18 * それぞれの終わり方
評価&感想、誤字報告いつもありがとうございます。
18章はここまでとなります。
昨日里に戻りすぐ話あった結果、色紙を受け入れられてその場で 《ハンドメイド・ジュリ》に依頼をすると決まったらしい。小さなメッセージカードだと書く言葉は限られるという意見に不服を唱える人もいたそうだけど、誰よりも色紙に感動してそれがいいと言ったのは長だったそう。
「長は外界……人間の国で身分を隠して生活していたことがあるそうです。押し花を見て、この花を知っている、見たことがある、これは知らないから名前を聞いてきてくれと、子供のようにはしゃいだんです。これに囲まれ、その時を迎えたいと。長の希望です、最後には皆が受け入れました」
そうか、と感銘を受けた。
終活。
エルフの長がしているのは自分の人生の終わりをしっかり見据えてその時を穏やかに恙無く迎えるための活動だ。
それを里全体、幼い子供も含めれば一万に近い人々がその時を迎え、見守ることを理解し受け入れている。
「オチャメな方です。人を笑わせたりするのがとても好きで。子供の頃はいたずらをしてご両親によく怒られたという話も聞いています。そんな長は眠りにつくその瞬間は笑って送り出してほしいと願っています。だからこそ、私の姉は押し花のレターセットに着目しました。賑やかに楽しく、そして華やかに。しんみりと厳かに送り出すのではなく、その人にあった、望んだ終わりで送り出すことこそ最後の恩返しになるだろうと。我々を導いた長に、ふさわしい最後の時を捧げたいという思いは皆同じです」
隣を見てびっくりした。アズさんも目を丸くしてるよ。
なんでかっていうとね。キリアがボロ泣きしてまして。
「いい話だぁ、なにそれっ、それだけで物語になるじゃん」
グレイが苦笑してる。
今回のことは特殊な例だから惜しみ無くこちらも協力しようじゃないの。
ただ今この場で言うには無粋なお話も早めにアズさんにしなければ。
グレイに夕べ言われたのは、アズさんが『テルム大公』の紹介状を持ってきたということ。テルム大公とエルフの関係性。アズさんは次期長で、エルフの里のトップにのちに君臨する。その人が人間が治める国のトップと親しいというのはそれだけで危険だとグレイは言う。
わかる。
だって、エルフはかつて人間にとって『道具』だった。能力を得るためだけに母体として、種として見られていた。テルム大公ならば、その権力でもってエルフの擁護や万が一の保護も出来るはず。でも、このベイフェルアの、クノーマス領にその力があるのかと問われたら申し訳ないけれどはっきりと否と言わざるを得ない。
それはアズさんたちエルフだけでなく、私たちにも暗い影を落とすことになる。
ククマットにエルフが訪れる、と知れ渡ったら?
その情報は、確実にこの地を混乱に陥れる。
看過できない。
エルフの長をエルフ皆が清々しく禍根や後悔なく望む形で送り出すためにも、人間が横やりを入れてはならない。それに協力する私を介して良からぬ人たちが良からぬ思惑を持ち込むなんてこともあってはならない。
そのためにも、ちゃんと話をしなければ。
「お気遣い本当にありがとうございます」
グレイの邸に来てもらい、私が思っていたこと、グレイと話していたことを正直に伝えると感極まった顔をしたアズさん。
「やはり、あなたを頼って正解でした。テルム大公があなたなら迷いなく信じて良いと言っていた理由がよくわかります」
「んー、と? 私、テルム大公に面識ないけどなんでそんなに評価高いの?」
「ジュリ様は不本意かもしれませんが……あなたの商いへの姿勢や日々の発言を高く評価されている方々が全員あなたに接触しているわけではありません。静かにその動向を見守るだけの人たちがいかに多いか」
「静かに、かぁ」
「スパイがこのククマットに多くても、それが全て悪意によるものではないと思うのがよろしいでしょう。監視され気分の良いものではないでしょうが、それもまた、あなたがなさっていることが世の中に良い影響を与えているということですよ」
「ま、少なからずそうだろうなと自覚はしてるけど、警戒するに越したことはないから」
「ええ、警戒は怠らないのが賢明です。しかし、テルム大公のように見守るだけというのはなかなか出来ることではありませんから、どうかあの方はあまり肩肘張らずにこういう人がいるのだと覚えておいてあげてください」
真っ直ぐに私を見つめるその目はただただ綺麗だ。高潔で純粋。この人の言うことを信じないという選択肢はないかもね。
