19 * 穏やかな日常?
マイケルがギルド総帥に対して辛辣というか至極真っ当なというか、私達にはちょっと判断しかねる言葉を置き土産に帰ってきてから、彼は余程不愉快だったのかイライラを隠そうともせず一人私達から離れてどこかへ行ってしまった。
「総帥の焦りも分からなくはないけど」
と、前置きをしてケイティがギルドの現状を話してくれた。
「ベイフェルア上層部の殆どが一掃されたでしょ? そのために他所から人事異動をさせたのはいいけれどそれもそれで問題になってるのよ。上層部と一部を一掃しても、さらにその部下達までは厳罰対象には出来なかった話は聞いてる?」
「うん、派閥に所属するような感覚で下に付いていた人も多くて、実際に犯罪には手を染めてなかったって話よね? 上司の悪事を知ってはいたけど、将来を考えて上手く立ち回って黙認するだけだったって」
「そう、そんな彼らにしたら出世のチャンスだったわけ。でも外部、つまり他国からギルドは呼び寄せてベイフェルア国支部トップとその下数人を固めちゃったの。それを面白く思うはずがないじゃない、マイケルやテルム大公たち周囲がせめて半分はベイフェルアから入れるべきだって助言したんだけれどギルドとしては対外的に粛清でベイフェルアを綺麗にしたことをアピールしたかったんでしょうね、かなり早い段階で人事決定されちゃって。……収監先からの脱走を手引したのは大方その人事に不満を持っていた人たちじゃないかと思うわよ」
「まあ、妥当な予想よねぇ、それ。というか、綺麗になって無いよね、全く。むしろ犯罪者増やしたよね?」
「増やしたわねぇ、しかも犯罪者の逃亡幇助よぉ? これ、テルムス公国だと火炙りの刑だから」
「うわ……」
思わず身を引いて顔を顰めてしまった。
グレイはそこまで聞いてふう、と息を付き腕を組んだまま天井を仰ぐ。
「粛清したが、今でも一部はフォンロンの有力者と繋がっているということになるし、国内にもそちら側の人間がいるということか」
「レフォアさんたちとは無関係?」
「無関係だな、レフォアたちは宰相の奥方お墨付きの人材だ。ハルトのように人の鑑定もできるという話だからジュリの側に害になる人物を送ってくることはない。……元々、ベイフェルアギルドの元上層部といいフォンロンの中枢といい、どちらもハルトを良く思っていないという共通点があるな」
「ハルトが召喚された時、どっちもハルトを自国の所属にしようと動いたんだっけ? それで揉めたことは聞いてるけど」
「取り付く島もない感じで断ったって聞いてるわよ。ロビエラム国王はもちろん、他の国もフォンロンとベイフェルアギルドの動きにはかなり反発したんですって。そりゃそうよね、原則召喚された国が保護するっていうルールだもの。ただ、ハルトの他に【勇者】も召喚された事がややこしくしたのよ、対魔物能力に特化された【彼方からの使い】が二人も同じ国にいる必要は無いって声が上がって。でも当時のロビエラム国はその後召喚された私達からみても魔物が多かった、所謂氾濫と呼ばれる状態が各地で起こっていて、役立たずの【勇者】と、精神的に不安定な状態が続いていたハルトを抱えて討伐が進まない中でロビエラム国王がかなり周囲を黙らせるのに苦労してたの。でもその後よ、ハルトが一気に【英雄剣士】としてロビエラム最強にのし上がって自分で見つけて来た冒険者たちとあっという間に国全体の魔物の氾濫を沈静化させるまでに至った。そして、その後フォンロンでも始まった氾濫への協力要請を受けたまではよかったのよ……」
「全くだ、なんであんなことになったのか」
グレイは、目を閉じた。
ハルトが語らないフォンロンとの確執の原因。
結構、ヘビーだったのよ。
あくまで聞かされた話を私なりに判断しての意見にはなるけれど、ハルトは悪くないんだよね。
贔屓目になりがちなケイティやマイケルの話だけじゃなく、当時既にハルトと知り合っていたグレイも、そしてこの話を聞かされてからアストハルア公爵様にも聞いて、私が判断する限り、うん、ハルトは悪くないんだけど、フォンロンの中枢ではハルトを悪く言う人が未だ多いとか。
