2 * 直前会議
開店前にお店に入ってきてしまう人を止める必要にかられて、ライアスにしばらく店の前には誰か人を立たせたほうがいいと言われたわ。
「こりゃ開店したら大変だぞ。商品見るにしたって店に客が数人しか入らねぇ」
そうなんだよねぇ。
女の子五人と商人風の人六人で店は一杯って感じ。大物はレースだけだから壁にかけてるだけで場所を取らないけど商人さんみたいに荷物背負って入って来るなんて駄目よ、商品にいいことなんてない。
急遽ライアス、フィン、そしておばちゃんトリオと密かに私が呼んでる三人とお昼ついでの緊急会議。この三人のおばちゃんはそれぞれデリア、ナオ、メルサ。レース作りの要になってくるだろう技術を身に付け始めた今後重要になってくる人たちだ。三人にはいずれ家のあるあの農地に開く店の主力になって貰う話をしてあって、だったらお店で働く事を学びたいと申し出てくれたのには本当に助かった。商品の管理、お金の管理、シフトの管理、その他諸々やることは限りない。私がバタバタしてるのを見て不安になったのかな、開店したら冬の間だけでも毎日交代で手伝わせてくれって。
向上意欲があるのはいいことよ。
ちなみに……。
私たちがテーブルを囲んでいる後方、棚の奥に作った事務スペースの椅子を持ち出して座って話を聞いているグレイセル様。おばちゃんたちはもう慣れっこ。
やっぱりいるんだよねぇ。
ライアスが頭を抱えてる。
うん、見なかったことにする。
そんな訳で意見を出し合ってまとめたところでなぜか毎日やって来る自警団のトップから提案が。
「自警団の、この地区と近隣地区の新人にその仕事を任せてみないか?」
とのこと。
今年の春から入った新人って、皆十六歳の男の子。この国は十六歳が親元を離れて働ける準成人という年齢。十八歳が成人で結婚とかお店を持てるとかになるから日本でいう運転免許とか投票権みたいに成人前にできる社会進出の基本みたいなものよね。
で、その子たちはまだ自警団で本格的な仕事は出来ない。領内に発生する魔物を討伐したり犯罪者捕まえたり経験ないと出来ないことがやっぱり多いからね。なので先輩たちにくっついて最低一年は勉強と経験を積む期間になるんだって。
あともうひとつ、これ結構重要。
「顔を覚えて貰うことと、不特定多数と会話すること、これがなかなか出来るようで出来ないんだ」
あー、わかる。思春期の男の子だね (笑)!!
グレイセル様は貴族社会で育って子供のころから社交術とかそういう教育をびっちり受けているし慣れている。でもそんな教育って一握りの人間だけよね。
それから、とグレイセル様が続ける。
「朝と、露店が終わる時間、それからこの店の閉店した後の家までの送り迎えがあるといいと思うんだが」
「送り迎え、ですか」
「ジュリの家近辺の人間や商品を決まった時間に送り迎えをする人間と馬車があるべきだと思うんだが」
あー、それね。
考えはして、そして開店準備を始めたころに一回だけグレイセル様に愚痴ったことあるわ。
家がある地区からこのククマットの中央市場まで歩くと四十分以上。
長いよ四十分は。電車、バス、自転車使ったら相当な距離行けるよ。
こっちの人は歩きが普通。馬車は主要な道を走る乗り合いはあるけど、農地の地区は住民も少ないから通るはずもなく。馬車を持ってる人が少ないからねぇ。
でもねえ、グレイセル様の提案ってことは侯爵家の人員と馬車でしょ? コストが。
「事情があって、騎士団を引退した人間と乗り合い馬車で使う予定だった一回り小さい馬車があるんだが、どうだろう」
これは投資と思ってくれの一言のあとグレイセル様が語ったのは、騎士団や自警団で働けなくなった人たちを雇える場所の拡大だ。
騎士団は当然何かしら戦うことを想定した職業だとわかるけど。自警団って……。
兵士なんだよね、ざっくりいうと。
昔は領土を巡って他所の国と戦っていたのが主に隣国に接する領地の領民からなる兵士だった。激戦区になれば国や力のある貴族の領民がたくさん投入されて守ってきた。今でこそそういうことはほとんどなくなったというけど。
ほとんど、なのよ。とある伯爵の領地は今も好戦的な国と接していて小競り合いが数年に一度、酷いと一年に一回はある話は住んでいれば嫌でも耳に入ってくる。この侯爵家の領地は長らくそういうことはないそうだけど、それでもその伯爵の領地に自警団の人を増員で送り出すことがある。国からの命令だから断る選択肢はない。
それに、志願する人は絶えない。数ヶ月国の防衛としてそういう争いに身を投じると一年働かずに暮らせる額の褒賞金が出る。
でも、現実は不平等だ。
手足を失ったり、麻痺したり。亡くなる人もいる。満足に体を動かせなくなれば働き口は激減するし、残された家族は働き手を失って収入を得る必要がある。一年働かずに暮らせる褒賞金はその間に何とかしなさい、という意味合いも含まれてる。いわゆる遺族への保証金はあるけど、褒賞金とそう変わらないらしいから、結局は将来のことを考える期間は限られている。
