20 * 一通の手紙
先日、正式にククマットはグレイセル・クノーマス伯爵を領主とする、クノーマス・ククマット領となった。びっくりするくらいあっさりと終わった叙爵に地区民改め領民が勝手にお祝いムードを盛り上げてそこら中で酒盛りが行われ乱闘騒ぎが起きククマット領自警団が早速活躍していたわ。
「ほどほどにな」
領主が酒好きなので、あまり強く言えないらしく、当分は酔っぱらいが自警団のお世話になる光景は続きそう。
そしてここ最近、従業員が増えたり売上も伸びつつ、お陰で忙しさは相も変わらず。いわゆる順調な私達。
ルリアナ様の体調も安定してきて妊娠したことが公表されて早く生まれてこいと皆でワクワクしながら待っている日々。
私とグレイの結婚の準備も進む。そしてローツさんから正式に結婚式のプロデュースをお願いされ、当然快諾。ちなみにローツさんの恋人セティアさんは修道女としてのお務めがまだ終わらないのでドレスの採寸のために支援品をお届けする日にやるのがいいだろうとその予定を組もうとしたら。
「それ、あたしも一緒に行くよ。採寸まかせな」
とデリアからの申し出。
なんでも私達の結婚式がククマット主体で行われると決定してから女たちの間では『ウエディングプロデュース』が流行りだしたとかで。乗り遅れるなと皆が浮足立っている。
……結婚式のプロデュースが流行るって、なんだよ? という私の疑問は聞かなかったことにされ、とにかくククマットは今結婚式ネタで盛り上がっていたりしている。
ハンドメイドと全然関係ないそんなこと以外でもククマットの大市の企画とか、フィンが絶好調で勢いで作ったレースは図解があっても最早フィン以外に編める人いないっていう物凄い芸術的な特大レースになり、それを巡り主だった知り合いの夫人たちから売ってくれと声が上がるとその夫人たちが牽制しあってあわや国際問題にまでなりかけ、ケイティが『いつものくじ引きで解決しなさいよぉ』と笑顔で一喝しなんとか事なきを得たり、マーベイン領から追加で穀潰し様が届いたんだけど、加工が上達していてフワフワ艶々度がアップしてて歓喜し小躍りしたら足捻って捻挫してグレイとキリアとローツさんにめっちゃ説教されたりと、なんだかとにかく充実していて忙しいし騒がしい、至って平和な日常。
そんなとき。
それは、フォンロン国の冒険者ギルド職員のレフォアさん宛てのもの。
レフォアさんにはいつも手紙がたくさん届く。ほとんどの時間を《ハンドメイド・ジュリ》の夜間営業所兼研修棟である建物で過ごすのでそこにまとめて届けられる。それは常なることで私たちもいつものことだと思った。
たまたまグレイと共に朝からこの棟に来る予定だったの。キリアと白土部門長のウェラを交えて試作品を基にどれくらい量産できるか、価格はどうするか、そんな話をするために。
「おはよー」
入った瞬間、まずキリアの雰囲気がいつもと違って気になった。そんな彼女の周りには今日この研修棟で作業する女性陣がいて、なんとなく落ち着かないキリア同様いつもと違う雰囲気を醸し出していた。グレイも何かを察してその中央に視線を向けて。
キリアの目の前、何通かの手紙が重なるように置かれている。その一番上、とても目立つものがあった。
それを見たグレイが無表情のまま目を細める。
こういうときの勘って、大概良くないものを察するんだよね、なんて思ってしまう空気が流れ出す。
そして。
「どしたの?」
「レフォアさんに届けられた手紙なんだけど」
私の問いに、キリアがとても険しい顔をして、切り出してきた。
「グレイセル様、レフォアさんに確認してもらえますか?」
キリアからこんなお願いが出るなんて珍しい。普段彼女はレフォアさんたち含めた研修で訪れるフォンロンギルド職員に干渉するようなことをしない。それを知っているグレイも少し驚いたのか、ピクリと眉毛を反応させる。
「その理由は?」
「表、みればわかります」
キリアは手紙に手を伸ばし、やけに上質で濃い青という目につく紙で作られた封筒を裏返した。
「!!……『緊急召集状』、か」
グレイの声に、事の重大さが垣間見れた。
緊急召集状。
こちらの世界について勉強したとき、ああ、異世界だなぁ、と実感させられたことの一つ。
これは、冒険者ギルドだけでなく、民事ギルドで商品を登録して権利を所有する人や商売している人は必ず覚えておくべきものの一つと教えられた。
この『緊急召集状』とは、まさしく緊急事態が発生、もしくはその兆候が見られる時にギルドから出されるもの。
特に、冒険者ギルドの職員や登録している上級の冒険者たちは緊急事態に直接携わることが多いため所在がはっきりしている場合真っ先に届くとされている。
「私には届いていないし、父からも報告はないな。……だとすると、フォンロン国内で何かあったか。いや、使者が直接来ないなら、時間に猶予がある問題になる兆候が出ているということか」
侯爵家や、グレイのように騎士団に所属していた人物たちも、資金調達、優秀な人材として通達が優先して届けられることが多いと聞いている。特にグレイは個としての能力が極めて高く冒険者としてもランクが高いので通常真っ先に召集状が届くはず。
そのグレイや侯爵家に通達が来ていないとすれば、ベイフェルア国内ではなく、フォンロンで何か起きているということ。
フォンロンは隣国だから、こちらは無関係、とはいかない。このクノーマス領は今やフォンロンとは切っても切れない関係。それは国有数の港を抱えフォンロンとの玄関口の役割があるだけでなく、侯爵家を介した私の技術提供という繋がりもある。
なにより、フォンロンとこのクノーマス領は古くから交易が盛んな土地。国は違えど何かあれば必ず互いに大なり小なり影響がある。
一体何が書かれているんだろう?
