19 * 水辺の羊は毛が変
前話からガラリと変わりまして。
新素材?登場です。
「これ、誰がどうするの」
「どうもこうも、お手上げだろ、こんなの」
「なんでこれがレースの糸に使えると思ったのかねぇ」
「細ければなんでもいいと思ったんじゃないかい?」
フィンとおばちゃんトリオがこの後およそ三十分に渡って目の前にあるものをボロクソに批判してから下した判断は。
「ジュリの所に持って行ってみようか。あの子なら変なものも素材として見いだすかもしれないし」
という、非常にテキトーかつ、無責任なナオの意見がそのまま採用されたせいで私の目の前に《レースのフィン》では全く使い途がない物が届けられた。
「いや、駆け込み相談所じゃないんだからなんでもかんでも持ってくるの止めて」
真顔で言うのは何回目か。
ずいぶん前から繰り返し言ってるのに。噂に尾ひれ付きまくりの結果最近は侯爵家ではなく直接お店に素材が持ち込まれるようになってきてしまい。『《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》なら廃棄素材から金を生み出す』という錬金術さながらの奇跡を起こすと真しやかに広まり、時々どっちかの店に冒険者や行商人が謎、奇っ怪、そして稀に危険な素材を持って来やがる。
あのね、迷惑。
確かに素材として見いだされるかもしれないけど。
誰に何回言ったら理解するのか。
どう考えても使えないものをもってくるんじゃない!!
そんな感じで私がイラッとするのはいつものことで、それでも無責任に見もせず捨てるわけにはいかず確認するのも常なること。
ただ、危険もしくは心臓に悪いものがごく稀に出てくるので開けるのはいつもグレイかローツさんにやってもらう。
はい、オープン。躊躇いなく開けるローツさん、慣れって怖い。
「「……」」
そして開けてくれた箱を覗き込んだままグレイとローツさんが無言。
どした?
「これを、レースの糸として使えないかと思ったヤツの気が知れない」
ローツさんが呆れてる。
「度胸だけは、認めてやろうか」
グレイが鼻で笑った。
なんなのよ度胸って。
そしてグレイはそれを手に乗せて見せてくれた。
……なんじゃい、これ。
モシャモシャしてる。
うん、モシャモシャだ。
「これ、何」
「『ウォーターシープ』の毛だな」
水の羊……?
「……つまり、これ、羊の毛ってこと」
「川辺の魔素が濃い地域に発生する羊に良く似た魔物だ。水中呼吸が出来るから暑い時期は川に群れで沈んでいる光景も見られる。体も普通の羊に比べて一回り大きく角が四本あるから見た目で判別も容易い」
「へぇ。で、これが、そのウォーターシープなる魔物の、毛……。いや、毛と言っていいの? これ」
なんだこれ。
明らかに毛じゃない。
そしてこれを 《レースのフィン》に持ち込んだ人、強者だわ。これをどうしろっていうのよ?
「ジュリがククマット編みで露店をしていた頃に相談してきたことがあるだろう? 色んな種類を試したいからいくつかいい糸を教えてくれって」
「懐かしいね、うん、相談したね」
「あのとき真っ先にあり得ないだろうと除外された糸や毛がいくつかあったが、これもその一つだ」
「だろうねぇ、これ。どうみても、無理だもん」
そう。
無理だよこれ。
まず、この質感。
モシャモシャ。糸にはならない。硬い、というか乾燥した雑草の茎とか皮とかを思わせる質感。洗おうがなめそうがこの質感はほぼ変わらないというんだから、肌触り最悪だよ。
そして、妙に軽い。二ミリから三ミリの太さがあるのに、何とも言えない軽さ。毛なんて軽いだろと言われればそれまでなんだけど、どうもそういう軽さとはちょっと言い難い。なんだろうこの違和感。
そしてみごとに絡んでる。これ、解すの相当大変だよ。
しかも、スライム様のように、染色出来ないらしい。
「白と、黒、それからベージュ色がいる。どれも染まらないはずだ」
だそうで。
要するに、毛のくせに、枯れ草に近いカサカサした軽い質感。
これを体に生やした羊……。
もふもふはしたくない。
しかし、これ、なんだろう。
毛ではない。
いや、毛なんだけど。
枯れ草、うーん?
