19 * こういう時はブラックもあり!
おまたせ致しました、新章開始です。
友人二人の結婚式や螺鈿もどき細工の献上が決定しその品が出揃いあとは王都に向かうだけ、エルフとの出合い、そしてその人たちの価値観を学ぶ機会に恵まれたりと充実している今日この頃。
明るい話題に水を差すようなこともあったけれどそれでもお店はもちろんククマット全体が明るい雰囲気で気分も上がる、そんな日々の中でいつものように閉店後作品を作っていたら。
お店に侯爵家からの使いがやってきてグレイが渡された手紙を読むと、すぐ店を出るから先に戻るようにと使いの人に言っていて、何かあったのだと察することができた。
その時ライアスとフィンと三人でちょうど穀潰し様を使った新作の商品について話していた時でとても和気藹々としていた空気が一変したのは、ルリアナ様が倒れたとグレイの口から語られた時。私の顔がそんなに酷い顔をしていたのか、グレイは『一緒に来るか? 心配だろ?』と言ってくれて、私も連れていってくれることになった。グレイがフィンとライアスに口外しないようにと言えば二人は何度も頷いてくれたけどその顔は明らかに不安の滲む心配そうな表情だった。
「確認してくる。大丈夫、いざとなったらリンファとマイケルを頼ろう。あの二人なら大抵の病も怪我も治せるからな」
グレイの言葉に小さく弱いけれど安堵の息をついた二人を確認して私たちは店を出た。
到着した私達が屋敷の雰囲気がいつもと変わらないことにちょっとした違和感を感じ目配せでお互いが同じことを考えたのを確認しつつ、通された部屋で目に飛び込んで来た光景にグレイと共にちょっと訳が分からず唖然としてしまった。
「ジュリまで来てくれたの?」
……あれ?
顔色が確かにちょっと悪い気もするけど、ベッドに横たわる訳でもなく、ルリアナ様はソファーに腰かけていてニコニコしている。
そしてその足元に転がる不気味に悶えている? 物体。まさかのエイジェリン様の姿にグレイもなにがなんだか分からない顔して見比べている。一方で侯爵様もシルフィ様はその奇妙な状態を無視してニコニコ。
えーっと、あれ? 女の勘なんですが。
もしかして。
「おめでとうございます!!」
「ふふ、ありがとう」
やっぱり。おめでたでした!! ルリアナ様の妊娠ですよ!!
何でも体調の変化とか一切なかったらしく気づかなかったらしい。倒れてお医者様に診てもらって発覚したそうな。
お二人は、なかなか子宝に恵まれず社交界では不仲説まで出始めていたと聞いている。失礼な話だよね、望んでも子供が出来ない事だってあるのにそういう噂を軽々しく流す気持ちが理解出来ないよ。
そんな状況が一変。侯爵様たちもすごく嬉しそう。待ちに待った孫だしね。
で。
床に転がってる方は、どうしてこんなことになっているのかというと。
「嬉しくて悶絶して額をサイドテーブルの角に思い切り、それは見事な音を立ててぶつけてしまって痛みで悶絶してるの、あ、出血はちょっとだけだから気にしないで」
ああ、やっぱり悶絶してたんだ……。
起こしてベッドに運ぶとかしないの?
次期侯爵様が床に転がってるけど?
「いいのよ、その前にも一回壁に激突して悶絶しているから。嬉しすぎてどうにもならないそうだから」
……ええ。ルリアナ様、それでいいんですか?
グレイは、額押さえて項垂れてる。
うん、分かる。項垂れたい。
「おめでとうございます、エイジェリン様」
「ああ、ありがとう。まだ不安定な時期だから正式な公表は少し先になるだろうけどね」
うーわ、笑顔のエイジェリン様、額と鼻、真っ赤なんですけど。ホントにちょっと出血してるじゃないですか。ポーション飲んでください。
でも余程嬉しいのかそんなのお構い無しで笑顔。これ、今日の夜もどっかにぶつけて悶絶しそうな予感がする。
「あなたに報告できて嬉しいけれど仕事に差し支えるのだけは嫌よ?」
「大丈夫ですよ、おめでたい話なんですからむしろ捗りそうです」
「そう? それならよかったわ」
幸せそうなルリアナ様は眼福だぁ。
この方みてると本当に創作意欲が掻き立てられるのよねぇ。
こんなに綺麗な人が妊婦さんよ? これからお腹が大きくなってお母さんらしい顔つきになっても綺麗は確定。お腹を締め付けない服に穀潰し様をあしらった冬物とか、肩掛けとかデザインを侯爵家のお針子さんに渡そうかな。あと、まだまだ寒い、外にも出る機会はめっきり減るだろうからルリアナ様が楽しめそうなテーブルゲームを豪華な作りにしてみたり……。
作りたくなってきた。
やばい。
色々作りたい。
ここにきて色々一気に構想が。
ブラックもありでしょ、お祝い事だもん!
