19 * 若夫人、決意する。
再び登場です。ざまぁ要員、いや、ちょっと違う?この方、こんな出し方しかさせてやれないのが心苦しいのですが、語って頂きます。
文字数多めです。
ロビエラム国王太子殿下の花嫁候補から外され、醜聞を嫌ったお父様は直ぐ様、このフォンロンでも王家に連なる血筋の旧家との縁談話をまとめた。
貴族としては伯爵家、位は可もなく不可もなく、けれどかつては宰相、大臣を何人も排出して現在の当主も軍事大臣なのでお前を嫁がせるには何ら問題のない家柄だとお父様に教えられている。
候補を外された時、お母様は嘆き、静養に出てしまった。
「こんな娘に育てた覚えはないのに」
と、その一言を残して。
以降、学園を退学し、覚悟を決め結婚を受け入れる間もなく追い出されるように、結局お母様の顔を見ることも手紙を貰うこともなく私は馬車に揺られて住み慣れた屋敷を離れていた。
お父様は、そんなお母様とは違う反応だったわ。
初めは激怒し、私に杖を投げつけてきて。そんなことをされるのが初めての私はショックと恐怖で一晩泣き続け、寄り添ってくれた侍女たちのありがたみをこの時初めて感じたりもして。そして数日後にはとびきりの笑顔で、私を妻に迎えたいと兼ねてから打診してきていた方が是非にと言ってくれているから安心して嫁ぎなさいと。杖を投げ付けて来たことを忘れているようなそんな雰囲気で、余りの違いに戸惑うことになったの。
そして。
ファリードお兄様……。
私がフォンロンに嫁ぐと決まったのを聞いて、屋敷からの外出禁止令を出されていた私のため視察を切り上げ帰ってきてくれたわ。
「貴方は何を考えている! フィオールをフォンロンに?! 今のフォンロン王家内部の危うさを知っていてなんてことを!!」
「うるさい! お前は黙っていろ。望まれて行くんだ、フィオールにとってこれほど幸せなことはないだろう、しかも位は低いが軍事省大臣を」
「それが問題なんですよ! 全く、父上貴方はいつになったら理解するんですか」
「なに?!」
「あの家は【彼方からの使い】と問題を起こしています、情報を整理すればあの家が勝手に敵視しているそうじゃないですか」
「お前が私以上の正確な情報など集められる訳がない! お前こそ騙されているんだ!」
「はぁぁ……だから我が家は今大変なんです、まだ、分からないのですか」
「な、何が言いたい!」
「こんなことになるならフィオールの教育は私がすべきでした。あの子にちゃんと必要な貴族社会の情報や繫がりを叩き込んでおくべきでした」
「フィオールはどうせ嫁ぐというのに何を教えるべきだったと? 女なら家のために嫁ぐ、それが最高の幸せで名誉ではないか!」
私の起こした問題が原因で言い争う事になってしまったのを扉の隙間から目の当たりにして私は部屋に駆け込みベッドに蹲り、泣きはらした。
ああ、私も所詮『貴族令嬢』の一人に過ぎなかった。
お父様もお母様も、私を大事だといってくれていたのは、『公爵令嬢』だから。
娘だから、血を分けたから、無条件に愛してくれていたわけじゃなかった。
『道具』に過ぎない私。
何も知らず『道具』として生きてきた私。
それを知って、理解して、絶望が押し寄せて。
その絶望に押しつぶされずに済んだのはお兄様がいたから。
「フィオール、いいか、何があってもお前はお前を一番に大事にしなさい」
「お兄様……」
「幸い、お前にずっと懸想していた男だ、大事にしてくれるはず。それでも、万が一ということはあるからその時はお前は何よりも自分を一番に守りなさい……すまない、今の私には『これ』くらいしかしてやれない」
屋敷を立つ朝、お父様の目を盗み、お兄様がそっと私の手に握らせてくれたもの。
一枚の折りたたまれた紙。
