案件だと言ってくれればいい。一旦私は屋敷に戻る、屋敷に来るよう伝えてくれ」
って颯爽と出ていったグレイは、カッコいい。
「す、すぐ国に戻り私もギルドで話をしなければ!」
ってレフォアさんたちはアワアワしながら出ていった。大丈夫かな? そんなに慌てると怪我とかしそうだけど。
「しかし、よく思い付いたわね」
「何が?」
「うちの作品提供。私は全然思い付かなかったけど。それだけ動揺してたってことかな」
「ああ、それはあんたが【彼方からの使い】だからね。異世界から来てるからピンと来なくて当然でしょ。……こっちは切実なんだよ、旦那が徴兵されたら嫌だもん」
「あ、そっか……」
キリアは肩を竦めて、苦笑する。
「ズルいって言われてもあたしは構わないんだ、大事な人を、兵になりたくない人を出さなくて済むならそのためになんでもする、なんでもね」
キリアの気持ちと同じ人は、どれくらいいるだろう。いや、きっと、どれくらいなんて言葉は相応しくない。
皆そう思ってる。
有事の際、この国は志願兵を募り軍を強化するけれど、その志願兵が国の求める数に満たない場合、徴兵制度が適応される。
色々基準があるらしいけど、特に対象になる確率が高いのは、既婚で、子供がいる人。
その方が生き残るために執着を見せて人口減少に影響を与えにくいとか、若すぎても年配過ぎても兵には向かないとか、色々な理由でそうなっている。
キリアたち夫婦には息子、イルバ君がいる。
キリアの夫ロビンが徴兵対象になる確率は高い。ましてクノーマス領は数年前の国境問題で志願兵と徴兵を多く送り出し、多大な被害を被っている。志願兵を望めない今、兵を出せと言われたら、戦う意思のない、戦いを嫌う人たちが国の命令で徴兵されることになる。
「……死ぬ気で作るよ、キリア」
「ジュリ……」
「私だって、グレイに行って欲しくない。でもあの人を止められない。だから作る」
「……うん、そうだよね」
「やるよ」
私の決意にキリアが頷いた。
すぐに、ライアス、フィン、そしておばちゃんたち、懇意にしている職人さんたちに明日集まって貰うよう連絡した。
私とキリアの作るものでないと魔法付与は難しい。そして店の商品も私とキリアが大なり小なり手掛けているからこのまま店を営業するのは困難だ。一切店の商品を作らずかかりきりになるのでその間は休業することになるし、量産するには恩恵持ちのフィンたちの補助が絶対的に必要だ。作品作りに集中するためにも素材準備や片付けなども沢山の人に助けてもらうしかない。
何事かとライアスたちは不安そうにしたけれど、皆が揃って話そうと思う。
グレイ、そしてハルトが持ってくる話も聞いておきたいから。
その上で皆で話し合って準備を進めたい。
どうなるかわからないけど、無駄になってもいいから出来ることを確実にこなして、備えたい。
出来ることをする。
大事なことだ。
翌日。
私とグレイから聞かされた従業員の中にはその場にへたり込んでしまう人や具合が悪くなる人もいてちょっとした混乱が起きてしまった。
けれど事の重大さに皆がすぐさま気持ちを切り替えた。
「ハルトが……フォンロン国王からククマットへ魔法付与装飾品の提供要請をベイフェルア王家を通じて公式に依頼すること、そしてクノーマス両家は私が名代として立ち、補助や後方支援として自警団から最大でも十名まででいいこと、クノーマス家は魔物素材の買い付けや付与品の現場での配布などを一手に引き受けること、そして支援金を用意することで、クノーマス両領からの徴兵は不要であるとベイフェルア王家に取り成してくれるという約束を取ってきてくれた」
徴兵は不要。
浮き足立つ程の安堵がその場を包んだ。
その安堵はみるみるうちに活力へと変換されていく。
傷つく事を、死ぬことを『国のため』を理由に強要されない。
それが裏取引で、他の人が知ったら罵声を浴びせられ、蔑まされる卑怯なことだとしても。
罵られてもいい、そんなのは、耐えられる。
大切な人を死地へと送らず済むのなら。
皆の顔が、私にはそう見えた。
その卑怯な想い、私も今この瞬間、背負った。
この世界で生きていく手段の一つを、知った。
