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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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19 * 初訪問がおかしなことになった

 ―――テルムス公国:《ギルド・タワー》応接室にて―――


 なんで私、ここにいるんだっけ?

 あ、そうだ、ギルドで販売が決まった『ダンジョンドリーム』。問い合わせが多くて前倒しで予約受け付けしたら想定以上の予約、ついでに蓋がアーチ状の宝箱を唯一作る工房が『ノーマ・シリーズが疎かになるのは嫌だ』と言い出して予約受付を一時停止する事態に。何とかならないかと相談を受けて今日招待されたんだ。という事情が頭から抜け落ちる光景が目の前に。


「なんでこれがあるのよぉ!!」

「すみませんすみませんすみません!!」

「姐さん! 落ち着いて!!」

「落ち着けるかぁ!」

「わぁぁぁっ! それダメです! その弓ダメなやつ!!」

「お前ら諸共木っ端微塵に、してやる」

「兄貴ぃ! 奥さんとめて! お茶飲んでないで止めてぇぇぇ!!」


 取れたて新鮮……いや、討伐されて間もない魔物レイスが泥まみれのまま、計算し尽くされたコーディネートの非常に素敵な応接室のそこそこな広さを占拠している。魔物レイスから取れる透明なラッピングフィルムだけど、この国にはレイスが発生するダンジョンが数か所あると聞いて以降ギルドを通して買付させて貰っているので私がここに来る予定に合わせてわざわざ討伐してくれてたらしい。でも流石にこのデロデロの状態は私、嫌かな……。

 で、私とグレイ二人では流石にいきなりここに転移しても入ることは不可能、というか失礼極まりないのでマイケルとケイティにも付き合ってもらって、今に至る。

 ケイティはこの世で最もレイスが嫌いなので、マイケルが魔法付与した極めて物騒な弓矢でもってレイスごと 《ギルド・タワー》を木っ端微塵にしようとしているのを職員さんたちが文字通り命がけで阻止しているのにマイケルは私達の座るソファーとは別の椅子で一人寛いでる。

「止めてあげないの?」

「ケイティが来ることを知ってて持ち込んでるんだから彼ら死にたいんじゃない? それを止める必要性はないよ」

 いや、あります。

 なぜなら、ケイティを止めるメンバーの中にギルド総帥もいるのです。

「悪かった! ケイティ頼むから弓を離せ!!」

「あんたから殺してやろうかしらね!!」

 殺人予告でた。

「グレイ、は、止める気ないねその顔ね」

「ない」

 スン、とした顔で攻防戦を眺めるグレイは今のケイティに関わりたくないらしい。

「死にはしないが、止めたらこの先ずっと恨まれる」

「マイケルとグレイしか止められないと思うんだけど……」

「大丈夫大丈夫、総帥含めて今いるメンバーは冒険者として名を馳せた面子ばかりだからね、押し問答続けているうちにケイティが疲れて大人しくなるから自然と終わるよ」

「あれを押し問答とは言わないわよ」












「忙しい中来て貰った上にこんな見苦しい所を見せることになり申し訳ない、心から謝罪する」

 レイスは駆けつけた他の職員によって運び出され、それでも怒りが収まらないケイティと腕に自信のある職員さんたちが攻防戦を繰り広げ、マイケルの言った通りケイティが疲れてそのやり取りに飽きたのかうんざりしたのか定かではないけれど落ち着きを取り戻したのは三十分後。

 ギルド総帥、ロシタール・チセ氏は羞恥半分疲労半分の何ともツッコミ難い顔をして謝罪してきた。

「くうぅっ! 昨日施して貰ったばかりのネイルがぁ!!」

 右の人差し指の先端がほんのちょっと欠けただけのケイティはそれ以外は無傷で、対してギルド総帥含めギルド職員さんたちはボロボロ。膝を付いて肩でゼエゼエ息してる人や、え? 死んでる? と勘違いしてしまいそうになるうつ伏のまま呼吸以外ピクリともしない人もいる。