それはドレスにあるささやかなポケットに収められるように小さく折りたたまれていた。
中身は馬車に乗ってから確認しなさいと耳元で囁かれたのは、私付以外の従者は皆父の言いなりできっとこの紙の存在が知られると不味いということだと察する事が出来た。私とお兄様のやり取りをまるで隠すように側に立っていた義姉と視線を交わすと彼女はただ無言で頷くだけで、つまりはその紙に書かれていることをこの人も知っていて私の為に力になろうとしてくれる人なのだと知れた。
こんな、複雑な家の事情も今さら知って、今まで順風満帆な人生だと信じて疑わなかった自分に呆れるだけだったわ。
そして。
色んな感情が渦巻く、とても整理しきれない不安定な心のまま、私はフォンロンへ。
まさかこんなにも早くお兄様から頂いた紙を頼ることになるなんて、想像もしなかった。
「フィオール、寒いか?」
不安で無意識に腕を擦っていた私に、夫となったソディオ・エイワースが優しい声で問いかけて来た。それと同時に彼は自分の上着を脱ぎ私の上半身を覆うように掛けてくれて、そのまま肩を抱かれる。
「いいえ、大丈夫。ありがとう」
ソディオは二十二歳、エイワース伯爵家の次男だけれど彼の兄が数年前に亡くなり後継者の座についた。かつて訪れたベイフェルア国で行われた舞踏会で私を見初めて下さったと本人から聞かされた時、否応なしに嫁がされた私を少しでも安心させようと長々と口説き文句と甘い言葉を聞かされて流石にいたたまれず俯いてしまい困らせてしまったけれど今となっては彼の明け透けに何でも話してくれるその性質にとても救われている気がしている。
「……すまない、こんなことになって」
そんな彼は表情を変えた。眉間に皺をよせ、微かに俯き唇を噛む。
事の起こりは昨日。
お義父様とお義母様が知人の開催する狩猟会に招待され、数日屋敷を離れるからよろしくと留守を頼まれそれを笑顔で見送った午前。彼のご両親も屋敷の者たちも皆私に優しく、歓迎してくれている非常に良い雰囲気で、たとえ『道具』としてしか見なされていないとしてもそれでも悪くないと思える程には私は新しい環境と生活に満足していたそんないつもの日常が始まったと思っていたの。
「今日は何をしようかしら?」
ベリアス家から連れてきた私付きの侍女マーシャと、夫ソディオが付けてくれた侍女リリはいつも私の側にいてくれる。そんな二人にここに来てから初めて伯爵夫妻がいない日に少しは羽を伸ばしてもいいかしらと考えて問いかけた。
「フィオール様」
幼い頃から私をよく知る侍女は、笑顔を貼り付けたまま小さな声で言った。
「ファリード様からいた頂いた紙、失くしたりはしておりませんね?」
ドキリとした。
「……若奥様、ソディオ様が間もなくお戻りになられます。書斎にてお待ち下さい」
もう一人の侍女も、笑顔を貼り付けたまま。立ち止まりそうになった私にすかさず。
「周りに悟られてはなりません」
何が起きているのかわからない。
けれど。
あの紙が役に立つ程の事が起きているのだと察するには十分なやり取りだった。
そう、ここも。
全てが味方とは限らない場所なのだから。
お兄様が持たせてくれた紙に書かれていたこと。
ソディオ殿とマーシャ以外、エイワース家の人間を無闇に信用してはならない
エイワース家で揉め事が起きた場合、理由を付けて旅行や静養に出てその場から離れなさい
持ち出せる金品がない場合、エレナ・リオースという偽名を用意してあるのでその名前でギルドの預かり口からお金を引き出しなさい
エレナ・リオース名義のギルド・カードをマーシャに預けてある
他にも細々と、小さな文字でびっしりと。
それを初めて読んだ時感じた漠然とした不安が明確になったのが昨日。
こうなることを予見していたの?
