19 * レフォア、反省したり考えたり。
今回は前話の流れに乗ってレフォアに語って頂きます。
「帰りたくないなぁ」
妻が本気か冗談かわからない憂いを含みつつわざとらしいため息と共に呟いた言葉を、私は無視した。
ククマットに私たちフォンロンギルドメンバーが家族を呼び寄せてそれなりの日々を過ごしてきたこのタイミングを見計らって言うようになっていた。
フォンロン国王妃殿下への笑い飾りの献上は思いの外効果があった。
出産前にお祝いというのはあまりすべきではないのだが、笑い飾りはきっと早めに用意するものの一つだろうと直様送り届けることになって、その判断は正しかったようだ。
妃殿下直筆のお礼と新しいデザインへの賞賛がしたためられた手紙が私達個人にそれぞれ届いただけでなく、フォンロン国ギルドのトップ宛にも手紙が届けられたそうで、上層部はこれに気を良くして私達が考えたデザインの笑い飾りをフォンロンギルドで販売するため早速生産体制が整えられることにもなって益々活気付いている。
「ま、これで当分大人しくなるでしょ」
「え?」
「ほら、私のやることに文句言う人はフォンロンにも一定数いるでしょ? 自分が出来ないことをやってる人間によくそんな態度とれるなぁなんて思うけど既存の物を改良する程度で黙ってくれるなら安いじゃん。レフォアさんたちへの風当たりも弱まるでしょ」
「は、はい、我々がずっと滞在していることを良く思わない者はいますから。ジュリさんの助言で新しいデザインを私達自身が手掛けられた事が実績と見なされて当たりが弱くなったと支部長からも連絡をもらいました」
「結果オーライってことよね。文句しか言えないような奴を相手にしたくないしそんな暇もないし、いくら偉くても会ったこともない人のために私達が気を遣ってやる義理もないからデザイン一つで踊らされて黙ってくれれば儲けもんだよね」
「はぁ……そういうものですか?」
「金になるなら何でもいいって思ってる人たちをそう手間も掛けずに黙らせられたら楽でしょ。私は割と性格悪いからそう考えちゃうよ、この程度で黙るなら最初から黙っておけよと思ったりもしてるしいちいち絡んで来るなよとも思うし」
冷めた感情をこの人も持っているんだな、と思い知った。いつも生気に満ち溢れ、輝いていて、熱を放つ。不特定多数の幸せのために。そんな人だと思っていたからその姿に一瞬私はがっかりしてしまい、そんな自分にショックを受けて、なんだか悲しくなってしまった心を隠しながら素材を抱えてジュリさんと二人で研修棟に戻ったそこにいたのは。
私が苦手にする人物の一人だ。
ククマットでも二番目に大きな宿屋をやっている初老の男で、何かにつけてジュリさんのやることに文句を言ってくる。
先日は大市ですぐに人気となったくじ引きの場所を市場の端にしろと組合の集まりで提言していて。ジュリさんの企画したくじ引きは薬屋との共同企画でもあるから薬屋の店主もこれには流石に頭に来たようでちょっとした言い争いにまで発展している。
ハロウィンの時も子供を夜に歩かせるなとか騒がしくて寝れないとか、本当にこちらが驚くほど粗探しをしてきていちいち突っかかってくる。
「あれ、今日約束ありましたっけ?」
「五分で済む、グレイセル様に先に話してあるから詳しく聞いてくれ」
「あ、そうなんですね」
「こっちの案をまとめておいたからそれに目を通しておいてくれ。三日ほどイルマ地区に行くんでな、その間に修正なり加筆なりしてくれ」
「了解でーす。じゃあ来週時間見つけて擦り合せしましょうよ」
「戻ったら改めて予定の調整でいいか」
「いいですよ」
……あれ。
普通に会話が成立している。
これは一体。
「貧民地区の改善計画委員会の委員長と副委員長だからな」
「は?」
「委員長は宿屋の店主だ、あの男からジュリに打診してきたんだぞ? 委員会に入ってくれないかって」
「え、そうなんですか?!」
「ジュリの異世界の知識を貸してくれとな。それでククマットがもっと清潔になり貧民地区が改善されて貧富の差が少しでも減る手助けになるならとジュリも快諾して」
「いつからですか?!」
「ジュリが露店を始めた頃だな、副委員長になったのはごく最近だが」
「そ、そんなに前から?! でも普段あの宿屋の店主って」
「それとこれとは別、という考えの持ち主でな。ジュリのイベントを派手にやる姿勢は気に入らないがククマットをもっと住みやすい所にしたいと思う姿勢は気に入っているそうだ。ジュリもあの割り切った考えを気に入っている、不思議と個人間であの二人は問題を起こすことはない」
「えぇぇぇ」
「特にあの男の視野の広さをジュリは買っている」
「え?」
「自分の商売が上手く行くだけではククマットは発展しない、だからといって発展の礎になりつつあるジュリのやること全てが正しいとも限らない、何でもジュリがやれば成功すると思ってはいけないし甘えてもいけないと考えている。だから細かくチェックを入れてくる。駄目なことがあれば改善しろと言ってくる。ジュリのやっていることは他の店主たちがやることに比べて掛かる費用は桁が違うだろう? 桁が違う分だけ失敗すれば損失も大きい。損失に比例して悪い噂も広まりやすい。そこをあの男はちゃんと理解していて他の者たちのように上辺だけの金の流れを見てジュリを無条件にヨイショしてくるなんて浅はかなことは決してしない。ジュリはあの男は自分のことを『第三者』の視点で常に監視してくれることに感謝していてな、それもあってあの店主からの提案や苦情は必ずしっかり受け止める」
「そう、なんですか……」
「……小うるさいジジイと批判する者が多いが、伊達にククマットの他に三地区で宿を経営していないぞ? 他人に媚びずに一代でいくつもの宿屋を成功させたことを皆忘れ過ぎだと思うがな。ジュリはそれを常に心に留めているから、割り切れている。どんなに《ハンドメイド・ジュリ》を批判されても、その批判は無意味なものではない、あの男の実績と経験に基づいた参考になる意見だ」
グレイセル様は、満足げな表情をして語った。
批判をされて嬉しいと思えるものなのだろうか?