 皆さん、回復ポーション飲んでね。


 微妙な空気の中、とりあえず営業スマイルを皆で貼り付け合って『ダンジョンドリーム』こと宝箱の制作依頼を他の工房に任せるのかそれともどこかギルドお抱えの職人に任せるのかなど、予約再開に向けてどうするべきかの話を進める。

 そんな話が一通り済んで解決策に繋がりそうな案をまとめて一息ついた頃。

「その、頼みがあるのだが」

 と、大変申し訳無さそうに総帥が切り出したのは。

「『ダンジョンドーム』と『ダンジョンドリーム』、似ているからどうにかならないか、と言う声が多いのだ」

 あー、それね。と言う顔をした私達。実はそんな声が上がっているのは事実。これについて私が返答する内容はいつも一緒。

「『ダンジョンドーム』は変更したくない、だってその元となる『スノードーム』と共にうちから売り出してるから」

とね。

 最近では白土部門長のウェラが面白い案を出してきて、大きめのドームで森の中に動物がいるのを作りたいと意気込んで試作した『フォレストドーム』が大変いい出来なの。緑豊かな森の中に、カワイイ顔と形のシカやリス、うさぎや熊といったメインの動物が一匹、そして『○○を探せ』的な要素でその森の中に別の動物が隠れてるという遊び心満載のもの。ガラスの形と中身の作り方など色々特殊なので小さくても最低四十、大きいサイズはニ百リクル〜と決して安くはない。でも『フォレストドーム』は『スノードーム』と同じく女性陣に好評で私としては商品化したい。となると、『ドーム』はシリーズ化していく可能性があるため外したくないというのが本心。

「ハルト命名なんですよね、それ。ダンジョンに宝箱があるといい、男の浪漫だって」

「それ、こっちで通じないけどね」

 マイケルから非常に常識的なお言葉頂きました。この世界ダンジョンに宝箱ないしね、あれはラノベとかゲームの設定だからね。

「変えていいんじゃないですか? 売り出すのは主にギルドになるのでそちらで決めて頂いて問題ないですよ」

「ハルトの許可を取らなくてはならないのでは?」

私の躊躇いない返答に総帥が困った顔をしたけれど。

「「作ったのジュリだし」」

【彼方からの使い】夫婦が揃って断言した。


 と言う事で、『ダンジョンドリーム』近々名前変わるみたいよ。宝箱風物入れでだめなの? 色気もロマンもないその名前は誰も心惹かれないようで、自然に見事にスルーされたわ。

どなたか頑張って考えて下さい。ハルトが口出ししてくると思うけどその辺りも気合い入れて攻防戦を繰り広げて下さい。












 改めて宝箱制作について確認後、ほんの少しの談笑をお茶と共に楽しみそろそろお暇しましょうかという雰囲気になった。

 すると、マイケルが私とグレイに『時間は取らせないから』ともう少しだけ時間を割いてほしいとお願いしてきた。急ぎの用もないし元々今日はこのために時間を調整していたので構わないと答えると、今度はマイケルの視線はギルド総帥に向けられて何か合図を送ったらしい。総帥が頷くと自分以外の職員さんを応接間から退出させた。


「ああ、その件でしたら既に謝罪を受けてますので今さら、という感じなんですが……」

 私が手掛けた魔物素材は魔法付与率が飛躍的に向上する事から起きたククマット冒険者ギルド元地区長のダッパスさんとの確執。


 あれについて以前目の前のギルド総帥の名前で謝罪の手紙が届いている。

 そしてあの件は既に私の中で解決したので本当に今更な話なのに何でという疑問しかない。

 ダッパスさんは望んだアストハルア公爵領内のギルドに移転が許されたとは言え事実上の左遷であり、降格した今は何の役職もない一職員としてやり直すと同時に監視下に置かれて住んでいる地区から出るためには例え日帰りの買い物でも地区長の許可が必要という窮屈な生活を強いられる懲罰を 《ギルド・タワー》から科せられた。