「アストハルア公爵様に相談してみる、高額でも構わない、侯爵様にお願いして買い取れるだけ買い取ろう、いざとなったら私とグレイのもの全て現金化して買い付ける」
私の加工するものは何故か、攻撃系の付与が付かない。
だとすると、防御、そして補助系。体力や魔力の回復、各耐性の強化、防御力の強化、そして運上昇や危機回避など。
「スライム様、かじり貝様は大量に欲しいね。私とキリアで作ればほぼ間違いなく魔法付与できるから。それとフィン、冒険者ギルドに依頼して色付きスライム様の捕獲も依頼料を二倍にしてでも優先してもらって欲しいって伝えてきてくれる?」
つまり、ハルトとグレイ、そして最前線に立つ人たちに持たせられる魔法付与の装飾品が支援系だけになってしまう。
グレイとハルトが使おうとしている【スキル】はどちらも攻撃系のもの。ハルトの【時間停止】もその構造上攻撃系に分類されるとかで、直接二人の【スキル】に影響を与えられない。
「それと、当分お店は休業する。会計士さんたちに従業員全員の休業手当の計算が必要になるから準備を進めるよう伝えて。 それと内職、副業はそのまま維持してもらって。それぞれの規定の最低数の買い取りは保障するから、検品担当の人達は通常通り勤務できることも伝達忘れないで。その辺りの相談はローツさんに」
だから私が作らなくてはならないのが、元々二人が持っている魔力を極限まで、いや、限界を超えるだけ魔力を増幅させるか、消費される莫大な魔力を枯渇させないだけ回復させるもの。殆どの【スキル】の発動は魔力を原動力としている。だから魔力を何とかするものが必須になる。
「誰か侯爵家に行ってシルフィ様に直接言伝てお願い出来るかな? 『バニア家と融資の契約をしたい、今回のことが有事に当たるはずなので融資は出来ないはずだけど、何とか法に触れないで受けられる方法はないか』って。お金はいくらあってもいい、他にも何らかの形で私にお金を融通してくれそうな人をローツさんに調べてもらうようにも伝えて。超希少な素材となるとたった一つで一千万リクルがすっ飛ぶからそれを即金で買い取ることになるかも。時間がないから民事ギルド長に私の預金全部下ろすかもしれないからその手続きの準備してほしいこと誰か言ってきて」
膨大な魔力を保有する二人のその魔力を支えられるものとなると、国宝級。
生半可な素材では耐えられない。
扱うことになるのは。
素材自体が王族などに献上される超希少素材。
果たして、それを入手できるのか。
それよりも。
私が加工できるのか。
加工出来ても魔法付与ができるのか。
強烈な不安が襲う。
「バールスレイドのリンファに魔導通信具で『手を貸して』と手紙を書くから専用の封筒と便箋持ってきて。ヒタンリ国から素材が直ぐに入手出来ないか相談もしないと。それとアベルさんだ、あの人にも連絡。ハーフの人たちの転移は役に立つと思うからこの際使える伝は全部使うよ」
頭をフル回転させて、その不安を拭う。
思いつく限りのことを言葉にして。
矢継ぎ早に指示を飛ばす私に皆が右往左往してちょっと混乱する中、一斉各所に送り出された手紙に直ぐ様反応してくれた人がいた。
『当家所有の素材を提供する。どのような魔法付与をするのか詳細を教えてくれ。直ぐ様そちらへ届ける手配をする』
アストハルア公爵様だった。いつもの淡々とした文章。これがなんだかとても心強く感じる。
そして、リンファからも。
『なんでもするわよ』
こちらはただ一言。余計なことは言ってこない。この一言から伝わる。私がお願いすることなんでも叶えてくれようとしているんだと。
そして、侯爵様から。
『思うように、自由に、動きなさい。全力で支えるから』
やっぱり、この人は何だかんだありつつも私を助けてくれる。そういう人、なんだと思う。エイジェリン様と政策を巡って対立している部分もあるけれど、私としてもそれはどうなんだと思う事もあるけれど、感謝だけでなく信頼できる侯爵様に、こう言ってもらえることを望んでいて、そして言って貰えて不安が払拭されていくのを確かに感じる。
「……気合い、入れないとね」
戦いが始まる。
私ができる、作業台の上での戦いが。




