18 * とある準従業員、楽しく語る
ブクマ&評価、そして感想と誤字報告ありがとうございます。
今回は若い女の子視点で語って頂きます。
「ジュリ、擬似レジンパーツセットがいきなり完売しちゃったけど」
「げ、マジですか」
「マジですよ。五個入り十リクルが三十セット午前中に売れちゃったからね、レイス君で包んでるから中身がみえるじゃん? 買いやすいんだよ」
「高いほうは? 同じく五個セットでも天然石とか入ってる二十リクルの」
「それも三十セット並べて余ったの二セット」
「おおおっ、予想よりも売れた!」
「どうする? 明日から」
「食べたくなるシリーズ同様時間決めて出す。開店とお昼に十五セットずつ。二十リクルはそのままで様子見」
「了解。単品売りのパーツも一人五個までの制限はかけたまま?」
「それはそのままで。物によって買える個数が違うと会計も大変だしお客さんも混乱するし。そういうのはまだ先の話だわ」
私がこの店で働きはじめて早いもので一年。
最近はこの二人、ジュリさんとキリアさんの制作前の準備や一部商品の制作を任せて貰えるようになって、働く時間も増えて。
ジュリさんからは従業員にならないかと言ってもらえたけれど、うちはまだ妹が二人幼いので家での母の負担を減らすためにも準従業員で働かせて貰っているの。妹たちも来年には学校に行ける年齢になるし、そうなれば母の負担も減るのでその時従業員にしてもらう約束をしている。
父が肉体労働を主にしていて、河川の護岸工事や道路の整備で色んな土地へ出向いているから家は母がほとんど一人で守っていて、幼いころから私は母の大変さを見てきたし、父も私たちのために一生懸命働いているのを知っていたから進学は考えなかったの。
両親は行っていいと言ってくれて、すごく嬉しかったし、未練がなかったわけではないけれど、それで今は良かったかな。
だって。
領民講座が!!
楽しいぃぃぃぃっ!!!
フォルテ子爵領の家庭料理は全部受講済み。最近はね、ナグレイズ子爵領の家庭料理を受けてるの。でもこの料理講座が人気で空きがなくてキャンセル待ちも経験してる。今度はどこかの侯爵領らしい、それは絶対に受付開始の朝一に並んで予約を取って見せる!!
ククマット編みはブレスレットが作れるんだけど、受講料がお高めでもパーツを使って編めるコースがお薦め。だってパーツはその場で選べるしこのお店で売っているパーツだから品質は文句なし。
「ジュリさん、キリアさん、先に上がりまーす」
「お疲れ様オリエ」
キリアさんは、お店の閉店時間に合わせてエプロンを替えて作品作りの準備がされた作業台を確認しながら挨拶を返してくれる。
「準備ありがとね、今日はいつもより早い上がりだけど予定でも入ってるの?」
ジュリさんは作品作りの他にも色んなイベントを計画したりと忙しいので、今日はまた何か計画している事が書かれている紙の束から視線を外して問いかけて来た。
「今日は『女性のための護身術』講座行きます」
「……聞くたびに思うけど、オリエって講座ばっかりだよね予定が」
はいそうです。講座ばっかりです。
「あんた友達いないの? 若いんだから友達と遊んでおかなきゃ」
キリアさん、私友達います!!
だってね、楽しいんだからしかたない!!
「やっほ、オリエ」
「ノルン」
今日は友達と講座を受けに来たの。ノルンとは講座で知り合ったのよ、彼女はトミレア地区に住んでいて、講座を受ける日はククマットの親戚の家に泊めて貰ったりこの前は私の家にも泊まったわ。
お試しのククマット編み講座を受けたとき隣の席になったのがきっかけ。地区が違うとなかなか友達になることはないんだけど、領民講座では地区どころか他の領の人と親しくなる大人の人たちもいて実は交流の場としても良いのよね。ノルンの他に同年代なら男女数人と談笑するくらいには顔を合わせる人も増えて、私もここに来る度色んな話で盛り上がってどんどん知り合いが増えてる。
「皆そろったかなぁ?」
そしてやっぱり講師!
カイ先生!!
格好いいよぉぉぉぉっ!!
凄いんだから、王都で見習いからすごい早さで正規の騎士として認められた人なんだって!!