それとも違うような。
なんか、このモシャモシャ感……。
知ってるんだよねぇ。
「……」
「ジュリ?」
「キリア」
「うん、なに?」
「レイス君のカットしてない大判そのままと、適当に小さい四角い篭、それからリボン、持ってきてくれる?」
「まさか、これが 《ハンドメイド》の素材になるなんて言わないよね?!」
「直接はならない。けど、思い出した」
「えっ?」
「これにそっくりな質感のもの私知ってるわ」
「ちょ、ちょっと待ってて! 持ってくる!!」
グレイとローツさん、そして黙って近くで作業していたライアスが慌ただしく一階に降りて行くキリアをポカンとした顔で眺めている。
「さて、どれにしよっかな?」
彼らを放置して、私は室内を見渡して、窓辺に飾っていたハーバリウムと、見本を保管している箱を漁り、スイーツデコの小物入れ、ヘアブラシ、小さいレースなどをテーブルに並べる。
「これを、どうするんだ?」
「ジュリ! これでいい?」
グレイの問いに答えようとしたらキリアが私がお願いしたものを抱えて戻って来た。
「ま、見てて」
二十センチ四方のかごに、モシャモシャしたウォーターシープの毛を軽く解して全体に満遍なく敷き詰める。そこに小さめハーバリウムとレースを見映え良く畳んだものを乗せる。
「お、いい感じかも」
乗せたあと、ウォーターシープの毛の位置を調整し、そしてラッピング素材として既にデビュー済の魔物レイスの死骸から取れるラッピングフィルムこと『レイス君』を被せ、篭の裏側で綺麗に折り畳み表はピッとシワが寄らないようにする。あー、セロハンテープ欲しい。ないから広がらないように注意しつつ、リボンをくるりとまわし、十字にしたら可愛く結ぶ。
「どう、これ」
緩衝材。
パッキンとも言う。
見たことある人多いはず。
箱と中身の隙間を埋めるための、スカスカした見映えの悪さを無くすため、中身のズレを防止するために詰められている細く長く裁断された紙やフィルムを。
ラッピング素材として、詰められているあれですよ。
このウォーターシープの毛なら白よりもベージュがクラフト感があって私は好きだわ。同じような色の蔦素材の篭にこれを敷き詰めてから入れたハーバリウムとレース。中身が見えるラッピング。フィルム素材のレイス君とリボンによって中身が押さえられてズレにくくなっているのもいいよね。
「え、なにこれ、おもしろい」
キリアがそう呟いてから、おもむろに別の篭にウォーターシープの毛を解してから敷き詰め、その上に彼女は見た目の違うスイーツデコの小物入れを二つ並べる。
「あ、それいいね、見映えするから」
私の言葉に、彼女はキランと目を光らせてレイス君を被せ、そしてちょっと慣れない作業にもたつきながらもリボンをかけた。
「ラッピング素材第二号は『モシャ君』だね」
モシャ君と名付けたその緩衝材。グレイやローツさんは緩衝材としての更なる使い途に浮かれたけれどここで釘を刺しておく。
「かなり私の知る紙製の緩衝材に似てるから、長期の輸送や重いもの、高額な物の緩衝材としてはオススメはしないかな。ゴムのように滑り止めの効果があるわけでもないし、弾力もそんなにないから重いものだとぺしゃんこに潰れて緩衝材の役割を果たさないよ。工夫すればいけるかも、だけどね」
あくまでラッピング素材かな。
紙の緩衝材よりは弾力があって潰したらそれで終わりってこともないみたいだけど、それでも重い物や高級品を守るためには向いていない心許なさ。
「勿体ないなぁ、用途がそれだけか」
ローツさんはちょっと呆れたような残念そうなそんな声。
「でも今後レイス君も世の中に浸透してラッピングが当たり前に普及したら、この需要は高まるんじゃない? レイス君がなくても蓋付きの箱でもいいしね、用途さえ広まれば案外利用されるかもよ」
「確かに」
「袋のラッピングも、リボンを掛けるのも、他の領地はもちろんフォンロンやロビエラムでも流行り始めてるからね。こういうのって広まり始めると一気にいくから無理に他の用途を探す必要ってないかも」
そんな話をしている側で、スイッチが入ったらしいキリアは次々と篭とモシャ君を使ってラッピングをしていく。
……あの、リボンもレイス君も無駄にしないでね、それ仕入値そこそこするからね。
「かご代は当然別料金、レイス君とモシャ君とリボン代で……さらに三リクルは追加料金貰わないとダメだけど、好みと見栄の問題だから、そこは購入者に任せるってことでやってみよっか」