そんな考えが顔に出ていたのかもしれない。グレイセル様は私を気遣うように少しだけ申し訳無さそうに笑う。
「納得いかないか?」
「えっ?」
「レフォアもそうだが……マノアもティアズも、何というか……ジュリの言動は『全てが正義』だと思っているように見えるときがある。申し訳ないが、ジュリはそこまで清い人間ではないぞ? そもそもジュリの原動力は自分が可愛いものや綺麗なものが欲しいから追随して他の奴らも作れるようになれ! というかなり自己中心的な思考から来ている。自己中心的な思考は必ず他人からの批判を受けるだろう? その批判からジュリは自分のやっていることを軌道修正することでもっと事が進められるなら幸運だと思っている。何故だと思う? 自分で全てを管理しきれないからだ、それを他人にさせているんだよ、監視させて批判される部分を見直せばそれだけで改善されることもある。そこに人員を割かなくていい、要は他人を利用している」
「ジュリさんが、他人を利用している、ですか」
「商長なんてものをしている時点で、他人を利用していることになるとは、思わないか?」
そう言われてハッとした。
ただ、何となく、ジュリさんが『他人を利用している』という事を意識してやる人にはどうしても私は思えずにいた。
「それでも、ジュリさんは誰かの為に、という気持ちが最優先に見えるのですが……」
その言葉にグレイセル様が少しだけ困ったような笑みを返してきて。
「誰かのために何かをする、ということを苦にはしていないからあながち間違いとは言えないが……そう思う人間が増えすぎるのは、ジュリにとっては良いことではないな。ジュリの冷めた考えや利己的な部分含めてジュリのやることに食らいついてくる人間の方が、私としては扱いやすいし選別しやすい。感情に流されず損得で切り捨てられるから後腐れもなくジュリに影響を及ぼさないからな。もちろん、レフォア達のような想いで接してくれる人がいる事でジュリの原動力になっていることも事実、お前たちを否定するわけではないよ。ただ、そういう意見や理想の人間ばかりが増えてそれを押し付けて雁字搦めにはして欲しくない、というのが私の率直な願いではあるけれど」
もしかして、遠回しに私達のことをグレイセル様はそういう類の人として見ていて警戒しているのだろうか? ジュリさんの負担になりかねないと、思われているのかと、少々不愉快さがこみ上げて、でもそれを顔には出さずに黙って飲み込んだ。
「ああ、グレイセル様のその意見に私も賛成」
「え?」
「宿屋のあの店主、あたしも別に嫌いじゃないよ。だって言ってることは間違ってないし。『そういう考えもあるのか』って気付かされることも多いよ」
淡々とした口調でキリアさんは語る。
「ジュリが全部見てやれるわけがないんだから、ククマットがジュリを中心に発展してて遅れを取りたくないならそれに食らいついていくしかないでしょ、ジュリがどんな人間でもね。宿屋の店主はちゃんと食らいついてるわけよ、批判しつつちゃんとジュリが何をしようとしてるのか見ながらね。そういう人は生き残るよね、お金なりアイデアなりどう生み出してるのか忖度なしで冷静に見てるんだから」
キリアさんは少しだけ険しい顔つき。そして。
『最近ジュリに安易に相談を持ちかけようとするやつが多い』と吐き捨てた。
「ジュリが召喚されてなかったらあんたら今どうしてたのよ? って話でしょ。ジュリがククマットを発展させたい気持ちを履き違えてるのよ、大半の人は。ジュリはひとりでも多く豊かな生活をする人が増えればいいと思ってるだけ。お金でも、心でもね。全員を平等に金持ちにしてやろうなんて微塵も考えてないからね。ジュリが一生懸命なのは 《ハンドメイド・ジュリ》の商長で抱えてる従業員がいて、その人たちに仕事を安定供給する義務があると考えてるから。それ以外の人に対してジュリは責任も義務もないよ、フォンロンや他所に興味がなくて冷たいんじゃなく、そこはジュリのものじゃない、他人のもの、それだけでしょ。というか興味がなくて普通だし、忙しい合間で一瞬でも気遣ってやってるんだからそれに大いに感謝しろよってあたしは思ってるけどね」
最近のジュリさんを見て思った事をキリアさんに話したら、棘のある言い方でそう返された。
「そう、ですね……」
「ジュリの態度、冷たいと思った?」
そう言われ、ギクッとしてしまう。