そう、問いかけたくなったけれど、お兄様はここにはいない。
ソディオと私、そしてその正面には、一時も気を緩めず外の様子を伺う侍女二人。馬車に揺られて早二時間、ただひたすらに進む馬車はどこへ向かっているのかも分からない。
昨日、あの時。
書斎に入ってすぐ、侍女二人はテキパキと私が寛げるようにとお茶を用意しつつ、矢継ぎ早に互いに『旅の準備』について確認していることに呆気に取られていた所へ、視察に向かった筈のソディオが書斎に飛び込んで来ていた。私に優しいキスを落とした彼が私の肩を抱いて二人に指示を出して。
「なるべく自然にな、気まぐれで別荘に行くことにした事にする。馬車は途中で変えるからなるべく身軽にしてくれ。そうだな、別荘滞在数日分の荷物に留めるのがいい、必要なものはついた先で揃えればいいし。ただし不必要な宝飾品と現金は持ち出すな、父や執事に気取られる可能性がある」
「「かしこまりました」」
「フィオールの身支度はいつものように華やかにしてくれ。下手に地味を装うな、赤のドレスだ。お前たちもだぞ」
「「はい」」
何が起きているのか分からなかったけれど、私の手はその時汗でじっとりと不快に湿っていたわ。
気まぐれで若夫婦が近くの別荘に遊びに行くとなりにわかに慌ただしくなった屋敷からは別荘で私達を迎え入れるために先立って数人の者が出発したけれど、その道を私達が追ったのは途中まで。三十分程進んだ先の分かれ道を迷うことなく別荘から離れる道に入ったことから御者もソディオの味方と理解できた。
そしてそこから更に三十分馬車が進んだ先にあった宿場町に立ち寄り、別荘に持ち込む嗜好品が買える店に入る。侍女二人はエイワース家の馬車にぴったりと並んで停められた特に目立った特徴もなく、色もありがちな茶色い外観の馬車に御者と共に三人で荷物を黙って載せ替えて、素知らぬ顔をして外に控えている。その後私とソディオたちは何の変哲もない平凡な馬車に乗り込んだ。その時、同時に少し派手な身なりの、赤いドレスの女性、エイワース家の侍女の服によく似たにお仕着せを来た女性二人と、若い男性がエイワース家の馬車に乗り込み、見知らぬ御者が何食わぬ顔をして鞭を軽く振って馬をゆっくりと歩かせ始めて。
私達はそのエイワース家の馬車が来た道を戻って行くのを見届けて、それとは反対の道に向かって馬車が動き出して、今に至っている。
「……聞いても、いいかしら」
「ああ」
「何が起きているのか、説明してほしいわ。知る権利、私にもあると思うのだけれど」
「どこから、話すべきか悩んでいるんだよ」
「全てよ」
「え?」
「全て、教えて欲しいわ」
「フィオール……」
「あなたから見たら、私はまだ子供でしょうね。でも教えて、全部を理解できなくても、知りたいの。何も知らずにいるのは、辛いわ」
「君を子供だなんて思ったこと一度もない。でも、正直、俺も混乱しているんだ。ちゃんと説明出来るかどうか……」
「それでもいいから、お願い教えて」
「……わかった」
エイワース家は王弟派。それは知っていた。
けれど。
【彼方からの使い】を国有化すべきである、という意見がフォンロンの一部で出始めたその中心にいるということは最近知ったばかり。人間である彼らを国有化、つまり物扱いする発言にかなりの反発があって批判を浴びている事も知っている。でも、その意見に賛同する人達が一定数いる事も事実で、その大半が王弟派だという事はソディオが説明してくれた。
彼はそんな意見から距離を置く人。伯爵であり、軍事省大臣である父親とはその事で衝突する事が増えているということも聞かされて。
「ヤナ様を『管理』しきれていないのは王としての資質が備わっていないからだと」
「え?」
思いがけない甲高い声が出てしまって慌てて口を手で覆う。ソディオはそんな私に苦笑しながら肩を竦めて見せた。
「ヤナ様がご自身の気分でしか鑑定をなさらない事を国王と宰相の管理不足だと王弟殿下が議会で発言されてしまったそうだ」
「な、なんですって?!」
「そこに父上も……他にも約二割の議員が賛同することになって荒れたそうだ」
倫理的に到底受け入れる事のできない、無茶苦茶な話なのに。
それに、ヤナ様と言えばフォンロンの至宝とも言われる方で、更には宰相の奥様。そんな人を誰が支配出来ると? なによりあの方の後ろには他の【彼方からの使い】がいるのだからそう簡単に手出し出来ないし手出ししてはならないとも教わったのに。
それなのに。
フォンロンの議員が、二割も同調したの?
信じられない。
それに、急にどうしてそんな話が大きくなってしまったの?
