19 * 思いつくままに作ればいいだけ
さて、フォンロン国の王妃殿下への贈り物の一つ笑い飾りは取り敢えずレフォアさんたちにまかせるとして。
この世界、ゲームはたくさんある。テーブルゲームは本当にたくさん。
でも、それはあくまである程度大きくなった子供からが対象なわけで。
「赤ちゃんのおもちゃ? ガラガラがあるでしょ、他にはボールとか人形が」
と、軒並み女性陣から聞いて思ったことがある。
それ以外のものがない。
ちょっとびっくりしたのよ、ホントに。私はあって当たり前で育ったし、しかも私には兄がいて男の子向けのものもあったからそれなりの数のおもちゃに囲まれて育ったはず。ハルトも同じ意見で。
「オレも姉ちゃんいたからそれなりにあったと思うなぁ」
って言ってた。
「もうちょっとジュリと早く出会いたかったなぁ、そうしたらうちのジェイルにもこの世界で色々遊ばせられたのに」
「ほんとよねぇ! あの子生んだときおもちゃの少なさに凄く驚いて困ったわよ!!」
と、マイケルとケイティも言ったくらい。二人の息子ジェイルくんはこっちで生まれてるけど両親は地球生まれだからねぇ。アメリカ育ちの二人にはこちらの世界に子供用品専門のお店がなかったことがとにかくストレスだったみたいで物凄い恨み辛みみたいな話をされた……。
という事で、ひたすら思い付くおもちゃをリストアップ。
積み木、おままごとセットだけでも種類はいくつか用意できるよね、積み木なら色の違いとか大きさ違いとか、数の違いも。更には重ねるだけでなく噛み合わせて立体的に出来るものもあったよね。おままごとセットだって、お料理する鍋とかフライパンがメインとか野菜やくだものをカットして遊べるものとか、お皿やカップで本当におままごとして遊ぶのがメインのとか、豪華なものならそれ全部セットとかね。
ちなみにノーマ・シリーズは乳幼児に与えるのはちょっと早い。というか家具とか食器類の凝った作りが間違いなく乳幼児向けではなく、人形遊びが出来るようになる最低でも五〜六歳くらいじゃないと華奢な作りの椅子や鍋の取手はプレゼントされた子供が翌日までにはポキリと折ってしまいそうなものになっている。というか実際に購入した知り合いの貴族たちから『与えた数分後眼の前で折られた』なんて話をチラホラ聞かされたのでククマットで販売されているノーマ・シリーズは現在適正年齢を五歳以上として統一して販売している。だからそれとは明らかに違うおままごとセットが必要なわけ。
他だと。楽器 (鍵盤が少ない小さい木琴、タンバリンなど)、あとあれ。ボール型やサイコロ型の表面にハートや星、丸三角四角の穴があってそこに同じ形のピースを入れる知育玩具。名前が分からない! 後でテキトーに付けるか……。
「えーと、えーと。あとはぁ。……あ、つかまり立ちや歩行訓練になる手押し車も作りようによっては可愛く出来るかな? 興味を持ちやすいようにギミック付きのもあったよね?」
「そうね、押すと音が出るボタンやレバーを回転させて絵が変わるのとか」
「そのへん後で詳しく教えて」
「いいわよ。それと知育玩具はもっとあってもいいんじゃない?」
「どんなの?」
「そうねぇ、ジェイルが生まれて暫くしてからあったらいいなと思ったのは噛んでも良いように布で作られた本。文字はいらないの、絵だけのものね。言葉を教えるのに絵があると教えやすいんだけどそういうものってこっちはないから。こちらの世界なら、全て布製と木製の物になるから限られてはしまうけど絵を見て楽しめる物だったらジュリなら上手くデザインしてくれそう」
「それいいね、手間はかかりそうだけど、贈り物としても売れるかも」
「あ、そうそう、贈り物としてなら着ぐるみみたいな可愛い動物のロンパース、あれ欲しかったわね」
「カエルとか牛の見たことある!」
「ああいうのを着せて街を闊歩したかったのよ! なんでないのよ、ホントにもう!!」
「あ、うん、不満をぶちまけてね、参考になるから」
乳幼児用になると口に入れてしまう可能性を考慮する必要があって、素材以外にも大きさがとても重要になるなんて話にもなった。これ以上は直ぐには浮かばないけど、それでも、音の鳴る (鈴が入ってたりする)人形やボールは既存のものを改良すればすぐ作れそうだよね。
「……そんなにあったの、あんたの世界」
キリアが想像してみて相当な量のおもちゃが頭をうめつくしたのか、呆気にとられている。
「それでも一部よぉ? あなたがアメリカのおもちゃ屋なんて見たら気絶するわよ、その種類の多さとお店の広さに!」
ケイティがケラケラ笑いながら言ったけど大げさじゃないよね、この世界の人が見たら最低でも震えると思う (笑)。
「まあ、いきなり全部手掛けるのは無理だけど、ルリアナ様の出産までに積み木とおままごとセットは何種類か一般販売出来るようにデザインも仕上げたいよね。知育玩具もそれなりに用意できそうだし布製のボールや人形も色や形を工夫して音が鳴るようにするだけなら直ぐに改良出来るから、それだけでも子供用品の幅が広がってルリアナ様に使って貰えるし」
そんなこんなで、 《ハンドメイド・ジュリ》は少しの間子供向けおもちゃの開発に着手することになりました。やること他にも山積みですが。ええ、山積みですが。気にしない。
いやぁ、ルリアナ様が可愛い!! ケイティとさぁ、二人でその姿を見てへらへらしちゃったの!!