もしかして、最近フォンロンを騒がせている問題が実際に起こったの?
皆一様にそんな疑問と不安が入り交じる顔をする中でグレイだけは酷く落ち着いている。こういうことになれているのかもしれない。
「おはようございます、あれ、今日はジュリさんたちも……って、どうしました?」
私たちがいるのを見て、にこやかに人当たりよい雰囲気で入ってきたレフォアさんマノアさんティアズさんの三人。グレイが無言で差し出したそれを見て固まった。
「えっ?」
固まって、すぐに我に返って、レフォアさんが手紙に飛び付き、奪うようにして手紙を両手で握る。彼の後ろの二人も、顔が強張りつつレフォアさんの手元を凝視して。
「差し支えなければ、見せてもらえるだろうか」
グレイの言葉に、ほんの一瞬考えてから、レフォアさんがしっかりと頷いていた。
「ドラゴン発生の兆候? え、それって、……普通のことじゃないの?」
「普通のドラゴンならな」
この世界には、魔物が無数に存在してることは私もすっかり覚えて、そして利用までする立場になっているから結構詳しくなったつもり。
一度ドラゴンの素材も扱えたらいいなとグレイが言ったことがあって、気になってドラゴンの生態について勉強したことがある。
この世界にはドラゴンだけで二十数種類存在していて、手のひらサイズの小さなものから建物みたいに大きなものもいて、それらは地域によって分布は様々だし数は少ないけど大陸中にいるらしい。
ただ、その魔物の生態系やドラゴンの生態とはかけ離れた存在のドラゴンがいる。
いる、といっても現在はその存在が確認されていない。
『覇王』。
自動翻訳でそうなる。何回聞いてもそう聞こえる。
名前に王が入ってる段階でもう厄介だし強いし怖いことが想像できちゃうよ……。
で。
『覇王』の発生は、他のドラゴン含むあらゆる魔物の発生とは全く異なる。
通常、魔物はダンジョンの地下や、普通の土地のずっと下にあるとされる大きくて魔素が超高濃度の魔石、『魔核』とよばれるものから出ている魔素が自然界のものを取り込み結晶化して成長し魔物に変化している、といわれてる。私としてはもはやファンタジーな現象なので説明のしようがない摩訶不思議なこの世界の常識としてそういものだと受け入れている。
それだけでも理解し難い現象から発生する魔物の中でもドラゴン『覇王』だけはさらに違う特殊な発生の仕方をすると。
―――巨大な魔核が直接変異したもの――――
らしい。
『らしい』というのもなんともまた微妙なことだと思わずにはいられない。
魔核は生きている、と表現される。これも理屈も原理も全く不明、そういうものという結論。
各地に無数に存在する魔核は周囲の魔核と融合して巨大化したり逆に分離したりすることもあって、それを繰り返しているので時として魔物の氾濫が起きたり安定期がやってきたりと変動する存在。摩訶不思議の代表格。
魔核の放つ魔素から生まれる魔物はその濃さや環境で種類や強さも変わる。濃ければ濃いほど強い魔物が生まれるし、数も多くなる。スライム様の生息地でもあるここからも近いイルマの森にあるダンジョンは小さな魔核の上にあるから護衛さえ雇えば私でも入れるし、逆にマイケルやケイティ達が依頼で魔物討伐に繰り出すダンジョンの殆どは大きな魔核の上にあるから魔物が強いという。魔核によって、この世界の安全地帯と危険地帯が明確に分類出来てしまうというところもやはり異世界ならではだと思うわ。
そんな魔核の存在と性質からかけ離れた魔物。
魔核そのものが変質することで生まれるドラゴン。
どう考えたってロクなことではない。
しかも、『覇王』は過去に一度実際に発生し、歴史にその名を刻んだからこそ知られている。
大きさは数千メートル級の山を越える高さになるとか、羽ばたき一つで広い領地一つが消し飛ぶとか、最早世界の終焉を予感させる話しか残っていないの。というか、実際に『覇王』の齎した被害で生き残った人がいないから詳細が残らなかったという話もあって、ね。
