19 * 『トリオ』は頑張る
彼らに責任を負わせたのは彼らの今後の事を思ってのこと。
決して、断じて、この状況に導くためではなかったことを皆は理解してくれてるのかちょっと不安がよぎる。
「出来んのかい?」
「出来るんだよね?」
「間に合わないとかいうんじゃないよ」
《ハンドメイド・ジュリ》の重役であり株主である、そして最強説のある我らが愛すべきおばちゃんトリオがレフォアさんたちにめっちゃ激励を……。
「「「《ハンドメイド・ジュリ》に恥かかせたらどうなるか分かってるだろうね?」」」
いや、圧だ。
おばちゃんトリオことデリア、ナオ、メルサはすでにフォンロン国王妃殿下に献上するものを完成させている。その期間の短さに不在のシルフィ様に代わって受け取ったルリアナ様もびっくりする程。
「え、一枚多いわよ? これはオマケ? これがオマケなの? そしてこちらは、ついでに作った色違い。これがついでというのはちょっと、どうかしら。そしてこれは? 勢いで編んだ、と言われてもその勢いで編むという感覚がよくわからないわ、普段から忙しくしているのにどこにそんな時間があるのかしら。……あ、もういいわ、あなたたちの説明を聞いていると何故か価値が下がってしまうような錯覚に陥りそうだから」
それはいつでも詳細を知りたがるルリアナ様が嬉々として説明する三人にストップをかけるという珍事を引き起こす速さと枚数。
……いつの間にこんなに編んでたんだろうね。
「献上品に選ばれなかったのは売るに決まってるだろ」
「そう、献上するレースと同じ柄だから話題性はバッチリ」
「全く同じじゃないから売っていいんだろ? アストハルアかツィーダムが買ってくれるさ」
呼び捨て! いないからってそれはだめ!
「ルリアナ様のはちゃんと一から新作作りますからね!!」
「時間がたっぷりありますから何枚でもいけますよ」
「侯爵様とシルフィ様、早く帰って来ないかねぇ。新しい糸欲しいし」
「……放っておくと、この屋敷がいつかレースに埋め尽くされそうね」
ルリアナ様のつぶやきが虚しくトリオのテンション高めの声にかき消されてた。
とまあ、こんな感じでおばちゃんトリオは絶好調で、そんな彼女たちからしてみれば祖国の王妃殿下に献上するものだから慎重に慎重を重ねてデザインから製作までを手掛けようとしているフォンロンの三人組が要領悪く見えてしまうらしい。
「そもそも時間をかけたからって良いものが出来るとは限らないからな。デリアたちの気持ちが分からないわけでもねぇ」
と、ちょっと素っ気ない事を言ったライアスの隣でのんびりお茶を啜っていたフィンが肩を竦める。
「そりゃ言い過ぎじゃないかい? あたしだってジュリに教わってからしばらくは時間をかけてやってたよ」
「そういう事じゃねぇよ」
「じゃあなんだって言うの」
「いいか? あいつらはな、元々ものつくりに精通しているギルドの人間だ。素材の吟味や取り扱いを専門とした部署で実際にものを作っていたんだろ。いつも上からの達示で決められた時間内でやってたはずだ。それが王妃に献上するものになった途端、急にそのいつもの状況から脱線して素材の吟味だデザインだに時間をかけるようになった。……つまりな、王妃だから『特別なもの』にしなきゃならないってことに拘りだしたって事だ。ジュリが、彼奴等に作らせることにした理由は違うだろ?」
「ああ、なるほど……確かにね」
「いいところに気づくねぇライアス。そうなんだよねぇ、レフォアさんたちちょっと気負い方が直ぐに横道に逸れちゃった感じ。あくまで私は三人の今後のためにやってみなよと言ったわけ。上手く出来なかったなら私とキリアの作るものを献上すればいいだけなんだよね。あの三人はいずれフォンロンに帰るわけよ、それって、間近で私達からアドバイスもらったり手伝ってもらったりができなくなるって事。そろそろあの三人はフォンロンギルドの職員として身につけた技術を独自に発展させたりそれを人に教えたり出来るようにならないと。熱を持って物を作ることは良いことなんだけど……少し、自分たちの立場を忘れがちかな。というか、最近ちょっと忘れてるかも」
なんて話を二人とご飯を食べながら呑気に話し、久しぶりに泊まってのんびり乗り合い馬車でお店に向かった翌日。
「おはよー。どしたの?」
「ああ、おはよう……」
グレイが、それだけ。その顔は何。面倒くさいことでもあったの?
