19 * とあるイキモノ?達、叫ぶ
この章最後はかなり緩ーいお話。作者の息抜き回。
思いつきで時々書いてたものを纏めたものなので、時系列とかあんまり気にせず読んでください。
―――とあるブラックワーム―――
俺が主と出会ったのは、主がまだ子供のころ。
父親に『クノーマス家の男ならダンジョンで一晩過ごせて当然』と、俺が住処にしていたダンジョンに放り込まれた時。スライムやブラックホーンブルの他、弱い魔物しか発生しないダンジョンとはいえ、そこに我が子を放り込むのは常軌を逸脱していると思った。
「……なんで付いてくる?」
ずっと後を付ける俺をギロリと睨む主は子供ながらに既にその底しれぬ力を宿した目をしていた。
ブツブツと父親の非道な行いを独り言か俺に語っていたのかわからないがある時俺が付いて来ることがおかしなことだとようやく気づいて発した言葉に、その時の俺は。
―――だって俺の主だから―――
と、言いたかった。でもそれを伝える手段がなかった。
こんな人間、いない。
俺を見て、怯えない人間、知らない。
この人間、きっと、他と何か違う。
この人間、多分、俺を殺さない。
だから。
主だ。
伝える手段がなく、ただ後をつけるしかなかった俺に、ダンジョンの一番奥まで到達してたった一人で八体のブラックホーンブルを屠って疲れ切った主がその場に座り込んで言った。
「食えよ、腹が減っただろ」
主は腰に下げていた小さな鞄から出した何かを固めただけの棒状の物をモソモソと齧り、皮袋の水を少し飲んだだけだった。
「解体とか素材になる箇所とか、よく分からないんだ。どうせ一人で家に帰るまでが目標だからな。食っていいぞ」
疲労困憊な顔に、僅かに笑みを浮かべ、主は冷たい岩に背を預けた。
ブラックホーンブルは俺が食べた。八体全部、目の前で飲み込んだ。主はその光景を自分の膝に肘をのせ、顎を支えて眺めているだけだった。
俺は魔石は食べないから、八個、主の前に吐き出した。びっくりしたのかぐんっと背を伸ばして仰け反ったけれど、主は魔石を拾って俺に目を向けて。
「くれるのか?」
欲しいなら、あげるよ。体をしならせて肯定してみせた。伝わっただろうか?
「……そうか、ありがとな」
伝わった。
よかった。
あれから月日が流れて、俺は大きくなって能力も高まって、影さえあれば主のいるところどこにでも行けるようになった。主も恐ろしい勢いで成長し、能力が高まり、自分の影に俺が潜んでいる事に気づくようになっていた。
そして、務めを終えた主が故郷に帰ってきて。俺は主の側でさらに成長し続けてついに言葉を交わせるようにもなっていた。
『番』を紹介したいと言われた。
主の後ろでビクビクしながらこっそり覗き見するようにしている人間。
小さい。
そりゃ、俺が怖いか。
ちょっと悲しくなったけれど仕方ない。
けど。
新月の夜の闇に目が慣れてきた『ジュリ』と紹介された人間は、次第に目つきが変わって、スッと自ら主の後ろから出てきた。
「ジュリ?」
「ねえグレイ、触っても大丈夫?」
「ん? ああ、大丈夫だ。おい、何もするなよ?」
体をしならせて肯定すれば、ジュリは驚いたのか目を見開いた。
「ホントに言葉理解してるんだね、すごい」
「少しなら喋れるぞ?」
『……ジュリ……ジュリは主のつがい、なるのか?』
「おおっ、すごい! そう、番になるのよ。よろしくね」
『よろしく。もっと言葉、覚える。そうしたら、ジュリともっと話せる、ジュリの話、聞きたい』
「私もね、この世界のことまだまだ知らないから教えてよ」
『俺の知ってること、それでいいなら。教えるよ、たくさん話す』
そこまで話して、ジュリがジッと俺を見つめる。
「……いやぁ、ちょっと感動だわ。まさか『闇夜』と意思疎通が出来るとは」
ん?
『やみよ』?
誰だ?