「ジュリ、帰ろうか」
「ん?!」
「作りたそうな顔してるから」
え、なにそれ。私の顔に何か出てる?
「最近は分かるようになった」
あら凄い婚約者そういうところ好き。
「ルリアナ様、ルリアナ様の顔みてたら色々、色々作りたくなりましたので帰ります!」
「そう? それは嬉しいわ」
「ええ、任せてください!」
一応、ライアスとフィン、そして立場上ローツさんとキリアには話して良いと許可をもらった。そうしないと不都合が多過ぎて隠すことが逆に難しいからね。ルリアナ様の妊娠については数週間様子を見て周知するそう。
「で、何を作るつもりだ?」
「コラフ」
「コラフを?」
そんな話をしながら私が紙に描き始めたものに早速ライアスが食い付いた。
コラフ。これはこの世界のテーブルゲームの一つで元いた世界のチェスに近い。複数の駒をそれぞれに定められた動きに従って対戦相手の駒を減らしていったり止めたり。コラフの駒にも格付があって、一番強い駒は王様、次に魔導師と騎士、その下に商人、冒険者、遊び人といった異世界ならではのラインナップになっている。
ルリアナ様はこれが得意でエイジェリン様と対戦し勝率は六割とか。グレイいわくエイジェリン様はコラフが強くて友人たちと賭けをしたらボロ儲けするらしい。それより強いルリアナ様は、かっこいい。
「駒を疑似レジンと螺鈿もどきラメで作ろうかと。今回は簡素化した形に仕上げてみようと思うの。透明な駒とラメ入りの駒にすれば見分けがつくし、シンプルな形の方がオシャレかなって。盤も黒塗りの土台に疑似レジンと螺鈿もどきを張ったものを交互に並べて市松模様にしたらかっこよくない? ガラスや鉱石でも良いんだろうけど安全性を考慮すると割れにくい擬似レジン一択よね」
「……それ、私も欲しいな」
グレイが真面目な顔して言ったからライアスとフィンが吹き出すように笑ってしまった。
「あはは。 じゃあグレイにも作るね」
ルリアナ様の妊娠で、妊婦さんという存在を意識すると不思議とたくさんの構想が浮かぶ。
ドレスについては実際に試作を見たルリアナ様がお針子さんと話し合うのがいいだろうから案を纏めたものを後で届けるだけにしよう。
……ふと思う。
私とグレイにもいずれ子どもが出来るだろうか?
子供は授かり物なんてよく言うけれど異世界で私が子どもを産める? という疑問が浮かぶ。そう思って、そして気づいた。
そうか、私も家族が欲しいんだ。
失った家族。
でも。
グレイと共に歩むと決めたその時から私は家族を得た。
かけがえのないグレイというたった一人の隣を歩いてくれる人。
その人の子供。
大切な大切な、グレイの。
欲しいんだ。
私は、この人の子供がほしい。
生みたい。
けれど現実は残酷で。
この世界の人間と【彼方からの使い】の子孫は極めて少ない。
【彼方からの使い】自体が少ないから、というだけではない。
昔から召喚が繰り返されてきているんだからそれなりに子孫はいてもいいはずなのに、私が知る限り【彼方からの使い】の子孫を名乗る一族、個人を殆ど知らない。
子供が出来にくい。
正確には、殆ど出来ない。
理由はわからないけれど、確かな事実。フォンロン国のヤナ様は旦那様との間に二人のお子さんに恵まれた。それ故に彼女は『至宝』と揶揄される。それだけ、この世界の人たちと私達【彼方からの使い】の間には子供が出来にくい。
ちなみに、ハルトは妊娠出産という神秘には自分の神がかった能力を使うことはない。それをしてはならない、というあいつなりのプライドなんだと思う。ハルトもルフィナとの間に子供が出来ないことに悩んで、そして今は話し合って二人で生きていこうと前を向いて歩いている。
それでいいと思う。
子供の誕生を神様にお願いしてしまったら、それはもう人間ではなくなる気がするから。
そして、欲しいと願うことは自由。自然の摂理に従いつつ、望む事は誰にでも許されているから。
「ねぇ」
「うん?」
「グレイは子供は何人欲しい?」
二人きりになったとき、問いかけた。
「え?」
「私は何人でもいいよ」
「……ジュリ」
抱き締められた。そして、グレイの顔はとても嬉しそうで。
「私も何人でもいいよ、ジュリに似ているならきっと可愛い元気な子供になる。賑やかで楽しい家庭になるな」
「グレイに似たら男でも女でも『たらし』になるねぇ」
「なんでそうなる?!」
