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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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19 * 次期公爵、家族について語るけれど。

初登場!公爵家の息子です!!

え、どっちの?

というのはお読みいただければわかりますので。

「上手くいったか……」


『フォンロン国エイワース伯爵家次期当主夫妻と侍女二人、御者の乗る馬車が盗賊に襲われた模様。馬車は大破、荷物も殆どが奪われ、五人の消息も不明』


 フィオール。

 可哀想な事をした。

 もっと私が気にかけてやれば今頃はロビエラム国王家の一員として迎えられていたかもしれない。

 私が唯一心を許していた妹。我儘で高慢な所はあるが馬鹿な子ではなかった。けれど、私は己の忙しさを理由にフィオールの教育に関与してこなかった。それが今では悔やまれる。

 《ハンドメイド・ジュリ》の事を話していなかったのは、関わると父の影響を受けかねないと懸念していたからだ。こんな事になるならばしっかり説明してフィオール自身が考え行動できるようにしてやれば良かった。

「あなた、フィオールは、無事ですか?」

「ああ、上手くいったらしい」

 手紙を畳んだ私の言葉に、妻は心底ホッと息をついて肩を落とす。

「エリーゼ」

「はい?」

「お前もしばらく実家に帰るか、静養に出なさい」

「えっ?」

「フィオールは身を上手く隠せたが、表向きは消息不明、死んだものとして当分は騒ぎの中心だ。否応なしにお前もその事で面白おかしく語る馬鹿な者たちに囲まれてしまうことになる」

「あなたは、どうなさるの」

「私は今ここを離れる訳にはいかない。父と母を野放しにするわけにはいかないんだ」

「でも、それではあなた一人が」

「大丈夫だ、私一人なら身軽だ。それよりもお前には子どもたちを任せる」

「そんなっ、全てを、背負うつもりですか?!」













 いつからだろう。

 私が父と母の存在を疎ましく思うようになったのは。

 きっかけは私とエリーゼの結婚だったかもしれない。

「ファリード、よりにもよってどうして子爵令嬢と結婚なの。貴方は公爵になるのよ? 王族から妻を迎えられるほどの身分なのよ?」

 母は子爵家出身のエリーゼに会う前から彼女を見下していた。没落寸前の伯爵家出身でこの家に嫁いで来る前はドレスさえまともに用意できなかった貴方がそんなことを言うのかと思ったことが始まりかもしれない。

「全くとんだ無駄足だった!! 【称号】【スキル】なしだと? 魔力もないだと? 挙げ句【技術と知識】もどういうものかわからないと! あんなクズ、クノーマス侯爵にお似合いだ!!」

 父は目の前の地位や名声しか見えない人だ。深く探ろうとか知ろうとする労力は全て部下や他人任せで、それを自身の能力だと勘違いし続けるほどに、何もしない事が当たり前になっているような無能。それに嫌気が差した事が拍車をかけた。


 殺そうか。


 そう、何度も思う程には、私には二人への情はすでに失われていた。


【彼方からの使い】ジュリを何とかこちらに引き込もうと画策する度に、父が口出しして来て勝手に私の計画を都合の良いように解釈し、そして後先考えず行動し、(ことごと)く失敗させられた。

 あのダッパスというグレイセル・クノーマスの幼馴染の使い方も当初はあんな使い捨てのような扱いをする予定ではなかった。まずは近づき、我々を信用させ、私の息のかかった冒険者と懇意にさせ、直接その冒険者を【彼方からの使い】に接触させる仲介者にするはずだった。それなのにギルド上層部を動かし王家の名前までちらつかせ、ダッパスに勝手に昇格を約束し、あろうことか職人の大半が影では不満を募らせている無償提供を強要させるという暴挙に出た。

 痺れ松の時もそうだ。粗悪品を大量に流通させるなんて馬鹿にも程がある。私は良品に粗悪品を混ぜ込み流通させ僅かな不安を世の中に広めることでその対策に侯爵位の全ての家を話し合いの席に引っ張り出し、それをきっかけにクノーマス家の庇護を受け、ツィーダム家とも近づきつつある守りが強固になり続ける【彼方からの使い】に近づく道を見つけようとしたのだ。それをどう勘違いすれば、単に暴利を出し我が家の逼迫した家計を立て直せる手段だと思えたのか。さらにまさかあれ程の粗悪品を作り出すとは。腐敗が進み、悪臭が立ち込め、処理の作業効率が上がらず金ばかり無駄に出ていく始末。