主も不思議そうな顔をした。
「……ジュリ、その『闇夜』とはなんだ?」
「え? ああ、私が勝手に付けた。ほら、ローツさんにもブラックワーム懐いちゃったじゃん? 二人とも単にワームってしか言わないからどっちの事か分からないんだよね」
あれ、俺、名前付けられてる。
しかも主じゃない人間に。
でも、悪くない。
『俺、『やみよ』?』
「そう、闇夜に出没するから」
単純!!
「ちなみにローツさんの方は『新月』。新月に発生したから」
こっちも単純!!
しかも、俺たちは皆新月に生まれるし!
俺も俺の分身も、単純な理由で名前付けられてた!!
ゾク。
あれ、なんだ、今の。
ジュリの視線?
「ウネウネしてるこの体毛? 最初怖いと思ったけど……なんか……こうしてみると、面白い素材になりそうだね?」
ぎゃぁぁぁぁっ!!
素材認定された!!
怖い、ジュリ、怖い……。
「あ、大丈夫よ、闇夜は素材にしたりしないから」
―――とあるちっこいブラックワーム―――
おいら、兄貴から分裂してまだそんなになってないんだ。体も小さいし能力も全然ない。油断すると他の魔物に襲われたりするから闇に潜んでる事が多いんだ。
「おいお前、いつの間にか名前貰ってたぞ」
兄貴に『この人ならいいぞ』って教えられておいらが選んだご主人。
片方の手が昔の怪我のせいであんまり動かないんだって。でも強いんだぞ、このあたりをウロチョロしてる怪しい奴らなんて片手でサッと片付けられるんだ! かっこいいんだぞ。
そんなご主人がおいらの自慢の触覚を撫でながらそんな事を言ったんだ。
え、名前あるの?!
凄い、おいらに名前!!
「新月の夜に生まれたら『新月』だそうだ」
……おいらたち、皆新月の夜に分裂するか発生するかなんだけど。
まあいっか!!
「いいのか? 新月で」
『いーよ! 名前、自慢! うれしい』
「ああ、そうか。そうだよな、普通魔物に名前なんて付けないもんな。……そう考えるとジュリはやっぱり凄いんだな」
おいらも凄いと思う。
だって兄貴を見て素材認定したんだ、兄貴が震えるの初めて見たよ。おいらあの時こっそり影から見てたけど、おいらも怖かった。目が、獲物狙う目だった。間違いなく冒険者と同じ目をしてた。
あの日以降、兄貴の縄張りの仲間たちは素材にされないためにもジュリを守ることにしたんだ。
素材になりたくないもん。
『ご主人、ご主人』
「なんだ?」
『ご主人、番、いつ会える?』
「……お前はそういう情報をどこから仕入れるんだ?」
『おばちゃんたち! 声おっきい、影の中、寝てても聞こえる』
「ああ……」
ご主人項垂れた、どうしたの。まいっか。
『おいら、会える?』
「ううーん、一応手紙でお前の事は書いた。大丈夫だとは思うんだが、一応魔物だしな、会ってくれるかどうかは今のところは何とも」
そっかぁ。仕方ないかぁ。
『おいらの、兄貴、ジュリ守るから、おいらは、ご主人、つがい、守る、よ。大丈夫! 仲良しなるよ』
「……そっか、ありがとうな」
ご主人が触覚を撫でてくれた。
「それよりお前最近物凄くお喋りが上手くなったな」
『おばちゃんたち、いっぱい喋る。だから、言葉、覚える!』
「その理由、微妙だな」
「ローツさん、新月ちょっと貸して?」
「何をする気だよ」
「面白いこと」
ジュリの面白いことってなんだろう?!
ワクワク。ゾクッ、ちょっと怖いなぁ。
「ねー新月。触覚でこの皮の端っこ握れる?」
いいよ。
触覚をクルンと細長い革紐に巻き付けたらジュリがニッコリ。反対側の革紐の端っこを向けてきた。
「こっちも、はい」
なんだろう、ワクワク。
またクルンと触覚で革紐を巻き取ったら。
あれ?
革紐とおいらの間に頭を通して、片腕も通して。おいらはちょうどジュリの腰あたりに。
「見て、真っ黒なフリンジ風ショルダーバッグ」
あ、バッグにされたんだ……。
ご主人があ然として、グレイセル様が遠い目ってヤツをしたよ。
「贅沢なフリンジ使いの黒いバッグ、可愛くない?」
「「……」」
ジュリ、ご主人とグレイセル様が無言だよ!!