「当面、その賃金は侯爵家が出す。もちろんいずれはジュリの店が出せるようになってくれるのが理想だし、仕事内容からして賃金は低めで負担になる金額ではないはずだ。ただ、それを今から試験的に継続していけば、ククマット周辺の乗り合い馬車をもっと増やせないか、と考えている」
この人、凄いよね。
私のやろうとしてることに、何か見いだせないかきっといつも注意深く観察してたんだと思う。私の異世界ならではの愚痴とか笑えるネタとか、そういうのも役に立つかもって聞いてたんだ。
凄いひと。
ただその一言。
尊敬する。私より二歳上なだけなのに。広い視野で世界をみれるんだよね。
私もいつか、この人のようにもっと広い視野で世の中を、この世界を見れたらと思う。
うん、そんな尊敬できる人の提案なら、私も試してみたい。視野を広げるためにも。
これらの提案二つは即その場で取り入れることが決定した。
これで懸念案件は片付きそう。
そして。
ついに。
この日がやってきた。
「いやぁ、ドキドキするねぇ」
ってフィンが明るい声で。
朝到着した私とフィンとライアス、そして初日という事で女性陣が十人も手伝うって付いてきたんだけど。
店の前すでに人がいるのよ。
十六人。
開店予定時間より二時間も早いのよ。
え、すごくない?
宣伝なんて自主的なもの一切してないのに。
おばちゃんたちも自分のことのように喜んで緊張して、なぜかやたらと笑ってる。自分が作ったレースとか、手伝って関わった商品が売れるか気になるんだろうね、こうして人が並んでるのを目の当たりにすると。
とりあえず笑って緊張を解してるのね。
……それより気になるものが私にはあるのよ。今朝、これから馬車で送迎をしてくれるって人が来たのね? グレイセル様は自分の馬に乗って来たんだけど、その人は馬車を操って来て。
ローツさんっていうんだけど。
……ただ者じゃないと思うんですが。
グレイセル様より年上って言ってたから見た目からしても三十は越えてる。わりとがっしりとした体つきで社交性もそこそこあっておばちゃんたちに絡まれてもニコニコしてて。いい人そうなのはわかる。わかるのですよ。
でもさ? 騎士団に所属してたっていうからマナーとか一通り出来るのは当然なんだろうけど……身のこなしとか、話し方がね。
貴族の匂いがする。
確かに左手が不自由なのかな? という動きはするのね? 手綱を操るとき腕に力を込める動きとかが左手が凄く大きく意図的に動かさないといけない感じだったり、身振り手振りが右手だし。でも、貴族の匂いがする人、馬車係なんてするの?
「ちょっとね。訳ありだ。子爵家の次男で私と同じく王家の騎士団に所属していたんだが、静養中の王族の護衛中に盗賊に襲われて酷いケガをした」
そうなんだ。
「想定外の多人数に襲われたものの何とか王族は無傷で事なきを得たが。その代わり護衛はな。……治癒魔法が使える魔導師を自分の部下優先で治療させてるうちに……ローツは間に合わなかった。将来をかなり期待されていた男だったよ、誰もが認める程の。それほど恵まれた体をもってしても、駄目なときはあるのだと、失うものはあるのだと思い知らされた者は多い」
神経とか、血管とか。そういうのはどの世界でも一緒みたいで、ここでもどんなに魔法やポーションと言ったファンタジーなものが発展していても繋げるのに時間との勝負だってきいたことあるなぁ。しかも多少時間が経ってからでもつなげられる上級の回復ポーションなんてのは高価で作るのも難しいから騎士団でもそうそう在庫は抱えてないらしい。
「身分もあるが、そういういきさつで騎士団にいられなくなったのを王宮が扱いかねたんだ。貴族だから無下にも出来ずに。それに、本人も領地に戻っても居心地が悪いというから、ならばとうちの領地の主要な港地区で自警団を取りまとめてもらっていた。それでジュリの仕事に興味を持ってやらせてくれないか? と」
いやいや。他の人に……といいかけたら、グレイセル様いわくお金には困っていない男だから好きにさせてやりたいという話なので余計なことは言わないことにした。
どっちみち、ローツさんも貴族だしなぁ。下手なこと言えないわ。
ならば言うことは一つ。
一緒に楽しく働きましょう!
だね。
……おばちゃんたちにはあんまり図々しいことお願いしたりしないように言っておかねば。
私の心配をよそに、このローツさん、のちに私のお店でなくてはならない従業員となり、しかもいいリアクションする人懐っこい癒し系キャラってことが発覚して、モテてモテて、女達が争奪戦を繰り広げるのを見て私やおばちゃんたち、そして既婚者たちはドン引きしたりするんだけど、それはまた別話なので。
割愛。