「後始末は部下にさせればいい、私が悩むことではないしやることではない」

 何の疑問も不安もない表情でそう言った父を殴り倒したいという衝動を抑える日々にうんざりしている。


 そして。

 フィオールまでもが問題を起こし。

 それでも若さゆえ、未熟ゆえと、私は再教育すれば何とかなると思っていたのに。

 父と母は、売った。

 そう。

 フィオールを、売った。


 父はフォンロンのギルド上層部に食い込みかつてのベイフェルアギルドのように手中に収めたいがために、母はきらびやかな宝石を両手一杯に抱えたいがために。 


 売ったのだ。

 公爵令嬢をフォンロンで今一番問題を起こしかねない危険な家に。

 確かに金はあるだろう。権力はあるだろう。

 だが、駄目だったのだ。あの家だけは。

 頭の悪い王弟を己の復讐のためだけに担ぐような、史上最も凶悪とされるあの【彼方からの使い】ハルトに復讐しようと愚かな事を考えるような男が当主なのだ。

 思い込みで【彼方からの使い】に復讐してやると、それを隠せなくなっているほど目の前しか見えていない男が当主をしている家に娘を嫁がせ得たのが不確かな口約束と、傷の一つでもついてしまえばたちまち価値が下がる宝石。

 呆れた。

 泣きそうになった。


 なんて愚かな親だと。


「あなた、私も残ります」

「いや、駄目だ。実家に帰るか、せめて静養を理由にとにかくここからしばらく離れていてくれ」

「覚悟はしています」

「エリーゼ、その覚悟は私のためではなく子供たちのために使ってほしい」

「でも!!」

「いいか、よく聞いてくれ。フォンロンはこの後、荒れる。今のベイフェルアの比ではない」

「……え?」

「王弟派一派が内部クーデターを起こそうとしている話、あれは単なる噂でもなんでもなく、実際にそういう計画がある」

「そ、んな……」

「その、首謀者の一人が、エイワース伯爵だ。フィオールが嫁いだ家のあの当主だ」

「待ってください、だってあの噂は私達夫人の間でも話題になっているような事ですよ? あれ程面白可笑しくどこの社交場でも語られている事が実際に起こるわけが」

「確かに、起こらないかもしれない。だが王弟が王座を狙い、それに加担する者、担ぐ者がいる話があるのは事実だ。何も起こらないという確率の方が低くて、不確かだ。流石の父もこんな事になるとは思っていなかっただろう、フィオールを連れ戻したいと思っているだろうがフィオールは消息不明で何も出来ない状況だ、これで流石の父も大人しく静観せざるを得ないはずだ、これでもまだ愚かな事をし続けるなら私がなんとかするしかない。……いざという時のためにも、お前は先にここを出てくれ、エリーゼと子供たち名義の信託財産の契約書、忘れず持ち出すんだぞ。あれには父であろうと手は出せない。最悪、それを持って国外脱出も考えなくてはならないからな、そうなればお前が頼りだ、頼む」

「……わかりました」

 決意した目の妻に、私は頷いてみせた。

 妻や子供に、そしてフィオールに、こんな思いをさせるために私は次期公爵としてここにいるわけではない。

 いつか、必ず。

 父を退け、かつての栄華を極めたベリアス公爵家を取り戻す。

 無能な父、無知な母は、いずれ然るべきときに。


 捨てる。












 情報収集すればするほど、あの【彼方からの使い】の有用性がはっきりしてくる。

 魔物素材への魔法付与率の高さは前例のないものだ。

 スライムには魔法付与出来ない。

 その常識を覆した。

 あの【彼方からの使い】が加工すると、ありふれた透明なスライムにですら軽微ながらも付与出来るものが出来上がる。

 その能力は、単純に、簡単に、軍事力を上げる手助けになる。

 軍事に関連する事業は利益を生み出す。

 何とかして、あの【彼方からの使い】をこちらに引き込みたかったが。

 あのグレイセル・クノーマスとの婚約が公表された。もう遅い、手出しは出来なくなった。その事で頭を悩ませ始めた矢先の妹をフォンロンに嫁がせなくてはならないという事態にここ最近は眠りも浅くなってイライラすることも増えている。


「……はぁ」

 エリーゼと子供たちが長期の静養という名目で強権派であり知人が領主を務める伯爵領にある我が別荘に無事に到着した知らせを受けて私は安堵の息を吐き出していた。

「……若様」

「なんだ」

「こちら、先程旦那様付きの管財人より預かりました」

「なんだ、また金の催促か?」

「いえ、それが……」

 先に目を通していたのだろう、私の側近は眉間に皺を寄せて難しげな表情だ。

「……ちょっと、まて、なんだこれは」

「私も驚きました。まさか、こんな事になっているとは」

「馬鹿な、父の周辺は何をしていた?! これを黙って認めたというのか?!」


 血の気が引いた。

 側近に見せられたのは、ここ一ヶ月でこのベリアス領で廃業し、他領に移住した工房主や商家の商長の名簿一覧だった。

 ありえない事だった。

 一ヶ月で、六人。

 六人の工房主や商長が廃業しこの地を去った。

 しかもうち二人はこの領主館があるベリアス領最大の地区に店を構えていた。

 税収を支える者たちの流出を抑えるためにこのベリアス領では職人や商いをする者達に対して減税という優遇をするのと同時に、他領へ移住していく者からは移住 (退去)料を徴収する事にしている。その徴収額はそれなりの額だ、一度この領で構えた者たちはほぼ出ていくことはない。