可愛くないんじゃない?!
「なにこれ、かわいい。ローツさんとこのワームだよね?」
え、おいら可愛い?! やった!!
「でしょ?! こういうフリンジバッグの開発もありかなと思って」
キリアだ!
おいらのことを指でツンツンしてくる、くすぐったいよ!
「おおっ、ありじゃない? ってか、ちょっとデカいからウケる。そしてなんでそんなにビタンビタンってジュリの腰で跳ねてんの」
『おいら、かわいい! かわいいの!』
「あはは! 可愛いよ! そのビタンビタンは怖いけど」
「新月、ビタンビタンやめて、微妙に痛い」
あ、ごめん。
「良かったな、新月。お前、俺のところに来てなかったら素材認定されてバッグにされてたぞ」
おいらの仲間たち、そのうちジュリのあの獲物を狙う目で見られて、グレイセル様に狩られちゃうの決定? 皆に気合い入れてジュリとククマットを守るように言わなきゃ。グレイセル様においらの仲間たちはバッグになりたくないって思うよって伝えなきゃ。
ブルル……あれ、今寒気が。
その目で見ないでほしいな……。
ジュリって怖い、ね。
―――とある珍しいかじり貝―――
「くっそぉぉ、なんて硬いんだ!!」
当たり前だバカヤロー、負けたら最後、貝柱干されて出汁にされる運命なんだよ、こちとら命かかってんだよ!!
「おまえ、絶対に『黒貝』だろ!! 縁が灰色だ、絶対にお前、『黒螺鈿もどき』だぁ!!」
グギギギ……いい加減諦めろっ!!
しかもなんだ『黒貝』とか『黒螺鈿もどき』とか。
確かに俺は内側が珍しい色してるぞ、でもかじり貝だ、『黒貝』や『黒螺鈿もどき』なんて聞いたこともねぇ怪しい新参者? と一緒にするんじゃねえ。
「こんにちはー!! 黒螺鈿もどきかもしれないのが捕獲されたって本当ですか?!」
「ああ、ジュリちゃん! そういや今日トミレアの視察の日だったか!!」
「幸運、運命ですよ!! 数ヶ月前ぶり!! 高値で買い取りさせてもらいますよ!!」
「おっしゃぁぁ!!」
なんだ、こいつ、力が強まっただと?!
「一回り、デカいから相当力強いとは思ってたけどっ、こいつホントに、頑丈!」
「そういう時はね」
ゾク。
な、なんだ?
「茹でる」
ギャアアア!!
ブクブク……。
―――とある高貴な血統の黒馬―――
「黒炎号、のーせーて」
我が主の大事なお方、ジュリ。
我とお揃いの黒毛。
ふふん、お揃い。
ジュリとお揃い、幸せである。
黒、いい色なのだ。
我は父がユニコーンでは珍しい黒毛で、雄々しく気高く己より強い者にしか仕えてこなかった伝説のユニコーンだ。我が母はこの国固有種の中でも特に優れた駿馬としてかつては国王の愛馬だった事もある。まあ、それも四百年前の話だが。
主が五歳のとき、我が気ままに自由に放浪をしていてこの領を駆けていたとき偶然出会った。
この者だ。
そう直感が働いた。
我が主に相応しい人間。
主も我を一目で気に入ってくれたらしい。
「乗せてほしい」
ただその一言で、運命は決まった。
我の名前は主が付けてくれた。
真っ黒な鬣が風になびくたび、ゆらゆらと立ち上る炎のようだと。
黒炎。
久方ぶりに父を思い出した。
父が、炎を恐れず戦場を駆けたその様を称え人々から『焔』様と呼ばれていた事があった。遠い昔を思い出す懐かしい響きが気に入って、我はその時から黒炎となった。
「ほんと、黒炎号は賢い、素敵」
ジュリが我を褒めてくれる。こういうところ好き。
「私、黒炎号以外は今でも一人で乗馬は怖いのよ」
そうだろう、そうだろう。
何故なら我はジュリの体の揺れや緊張を感じ取り合わせているのだから。ジュリのためならお安い御用だ。
「いつもありがとね、きっと気を使ってくれてるんだよね? 後でおやついっぱいあげるから」
そういう優しいところも我は好き。
「だからといって、それはやりすぎだ」
ああっ、バケツいっぱいの氷砂糖が!!
