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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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18 * 紹介状と共に

最近の寒暖差(?)が激しいお話とは違い、ちょっと落ち着いたお話です。

 春の訪れが待ち遠しい、朝から雪が降りしきる日。


 ()()()は『紹介状』なるものを持ってきた。

 ん? うちそんな制度ないけど? とツッコミ入れる前に、その紹介状の名前を見たレフォアさんとマノアさん、そしてティアズさんが硬直し、しかも顔を凄まじく変形させた。漫画みたいな驚いた顔ね、生身の人間でこんなコミカルな顔を見るのは初めてよ、笑いそうになった。

「アルガス・テルム様……」


 ……聞いたことあるような、ないような。


 首を傾げてそう言ったら、持ってきた人もそしてその場に居合わせたグレイ、キリア、フィンとレフォアさんたちが私に視線をガッツリ固定。そして間を置いてから『あ、まぁ仕方ないか』って残念そうな目をされた。なんだよ?!


「テルムス公国の長、つまり国王のような身分のお方です。テルムスはかつて王政だったのですが、悪政によりクーデターが起きた際、その先頭に立ち民を導き王政廃止と分権国家樹立を掲げたテルム大公のご先祖様が再興した国です。一番身分は高いのですが、分権するにあたり同等の権力を持つ公家を他に二家作り、互いに監視をすることで独裁を防ぐ制度のある国です。テルム大公家はテルムス公国の象徴であり、最も由緒ある家、そして何より……《ギルド・タワー》の総帥の指名権を持つ、唯一の家です」


 ああ、そういえばそうだった。

 説明してくれたレフォアさんが顔をこわばらせてしまうくらい、ギルドに所属する人にとっては雲の上の存在だわ。

 ていうか、そんな人から紹介状を貰っても困る。一回もあったことないし。

「うーん、フルネーム書かれてもねぇ。基本燃やしてるから覚えてない人が多いのよ」

「「「は?」」」

 フォンロンギルドのトリオが間抜けな顔したわよ。

「蝋印なら覚えてるから。あ、確かにテルム大公だわ、確認せずに開けちゃったから見落としてた」

「ジュリさん?」

「ん?」

「……何を燃やしているんです?」

「え? 手紙に決まってるでしょ。あれこれ欲しいって書かれてる手紙なんて取っておく意味ないから燃やしてるの」

 私の発言にグレイたちは視線を逸らし、フォンロンギルドメンバーが今度は失神しそうな顔をした。今日は表情を変えるのに忙しいね。


「こちらは、私の身元の証明だと思って下さると助かります」

 そんな私達のやり取りを静かに見守っていたその人。穏やかに、優しい口調でタイミングを見計らいそう言葉をかけてきた。

 チラリと私はその人に視線を向けた。


 エルフ。


 お店の中に招き入れるまでずっとフードを目深に被っていたけれど、入って扉を締めた瞬間にフードを外してその姿を晒したときは驚いた。ファンタジー小説そのままの、尖った耳が特徴的なその姿に、一瞬言葉を失ったほど。


 この世界にもいることは知っていた。

 でも、彼らは『人間嫌い』で有名で、ほとんどその姿を晒すことはない、と聞いている。

 人間離れした、人形のような均整のとれた顔立ちと、尖った耳。透けるように白い肌は彼らの特徴だと知識で知ってはいたけれど、まさにその通り。

 目の前の人は性別が正直わからなかった。声を聞いて男性だと判断出来たほど、中性的な美貌の持ち主。なんというか、現実離れした容姿をしていて、見惚れるとかそういう次元ではない。『こんなに綺麗な顔が存在するんだな』という感嘆の方が勝ってしまう。

 そしてこの人をすんなり招き入れたのはグレイの判断。

 本能的に敵対してはならないと感じたらしい。なんだその第六感、という私の驚きは置いておくけれど、つまりそれだけ『強い』ということ。店の前に来るまでその存在に気付かなかったことに悔しさを滲ませたけれど、グレイの規格外の五感を掻い潜ってここまで来れる人ということは、衝突した場合軽いケガでは済まない相手。反面、全く敵意を持っていないこともはっきりしていたそうで、この人は安全だと判断しつつも不安要素がありすぎるのでグレイはピッタリ私に寄り添ってくれて、今に至ったわけ。


「突然のご訪問、心よりお詫びを申し上げます。どのような咎でも受け入れる所存です」

 で、初対面の挨拶重ですね!!

「そしてこちらお納め下さいませ、エルフの里でしか育たぬ果物でございます」

 挨拶の品付き!!