『南部ゴアヤムのダンジョン地下にて魔核の振動が確認された。ヤナ様による鑑定で地殻変動ではなくドラゴン覇王発生の兆候と確定。ただちに帰還し対策本部に合流せよ』
重厚な手紙には物足りないくらい、簡潔な文章だった。
「ばかな、『覇王』なんて、そんな」
崩れるように椅子に腰かけてしまったレフォアさんたち。
グレイは彼が投げ出した手紙を手に腕を組んでそんな三人をじっと見つめる。
「ねぇ、グレイ。単刀直入に聞くわね、止めることはできないの?」
私の問いに、キリアも探るような目をグレイに向けた。
「出来ない。地下にある魔核を破壊することが出来てもそれはそれで問題が起きるとされている」
「え、なんで?」
「あくまでも伝承だが……破壊するとドラゴンになり損ねた魔核から溜め込んだ魔素が一気に溢れて一日で国を壊滅させるだけの他の魔物を膨大に生み出してしまうと」
「……被害は、どちらも同じようなもの、と言われているんです。かつて『覇王』発生の兆候から速やかに動いて魔核を魔導師や剣士を総動員して破壊に成功した国がありましたが、彼らが地上に戻ったら魔物で溢れ人や動物が食い尽くされた、生物のいない死んだ土地に変わり果てていたという話です」
ポツポツとレフォアさんも会話に加わる。
「じゃあ、過去……そのドラゴンが発生したあとどうしたの?」
「一国の軍力総出はもちろん、他からの加勢もあってなんとか討伐した、らしい。その時の情報が殆ど残らなかったんだ。『覇王』討伐に参戦した者は誰一人生き残らなかったとも云われている。今残っている逸話や情報も逃げて生き延びた一般人たちが遠目で見たとか、人間に殆ど干渉しないエルフや人魚が見たごく一部の情報だとか、曖昧な点も多くてな。ただ共通して残されているのは『覇王』が発生したら最後、国が一つ滅ぶか、魔核を壊したら魔物が溢れて人が住めなくなるかのどちらか、ということだ」
「つまり、どちらにせよ大陸に大きな影響を及ぼす?」
「ああ」
私たちは言葉を失った。
なんて言えばいいのか、わからない。
「通常の魔物の発生の理から外れたドラゴンだ。その終わりも特殊と言われている。討伐しなくても数日で破裂するように消えるとも言われているが、まず発生直後から破壊衝動が緩むことはなく、放っておけば一国どころか周辺諸国も巻き込まれるだろう。そして破裂するときその肉体の破片を撒き散らす。それそのものが巨大で凶器だ、一つ飛んできただけで小さな地区なら消し飛ぶとされている。つまり、討伐するしかない」
「簡単に、討伐って、言うけど……出来るの?」
「出来る」
迷いない断言するそのグレイの声に、レフォアさんが顔を上げた。
あ。
女の勘。
この人が言いたいことが分かってしまった。
行くのね。
そこへ。
「ジュリ、ハルトと私なら」
あなたは、持っている。たとえ私の影響が強いものだとしても。
【スキル】、そして【称号】を。
神様の気まぐれ、いたずらで不必要に強化されたものを。
ハルトがこの世界全てを敵にした時、止められる人間はマイケルたちを含め僅か数名。その数名の中に、入ってしまった。
私には出来ない。
決して、出来ない。
それを。
グレイ、あなたは、出来るんだよね。それを理解しているんだよね。
「行くの?」
「ああ」
「そう」
「ジュリ、ちょっと?!」
私の素っ気ない返事にキリアが直ぐ様反応した。
でもそれを私は、手で制する。
「グレイが行くと言うなら止めない。その代わり、私もできることをするから」
「ああ」
伝わった。
こういう時のグレイは本当に、なんていうか、胸が苦しくなるほど私を理解してくれているんだなって、こみ上げるものがある。
こんなことで通じ合う、何だか切ない。
でも、それでいい。
それが私達。
ここからしばらくいつものハンドメイドと女たちのやかましい雰囲気お休みです。
役に立たなそうなジュリがどう関わっていくのかを見ていただければと思います。