それでもハルトはフォンロン王家とヤナ様に協力してきた。自分が批判されたり良く思われていなくても、自分の力でこの世界の人たちが怯えないよう、生きやすいよう、魔物を討伐し続けている。
そんな状況下でハルトへの批判がどんどん高まってフォンロンと距離を置くことになって。
マイケルもケイティも言っていたようにフォンロン中枢は今情報が錯綜してもうどうしようもない状態で、王家の統制機能が麻痺しているなんて話。
元々フォンロンは情報操作を得意とする機関があってかなり国に影響力を持っていたらしいけれど、それが崩れ出したのがハルトとの確執あたりからで、その情報機関が国王に影響力を持ちはじめていたハルトの排斥に動いたあたりからおかしなことになってるらしい。
そして、出てきた『【彼方からの使い】の国有化』。
いやごめん、物じゃないから国有化とか言われるとドン引きなんだけど、と真顔で私が言ったときのマイケルは怖かったよ。
「言ったやつ、全員難易度の高いダンジョン最奥に丸腰で投げ込んでやろうかなぁ、って思った。逃げ回って恐怖で狂って魔物の餌になればいいよね」
と笑顔で、全く笑ってない目で言ってた。
「そして更に、暗殺計画なんて話もな」
グレイが呆れた様子で吐き捨てた言葉にケイティと私がウンウンと頷く。
「質問、そもそもハルトって暗殺できるの?」
「出来るわけないでしょ」
ケイティがきっぱり。
「デキるならその方法を私も知りたいくらいだ」
グレイも。
……ハルトはね、普通に寿命があるらしいんだけど。
それ以外はぜーんぶ、規格外、破綻してるからね。常識が通用しないの。
「全ての毒を無毒化するんだぞ? あのリンファの作る最凶最悪のポーションさえ体内に取り込んでも無毒化させるし、マイケルの恐怖の塊でしかない呪詛も効かない。あいつは寝ていようが失神していようが、自分に向けられる殺気に反応して展開される絶対防御なる非常識なレベルの【スキル】を常時発動させているしな」
「だいたい、グレイセルの【一刀両断:グレイセルのオリジナル】も無効化するんでしょ?」
そうなんだよねぇ。
『この世の物なら何でも真っ二つにする』っていう非常に物騒なグレイの【スキル】。これがハルトには通用しない。
もう、あんたなんなのさ? という、常識から外れた男なのよハルトは。
そんな男を暗殺?
出来ない。無理。
「考えれば分かることなんだがな。何がどうなって、そんな事を考えるのか、そして情報が簡単に漏れてここまで伝わって来るのか。呆れるよ、その情報の多さに」
グレイはあまりにも簡単に入ってくる様々な情報に最近はちょっとうんざりしていて、この前なんて目を細めて情報がびっしり書かれた紙を暖炉に投げ込んで。
「ジュリが暖炉に手紙を放る気持ちが分かった」
と言ってた。私のは侯爵家では燃やすに燃やせない高貴な方からのだからね、自分で集めた情報でしょと返したら遠い目をしてた。
「ハルトはとにかく南部の有力者と相性が悪いのよ。ハルトを悪者に仕立てようとしているのもほとんどが南部の奴らで。魔物の氾濫鎮圧が最後になったのも南部なんだけど、それは他が酷かったから優先順位をつけたらそうなっただけなのに南部への差別だとか騒ぎ立てたの。そして政策などで国王に助言する時も南部の有力者がいない時で国王が邪魔されたくないからいないタイミングを狙って相談することが多かったみたいなの。それでも南部の有力者がハルトに対して口出しするなと騒ぐわけ。そんなの国王にまず言いなさいよって話だからとんだとばっちりよ。そこに最近は私達の国有化だのハルト排斥の動きだの一部の暴走なんていうオマケ付き」
ケイティが大げさに両手で頬を抑えながら項垂れる。
「で、ハルト本人ががトドメを刺したってわけね……」
