19 * ここからまた派生品
バニティーケース、ジュエリーケース、そして裁縫箱の生産が侯爵家の事業として始まった。
バニティーケースに関しては全て侯爵家に任せることに。主に富裕層をターゲットにした商品となるため、うちではあえて扱わないことにしたの。
そしてジュエリーケースの擬似レジン使用の覗き窓付きとは別の高級志向のジュエリーケースを侯爵家が出す。
裁縫箱に関してはうちで小型のもの (針、糸、ハサミが入る程度)だけにし、お針子さんや貴族令嬢の嗜みとして必要なものが全て収納できるような大型のものを侯爵家が。
ちなみに、裁縫箱は 《レースのフィン》限定商品をいくつか売り出す。
「「「当然うちらの店限定販売だね」」」
と、おばちゃんトリオによる圧力 (笑)。ローツさんが『うちらって……』と苦笑してたわ。
でもそれで問題なし。 《レースのフィン》では品数は少ないけれどククマット編みやフィン編みの基礎的な編み方レシピやカギ針、糸も購入できる。その隣に置くんだって。『これに入れたら素敵だよ』的な謳い文句を添えて。
「ひっひっひっ……買いたくなるだろ?」
デリアがそう言ってた、うん、彼女がそういうなら問題なし。
高級志向の女性の嗜み品として当面メインとなるのはその三点だけど、シルフィ様とルリアナ様、そしてキリア、フィンと私とで話し合い他にも品数豊富に嗜み品として色々考えた。
・フィン編み、ククマット編みの基本がすぐに出来る編み物セット
・刺繍の基本がすぐに出来る刺繍セット
・手鏡、クシなど身だしなみに必要な基本のものが一式揃うセット
・爪染め(マニキュア)数色とネイルアート用のパーツが数種類入ったセット
・店で販売するそれらの商品専用の付属の袋とは別の《レースのフィン》製特別仕様の袋
などなど。
細かな単品売り含め、嗜み品として価値を高めるならカラーやブランド (工房)が揃っていたほうが統一感があって好まれる傾向があるのでセット売りはもちろん、全ての商品はカラーや柄が統一しやすいようになっている。
濃い茶色、無垢材と、革張り(数色)、がすべての商品にあって、そこにはお店のロゴも入るから統一感が出しやすい。いずれ螺鈿もどき細工のように塗料に拘った黒や白塗りのものも出す予定で、開発が進められていると聞いている。
「布張りもしたかったなぁ」
「そうすると種類が増えすぎるからね、まずは様子見ってところじゃない?」
キリアは以前カルトナージュというフランスの伝統工芸である紙や板に布を張って仕上げる箱などに興味を示して自作していたのよ。今さらだけどそのクオリティがプロ。
「それちょうだい」
「自分で作れるでしょ」
「面倒臭い」
「あんた、ものつくりやってる商長でしょ」
と、私が欲しくなる素敵な物 (もちろん貰った)作ってた。
時々家で作っていたようで、カルトナージュを取り入れた作品を販売したいんだろうなと思ってたら予想通り彼女から女性の嗜み品のお店で出したらどうかと言って来た。でもねぇ、布のデザインの無限性を考えると、絞り込むのは難しいので保留となってしまった。
ま、そのうちカルトナージュ作品は私も出したいと思っているので我慢してもらった。
で、この女性の嗜み品専門店だけど。
もちろん侯爵家の事業であり、私がシルフィ様に丸投げしたことなのでシルフィ様が経営者、つまりは商長になるんだけど実際に運営するのはシルフィ様から『彼女なら』と任されたシルフィ様のご友人であるオリヴィアさんという方。とある子爵家に嫁いだあとも交流の続いている方なんだけど、数年前に病でご主人を亡くし、子供も成人して、なんとなく過ごす日々に鬱屈していたそう。
「頭の回転も早いし、流行にも敏感、おまけに 《ハンドメイド・ジュリ》の常連、ククマットに屋敷も買ってる、元子爵夫人で顔も広い、本人もやる気だわ、うってつけの人物よ?」
……オリヴィアさんのことは知ってたんだけど、シルフィ様がまだ王都から帰ってきていない最中で私を訪ねてきて。
「私、ククマットの開発地区に小さいですが家を持ちましたの」
って報告に来たの。なんで? と思ったら。
「子爵家で悠々自適も悪くはございませんけど、領にこもっていてもつまらないし、息子夫婦も私がいては息苦しいでしょう? これからの人生のために再婚でもしようかしらと考えていたらシルフィから面白い話を聞かされて! ワクワクするじゃない! 善は急げで引っ越してきたわ! ということなの、よろしくね、ウフフ」
だって。
ああ、頑張ってください、と言っておいた。
そんなこんなでトントン拍子で進んでいく女性の嗜み品専門店の店名は 《タファン》。