ぎゅうぎゅうに抱きしめ合って、笑い合う。
私は、ルリアナ様の妊娠でこの世界の『家族』というものを想像して何となく、ぼんやりと、この世界にまた少し根付いたのかな? って思えた。反面、私とグレイの間には子供が出来ない可能性が極めて高いことを理解しているから私が笑って言った言葉をどんな気持ちで受け止めたのかわからなくてちょっと戸惑うのも事実。
それでも嬉しそうな表情を見せてくれる。この顔に、私は救われている。
生きていた事を否定されこの世界に来た私は新しい人生を余儀なくされた。でもたった一つ、私の手には 《ハンドメイド》があった。一緒に私と共にやって来たこれは、間違いなく私に幸運を引き寄せてくれた。神様たちの采配に感謝する。孤独を癒す力をくれた。孤独を和らげる優しい人たちとの出会いをくれた。
そして。
孤独をさらに緩和してくれる愛する人をくれた。その人の子供が欲しいという欲を持てた。
子供が出来ないかもしれないけれど、それでもこの世界にいることを自分で望めるくらいには、私の手には幸せがある。
神様、私は今、幸せです。
失ったものは多いけど、得たものもある。
生きることを許された私にはこれからも得るものがある。
神様、私やっと、生きてることに感謝出来たかも。
ここにいられることに少しだけ、感謝できてる。
セラスーン様。
あなたを恨んだことがあります。
私じゃなくても良かったはずだと、なんで私を選んだのだと。
今でも心の底にあるものは消えなくて、時々あなたを恨みそうになる黒色の靄のような感情が音もなくゆらりと立ち上りそうになる時があります。
でも、それが今は少し弱くなった気がします。
消えた訳ではないけれど、もしかすると私が目を逸らして見えていないフリをしているのかもしれないけれど。
でもこの手にある幸せは本物だ。
グレイが私を選んでくれたことは真実だ。
この幸せがあることに、感謝します。
さあ、つくろう。
私が出来ることしよう。
まずは、ルリアナ様のために、生まれてくる次世代のために、そして世のお母さんたちのために、ついでに将来の蓄えのために。ブラック上等! 目指せピュアホワイトはちょっとお休み! ははは!!
―――神界・永遠なる牢獄にて―――
「信仰心が、高まったか」
真っ暗闇の中、俺は瞼をゆっくりと開く。
セラスーンの力が膨れ、強まるのを感じた。
これでセラスーンの神力は更に安定、今まで以上にジュリへの干渉がしやすくなる。
セラスーンは数多いる神の中で人間への干渉が極端に少なく、最も人間から遠い神だった。最高神の一柱でありながらセラスーンを信仰する人間は少ない。信仰心が神力に影響を及ぼす俺以外の神は、信者を増やすのに腐心するが、悠久の時の中でセラスーンはそこに重きを置いたことはない。いや、興味を示してこなかった。元々強大な力を持っているセラスーンだからな、当然のことかもしれない。
そのセラスーンは、ジュリに夢中だ。
そしてジュリの信仰心が高まった。
何を意味する?
何が起きる?
「……恩恵が、強まるか」
【スキル】【称号】そして魔力を持たないジュリへのセラスーンからの干渉は、ダイレクトに恩恵へと変換される。
極めて珍しい現象だ。
《ハンドメイド》から派生もしくは関連すること全てに恩恵が発動する可能性がある。実際に、本来無関係であるはずの知識『会計や経理』といった事で恩恵が発動している者たちが複数存在している。
ジュリの住まうククマットではハルトすら気づかぬ程の微々たる恩恵を含めればすでに半数の人間が何らかの恩恵を受けている。
無力な人間と強大な力を持つ神が繋がりを得た時。
大地にもたらされるのは、恩恵。
「……面白いなぁ」
たかが数十年しか生きられないくせに、こうして未だに何か発見させてくれる実に面白い生き物だ。
だから止められない。
人間への干渉を。
「さて、セラスーン。お前の成長がジュリにどう影響するのかじっくり見させてもらうぞ」
また楽しみが増えた。
しかし。
「なぁ、誰か出してくれよぉ、ここ『永遠なる牢獄』じゃん。俺さすがにここから脱出は難しいんだけど? ……おーい、誰かぁ。これからは大人しくするから出してくれよぉ」
俺、唯一の至高神なんだけど。
放置プレイ止めて。
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