2 * もうすぐ
本日二話更新しました。
ラッピング、雑貨を贈る習慣がないことに一抹の不安はあるけど、さほどその不安は大きくなったりしない。
なぜなら、皆の反応が結構いいのだ。
特に色々お世話になってる多方面の職人さんには非常に興味がありそうな反応があって
「これ、いくらだ? 『らっぴんぐ』は金はかかるのか?」
って、開店準備を見に来た職人さんが商品を入れて見せたら値段を聞いてきたりしたからね。
あれ、奥さんとか恋人にプレゼントするよの、きっと。
いいねいいね、そういうのを待ってたのよ。
これをきっかけに色んなものがプレゼントとして贈られる習慣が出来たらいいよね。貰う人だってその分楽しみが増えるでしょ? いつか私もこの世界で何を貰えるのかとワクワクしながら待つ日が来るのを心待ちにしてまーす。
そのワクワクをくれる彼氏が欲しいわぁ。
ただ、ハイスペックイケメン貴族が常に近くをウロウロしてるから最近は私も目が肥えてしまい、好みがうるさくなってしまうという弊害が出始めた。
マズイ、このまま行くと独身で老後を迎えそう。
このハイスペックイケメン貴族を落とすべく行動すべき?
いや、今はやめておこう。無理。忙しい。そんな暇がない。そして結婚なんて考えてる暇があるならもっと色々小物を開発してデザインしたり試作をしたい。
……こうして婚期を逃すのね。
うん、悲しくなるからこの話題はやめる。
さて。
一個単位で買えるパーツを含めて、うちで扱う商品の九割五分は日本の価格価値に換算すると高いものでも約五千円になっている。こちらの世界での五千円は結構な金額だ。そう思うくらい庶民の世界は物価が安いし収入も低い。価値とか、今さら日本と比べる意味はないけれど、感覚としてそう感じる。
だから以前ハーバリウムをするために瓶を買うのを躊躇ったのは上質なものは約九千円と、相当高額商品だ。元いた世界なら海外ブランドのクリスタル製の数万するものをハーバリウムに使う感覚になる。
だからパーツのバラ売りをすることにしたのよ。
レースや押し花も使いようによってはアクセサリーになるし、とくに擬似レジンのパーツは二リクル (約二百円)から八リクルで買えるように。それでも高いと思われるかもしれないけどネックレスの紐やイヤリングの金具は手元にあるものを使えばいいの。付け替えて自分でアレンジしてしまえばいいわけよ。つまり
【この世界のハンドメイド】
の基礎が出来ればいい。
そうすれば自然と同じようなパーツを扱う店が出てくるだろうし、紐やイヤリングのパーツも種類が増えてくるはず。
この店で当分はそういう『提案』をお客さんにしていくべきだと思ってる。
どんなものがアクセサリーに向いてるか、組み合わせに相性はあるのか、そういうのを話ながらね。皆の意識が変わってくれたら嬉しい。新しいものをどんどん取り入れて、おしゃれを楽しむ環境が根付いてほしい。
そんな話を嬉々として話してたらいつの間にか夢中になって。
他にも試してみたいことがあるとか、素材を探す為にもこの世界のことを勉強してみるのもいいかもとか、そんなことまで私ってば喋りだしてて。気づいて慌てて
「すみません、自分の世界に入ってました」
って謝罪をした。
「割って入ったらブッ飛ばされそうな勢いだったな」
ってハルトは笑ったんだけど。
「君は」
「はい?」
「いつも私の先を行く。それが悔しいような寂しいような複雑な気持ちになるのは私が未熟者だからだな。ジュリに追い付くにはどうしたらいいのか、いつも頭を悩ませる」
はい?
グレイセル様が私に追い付くですって?
何言ってるんですかね? あなた貴族で王都で活躍した凄い騎士ですよね?
って言ったら、グレイセル様が困った顔で笑った。
ハルトが遠い目をしてるのは、なぜ。
「なんか見てらんねぇや、勝手にやってろ。頑張れよグレイ」
って、ハルトが帰っていったけど、私に頑張れを言ってくれてねぇわよ?
開店準備に忙しく毎日働いてるわよ、頑張ってるわよ。
なんなのさ?
ちょっとは労え。
グレイセル様に聞いても
「さあ? あれなりの応援じゃないのか?」
とはぐらかされた。
男同士、何か通ずるものがあったのかしらね?
「もう少しだな」
「はい、あと一週間で私も店主ですよ」
そう、開店は一週間後。
季節はすっかり冬。
ついに異世界で、私が私らしく自立して楽しく生きていける環境ができそうだ。
冷たい風もなんのその。少し興奮気味の私にはちょうどいい精神安定剤になっているくらい。
「そういえば昨日フィンの所へ母のレースを取りに使いに出した侍女が、近所の女性たちが他所の土地の変わった色のいい糸が手に入ったらいいな、とぼやいてたことを父に話していたな」
「……あの、それ、ぼやいてたんじゃなく」
「ああ、父に何とかしてくれってことだろうな」
おばちゃんたち、最近大胆。
この辺、何か対策取らないと私の知らないところで侯爵家とトラブル起こしそう。頼むから侯爵様をパシりになんてしないでよ?