「それで冷たいと思うってことは、レフォアさんもジュリを善人とか、聖人とか、崇高な生き物だと勝手に決めつけてるってこと。勝手に評価してがっかりしてるってこと。あたしからしたらジュリは優しすぎる、もっと他人に冷たくていい、抱えてるものが多いのに人の身勝手な願望に付き合ってやる必要なんてない。ジュリのしてる事を直に見てもない奴がとやかく言ってるだけなんだからジュリに適当にあしらわれて当然でしょ、なんでそんな奴らにまで気を遣う人間だと勝手に決めつけてたわけ? レフォアさんたちはフォンロンの人間だからそう思うしそうであって欲しいだけだよね? ジュリの立場に立って考えてみたら? 自分がフォンロンで同じことしてるとき、ベイフェルアの会ったこともない奴のためにどこまで出来るか、やってあげられるか、そう考えたらジュリの事を冷たいなんて言えないよ、たぶんね」
キリアさんの言葉に、思い当たることがあって、酷く落ち込んでそして反省する。
「領民講座、ついに車椅子を導入したんだって。すごいよね」
「車椅子で建物の中を移動できるんだろ? 凄いよな」
「しかも三台も。貴族しか持てない高級品を誰でも使えるようにだってさ」
「すげえよなぁ、やることが」
妻と子供と最近すっかり顔馴染みが増えた食堂でご飯を食べていて聞こえた会話。
「誰でも使えるよ、というかね、グレイの貴族の知り合いで車椅子の人がいて、講座に車椅子で入ってもいいか問い合わせがあって『ああ! それだ!』と思って」
「体が少し不自由で暇をもてあましている人でな、講座に興味があると言ってくれていたんだが、車椅子無しではなにかと不便で遠慮していたらしい。私に問い合わせをしてきてジュリに話せばこの通りだ、車椅子を導入すれば周りに迷惑をかけるかもという理由だけで遠慮している人も来やすくなるだろうと」
「最悪飾りでもいいかと思ってね。とにかく誰でもカモーン! ってのを分かって貰えればそれだけでも充分な宣伝効果というか。それで本当に車椅子とか杖を使う人も通ってくれたら受講者増えるでしょ、儲かるでしょ」
笑いながら冗談混じりな雰囲気で語っていたことを思い出す。
「そういえば」
「うん?」
「マノアくんが車椅子のことを知ってお母さんを講座に連れて行くんだって張り切ってたよね」
「ああ、そうだな」
「マノアくん、このまま家族とククマットに骨を埋めるつもりじゃない? お母さんも直ぐに馴染んで今はククマット編みしたりしておうちでの楽しみが増えて前よりずっと明るくなったんでしょ? ユーイ(マノアの妻)も託児所のお手伝い始めて」
「モネア、私たちは本国にいずれ帰るよ」
妻の手が止まった。
「……分かってる」
「私の立場上、簡単には投げ出せることをしているわけではないから。すまない」
「謝ることじゃないわ」
妻は笑った。
「ただね、ここ、居心地いいから。子供たちもここでこのまま教育を受けさせたいし、整備された安全で清潔なここでたくさん遊んでのびのび育って欲しいと思うの。……フォンロンだって、こんなに素晴らしいところはそうそうないから。王宮ではきな臭い話も出てるみたいだし、それにはギルドだって嫌でもかかわるでしょ? これでも心配してるのよあなたのこと。帰ったら間違いなくゴタゴタに巻き込まれるじゃない。せっかくヤナ様が送り出してくれたのに」
「そうだな。わかってる。でも、いつかは帰るよ。君と子供たちのためにも、なんとか延ばし延ばし居座るつもりだけどね」
妻が吹き出すように笑った。
「そうね、頑張って居座る画策を練ってよ」
そうだ。
私はもっと、ちゃんとジュリさんを理解する必要がある。
そしてそこから得たものを持ち帰り、フォンロンで活かす義務もある。
そのためには。
ここにもう少しいよう。
このククマットを深く知ろう。
それがたとえ嫌なことから逃げるための口実だと、卑怯だと罵られることになったとしても。
いつか本国に帰ることになった時。
ジュリさんに胸を張って『あなたに教わったことを必ず正しく広めます』と言えるようになりたい。
色々語って頂きたくて色々語らせたら訳がわからなくなりました、反省。レフォアの語りはいずれリベンジしたいと思います。
そして感想や誤字報告等いつもありがとうございます。
気づいたら『いいね』システムも搭載されていて、そちらにも反応頂いておりまして大変ありがたく、そして嬉しく思います。本当にありがとうございます。