「まぁ、どうしましょう、こんなに? こんなにあるなんて、どうしたらいいのかしら?」
ってね、目をキラキラさせてちょっと興奮気味に子供みたいに笑顔で積み木のデザインとおままごとセットのデザイン、既存の玩具の改良版デザインを何回も見返してるんだもん。普段は見せないソワソワ感がなんとも……。
「なにこれ、癒される」
「でしょ、天使でしょ、天使が子供生むんだよ?」
「天使しか生まれてこないじゃない」
「だよね、天使のロンパース作るべきよね」
「作る義務があるわね」
なんてアホな会話をしてしまうくらい私とケイティはだらしない顔してルリアナ様を眺める。
ケイティもマイケルと結婚したときに子供が出来たときにって色々見てたし、甥っ子姪っ子がいたからクリスマスや誕生会は必ずプレゼントしてたっていうから結構詳しくてデザインへのアドバイスは的確で大変助かりました。その結果天使の笑顔を拝めた、尊い。
「ちなみに積み木はすべての角をなくして丸みを付けるから大怪我の心配は少ないけど、当たれば痛いから投げたりして人に当ててはダメよ、痛いでしょ? って教育にも役に立つわよ?」
「まあ、そうなのね、そういう教育が出来るのね、素敵」
「ちなみにマイケルはうちの甥っ子に標的にされてスネにアザ作ったけど、叔父や父親というのはそういう危険を教えるいい見本になるわ」
「そうなのね、投げて遊ぶような時はエッジ様とグレイセルにお相手させるわ」
「おままごとも子供はお父さんやお母さんの役をやりたがるから、大人は言われた通りの役に徹してあげるの。そしてだいたい父親というのは可愛い我が子に気を取られてへらへらし出して子供にちゃんと役をやってと文句を言われるから、そういう時は一緒にダメ出ししてあげるのよ、そうすると子供は喜ぶわ」
「わかったわ、書き留めるから他にも教えて」
……ケイティが若干余計なことを教えてる。
いいのかな。
いいか、ルリアナ様もその気だし。
それよりも。
ケイティがすんなり侯爵家に来たのは侯爵様とシルフィ様が現在いないから、だよね……。
お二人は螺鈿もどき細工の献上のために王都に向かって二日前に出発したばかり。その後王女のデビュタントがあるので最低でも王都に一週間は滞在、往復の移動を含めれば約一ヶ月はクノーマス領を離れていることになる。
ケイティのネイリスト専門学校の件は、未だに尾を引いている。
侯爵家に乗り込んでシルフィ様と王家から来ていた侍女相手に怒りをぶつけて以降、今日まで一度もこの屋敷に踏み込んでいなかった。
「許す訳にはいかないのよ」
いつだったか、淡々とケイティが語った。
「許したらね、次は何処までなら許されるのかと許容範囲を探るような事を必ずするから。それって、また似たような事をするってことよ、つまりはまた同じような迷惑をかけてくるの。力のある家だからそれが許される、そういう世界だし、まして王家は躍起になって新しい収入源を探しているでしょう? 曲がりなりにもクノーマス家は中立派。王家に忠誠を誓うことで大きくなった家なの。現侯爵のレクシアントはその立場で家を維持してきたの。今更もう方向転換なんて出来るほど考え方は若くはないわ、このまま行くでしょうね。それはね、レクシアントが侯爵である限り王家の存在がずうっと付き纏うって事で、なにかある度、侯爵家から、親密な関係のジュリから何かを奪おうとするはず。……エイジェリンが侯爵になって、クノーマス家の有り方を変えていかない限り、何か非常事態で協力する必要があるでもない限り、私はあの二人とは顔を合わせるつもりはないわ。王妃だって信用はしていないの、所詮王家の人間なんだからこちらの味方面していても都合が悪ければ切り捨てるし酷ければ消そうとしてくる。この国は大陸の中でも特に歪な中枢なの、信用する方がバカを見るわ」
徹底した考えに、驚いた反面納得もした。
そうしないと守れないものがある、そういう世界。理不尽、不条理が驚くほど身近に、数多存在する世界だから。
「エイジェリンは?」
「お義父様の代わりに領地運営よ、こういう時でないとお義父様のやっている事の深部まで見れないから」
ルリアナ様は苦笑しながら肩を竦める。
「妊婦を放って領地優先? ダメねぇ今からそれじゃあ先が思いやられるわ」
「そんなことないわ」
「そうおぉ?」
疑心暗鬼なわざとらしいケイティにルリアナ様が笑顔を返す。
「鍛錬の成果が出始めているの」
私とケイティがその意味がいまいち理解できず首をかしげると。
「ルリアナー!」
バッターンと凄まじい音を立て開いた扉。びっくりして私は咄嗟にケイティに寄り添ってしまうし、ケイティも目を見開いて硬直。