 私には初対面の挨拶に胃袋を掴む気満々土産が届くと決定。入れ知恵はフォンロン経由の 《ギルド・タワー》かな。さすがというか何というか。


 珍しい果物は有り難く貰っておきたいので、二階に上がって貰った。ごめん、果物に釣られた (笑)。

 何となく全員が落ち着かない中でキリアがお茶を用意してくるねと降りていった瞬間。

「……あの方と、そちらの御婦人が、ジュリ様の恩恵を最も受けているのですね」

 その人はキリアが出ていった扉に視線を向けたあと、フィンに視線を移しそうつぶやいた。私は当然、皆が驚いた。だって恩恵は技術的なものしか目に見えないし、感じ取ることは出来ないから。可視化できるのは恐らく人間ではハルトくらいじゃないかとマイケルが以前言っていたのよ。

「分かるんですか?!」

 思わず身を乗り出して問いかければその人はにっこりと微笑む。

「はい、我々エルフの能力の一つです。個人差はありますが視覚や嗅覚で『神の気配』を感じることができます。私はこの目で。濃い恩恵の色が出ています、久方ぶりに目にすることが叶いました」

 そう、穏やかに微笑んで。


 独特な柔らかな雰囲気がある。

 余裕のある、恐れや不安とは無縁そうな、とても平和的な空気を放っている。

 けれど、確実に、私達との間に境界線があってそこに踏み込ませない確固たる強さがあるらしい。それがなぜ私に分かるかと言うとグレイがずっと警戒しているから。

 人間嫌いでグレイすら危機感を募らせる相手ともなれば、何がきっかけでこの場でヤバい雰囲気になるか分からないからね。気が抜けないのは仕方ない。


 彼らが人間嫌いといわれる理由。

 それは、魔力や【称号】、【スキル】の他にそれらとは全く別物とされる独自の優れた能力を持っているから、らしい。

 かつてその能力を取り込もうとエルフの子供や若者が拐われその血を取り込む為の母体、種として売買された悲惨な過去がある。

 彼らは平均寿命が千年、能力の高い者や長ともなるとその倍は生きる長寿であり多少出生率は低いものの人間や獣人とも子孫を残せる。非常に落ち着いた気質の人が多くて、基本争い事を嫌う。それゆえ悲惨な過去を持っている種族で、長い間人間の愚かな行為からは逃げることでどうにか共存を模索してきたけれど、ある時ついに我慢の限界を越え、彼らは武器を手に、そして高い能力を解放し、戦争を引き起こした。

 約千年前、それによって大陸の人口一割が失われた、という話が残っていて事実それ以降エルフは自分達の高い能力を駆使して人にはたどり着けない、独自の世界を作り上げ結界に閉じ込めてそこで生活するようになったんだって。

 ちなみに、人口の一割が命を落としたその戦争で、エルフの被害はゼロ。しかも、戦場に出たエルフはわずか三百人とかなんとか。

 ……どんだけ強いんだ、という種族。


 さて、そんなエルフさんですが。

「ロ・アゼヴィラーデと申します。アズとお呼び下さい」

 アゼヴィラーデさんことアズさんは、人嫌いとは無縁そうな雰囲気で、私たちの視線を穏やかな表情で受け止めている。

「我々が同席しても構わないかな? テルム大公の紹介状の印は本物、信用に値するが、ジュリと二人きりにするのは私としては避けたいところなのだ」

 グレイはまっすぐアズさんを見つめる。

「勿論です。ここでは悪意を感じません、私も貴方方を信じておりますので如何様にも従います」

 うん、やっぱり不思議な力を持っているらしい。全く迷いのない自信に満ちた声だった。









 そして、キリアが戻りお茶を配り終えるとアズさんはなんの前置きもなく、率直に実直に私にお願いをしてきた。

「押し花の便箋を六千枚、封筒はいりません、予備をご用意していただけるならさらに三百枚の追加を。売って頂けませんか。お願いです、報酬はお望み通りに致します。エルフが用意できるものでジュリ様がお望みのものがあるのならそれをご用意することも可能です。なので、どうか売って下さいませんか」


 ふむ、押し花の便箋をね。封筒は無しで、便箋のみですか。

 ……多いな。


 うん、多いわ!!


 うわぁ、キリアとフィンが固まってる。わかるよ、最大六千三百枚、大変だよねぇ。

 しかも押し花の便箋は張り付けの際に糊のはみ出しが許されない繊細さが求められるから作れる人は限られている。今それを任せられるのは私とキリアを除けば十人いない。

「ちなみに、納期はいつですか?」

「なるべく一ヶ月以内にお願いをしたいのです」


 うん、無理。いくつか商品を生産中止にして挑まなきゃ無理。


 そのことをきっぱりと告げると、アズさんは表情を変えず笑顔で。

「そうですか、そうですよね。ええ、分かっていました。申し訳ありませんでした、しかし、どうしてもほのかな期待を捨てられらず。……無理を承知で参りましたから」

 と。

 その瞳には、明らかに『悲しみ』が宿っていて、私とキリアがつい互いの顔を見てなんだろうね? と目で確認あってしまった。その人の笑顔は無理をして悲しみを隠すための不器用な笑顔。