 なのに。その出すには躊躇うような金額を出して、出ていった。

 私のところへ事後報告で来たということは、彼らを引き留めるなどもせず金だけ貰ったということだ。

「クソォ!」

 握り拳で書斎机を殴る。

「これも父上の……!」

 痺れ松の失態がこんな所にも出始めた。

 あんなことをする領主の所では物など作れない、どうにかしてくれと密かに私宛で嘆願書が何通か届いていた。その対策の最中で、これだ。


 ああ、本当に。


 死んでくれないだろうか。


「申し上げにくいのですが、若様」

「他にも何かあるのか。前置きはいい、さっさと出せ」

「……炊き出しの会場を、あと二箇所増やせないかと自警団から要請が来ております」


 血の気が引いていく。指先が、どんどんと冷えて固まっていくようだ。

「また、失業者が増えたのか」

「はい。それだけではございません、治安の悪化から空き巣被害も増えており、低所得者層の間では明日の食事代すら奪われ日々凌ぐのも困難になっているという者も増加しているようです。そのため週一の炊き出し会場付近に(たむろ)する者が急増し―――……」

 側近の報告が、どこか遠くの演説を聞いているような感覚になっていく。


(ああ、このままではベリアス家は消える)


 父を真似て何とか派閥内で金をかき集めて来た。非道な手段で何度も。

 それはこの、ベリアス領のため。

 強権派最大であり筆頭家である我が家が潰れることは許されないからだ。

 かつては王家から王女が何度も嫁下、れっきとした正当な血筋としてならばあのアストハルア家よりも尊いのだ。ベイフェルア王家の現在の国王一家よりも、きっと私達一族の方が……。

 それなのに、今は。

 もう、同派閥からは金を集めることは難しい。王都の主だった預貸商も金を出し渋るようになってきた。今まで手揉みして近づいて来ていたくせに、『返済の期限のことで』としきりに言うようになってきた。

 同派閥から無理矢理連行した職人に父は物を作らせ王家やその腰巾着の家々に売りつけるつもりのようだが、そんな事で手に入る金はたかがしれているし、何より上質な素材を集めるに必要な各分野の職人がこの領を、離れつつある。そんな事でまともなものなど作れる訳がない。


「炊き出し会場の拡大はしない。現状維持に留めると伝えろ。それが嫌なら自分の金でやれと言ってやれ。自警団にはかなりの金をかけてやっているんだ、それで文句は言わなくなるだろう」

「かしこまりました」

「移住許可料の引き上げをする、父にその旨を伝えるときに『資金源が流出するのを防ぐため』と一言添えればその場でサインするだろう。それから再三お前には伝えて貰っているが、『私のやることに口出ししたければまずはご意見をお聞かせください』とも忘れずにな」

「仰せのままに」


 母はフィオールの消息不明に倒れたらしい。

「なんのために嫁がせたのか」

 と嘆くだけの中身のない手紙が届いた。

 あなたの実家の立て直しになんの役にも立たないその浪費癖に、あなたの実家も同じことを何度も口にして嘆いたのでは? と返信してやりたかった。だがそんなことをすれば飛んで帰ってきてきっとそんな子に育てた覚えはないと喚き、そこから無理矢理『だからお金を用意して』と言い出すのは分かっている。うんざりだ。一生静養先から帰ってこなくていい。


 手っ取り早く金を手に入れたい。

 父と母を黙らせるだけの手札を手に入れたい。

 さっさと公爵になってしまいたい。


 ああ、本当に。


 死んでくれないだろうか、両親。


「……殺したら、疑われるしな」

「若様?」

「何でもない、管財人を招集しろ。来月の予算見直しをする」

「かしこまりました」


 父の最終目的は、王家に成り代わることらしい。その漠然とした無計画な無謀な夢に大いに笑った。

 しかしベリアス家という由緒正しい家ならば非現実的とは言い切れない。だからそれも一興。

 父がそのために奔走するならその旨味だけを私が貰うのもありだ。

 公爵という地位に縋り付いてジタバタ無様に足掻くなら足掻いていればいい、窮屈な思いをさせられるが致し方なし。我慢してみせよう。


 いずれ然るべき時に、私が公爵になるその時まで。


 勝手に破滅に向かって歩んで下さい、父上。


 ベリアス家は私が守り引き継ぎますから。


冒頭とかちょっと『?』な点が多いお話でした。

直ぐにわかりますのでご安心下さい。


ちなみにもうちょっとジュリ以外の語りが続きます、ご了承下さい。

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最新話を読みつつ周回(四回目)しているのですが。 読むたびに、ジュリとキリアとハルトとグレイが活躍した某国の件はこんな最初のころに予言じみたものがあったんだなあとか、新たな発見があって、面白いです。 …
 うわぁ、悪党だけど被害者でもある…
[一言] 頭はキレるけど一歩足りない印象な人だった
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