「キリア、この状況は何?」
キリアも無言。どうした、顔がスンってなってるよ。
「ローツさん、説明よろしく」
「おばちゃんトリオがフォンロントリオを正座させて説教中」
うん。それは見ればわかる。
分かるけどなんでこうなったか説明が欲しいわ。そしてローツさんはいつからレフォアさんたちをフォンロントリオと呼び出したんだろう。
「あ、なるほどー」
昨晩ライアスたちと語っていた事がおばちゃんトリオをキレさせたらしい。
レフォアさんたちは私の言葉で王妃殿下への献上品を作ると決意したものの、やっぱり懸念していた通り脱線してしまっていた。
私の描いたデザインを忠実に守ろうとしたがために、オリジナル感が全く出せずデザインは勿論素材選びも暗礁に乗り上げていた。『最高のものを』『最先端のものを』『誰もが羨むものを』『王妃殿下のために』を目指しちゃったんだねぇ。
「そんなの無理だから」
一言、私がそう言えばレフォアさんたちはキョトンとして、おばちゃんトリオはうんうんと深くうなずいている。
「初めて作るものでその四つを満たせるものなんて私も作れないって」
「ほらみろ。ジュリでさえそう言うんだ、あたしたちなんかもっとそうだし、あんたらなんてさらに作れる訳ない」
憮然とした様子のデリアが三人を見下ろす。
「だからあたしは言ったんだ、そんな理想並べた物を作ろうとしないで自分が欲しいもの、人に勧めたいもの、自分の実力に見合ったものを、最善を尽くして作ればいいじゃないかって。それなのに『王妃殿下がお使いになるものだから』の一言にすっかり振り回されてデザインすら完成してないじゃないか。期限があるんだよ、嫌でも時間は進むんだよ、出来ないならさっさとジュリに頼んじまいな。でもあんたらがそれをしないのは何でだい? ジュリに作れと言われたから? 作ると約束したから? 絶対に違うね、結局あんたらはいざとなったら『ジュリが何とかしてくれる』って頭があって、その上で献上品を作ったという実績が欲しいだけさ。いいとこ取りってヤツだ、ああ腹が立つね」
「我々はそんなつもりは!」
「だったらさっさとジュリとキリアに任せちまいな!!!」
うーん、デリア迫力あるー。
「甘ったれんじゃないよ、本来あんたらはここにはいない人間だ。なんでいられるかわかってるかい? 侯爵家とジュリが受け入れたからだ。受け入れてなきゃここにはいないんだよあんたらは。そろそろあんたら自身が身につけた技術でフォンロンに見せる時期じゃないかい? その努力を認められて、称賛されて、さらに期待されて、その半分がジュリに返ってきてもいいんじゃないかい? 」
デリアの言葉にハッとした顔をしたのはレフォアさんたち。
「最近も来たね」
今度はナオだった。
「フォンロンの貴族。『フォンロンギルドが支援してやってる』ってでかい面下げて値切ってきたバカがいたよ。支援してるのはどっちだい、いつまで 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》はそんな馬鹿げた嘘に振り回されなきゃならない」
「デリアもナオも、そのへんにしてやってくれ」
グレイが穏やかな声で窘めたけれど二人は納得していない顔で、更にはメルサが今度はグレイに思いの丈をぶつける。
「その貴族の対応は済んでいるし大半の貴族は礼儀正しくて庶民のあたしらにも優しい。でもグレイセル様やローツ様、侯爵様たちみたいにあたしらのやってることを本当に理解して買ってくれる人達が少なすぎるじゃないですか。レフォアたちが技術を得るためにここにいるならその見返りに認められるよう尽力してもらってもいいじゃないですか」
驚いた。
彼女たちがここまで色んなことに気づいて、感じて、そして考えていた事に。
憑物が落ちたようなスッキリした顔のレフォアさんたちは、深々と私に頭を下げた。
「そういうのいいってば」
「いえ、謝罪させて下さい。……言われて、気づきました。我々は確かに甘えていました。そして、心のどこかでジュリさんが……何とかしてくれるという確信めいたものを勝手に抱いていました」
「気づいてくれただけで嬉しいわよ。……デリアたちのこと悪く思わないでね、彼女たちは 《ハンドメイド・ジュリ》の起ち上げ前から、召喚されたときから私のことを見守ってくれていて、そして一緒に仕事をするようになってさらに絆とか信頼が強まって、仲間というよりは家族のような感覚なのよ。【称号】も【スキル】もない事で、何ていうかな………私自身はそこまで気負ってない事でもデリアたちは能力が無い事で未だに卑下される私を見続けているせいかとにかく人より苦労や苦悩を背負ってると思っている節があってね。私を頼って来る人をもれなく警戒する癖がついてしまっててどうにもならないみたい」
「……はい、十分、理解しています」
「彼女たちも必死なのよ」
「え?」
「必死だよ、だって、今の生活を手放せなくなってる。もうね、後戻り出来ないんだ、正確には『戻りたくない』。今の生活を、充実した豊かな生活を守るには現状維持だけでは無理だからっていう恐怖心を抱えてるの。その根底に私がいるんだよね、だから私が潰れるのは困る、私を潰す原因になりそうなものに敏感に反応する。……今回のレフォアさんたちの動き方は普通の人は気にしないと思うし気づかないよ。でもね、ここの人達は違う。凄く、凄く過敏。それを心に留めてこれからは動いてほしいかな」