「理由を聞いても?」

「え?」

「どうして、そんなに必要なんですか? そしてどうしてうちの押し花の便箋が必要なんですか?」

 キリアは興味深げに、ちょっと躊躇いつつも問いかけた。

 私もそれが知りたい。

 便箋ならかき集めればいい。花柄がいいならそういうのを探すなり、どこかに発注すればいい。

 なのにうちに来た。

 隔絶されたエルフの里からわざわざ出て来てまで、ギルドに多大な影響を持つ人からの紹介状を持って、押し花の便箋を求めて。


 そしてもうひとつ。

 どうやってあの押し花の便箋を、知ったのか。


 あれは、 《レースのフィン》の開店のお知らせで侯爵家が社交界や商業繋がりの関係者宛に出した六百通以降、量産が無理なのとデザインの見直しやクラフトパンチの改良なども現在進行形で行われているので販売数を制限して生産も都度調整している。初期から販売している大量に生産できる体制が安定してきた擬似レジンのパーツのように格安で人にプレゼントしやすいものなら隔絶したエルフの里にも何らかの経緯で届いていてもおかしくないけれど、押し花のレターセットは販売時期やその数の少なさから噂になれど実物が手元に届くというのはちょっと難しい気がする。

「私の姉がルリアナさんからお茶会にご招待いただくことがございまして、先日届きました招待状が押し花を使った封筒と便箋でした」

 ああ、侯爵家の分は定期的に作ってて買取りしてもらってるからね。依怙贔屓万歳商品だから。

 え?

「……ん? ルリアナ様?!」

「はい、ルリアナさんは人間では私の姉の唯一の友人です」

 グレイに目を向ければ、固まってる。あ、知らなかったんだね、うん、わかるよその驚き。

 ……ルリアナ様、何者。

「……あの、話はちょっとズレるけど、なんで友達? そしてどうやって手紙が隔絶されてる里に?」

「姉はこちらの世界で物を売る仕事をしているのです、姉は姿を変化させることが出来る能力をもっていまして、人間の学校に通っていた時期があるんですがその時ルリアナさんと出逢われたそうです。何故か姉がエルフであると見破ったお方で、それを今でも周囲に秘匿して下さっているとか。恐らく皆様がお会いになっても分からないと思いますよ、もちろん身元をしっかり隠蔽していますからなおのこと。それを見破ってそれを弱味として握るでもなく、ごく普通に友人として接して頂いているようです。そのお陰で姉は外貨を今でも稼げていると感謝もしておりまして、非常に大切にされている唯一の人間なのです」


 お、おお……なんか、ルリアナ様はやっぱり大物だ。まさかの繋がりがありましたよ。

 そして、手紙はアズさんのお姉さんがこちらで借りてる部屋があるので特別な手段で届けるなどの手間があるわけではなく至って普通に届くそうな。

 そして、そのことはこれきりお忘れくださいね、と前置きされて。

「その姉が、押し花の便箋を見て感動し思い付いた次第です」


 何を思い付いたのか。

 それは、私が想像もしないことだった。


「長が輪廻の理に従います、その時が来たのです。その旅立ちに使いたいのです」












 輪廻の理に従う。

 それは人間で言う『死』。











 彼らエルフの死は、例外なく『知らせ』があるという。死期を知り、穏やかにその日を迎える。寿命が長いゆえに、死への恐怖というものが極めて薄いそうで、何より輪廻転生という概念が唯一根付いている種族であり信仰の根底にある価値観。


 彼らが死を迎えるとき、親しい者たちから贈られるものがあるのだと。

 それが『手紙』。


 また会いましょう。


 貴方を忘れません。


 一緒に過ごせて幸せだった。


 そんな言葉を贈る。

 眠りについたその人の棺に、共に逝くことが出来ない代わりに想いを『持たせる』。また共に生きるために生まれ変わって来てねと願う。


「里を愛し、守り、そして末長い繁栄を願い続け、我々を導いた長の旅立ちに、里の自然を誰よりも慈しんだあのお方に相応しい手紙を贈りたいのです」


 何か思いを馳せるそんな顔だった。

 さっき見せた悲しみはそこにはない。

 死を悲しいものとして受け入れる人間には分からない次元の違うその価値観は、敬愛する人の死を穏やかに受け止める心の広さ、深さ、そして清らかさが滲む優しい表情だった。


エルフのアゼヴィラーデことアズさんようやく出せました。

どこかのパンダ耳のように騒がしい!ということがない人です、このあと二話出てきますのでしばし穏やかな彼の雰囲気をお楽しみ下さい(笑)。


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[一言] どうやっても叶えてあげたい案件( ˘ω˘ )
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