 これはかなり軽い方。ベイフェルア支部上層部の何人かは『粛清』、その人たちに関わっていた人たちもダッパスさんのように左遷や降格、解雇された人もいる。

「……懲りない者というのは本当に懲りないようでな」

 ギルド総帥の呟きに、グレイが反応して目を細めた。

「どういう意味か伺っても?」

「粛清対象となった数人が数日前、収監先から脱走し行方不明。フォンロンに向かった所まで足取りが確認できた」

「……フォンロンに」


 まず、『粛清』だけど。

 私との確執だけでは流石にその対象にはならない。今回何故『粛清』が行われたか。私の件をきっかけに 《ギルド・タワー》がベイフェルア支部上層部の徹底調査を行った結果、何と。

 賄賂だ贈与だ、なんてことが可愛く見える事もやらかしていた。

 自分の地位を利用して気に入らない冒険者に無理な依頼を押し付け失敗させ降格させたり、降格が嫌なら金で何とかしてやろうとギルドでは認めていないお金を納めさせたり、不法移民者を非道・不正な手段で奴隷にし冒険者の代わりに危険な場所での素材採取や魔物討伐をさせたり、奴隷そのものを売買して利益を得ていた人もいた。

 最悪なのは、自分たちの悪事を告発すると言った冒険者を複数人殺していたこと。

 私達が懇意にしているエンザさんたちも知るベイフェルアでは名の知れた上級者も含まれていて。彼らはある日突然行方不明になって、後日惨殺された状態で見つかった。

 死の真相が闇に葬られると思われた矢先、告発状が 《ギルド・タワー》に届いた。


『自分たちがやった。ベイフェルアギルドから依頼を受けて殺した』と。


 かつては冒険者だった訳アリの人たちで結成された組織で、金のためなら何でもやるという裏社会に生きる人たち。その人たちが何故自分たちが捕まるリスクを背負ってまでバラしたのかというと、依頼しておきながらベイフェルアギルドの元上層部が支払いを渋ったらしい。値切るんじゃなく、支払いそのものを渋ったと。で、彼らは報復として 《ギルド・タワー》に。


 出るわ出るわ。他にも細かいことを含めれば悪事が常習的に行われていた。

 ……その手口を教えたのが、ベリアス家らしいけどね。彼らは何を恐れてか絶対にその名前を出さないのと証拠がないので疑いを掛けるだけで終わってしまって、総帥以下ここ本部の人たちは大分悔しい思いをされられたとか。


 そんな酷い事をしていた数名が受けた『粛清』。

 数年から十数年の危険な場所での強制労働が科せられるので勿論ギルドは解雇。更には『ギルド永久追放』となっていた。

 この『永久追放』、単に二度とギルドでは働けないというだけではない。

 ギルドに護衛や素材採取、魔物討伐などの依頼をする事ができないだけでなく、ギルドに関連する全ての権利を失ってしまった。

 ギルドを利用するために登録というのをすると自動的にそれが身分証明になる。この登録をする事でお金を預けたり、ギルドが運営する施設の利用や売店での購入、手紙や物の素早い移動が可能な魔導転送具の利用など、生活するに便利な恩恵が数多ある。

 ギルドに関する一切の権利が永久に認められないということは、今までの身分証明も無効となり、そして再登録が出来ないことを言う。

 身分証がないのだから一念発起で商売したくてもそんな人をどこの領主だって認める訳がないし、そもそも犯罪を犯した人なので関わりたくもない。初心に戻り冒険者として再出発したくても許されないのでどんなに珍しい物を手に入れても買い取りすらしてもらえず闇市や不法なオークションに出すしかなくなり、そういうところは身の危険が極めて高くてそして一度でも関わってしまえば逃げられなくなる。


 今後どうやって生きていけばいいのかと、過酷な強制労働の日々で不安と恐怖だけが募る。

 それが、ギルドの『粛清』なんだそう。

 殺しはしない、けれど一生償えという意味があるその『粛清』。


 それから、逃げた。


 逃げた先がフォンロン国。


 ……最近、よく耳にする。

 ハルトが頻繁に転移で行っている。

 各地を回って何をしているのか分からないけど、フォンロンに行くと言うだけで詳しい話は私は勿論ケイティやマイケルにもしない。


「フォンロン、ねぇ」

 不愉快そうに嘆息と共に呟いたのはケイティだった。

「最近異常よ、あそこは。何であんなにゴタゴタしてるのかしらね? 国王なにやってるのよ?」

「嘘か本当か分からないけど、王弟が内部クーデター起こすかもしれないとか【彼方からの使い】を国有化するって発言した議員に賛同する奴らが出てきたとか、そのゴタゴタが嫌でヤナが引きこもっちゃって何だかんだ言いつつ鑑定をヤナに頼り切ってた王宮がパニックだとか、ぜーんぶフォンロン国内から出てる話だからね、一時は情報操作で上手く立ち回ってたけどそれが裏目に出たのかやりすぎて収拾つかなくなったのか今じゃ国内がそれで混乱してるからどうにもならないんだよ」