フィンとライアスよりは距離がある。
でもほかの重役除いた従業員や関係者よりはとても近い。
おばちゃんトリオの存在はちょっと特殊。
お店への愛着が、とても強い。
それ故に責任感が強く、知識欲が強く、向上心が強く、警戒心も強い。
今回の事ではっきりしたなぁ。
おばちゃんトリオにとってレフォアさんたちは『部外者』ということ。
これからも仕事仲間ではあるけどそれ以上とは認めないかな。
その距離感が今後どう影響していくのか未知数なのがねぇ。
人間って、ほんっっっっとに難しい生き物だなぁって思い知らされた。
繋いでいる紐が万が一切れて落ちてしまっても怪我をしにくいようにとても軽い木材を使ってある。カラーは白を下地に赤や緑、黄色や青といった鮮やかで目につく塗料を使ったことで離れた所からみても非常に目立っていい。形は全て丸に統一されて、白く塗装した上に鮮やかな塗料で可愛くデザインしたドラゴン、金貨、他には丸みを帯びたシンプルなデザインの野菜や果物、動物なども描かれて、一本の紐に五枚ずつ、十字形の枠に下げられた。
「いいね」
私のその一言にレフォアさんたちは肩の力が抜けて僅かに背が丸まったほど安堵したのがわかって思わず笑ってしまった。
「この縁取りが特に」
レフォアさんたちは自分の奥さんにもアドバイスを貰っていて、それが活かされていた。丸い円盤型の飾りは厚みが約二センチある。強度と適度な重さのためその厚みになっていてそれを覆う基本の塗料は白だったけれど、真下から見上げる赤ちゃんはそもそも絵が見えない、という指摘をされたんだって。確かに!! と私も勉強になったからね。で、彼らはその二センチの縁取りに絵を描くのは大変だけど白のままは面白くないと考えた。そこで、縁に色を入れてしまおうとなったそう。
「ジュリさんの言っていた事を改めて、思い知らされました」
「ん、何が?」
「ジュリさんほどの方なら周りの意見など必要ないはずなのにいつも色んな人に『試してみて』や『こんなのどうかな』と聞いていますよね? 人の意見がとても大事だと」
「ああ、それね。自分の欲しいものを追求したら、売る側としてはその先を見据えないとね」
「今回、その事を身を以て思い知らされたように思います。それに……確かに我々はその事を最近忘れていたように思います」
「ものつくりってさ」
私は別に偉くも何ともないけれど、彼らなら理解してくれると確信があるのであえて伝える事にする。
「まずは自分の欲求ありきだと思うんだよね、こういうのあったらいいな、欲しいな、ていうのがないと良い物って作れない気がしてる。もちろん、流行を自分の手で作りたい、誰も作ったことのないものを作りたいって気持ちも大切ではあるんだけど。でも、そこに個人の欲求が一つも無かったらその時点で『欲しいもの』じゃないわけ。それを人に情熱を持って勧められるか? ってなると、ならないよね。レフォアさんたちはいずれフォンロンに帰って物を作る指導をしていく立場に置かれることも出てくると思う。その時に、誰かに何を作ったら良いのか分からない、どうしたら良いものが作れるか分からなくなったと相談されたときに三人には『とにかく自分が欲しいと思うものを突き詰めてみろ』って自信を持って言えるようになって欲しい」
「ジュリさん……」
「献上品って荷が重いよねぇ、分かるよその気持ち。けどそもそも自分が良いと思わない物を献上品にすること自体、かなり失礼で侮辱してると私は思う。だから私は安かろうが高かろうが出来に満足してちょっと手放すのが惜しい物をいつもフォンロン国王の所にレフォアさんたちを通して渡して貰ってる。もし、それに対して誰かに『こんな安いもの!!』って馬鹿にされたら『じゃあ返せ!!』って正面から言える物を出してるつもり。レフォアさんたちも、それくらいの気持ちで物を作って、人に勧められて、そして誰かの相談に乗れるようになって欲しいかな。今回、三人が作った笑い飾りは私がもし母親になれるとしたら欲しいと思える物だよ、だからね、三人は自信を持って、献上して欲しい。誰かに安物だとか卑下されても、『母子の事を考えたものだからあんたに何を言われても何も感じない』って言い返せる気持ちで」
丁寧に、丁寧に、箱に収められた笑い飾りはフォンロン国王妃殿下への献上品として本国に送り出された。
レフォアさんたち三人は冒険者パーティーにそれを預ける時、無事に届くようにということをとにかく言っていたらしい。
作った物に自信が持てた証だね。
手放すとき、多少なりとも『喜んで貰えるかな?』という不安はあるけれど、それよりもそれを手にする人のところに無事届く事をより願うということは作り手
として使ってもらいたい良いものを作った気持ちの現れ、いい傾向だね。
「ほれ」
「はい?」
「やってみな」
「えっと?」
「出来て損はないだろ?」
「……あの、編み物は我々しませんけど」
「何事も向上心で何とかなる」
「いや、それ、デリアさんだけですよ」
「やってみな、いいから」
「え、あの」
「やれ、何とかなる。いや、何とかしてやる」
おばちゃんトリオに凄まれて、フォンロントリオがフィン編みを叩き込まれることになった。がんばれフォンロントリオ!!