「……【彼方からの使い】ハルト様が、フォンロン王家との付き合いを見直すと、先日ヤナ様を通して伝えたそうだ。フォンロンではハルト様を敵視する者が少なくない、そこに【彼方からの使い】の国有化の声が大きくなって、ハルト様自らが距離を置くとお決めになった。それを好機と捉えたらしい。……ベイフェルアの【彼方からの使い】ジュリ殿をフォンロンに招き、そのまま保護すべきだと。保護とは名ばかり、ヤナ様と共に、王宮で囲い込む算段があるそうだ。彼女の加工する魔物素材は今迄魔法付与できなかったものでも付与ができる場合があることが証明されたそうだ。それはあらゆる分野で有用で特に軍事利用が期待される。そのため【彼方からの使い】ジュリ殿をフォンロンで」
「出来るわけないじゃない!!」
思わず、叫んでいた。
ジュリ。
私の人生の転機に関わった人。あの時、彼女は厳しく私に接した。そこで私が喚いてあんなことになったけれど、もしも彼女が毅然とした態度ではなく曖昧に適当に私をあしらっていたならば私はきっとさらなる失態を重ねてロビエラム王家から直接花嫁候補の座を退くようにと言われていたかもしれない。そうなっていたら、私は厳しい環境と規律の修道院で生涯をただただ懺悔をしながら過ごすことになっていた確信がある。
お父様とお母様は、きっと私を許さないし使い物にならないと捨てていたはずだから。
彼女の言動で、私は輝かしい未来を閉ざされたのではなく、新しい未来を与えられた気がしているの。【彼方からの使い】は神に愛されし者。そんな彼女と僅かな時間だったとしても触れ合えた私はきっととても幸運なのだと今なら思える。
あの日から今に至るまで、私に『もっと沢山のことを学ばなくては』と思わせてくれるきっかけとなった人。
彼女は無力。【称号】【スキル】そして魔力もない。
でも、何か不思議な力を持っている。
そんな彼女を支配ですって?
無理よ、絶対に。
「俺も、そう思うよ。けれど……父は、本気だ」
「そんなっ」
「王弟殿下の、王権奪取に加担することになった」
侍女二人も、顔色が悪くなった。私は体が震える。
「父に、それを手伝えと言われた。殿下が王になったら必ず【彼方からの使い】を国有化し、それでもって国をさらに強く出来るからと」
「!!」
だから。
逃げるのね。
「挙げ句……ハルト様を亡き者にしてみせる、と」
ああ、なんてこと。
「父は、未だ兄の死をハルト様のせいだと……あれは、兄とその周囲の身勝手が引き起こしたこと。自業自得、それなのに」
ソディオが膝の上で、きつく拳を握った。
「ハルト様さえいなければ、【彼方からの使い】など恐れる必要はない、と本気で言っていた。もう、狂ってる。我が父ながら、もう、手に負えない」
「ソディオ……」
彼の手を優しく撫でる。それしか、できない自分に苛立ちながらも、苛立っても何の解決にもならないと気づき、落胆するしかない。
「フィオール」
「はい」
「しばらくの間、不自由させるかもしれない。けれど。耐えてくれるか」
「ええ、ええ、もちろん」
真っ直ぐ見つめあい、しっかりと答えれば彼は安堵した笑みを浮かべて。
けれど直ぐ様、その顔には険しさが戻る。
私も覚悟を決める。落ち込んでばかりもいられない。
もう、何も知らずただ権力に縋って生きるのはおしまい。
お兄様、私、いつか褒めて頂けるように沢山のことを学びます。
再会したとき、よく頑張ったと言ってもらえるように。
ソディオと共に、生き抜いて見せます。
この後、エイワース家の馬車が別荘に続く道途中で大破した状態で見つかった知らせがフォンロン国内を騒がせる事になる。
物取りと人攫いが目的の賊に襲われのか、荷物は奪われ殆どが失われ、乗っていた若夫婦と侍女、そして御者の靴や上着がその場に散乱していただけで消息不明となった、と。
エイワース家当主を悲しみのどん底に突き落としたと、とある場所に潜伏することとなった私達のところまで伝わってくるのにそう時間はかからなかった。
この物語には大変珍しい10代女性なのにこの扱い。
しかもなんだか過酷な状況。
もう少し若者に脚光を! 明るく楽しい話題を! と思うのですが現状作者の力量では思うようにはいかず。
いつか必ず若者達をキャッキャさせる!! と意気込みつつも空回りしています。
次回もジュリ以外の語りです。雰囲気は変わりますのでご安心下さいませ。