「それに、私は認識阻害魔法を使えますので、ここに来るまで誰も私がエルフだとは気づきませんよ。この中はスパイもいませんしね、いないというか、強力な結界だ、これを破って侵入するなどスパイを生業にしているものなら決して考えない。ですから私もこうして素性を明かすことが叶っています。それを踏まえてもここは大変安全だからこそ、テルム大公が 《ハンドメイド・ジュリ》ならば大丈夫と言ったのでしょう」
なるほどね。
良い意味でアズさんのことがここは秘匿出来るわけだ。昨日いたメンバーにはアズさんのことを決して口外しない約束を取り付けたから安全だね。
さて、懸念は払拭出来たので、本格的にデザインをどうするか話し合おう。私も暇ではないのでなるべく時間を掛けずに決めてしまいたい。一ヶ月の期限は予定通りなら問題なく進められるけど、いつどんなトラブルがあるか分からないしね。
アズさんが里の中心的人物たち、議員のような立場の人たちから聞き取った意見や希望は特殊なもの難しいものはなくて、とにかく綺麗な花で飾った色紙がいいというざっくりしたものだけだった。試作のちょっと造りが荒い分厚すぎる色紙でも十分画期的だったこと、時間をかけて台紙を作り、花をレターセット作りを得意とする人たちに任せればもっと綺麗に仕上がると聞いて下手に口出しせずお任せしようとなったらしい。
それはこちらも都合がよい。希望を出されてもそれに添えないことも想定される。ならばこちらを信じて任せてもらった方が時間も無駄にならない。
昨日も話したようにアズさんには押し花の配置や色合いでだいぶ印象が変わることを再び説明する。
「どうせなら出来そうなデザインを全部やってみるのもいいと思うんだよね。縁取りだけのもの、中央に花束みたいにまとめたもの、全体に散らすように貼るのとか、四隅に貼るとか。花は今用意できるものは限界まで惜しみ無くださせてもらうよ、だから一色でまとめる、カラフルにする、二色使い、色々やったらどうかな? 一言メッセージだから手紙より遥かに短い時間で読めるし一枚にまとめられてるし、何より色んなデザインの色紙は見てるだけで楽しくなるかも。それでね、出来たものから長に読んで貰うのもアリかな、なんて勝手に思ったりもしたのよ」
「長に、読んでもらう……」
「あっ、私の勝手な妄想だからね?!」
「凄く、いいです」
「え?」
「それっ、凄く素晴らしいですよ!」
「は、はぁ」
すんごい勢いで身を乗り出して来たから、グレイと二人一緒にのけ反ってしまった。こういう反応もするんだねぇ。
不思議なものだ。
色紙の存在自体が。
贈り物の使い途として祝い事やそのお返し、お礼や謝罪の意味があって、必ず『その先』がある。
でも、今回は『死を待つ人への贈り物』。
色紙にその意味はないけれど、使い方に『別れ』の意味合いが含まれる事が多い。もちろんお祝い事にも色紙を使うことはあったはず。でも私は過去全て『別れ』を意味して書き込んでいた。転校するクラスメイトへ、結婚を機に退職し地方へ移住する先輩へ。
アズさんたちがやろうとしていることは、究極の別れ、最後の贈り物。
けれどそこに絶望や悲哀は含まれていない。
まるで門出を祝うかのような、そんな『思いやり』が感じられる。
別れのその瞬間を笑顔で、楽しく、賑やかに。
死を迎える人が望む別れを叶えるために。
この世で最も思いが込められた色紙になる。
色紙が紡ぐ死別という『別れ』。
どうかその時、優しい時間が流れますように。
どうかその時、穏やかに過ごせますように。
そう願う。
詳細は伏せつつ、それでも色紙がどんな理由で必要とされているのかを知った作り手さん、材木店の職人さんたち、製紙工房の職人さんたちは神妙な面持ちで仕事を受け持ってくれた。
華やかに、賑やかに。別れのその時を色鮮やかに迎えるために、自分たちが作ったもので喜んでもらえるならば、と。
「押し花を別れのために作るとは思ってもみなかったよ」
押し花の作り手で私が最も信頼を寄せる、準従業員のミアおばぁはピンセットで一枚一枚丁寧に綺麗に紙の上に花を乗せていく。
「私も思わなかったわよ」
「あんたはまだ若いからこんなこと思わないかもしれないけど、世界一贅沢なんじゃないかい?」
「なにが?」
「自分の望んだ終わりを迎えるってことがさ。この歳になると考えるよ、死ぬときは人に迷惑かけたくないとか、けど孤独に死ぬのは嫌だとか。いつ死ぬかなんて、人間にはわかりゃしない。……エルフだろ?」
「分かってたんだ?」
「なんとなくだよ。こんな依頼をしてくるやつなんて人間にいるもんか。もし人間なら威厳だなんだ、建前だなんだって金をかけることに躍起になるだろ。それでお願いするやつなんて大抵金持ちだ。名前を隠すことはないよ、絶対にね。なのに完全に伏せられてた。年齢も性別も分からない、あんたの所に来た経緯もわからない。そんなことする奴は、限られてるよ。少なくとも、あんたの周りにわざわざ身分を隠して現れて得だと思うヤツなんていないだろ? 地位をちらつかせてご機嫌伺いするやつばかりに見えるけどね」