『タファン』とはこの世界の古代語でベイフェルア国とフォンロン国、主に東側で使われていた古い言葉。『良いもの』『良質』を示す言葉らしい。
「……なんで、私が……こんな目に」
と、古代語の辞書を預けられ、片っ端から良さげな言葉を調べさせられたエイジェリン様の『タファン』でようやく合格を貰えた時のつぶやきが忘れられない……。
《タファン》で販売する商品について提案は上がったものの断念したものもある。それはリングケース。
これはシルフィ様もルリアナ様も同じ意見。
「特別の中の特別、という感じがするわ。嗜み品という感じではないもの。宝石商から宝飾品を買うときはあちらから出向いてくるし、こちらが行ったとしても専用の箱がある場合がほとんどでしょう? リングケースの特別感を出したいならば直接宝石商に売り込みするのがいいのかもしれないわ」
とね。これには私たちも『確かに』と頷くほかなかったのでリングケースについては販売どころか生産も保留。
アクセサリーがもっと身近になったら、ということね。それ、いつになるんだろう。
《タファン》の開業にあたって株主制度を取り入れることになったんだけど、バニティケースの考案をした頃にシルフィ様のお茶会で会った元高級娼婦のラステアさんも、私が外国での宣伝広告塔をお断りした代わりに筆頭株主になってもらったら? という話があったけど、それはなかったことにされた。
侯爵様もだけど、株主制度に興味を持ったアストハルア公爵様も彼女が株主になることに難色、いや、完全に『ノー』だったな、あれは。という反応をされてね。
……ラステアさんって、実は色んな所から警戒されてるっぽい? まあ、独自の情報網を持ってるし、有力者と知り合いだし、数多の男たちを手玉に取る人だったわけだから、厄介な人ではあるよね。権力者お二人がそんななのでシルフィ様が逆らうはずもなく、株主制度についてラステアさんには話さなかったんだって。
ただ、広告塔になる話をお断りしたことを後で『貸し』のようにされても困るのでバニティケースを彼女のために先行して完成させて結婚祝いの一つとしてすでに送り出している。馬車一台分の 《ハンドメイド・ジュリ》《レースのフィン》そして侯爵家御用達の品々と一緒にね。
螺鈿もどき細工のものはシルフィ様とルリアナ様が最初と私が決めていて出す気はなかったのでその代わりに高級感溢れる黒革と金の装飾のもの、焦げ茶革と銀の装飾のもの、そして白革と金の装飾のもの三点を送った。これはシルフィ様とルリアナ様と同じものだけど、彼女の手元に届いて初めてお二人も使うので、三人同時、彼女の望んだ形でのお披露目になるので文句は言われないはず。
「文句を言ってきたら、それはそれで感心いたしますけど、ねぇ……」
と、《タファン》の店長になるオリヴィアさんがいい笑顔で目が笑ってなかったので、任せる。
そんな話に埋もれるように、私が『これあったら便利?』と思ったものがあって、それをキリアと共に試作し、キリアには結果『我が家はいらない』と言われたものがある。
腕時計が好きな人、コレクターの人なら持っているのでは?
腕時計専用のケース。こちらでは腕時計ないけど懐中時計とブレスレットはあるので男性用のジュエリーケースとして改良したらどうかと。
試作したそれ。いつものようにグレイ専用としてプレゼント。
「うちは懐中時計は一つだし、ブレスレットなんてこんな箱に入れるような高価なものはないからいらない」
というキリアだったけど、物としては面白いということで結構デザインや仕切りの位置とかノリノリで一緒に試作してくれたので良いのが出来上がった。グレイはものすごく喜んでくれて、早速その日から入れ替えて使ってくれている。
「数が多いからもう一つあってもいいわね」
「ああ、それだと助かる」
なんて会話をグレイとして、本体が木製なのでいつもの如く木工職人さんの所にこの前のと同じの作ってー、と依頼して数日。
なんだ、この状況。
「なんなの、これ」
キリアの顔が引きつった。
分かる。
これは、引き攣る。
高級感溢れる封筒が山積み。
その向こう側にはローツさんとマイケルと、ハルト。
「私はこうなることを予測していたので話していないぞ」
私とキリアの後ろ、グレイも顔をひきつらせてそんなことを言って来たわ。
分かってるわよ。侯爵家が捨てるに捨てられない、これみよがしに立派な封筒だもんね、省かれることなく届くの当然だわ。
「「どこのスパイだ」」
キリアとハモった。それを無視する男たち。
「言ってくれよ、こんなものを作っていたなら」
ローツさん、目が怖い。