「このラッピングしたプレゼントを思春期の頃に欲しかった」
訴えるような目で見られてもねぇ、これから旦那様のロビンに貰いなよ、キリア。
「篭を色んな色に塗装したのも用意してみよっか。モシャ君の白と黒もカラフルな篭や箱で使ったら面白いかも。個人的にはこのクラフト感があるベージュが好きだけど」
「……これさ、黒のモシャ君を、黒い箱に詰めて、白のモシャ君を白い箱に詰めて、そのなかに万華鏡とか螺鈿もどき細工入れたら良くない?」
キリア、素敵、最高、天才、大好き。
「高級感演出できるね!」
「だよね?!」
想像してテンション上がるー。
モシャ君を纏っているウォーターシープなんだけど。
ちょっと欠点が。
使う時の欠点ではない。
魔物にしては気性が穏和で、害そうとしなければ人間に攻撃してこないし、繁殖力の強い雑草を好んで食べてくれる大食漢なので川辺の地区や村では人と共生する珍しい種。その反面、肉は固くて味も癖が強すぎて食べるには適してないし、毛もあの通り布にも糸にもならない、魔石もそんなに見た目も良くないし魔法付与にも向いてないという。
人間にとって可もなく不可もなくの存在の欠点ってなに? ってなるでしょ。
臭いそうで。
身に危険を感じると、激臭を放つ。
危険を察知すると人が失神する程臭い息やヨダレ、鼻水を撒き散らすらしい。
つまり、モシャ君を手に入れるにはその激臭を食らう覚悟が必要だと。
「討伐できないじゃない」
「出来ないんじゃなく、したくない」
「じゃあ入手出来ないじゃん!!」
「そこは今後対策を考えるしかないな」
「ラッピング素材がぁぁぁ!!」
打ちひしがれる私の頭を撫でるグレイ。こうして次いつ手にはいるか分からない、新ラッピング素材モシャ君を私は首を長くして待つ羽目になった。
ちなみに、このモシャ君を持ち込んだのは冒険者パーティーで侯爵家も私達も親しくしているエンザさんたち。
……あの人たち、山クラゲの魔石とサンドワームの内臓(色付き砂)も持ち込んだんだよね。
なんだろうね、こうして見出される素材を見つける才能でもあるんだろうか?
私の恩恵か?
まさかねぇ。
え? 今日はエンザさんたち『本喫茶:暇潰し』にいるって? あの人たちホンっと好きだよね、あそこ。
その後。
色々調査してみると、ウォーターシープと共生している村や地区の人だと顔や匂いを覚えられていて、普通に近づいたりはもちろん、邪魔な場所に座り込んでいたら体を揺すって退かしたり、彼らが好んで食べる雑草が大繁殖したところまで誘導したり、中には泳げる彼らの背に乗せてもらい対岸まで運んでもらうというかなり高度なコミュニケーションが取れている所もあると判明。そこで毛だけを刈れるかどうか試してもらったところ、『あっさり出来ました』という返答が。
なので、モシャ君は素材採取依頼として冒険者ギルドにお願いするのではなく、村や地区と契約し、必要な時に採取してもらうという魔物素材の入手方法としては珍しい方法がとられることになる。
長閑な川辺にある、とある貧しい村はのちに 《ハンドメイド・ジュリ》から、ククマット、そしてクノーマス侯爵領のラッピングをするお店のモシャ君を一手に賄うことになって、その収益でもって村は発展し、さらに数年後なんと村名を『モシャクン村』にしてしまうことになる。
「いいけどさぁ。……そうやって村名変えてたら、『モシャクン村』に引き続き素材名の、しかもふざけてつけた名前がそのまま付いちゃうところ増えちゃいそうで怖いんだけど」
私のそんな心を嘲笑うかのように、魔物レイスのメッカとされるダンジョンがあるテルムス公国の、とある伯爵領のとある地区は、負けてられるかと言わんばかりに『レイスクン地区に!!』と伯爵に嘆願。領主の伯爵が『それはない!!』と断固拒否するもその地区の住民たちの激しい反発に合い、『改名紛争』という他所から見たらコントのような騒ぎにまで発展。レイス君を私に何とかならないかと持ち込んだ張本人マイケルがその仲裁役としてかなり長い期間振り回される話は、割愛します (笑)!!
ラッピング素材どうしようかなぁ、と妄想をフル稼働していた時、あの緩衝材ってあったら便利だな、ということで生まれたお話でした。
先日までのきな臭い感じ、あれで終わりというわけではございませんのでご安心?下さい。