「ふっ、くくくっ、ジュリのその顔」
グレイセル様が吹き出すように笑ったわ。
多分複雑な表情で遠い目をしてたんだろうなぁ、私。
「父も楽しんでるよ、心配ない。それより何が出来るのか、何をやらかそうとしてるのか浮かれて待ってる」
「やらかそうとしてるのか? ……何を期待してるんですか侯爵様は」
「さぁ、なんだろう? とにかく面白くなればなんでもいいんじゃないか?」
「開店準備の一番大事な時なんですけど。変な期待をしないで下さいと伝えて貰えます? くれぐれも」
「了解」
グレイセル様も楽しんでるよね、その顔は。
ちょっと不貞腐れた私をみてやっぱり笑うのよこの人は。
「ジュリさえよければ市場でご飯を食べないか? ご馳走するよ。大事な時期だ、精を付けよう」
はっ!! グレイ様のおごり!!
お金を気にしなくていい人のおごり!!
「ご馳走になります!!」
両手を突き上げて喜ぶ私を動じることなく見るグレイセル様である。
しかし、本当にこの人は動じない。
この世界の女性って、体を使って喜び表現する事少ないのよね。
普通さ? 何かを成し遂げたとき友達とそれを分かち合うときハイタッチしたりハグしたり女同士でもする時あるでしょ、ないのよねその習慣が。
せいぜい肩を叩き合うくらい。
だから擬似レジンとこちらの世界作のパーツと押し花でこの世界初のペンダントトップを作った時に、今みたいに立った状態で両手を突き上げるように掲げて『異世界初ペンダントトップ作成記念日!!』って叫んだのよ、私わりとオーバーリアクションかもしれないけど (笑)。
それみたライアスとフィンがこっちが引くくらい驚愕してね。
「闘技場で戦い抜いて優勝した剣士じゃあるまいし、なんでそんなに大げさなんだ」
と言われたのです。
戦い抜いた剣士かよ……。
と私も復唱してましたね。
そんな世界の人たちなんだけど、グレイセル様はハルトに紹介されて間もなく私の言動にほとんど動じなくなったのよね。
不思議な人よ、この人は。
最近は動じないだけでなくそういうものだとすっかり馴染んでるようにも感じるし。
あとね。
なぜかほぼ毎日顔見てるのは気のせいじゃない。
自警団のトップだから市場の中にある自警団の本部に毎日来ていて顔合わせる頻度が高くなるのはわかるけど、気づくと一緒にいるのよね。二人きりってことも珍しくない。
なんなのでしょう、この人。
それなりに期待をしてもいいんですかね?
距離感が微妙に分からなくて困る時もありつつ。
とりあえず、おごって貰うことは絶対遠慮しませんけれど!!
店内に並べられていく商品。
ここ数日でお店の窓を覗き込んだまましばし観察する人が増えた。中には友達を誘ってとか、親を引き連れて、とか。複数でしばし会話しながらという人も。
「あの、いつ開店ですか?」
私と同じ位の女性がそう質問したのはグレイセル様。
「三日後だ」
って、だからなんであなたはいるのですか? フィンとライアスが『いいのか?!』って顔してくるけど、私が頼んだわけじゃないのよ。
「グレイセル様、そこにいると話しかけられてしまうから中に入りませんか。しかも寒いですよ!!」
グレイセル様は店の扉前にいる。寒いのに、寒さなんて感じてない顔でお店の前で立ち止まる人たちに声をかけられてそれに答えてる。
「私は顔を知られてるから声をかけやすいんだろう。準備も大詰めだ、そこに不用意に立ち入る人間がいたら困るだろ?」
お店の前には開店前の準備中と書かれた板を置いてるんだけど、昨日から見ていいかと入って来る人が出始めたのは事実。女の子が五人で騒ぎながら突然入って来たときはそれにつられて他の地域の商人らしき人まで荷物を抱えて入ってきて、並べた商品にぶつかりそうになりながら皆で勝手に触り出したときはさすがに私も丁寧にお帰り頂くというより『開店前だから皆お断りして入らないで貰っている』とちょっと強めに言って帰ってもらった。
交代で手伝いに来ていたおばちゃんたちもあの時は箒片手に振り回さんばかりに怒ってた。
そりゃそうよね。自分が作ったり関わったものが荒らされてひっくり返されそうになってたら。興奮して手当たり次第手を出してた女の子たちも慌てて平謝りして出ていったし、商人風の人も私とおばちゃんの迫力に無言で出ていってた。
こりゃ何か対策取らないとね。
毎日あの高貴な身分のイケメンを店前に立たせる訳にはいかないから。
誤字報告ありがとうございます。




