19 * 可愛く作る義務がある!
さて、コラフは普段から侯爵家にお世話になっているからとライアスが作りかけのものを引き継いでくれることになっておまかせ中。
貴族の妊婦さんの服ってドレスをちょっと改造しただけのもので機能性が決して褒められたものではないことが発覚。なので動きやすさと着やすさとお洒落をぎゅっと詰め込んだ切り返しが胸の下にある足が出ない、けれど足元安心のロングマキシワンピースを提案しよう。
侯爵家のお針子さんたちよ! 頼んだよ!!
ちなみに、無事出産したら時期を見計らいルリアナ様はお母さんと子供用品専門のお店を立ち上げるわ、と意気揚々と語ってた。元の世界にそういうお店がありましたって言ったら目がね。獲物を狙う、妊婦さんらしからぬ目をして (笑)。富裕層と一般向けと分けて立ち上げてくれるみたいだから楽しみが増えたわ。
「いいわねいいわね! それ私にもかませてちょうだい!!」
と、侯爵夫人シルフィ様まで鼻息荒かった。大丈夫だね、この二人なら。
まぁ、その店に出せそうな物を私も考えてと言われたので当然お手伝いしますけど。ルリアナ様が出産して、数ヶ月後に本格的に始動するようだからそれまでにいくつか考案できればいいね。
さて、そういう計画も聞かされたので尚更ベビー用品に力を入れることにしたわけだけど、ルリアナ様に贈りたいものの一つに、アレがある。
ベビーベッドの上に天井から吊るす可愛い飾りがいくつもついているやつ。
あれが作りたい。……名前、思い出せない。ケイティに後で確認しよ。自動翻訳がバグらないことを祈る。
で、あの飾りって元の世界だと高いものは電動でくるくる回ったり音楽が流れるものもあったようななかったような。
流石にそこまでクオリティは高くないけれどあれに似たものが実はこの世界にもあって、『笑い飾り』と呼ばれている。赤ちゃんがそれを見て表情を変えることからそう呼ばれてるみたいね。
ただ、可愛いげないんだなぁ。
なんでそうなるかなぁ、って。
丈夫そうな木製の棒を十字型にしたものに、十字の端と中央にそれぞれ紐が結ばれ垂らされている。その五本の紐には飾りが等間隔にだいたい三個ずつ、多いものだと五個ずつついてるんだけど。
飾りがさ、可愛くない。
健康を祈るとか、お金に不自由しないようにとかそういう願い込めすぎだよ、っていう飾りなんだよね。
こちらの世界の健康と長寿の象徴であるドラゴンとか動物の形をしたものや、リクル硬貨を型どったものとか、中には野菜とか肉とか、なんだ? こりゃ。 ってのがぶら下がってるんだよねぇ……。
この世界にキャラクターってものが存在しないのは仕方ない、と百歩譲る。譲るとしても、これはないわぁ、と失笑したよ。
「これの何が変なの?」
って、キリアも言ってたからこれが当然なんだよね。
作るしかないでしょ。
『ジュリ式笑い飾り』を。
「それ、なに?」
「ん? ドラゴン」
「えっ? あ、確かに!」
キリアは私がデザインした物をみてびっくりしている。私が描いたのは書物を参考にしたドラゴンなんだけど、全く怖くない、丸っとしてて目元も可愛くゴツゴツしていないもの。
グレイはもちろん、ライアスやフィンに色々聞いたけど、子供の健やかな成長を願う意味合いもあるから、それを外すのはどうかと思うと意見が圧倒的でね。ならば可愛いデザインにしてしまえと思ったのよ。
リクル硬貨もいかにも、じゃなくてせっかく私は 《ハンドメイド》してるんだから、疑似レジンで華やかな色の花を閉じ込めた円形のものをつくって、その周囲をリクル硬貨だとわかるような細工にすればいいと思ったの。周囲を木材にして、そこにリクル硬貨の模様を彫刻して貰うとかね。
デザインを見たキリアや興味をひかれたレフォアさんがほぼ完成したデザイン画を互いに見せろと無言で取り合ってるのが面白い。