「『フォンロンと距離を置く』。未だ小規模ながら氾濫が断続的に起こっているフォンロンにとって大打撃よ。少なくともハルトを崇拝するフォンロンの冒険者たちは王宮のハルトへの対応の遅さと悪さを良く思ってないわ、それでフォンロン冒険者ギルドも住民のためなら魔物を討伐するけれど権力者の為に討伐なんてしないと言い出した冒険者達をなだめるのに苦慮してるから。ハルトはロビエラム所属、しかもダルジー国王陛下からの信頼も厚いでしょ? ハルトが嫌だと言えばダルジー国王陛下もフォンロンに行かなくていいと堂々と言うくらいフォンロンのハルトへの態度を面白く思ってないの。表には出ていないけど国交にも今後影響するんじゃないかってくらいにはロビエラム国内では反フォンロンの動きが出てきてる。で、フォンロンの有力者はハルトに全く相手にされない事に腹を立ててるし、ハルトを優先優遇する国王に不満を抱えて、そこにフォンロンギルドに食い込もうとベリアス家が動いちゃったものだからギルド内部にも妙な動きが出てきたりしてて本来の結束力の強さが脆くなってきているみたいよ」
「……フォンロン、メチャクチャだわ」
「メチャクチャよ」
「ケイティ」
私とケイティはもうここまで来ると私達ではどうにもならないと悟って若干不謹慎ながらもわざとらしく体をくねらせ苦悩するような動きをして遊んでいたらグレイが不意にケイティを呼んだ。
「最近、気になっていたんだが」
「なあに?」
「フォンロン中央と南部付近で魔物の氾濫がまだ小規模ながら続いているというのは知っているが、それが徐々に間隔が狭まり規模も拡大しつつあるという話、あれは事実なのか」
「……事実よ」
私とおふざけをしていたケイティは佇まいを正してソファーに座り直す。
「こんなことは一度もなかった事だからフォンロンも不安が続いてるわ。それもあって今のフォンロン王宮は混乱が収まらないんじゃないかしら。こんな不安が収まらない中で王弟による内部クーデターとかハルト暗殺計画とか正直抑えられるほど余裕がないのかもしれないわよ」
「ねえ、質問。魔物の氾濫が続くのってそんなにおかしいことなの?」
私の素朴な疑問にグレイは迷うことなく頷いた。
「ロビエラムの大規模な魔物の氾濫をハルトが鎮圧した話は知ってるだろう? あの時、私も大陸平和条約による要請で騎士として参加したが……氾濫は魔物の一掃でほぼ終息するものだ。魔素が何らかの条件下で大量に溢れて魔物が異常に発生するから魔素で成長する魔物を討伐してしまえばいい、その時に魔素の発生源となるダンジョン内部や魔素の濃い土地の地形を少し変えると魔素の流れも変わる、それで抑え込めるし事実あの時、ロビエラムはそれを各地で繰り返して氾濫が収まり今も安定している。まあ、魔素が元々濃くて氾濫が起きやすい土地というのもある。それは昔から特異地帯と呼ばれていてほぼ決まった場所だから今回のとは別物と思ってくれていい。とにかく、魔物の氾濫とその終息については一掃後数年から数十年単位で安定期に入る、それが常識だ。なのにフォンロンはハルトを含めた数多の冒険者によって行われた徹底した氾濫鎮圧後……僅か一週間後にはごく小規模だが氾濫が再発して。それが今でも続いていて、しかもその規模が拡大し、起きる周期も短くなっているし、発生する魔物も凶悪化しているという情報だ。実際にこの目で見てみないと何とも言えないが、少なくとも私の今までの知識と経験からはありえない事だ」
「……ハルトへの批判って、それも関係してる?」
「だろうな。手抜きして氾濫を抑えきれなかったと思っている者も少なからずいるだろう、その的外れな悪意の塊でしかない話を利用する者もいるはずだ。だからこそフォンロン国内でのハルトへの風当たりが強まりやすい」
なんだかなぁ~。
ベリアス家の事が少し落ち着いたと思った矢先、今度はフォンロン。
しかもハルトがその中心にいるっぽい
平穏な日常……。
の、はず。
うん。
平穏ってことで!!
「無理矢理ね」
ケイティが若干呆れた顔したけど、いいの。いちいち気にしてたらなんにも出来ないからね。
ブクマ、感想、評価、そして誤字報告ありがとうございます。