 マイケルは興味があるのかないのか、酷く淡々としている。

「あのベリアス家が大人しくなるくらいだからね、相当今のフォンロンは情報が氾濫して下手に首を突っ込むとロクなことにならない」


 そういえば、ベリアス家の令嬢が旦那様や侍女とともに別荘に向かう途中盗賊に襲われたというセンセーショナルな情報がつい最近齎されたばかり。物取りだけでなく人攫いも目的だったのか未だ彼女たちの行方がわからず生死も不明、令嬢の嫁ぎ先の伯爵家が奴隷市場や闇オークションなどを手当たり次第に探しているけれど見つかったという話はまだ聞かない。流石のベリアス家も対応に追われ、ベイフェルアは仮初でしかも一時的ではあるけれど派閥争いが鳴りを潜め今は落ち着いている程。

「おまけに、その盗賊に襲われた事件はハルトの仕業だという噂も出ているからね。何がどうなればハルトに繋がるのか全く分からないし、あのベリアス家でさえその噂には懐疑的だ。少し考えれば分かることも見落とす今のフォンロンは情報に踊らされて勝手に混乱してしまっているからそれを止めるのはかなり難しいよ。国王、というか王家が後手に回ってしまうのも仕方ない気がするけどね。……そんな所に何で粛清を受けた人間が?」

「……かつては冒険者としてそれなりに活躍した者たちだ、その能力を買われたと見ている」

「なるほど、厄介そうですね」

「ハルトが、どのような目的でフォンロンに入っているのか定かではないがもし何らかの話を聞くことが出来たなら可能な範囲で情報を齎して貰えるとありがたい」

「わかりました」

私が声にして頷き、隣ではグレイも無言ながら頷く。

「彼ならあらゆることを既に把握している可能性もある、我々は非常事態に備えて今後正式に協力体制を」

 その時。

「犯罪者に成り下がった冒険者崩れの者たち。そんな奴らの能力を買うなんて、ロクなことしないって言ってるようなものだよね」

 マイケルが総帥が何か言葉を続けようとした所に割って入った。総帥が驚いて目を見開く。

「逃したギルドにもかなりの責任、あるよ」

 その言葉に明らかに総帥がグッと息を詰まらせ口をきつく閉じてしまった。でも、サラッとマイケルは言ったけど私もそう思うのは監視が甘かったのかそれとも内部に協力者がいたのか分からないけど、明らかに怠慢なわけで。

「さ、帰ろっか」

「え、急に?!」

「話は以上、重要な話を総帥が自らしたいって言うからジュリたちを連れてきて聞かせただけ」

 突然いつもの穏やかな雰囲気に戻ったマイケルに呆気に取られつつ、再び帰るよと有無を言わさず私達を立たせて歩かせる彼は応接室を出る瞬間、振り向いた。


「どう責任取るのか見物だね。事と次第によってはそれなりの覚悟、しておかないと不味いんじゃないかな? 僕は確かにこの国所属だけど、ギルドのためにいるわけじゃないからそのへんもよく考えて対策練りなよ、総帥。それと……最後の方、万が一の時に協力してもらう約束をこの場でジュリやグレイセルから引き出そうとした? あれはないよ、ギルドの問題に二人は無関係だろう。不愉快だ、友達を巻き込まないでくれ」


 そんな訳で、テルムス公国 《ギルド・タワー》の訪問は突然に、強引に、呆気なく、終わった。


 そしてやっぱり観光一つ出来ない私。


ブクマ、感想、評価、そして誤字報告ありがとうございます。



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