「バランス考えて、あえて硬貨とドラゴンだけにしようと思うのよ。ドラゴンは疑似レジンの板から削るつもりだから透明、赤、緑、青、紫とカラー豊富に用意出来るね。硬貨は丸でしょ?金縁の中には花だけじゃなく色々できるし、金縁なしのレジンに金属のパーツを入れてそれっぽく見せてもいいなと思って。あとは白土かな。型を作れば簡単に作れるし着色も楽だし。ただ重くなるから大きさはかなり計算しないといけないけど」
「それ、いいかも。……ルリアナ様のは超高額になりそうだけど、今まで通り木材でもできるもんね? そしたら一般でも売れるよ、これ」
「そうそう、ルリアナ様が出産後に落ち着いたらそういうお店立ち上げるって言ってたからキリアもなにか思い付いたものリストアップしてくれるといいかも。うちで可愛く作れそうなもののデザインいつでも書き起こしていいからね、いくらあっても困るものじゃないし」
「おおっ! 楽しそうね!!」
すると、レフォアさんが。
「あのっ」
「?」
「侯爵様にご相談してからで構いません、これを……もう一つ作りませんか?」
「え?」
「フォンロンの、我が国の妃殿下がまもなく出産なのです」
あ、そういえばその話は聞いてた。
私とフォンロンの冒険者ギルド職員であるレフォアさんたちとの良好な関係はクノーマス侯爵家を介しているからこそ、そしてそれが維持されているから侯爵家はフォンロン王家との接点が僅かだがある。だから出産の際に何か献上するって言ってたしその準備は進んでいる。
フィンの大物レース (一点物)はすでに準備完了。おばちゃんトリオの分もそれに続けとほとんど完成間近、出来上がり次第侯爵様のところに納品される。《ハンドメイド・ジュリ》では、私とキリアを中心に大きなサイズで高額なものを作りそれを侯爵様が買い取る形でいくつか既に献上品になるべく納品されているんだけど。
ふむ。侯爵様に相談してみようかな。
でも、これレフォアさんが献上したいのかな?
「これ、レフォアさんから妃殿下に献上したい感じ?」
「え? いや、そういうことではないんです、ただ妃殿下のご出産ともなるとどうしてもこういった物より単に高額なものになりがちなんだそうです。先の王子がお生まれになった際もそうだったと聞いています。妃殿下を労うものや御子のため、というものではないのですよ」
あ、わかる。
だからシルフィ様がフォンロン国の妃殿下が妊娠した話を聞いて献上品を用意することになって真っ先にフィンに会いにきて用意して欲しいって依頼したんだよね。
「妃殿下がお喜びになるものをお贈りしたいの。宝石や高価なものなど皆が贈るでしょうからね。私は出産という大きなことを成し遂げる妃殿下にお祝いとしてはもちろん労いを込めて贈りたいのよ。だから柔らかく、使い勝手のよい素敵なレースを編んでくれるかしら」
って。
一点物だとしても、ストールとして肩にかけたり、生まれてくる御子をみんなに御披露目するときに包むのに使ったり、そして柔らかく触り心地に配慮した糸を使って母子のためのものをあげたいというのはやっぱり母親目線で出産の大変さを知ってるからだと思ったの。
それを聞いて感動したフィンとおばちゃんトリオが凄くてね。
大作よ大作、グレイと価格決めしてくれる会計士さんが話し合った結果、もしも売るとなった場合、どれも日本なら軽自動車を買ってお釣りがくるようなものになったから(笑)。
ま、侯爵家が全部買い取りしてくれるのでお金になるというのも要因だけどね。
そうだね、どうせなら本当に喜ばれるもの、笑ってもらえるものを贈りたいよね。
「貰って嬉しいと思って貰えるもの、作ろうか」
キリアがそれいいね! と笑った。レフォアさんは嬉しそうにうなずいた。
そう、私達は可愛い、嬉しいと言ってもらえる、喜んでもらえるものを作る義務がある! 作るぞー!
「おー!!」
ノリでその場にいた人たち全員で握りこぶしを付きあげ声を揃えて言うくらいには盛り上がった。
あれ? その前に。
「そういえば、妃殿下の出産予定っていつだっけ?」
「二ヶ月切りましたね! もう間もなくです!」
レフォアさん。その笑顔はなんだ。
急ぎじゃん、それ!!
ばかやろー!!