「ジュリ、話して欲しかったよ」
マイケル、笑顔が怖い。
「他の奴らのはいらねぇから俺に」
ハルト、その笑顔がイラッとするわ。こういうときだけは何故か現れるところもイラッとする。
グレイのためにと気合を入れたので凝った作りになっている。
箱の内側は全面黒の布張りで、ブレスレットや懐中時計がどこに当たっても傷付かないようにと配慮。ジュエリーケースの場合入れ替え可能な箱の内側が布張りになっているのに対してこちらはケースそのもの、しかも仕切り一つ一つに布張りされていて手間のかけ方がバニティケースに近い。
男性の身につけるブレスレットはどうしても女性ものに比べて太いしゴツいからこの手間は仕方なかったのよ。
そしてブレスレットは小さいけど厚みのある専用のクッションに通して仕舞える仕様。懐中時計も専用の布張り板の下半分をポケットのようにしてそこに本体を入れ、鎖を巻き付け固定出来る工夫を裏目に施したので取り出しも楽なようにしてある。
何より、覗き窓からブレスレットと懐中時計が見えるので、ご自慢のアクセサリーを眺められる作りになっているのは我ながらいいアイデアだな、と自画自賛。グレイの好みや雰囲気に合わせて真っ黒な塗装であえて模様は入れず、額縁の四隅に付けられる事が多い金具をアクセントに付けるに留めたことでより一層中身が引き立つようにもなっている。
誕生日プレゼントであげたエタニティリングタイプのブレスレットは流石に立てて収納出来ないけど、グレイのこのケースはブローチも入るスペースを確保したのでそこに収まったので結果オーライ。
「いや、そういう説明いらないから作ってくれる?」
ひっ! マイケルの笑顔が怖い!!
《タファン》の知る人ぞ知る裏商品として、『コレクションケース』が仲間入り決定。後にこのコレクションケースは侯爵様やエイジェリン様が立ち上げる時計専門店の目玉商品の一つになるんだけどそれまでは 《タファン》で扱うに留めることになったのは、やはりその手間。バニティケースもジュエリーケースも裁縫箱も一つ一つが凝ったデザインになっていて全く量産に向いていないから。
でもそれでいいんだよね。
全ての物が安く簡単に手に入る必要はなくて、やっぱり高級品や嗜好品というものがあるといい。憧れや流行を牽引する存在は必要不可欠、その部分にコレクションケースやバニティケースが入ってくれたらいいなと思ってる。それらに惹きつけられる消費者と生み出す生産者がいてこそお金は回って経済が動く。なんだかんだ言いつつお金が動かなければ、人が動かなければ何も生まれない。このククマットを『職人の都』にするためにも、安くて誰でも買えるかわいい物に拘らずこれからもたくさん生み出していきたいね。
なんてしみじみとこれからのことに思いを馳せてグレイとキリアと話していたら。
「これは誰の物になるんだ?」
ズイッと割り込んできたのはローツさん。
あ、『それ』ね。
そう。一つ、ある。
グレイのコレクションケースを作る時に試作の一つとして完成に至ったものの色が気に入らなくてボツにした、グレイのものより横長で一般的なチェストの上に置けるサイズになっているコレクションケース。グレイも割と私と色の好みが似ているしもう一つ作ってくれるならいらないと言ったのは木の本来の色を活かした無垢材特有の淡く明るい色のコレクションケース。それを手に、彼は物凄い眼力で私とグレイを見比べる。
「グレイセル様はこれ、いらないんですよね?」
「ん、ああ、そうだな」
「ということはこれは誰の物でもないんだな?」
「まあ、そうなるわね」
「ならば!」
なによ?
男三人、これを持つに相応しいのは自分だというプレゼンを始め、互いに牽制しあい、この後凡そ二時間それに私達は付き合わされることになった。
ちなみに、私の独断で無垢材のコレクションケースは侯爵様にプレゼントすることにした。この三人誰にあげても問題になるのは分かりきっていたから、彼らの分は 《タファン》の開店に合わせて用意するからと我慢してもらうことになった。
男性小物専門店を出してくれ! という雰囲気が漂ったけれどガン無視しておいたわ、そんな暇ないし、面倒くさい……。
「ジュリは男性小物専門店の話になると途端に面倒臭がりになるのは何故だろう」
グレイの疑問は聞こえなかったことにして、さて、明日もいつも通りに開店できるように準備準備。
時計だけでなく、コレクションケースって好きなんですよねぇ。
整然と並べられているその様がお店のディスプレイを彷彿とさせるんですよ。
あれに入っているだけで高級感が増すので長時間眺めていられます。