私は肩を竦めて苦笑する。付き合いが長くなり、年齢を重ねているからこそ、こうして気づく人もいるんだなと感心させられた。
「生が長い分、死のその瞬間を大切に過ごす。何よりもその瞬間を大切に。自分の死期が分かるからこそ、出来るんじゃないのかい? 血生臭いことばかりしてる私ら人間には、とうてい叶わない終わり方さ」
「そういうもの?」
「そういうもんさ」
―――後日談……―――
グレイ宛に屋敷に一通の手紙が届いた。差出人が不明、見たことのない半透明の神秘的な一輪の花が添えられた状態で。
結界だらけのこの屋敷に、門番が常駐する門の隙間に。
不手際があった、怠慢があったと責められるのではと顔を真っ青にした門番さんにグレイはただ一言『これを察知出来る者はいない』と、断言してみせて安心させていた。
色紙は出来上がったものからアズさん自ら往復を繰り返しエルフの里に持ち込んで皆がメッセージを書き込んだメッセージペーパーを貼っては長に渡しに行っていると聞かされていた。
予定数の色紙の最後の数枚を受け取ったアズさんからは、この後は長との別れ、そして自分の長就任などで忙しくなりお礼に来れるのはずっと後になってしまうから先にその事を伝えておきたかったと言われた。
そしてその日、こちらが提示していた依頼料を遥かに超える金貨を袋に詰めたものを強引に私に押し付けて颯爽と帰って行ったのを境にパタリとアズさんとの連絡は途絶えていた。
そして届いたその手紙。まずは季節の挨拶から始まった心のこもったお礼の言葉とグレイの屋敷に居を移した私だけど私に宛てた手紙は必ず侯爵家を経由するのでグレイの手に直接渡るのがいいと思ってアズさんの判断でひっそりこっそり届けられたことが書かれていた。
読み進めて驚いたのは、別れのその日を迎えても長は体を起こして毎日届く色紙をにこやかに嬉しそうに眺める日々が続き、エルフの里は騒然となったことも書かれていた。別れの日というのはせいぜい誤差は前後二日間と言い伝えられているもので、それなのに長はなんと三週間も別れの日から生きていたそうで、亡くなる前日も意識がはっきりしていて皆と談笑していたらしい。
その翌日、穏やかな顔をしたまま、『おやすみ』という寝る前の挨拶をアズさんと交わしたそのままに、亡くなったと書いてあった。
短い文章でも想いが込められた色紙、それに囲まれながら。
「あれ?」
改めて感謝の言葉が綴られ終わった手紙。でももう一枚、あった。
そこには何も書かれていなくて、なんだろうと首を傾げた瞬間。
ぶわっ!! っと目の前に光輝く蝶や花びらが舞う幻想的な光景が広がって、暖かで爽やかな何とも心地よい風が私とグレイを包み込む。
『ありがとう、まだ見ぬ友よ。いつか先の世で出会えることを願い、信じている』
男性の、とても楽しげな声がどこからともなく聞こえてそして室内を埋め尽くした輝く幻想的な光景が消え去り、見慣れた室内に戻っていた。
「あ」
「凄いな」
「うん」
二人で暫く呆けた後、ふと何も書かれていない便箋に視線を戻して硬直。
―――驚いたかい?―――
何も書き込まれていなかった便箋に、確かにそう文字が浮かび上がっていた。
二人で吹き出して笑った。
しんみりした空気が吹き飛んで、アズさんが長はイタズラ好きのお茶目な人だったと言っていたことを思い出して、最後の最後まで自分らしく生きた人なんだねとグレイと二人で笑って『弔った』。
この世界だからこそ知り得て関われた『別れの一つ』に、不思議と涙は出なかった。
会ったことのない人と紡がれた縁は別れでもってそのまま会うこともなく終わったけれど、それでもなお『未来』で会うことを信じられるエルフの心の優しさと広さはきっと長い寿命と優れた能力を持っている人の余裕ならではなのかな、なんてことを考えながら、手紙を閉じた。
今回の色紙のお話、息子がお世話になっていた先生の退職の際にお渡しする機会を得たことで書くことになったものです。エルフをどんな形でジュリと接触させようか悩んでいた時にその存在に触れ、このお話につながりました。
今SNSで簡単に言葉を交わせる時代だから色紙はさすがにそう進化していないだろうと思ったら、形も色も模様も様々、増えてるじゃありませんか。つまりそれだけ未だ需要があるということ。
手書き、大事なことなんだなぁと実感させられました。
予告通りこのあと作者冬休みいただきます。
次回新章始まるタイミングなので区切りの良さから2月1日(火曜日)再開予定とさせていただきます。
よろしくお願いいたします。