すぐ作んなきゃダメなやつ!!
キリアもものすこい形相になった。
「それ先に言え!!」
って叫んでた。
「え、えっ?!」
レフォアさんがオロオロ。
「あんたも手伝いな!! 残業だからね当分!!」
「はい!!」
キリア、怖いよ。
レフォアさんが残業なら当然マノアさんとティアズさんも巻き込む。この三人は連帯責任。
まあ、嬉しそうにしてる時点で三人には問題ないだろうから頑張って貰おう。そして提案。
「え、我々が作るんですか?!」
「そう」
「ちょ、ちょっと待ってください、妃殿下へのものを我々が?!」
「少なくとも、三人には私の恩恵があるよね? それを祖国の王妃の為に使わずどこで使うのよって話。三人を快くここに送り出してくれた一人でもあるんでしょ? 感謝の気持を込めて作りなよ」
この人たち、キリアやフィン、ライアス程ではないけれど恩恵が出ているんだからこういうときにそれをフルに活用しないでどうするんだよ? って思う。
「レフォアさんは素材の吟味。質の微妙な違いを見分ける目になったんだからそれを活かして。マノアさんとティアズさんは主にパーツの製作。デザインとかバランスの見立てはマノアさんがするといいよね。で、主に加工はティアズさんが請け負って貰うけど、協力して全ての工程を三人でやってみよう。ここにいる限り、三人は 《ハンドメイド・ジュリ》の一員なんだから、責任もって物を作って、それを届けるところまでやってみなよ。フォンロンの人でも、ギルドの人でも、ちゃんと恩恵を授かってそれを活かせる技術や知識を、こういう機会に示すのもワルくないでしょ? 私は、三人をただ受け入れたつもりはないよ。ここで得た【技術と知識】を、フォンロンにも根付かせることが可能かどうか、その試金石にするつもり。私の元をいつか離れても、私が手掛けなくても、残るのかどうか……というより、『残すことが出来るのか』を見せてくれる?」
「ジュリさん……」
「まあ、ちょっと真面目な話」
グレイとキリア、そしてローツさんとフィンとライアスの六人で『侯爵家の額縁』が完成してすぐの頃に話し合ったこと。
いつか必ず私は死ぬ。人間だから。
この先長くて数十年、短いなら不慮の事故で明日死ぬかもしれない。
私がいなくなったとき。
今ここに残せたものは、残っていくのか。
《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》は私がいなくてもきっとこれからも続いていくことは可能なはず。それを支えられるだけの人が私の【技術と知識】を得て、そしてこれからも少しずつこのククマットでは増えてくれるはずだから。
でも、他は?
レシピがあっても、難しい。
私とキリア、フィンの作業工程を見れる人は限られていて、感覚でやっている微細な調整部分を実際に見て、習って、をしないときっとクオリティはなかなか私のオリジナルには追い付かない現実がある。
でも、レフォアさんたちは違う。
いずれ本国に戻る立場だとしても、今現在ちゃんと私の【技術と知識】を習得し、そして恩恵を活かせる環境に長期に渡ってその身を置いているのなら。
出来るはず。
このククマットを離れても、出来るはずなの。
それは私が保証する。三人は私が教えた、与えた技術を確実に身に付けてくれている。恩恵をフルに活用してくれている。
「見たいんだよね、今まで積み重ねてきた努力が何処まで通用するのか、ベイフェルアを離れて、私ではない人が作ったものが 《ハンドメイド・ジュリ》の作品として何処まで認められるのか、それを正しく判断するには今回のことはうってつけなんだよね。三人を利用してしまう形にはなるけれど、レフォアさんたちだって、知りたいでしょ? 自分たちのやってることがどれくらい受け入れられるのか、認められるのか、そして、正しいのかどうかを知りたいよね?」
それを聞いた三人は、息を呑んだ。
「やってみせてよ三人で。遊びにきてるんじゃなく、責任を担う立場の人間として、どうかな? 物を生み出すことでギルドや国の発展を望むっていうなら、受け身はだめじゃない? 今回のことは、三人にとっても今後の方向性を見極める意味でも挑戦するべきだと私は思うよ」
「……わかりました」
決意したような、そんな目で私を見据えたレフォアさんは力強く頷いた。