主! それ我の!! ジュリがくれたおやつ!!
「えー、たまにはいいじゃない」
「先週もそう言ってなかったか?」
主返してくれ、それ我の。
「言って、ない、かな?」
ジュリそこは自信を持って言って欲しい!
「だって可愛いんだもん、大人しいし優しいし賢いし」
なんで主、そこで遠い目をする。そして我のおやつ返して。
「賢いのは認めるが、大人しい、優しい、というのは私が言うのも何だが、ちょっと……」
我は優しいし大人しいぞ。なんたってジュリが好きだからな!! 好きだから優しくするのは当たり前だ。
はっ!!
この気配は!!
ハルト!!
殺す!!
「あー、またジュリが黒炎甘やかしてるのかぁ。お前がそうやって甘やかすからダメなんだよ」
「甘やかして何が悪いっていうのよ? だって優しいし大人しいし賢いし可愛いしかっこいい」
「どこが? グレイと戦場出るとこいつ人を蹴り殺すんだぞ? しかも首とか腕とか食いちぎるし……って、なんで俺を見ると黒炎って闘争心むき出しで俺を威嚇するんだろ?」
「あ、それ私もずぅっと疑問。グレイなんで?」
「私もよく分からないんだよ」
ハルト!!
殺す!!
こいつは、こいつはっ、我の鬣で!!
くしゃみをして鼻から出た鼻水を拭き取るものがないからと我の鬣で拭いた!!
許せん、一生、いや、永遠に許せん、何度生まれ変わっても許しはしない!!
ジュリとお揃いのこの美しい黒毛で鼻水を拭き取るなど万死に値する!! 主とジュリが褒め称えてくれるこの鬣でぇぇぇ!!!
「……ホント、マジでなんなのその殺気」
―――とある色付きスライム―――
………。
………。
「ひゃぁぁぁぁ!! 赤様お久しぶりでございますうぅぅぅっ!!」
いや、あんたのこと知らんし。
「美しい、美しいですっ、なんて神々しいボディ」
初対面にいきなりそんなこと言われても、キモいし。
「なんて素敵な赤でしょう、世界一美しいルビーでこざいます」
スライムだから。何いってんのあんた。しかもうるさいし。
「ああ、あ、あははは」
……ん?
「ふはははっ、ホントに綺麗な色ですねぇ?」
……あれ?
「へへへっ、分裂してもらいたいけど、でもなぁ」
なんだろう、キモイを通り越して、怖い。
「プチッと、やりたいなぁ」
ヒッ?!
「ジュリ、我慢我慢、久しぶりのレッドスライムだよ? 分裂するかどうか分からないけどちょっと様子見はしないと」
『プチッ』という言葉、超怖いんですけど。
「でもさぁ、キリア。色付きスライム様は分裂する確率が極めて低いわけ。しかも久しぶりだよ?」
「ちょっと、誘惑するのやめてくれる? ……プチッとしたくなるじゃない」
ヒイッ?!
だからその言葉マジでヤバい、怖いんたけど!
「でもちょっと我慢するかぁ」
「そう、我慢も必要な時がある」
あ、訳のわからない危機が去った?
………。
………。
よし、平和が戻った。
……………。
プチッ
あっ。
闇夜と新月以外のブラックワームの運命はいかに?
ジュリに引き続きキリアも魔物に嫌われる(逃げられる)体質になってきているようです。
スライムとかじり貝に自我はありませんが、あったらこんな感じかと。
果たしてどちらがプチっとしちゃったのか、それはご想像に、お任せします。
グレイセルの愛馬(半分ユニコーン、年齢は推定四百歳以上、でも誰も知らないしユニコーンより強い)は主に似て規格外。女はジュリしか認めていないのでケイティやリンファすら近づかない。噛む蹴る。
新章は閑話など入れずに進めたいので、今年はお花見スペシャルはありません。がんばります。