「体調はどうだ? 無理しちゃ駄目だぞ? 今日は寒いし外も雪が降り始めた、もっと部屋を温めようか」
「おかえりなさいませ」
いつでもルリアナ様のところに帰って来れるように転移の練習始めたそうで。
グレイのかつての話じゃ、エイジェリン様は一度の転移で移動出来る距離は数十メートル程って話だったけど。
「……どこから転移してきたの」
「トミレアからだ、今はなんとか屋敷の手前まで出来るようになったよ」
ゼェゼェと息を切らして、どこから取り出したのかポーションらしき瓶を握って蓋を開けると一気に流し込むようにエイジェリン様は飲み干した。
「あなた最近までせいぜい数十メートル程度の転移しかできなかったのに?!」
「頑張った」
「はあ?!」
ケイティが混乱するのもよくわかる。
普通、無理なのよ。成長が終わった成人が魔力の基本的な質量や操作範囲の増加・拡大等は微々たるもので、例えば今まで風魔法で出せる突風が風速三十メートルが三十.〇一メートルになるとかその程度。だから短期間で頑張って転移の距離を伸ばせたとしても百メートルが百三メートルに伸びたとかそれくらいが普通なんだよね。
……本当にこの家の男たちは規格外。
グレイの場合、サフォーニ様が守護する【称号】持ちになったから大幅に能力が上昇するのは当然だとハルトやマイケルは言っていたけど、それでも【称号:調停者】を得る前からあの人は日々の鍛錬で転移の距離をぐんぐん伸ばしていた。
「バケモノってグレイセルのことを言うんだろうね」
とマイケルが笑顔できっぱり言い切るくらいにはちょっとおかしい家で流石は長男、エイジェリン様もがっつりその血を受け継いでいた。
そして。見覚えのある瓶。
「エイジェリン様、その瓶……私知ってるんですが」
「ああっ! リンファにすぐ効くよく効く魔力回復ポーションがないか手紙を送ったら回復ポーションと他にも良いものがあるってこれを売ってくれたんだ」
あぁぁぁぁっ!
ケイティと二人頭を抱え、ルリアナ様も苦笑する。
「それ、それ絶対売り出せないヤツ……」
「今まで存在しなかった『鍛錬専用ポーション』のことよね……」
変なの作るのよ、リンファ。
「魔力を只回復するだけって成長するための鍛錬を目的とする人には無駄なのよ。だからね私が作ったのは絶対魔力がゼロにならない、満タンで百あるなら一かニだけ、絶対に魔力が残って限界ギリギリで失神とか死んだりしないポーション。魔法を使う前に飲んでおいて、魔力を消費しまくって、ちょっと回復したらまた魔力を消費する。それを繰り返してると魔力関連の能力が上昇することがわかったのよね」
リンファが愛飲しているそのポーション。成人してもう成長するはずのない能力を鍛錬によって成長させられる可能性が高まるというもの。常識を覆すそれを彼女本人が飲んで日々証明、……魔力が少しずつ増えてるらしい。ハルトを除けばマイケルに次ぐ膨大な魔力を持っていてまだ魔力を増やし続けるという恐ろしさ。それも単に自分の作るポーションの効能を知りたいがため。
「味は保証するわよ? グレープ味」
そんな情報いらん。
それを、よりにもよってなぜこの規格外の人に渡すのか。
「だって面白そうでしょ? あの突き抜けた血筋がこれで何処まで成長するのかって、貴重なデータよ」
そんなことを笑顔でいうリンファの姿が脳裏をよぎる。絶対に貴重じゃない、いらないデータ。
「ああ、目移りしてしまって困るなぁ」
メキメキと転移が上達しているエイジェリン様は、『もうそれ以上成長しなくていいんじゃ?』という私とケイティの疑問がちらつく視線なんて全く気にならない様子で玩具のデザイン画を目を輝かせて眺めている。
「早く一緒に遊びたいなぁ」
こんなに無邪気なエイジェリン様の笑顔を見るのは久しぶりかもしれない。
最近の侯爵様とのギクシャクした関係に私がとやかく言える立場ではない。
それでも、ルリアナ様の妊娠をきっかけに、新しい命の誕生を家族みんなで同じ気持ちで迎えてほしいなぁなんて思う。
この家に新しい家族がやって来るその時、皆で笑顔でその命を囲んで欲しい。
「これからもっと増えますからね、選ぶ楽しみを心待ちにしていてください」
「ああ、楽しみにしている」
その時に、私の世に送り出す玩具がさらなる笑顔をもたらすように頑張ろうっと。
「見たら気絶するくらい広いおもちゃばかりの店って、想像できない。こういう時想像力の恩恵働かないの? ねえ、どれだけ広いのよ、おもちゃどれくらいあるのよ、ねえってば、ちょっと描いてみて」
キリアがずっと言ってる。
ちょっと面倒くさい。