そんな人がどうして講師なんてしてるんだろうとは思うけれど。
「内緒。大人の事情ね」
だって。
はぅっ、笑顔が眩しい。
他にも先生が何人もいるけど、皆優しくてでもしっかりと教えてくれて、すっごく内容が充実してる。これはジュリさんの方針らしいの、凄いよね。知り合った他領でお店を経営しているおじさんの話だとこういう気軽に受けられる授業でここまでしっかりしたことを教えてくれるのは稀らしいわ。北の大国バールスレイドに似たような所はあるけれど、他ではないだろうって。だから興味があっても一回の体験をするにしてもこのベイフェルアかバールスレイドに行くしかないわけ。私たちはそれが徒歩圏内にあるんだから幸運よ。
最近じわじわと人気が出てきた『女性のための護身術』、元は男性限定の『いざというときのための護身術』というものから派生したの。
酒場で働く近所のお姉さんが、酔っぱらいにちょっかい出された時の万が一のための自衛になりそうだからどうしても受けたいってローツ学長に掛け合ったのがきっかけ。
それで学長や先生達が話し合って、女性でもできる護身術を、安全に出来る習える環境を整えてくれて実現した講座。
……初回、ルリアナ様が普通に参加していたのには驚いたけどね。帰り、エイジェリン様と継続して受講するしないで揉めてるのは見なかったことに。
主に新人冒険者のための講座をいくつか受け持っているゲイル先生もモテるわよ、妻子がいるから皆諦めてるけど。生徒たちは子分って感じで見てて面白いんだけど、先日『同性』のその子分の一人から告白されてた。
「BL?! ゲイルさんまさかのBL要員なの?!」
って、ジュリさんが興奮してたけど『びーえる』って何? ……『びーえる』が気になる。あとでジュリさんに確認してみよう。グレイセル様がいるとそういう質問は阻止されちゃうからこっそり聞かないと。
「おはようございます。うわっ! どうしたんですか?!」
翌日出勤したら、二階の部屋の大きなテーブル一杯に単品売りのパーツが山盛り。
「あの後、皆にも売れ行き良いって話したら『じゃあ売らないと!』ってウェラたちが勢いついちゃって」
ジュリさんが苦笑してる。
「単品売りの在庫に影響を与えない分は全部セット売りにするって今研修棟からもかき集めて運んでるわ」
キリアさんも苦笑。
「まだ増えるんですか?!」
「それだけじゃないよ、単品売りのパーツの大幅な増産がこの後待ってるからね。オリエは今日からそっちの量産に回ってくれる? 研修棟でレフォアさんたちが準備始めてると思うから一緒に進めてくれるかな」
「は、はい、分かりました!」
これは凄い。この山盛り全部がセット売りになるのね。
「まあでも、一気に用意しておくに越したことはないわね。幸い単品売りのパーツ作りが出来る人は増えて来てるし、もう少し勤務時間増やしてもいいって言ってくれる人もいるしね」
「ジュリ、内職さんにも連絡したほうがいいんじゃない? ラメ、押し花、さざれ石結構消費する」
「それは連絡済み。あと金属パーツも倍の発注してあるから」
「お、さすが。じゃあ作るのはこんな感じで」
すらすらと小さな伝言板にキリアさんが何かを書き込んで渡してきた。
「これレフォアさん達に渡してくれる?」
そこには量産する優先順位が書かれていた。
「はい、わかりました」
しかし、作っても作っても、在庫をどんなに増やしても、次から次と売れて減っていくから、このお店も研修棟も在庫で溢れるなんてことがないからホントに凄いと思う。
正規の従業員、私のような準従業員、アルバイトという人たち、そして内職さん。 正直何人いるのか私はわからない。それだけ多いの。
それなのに。
トラブルが少ない。
女がこれだけいるのに、トラブルがほとんどないの。
それもジュリさんが完全に統制を敷いているからだってキリアさんが言ってた。ちょっと窮屈な規則があって、それを意図して守らない人にはジュリさんは容赦ないのよ。
「辞めていいよ」
て、サラリと言っちゃう。
「規律や人間関係を乱す人はうちでは働けないから」
って。そしてそれで何人か辞めてるんだよね。バカだなぁって思ったわ。だって、お給金はいいし楽しく仕事できる環境だし。確かに忙しくてびっくりするくらい疲れることはあるけど、時間もちゃんと決まってて残業をお願いされる時も事前に言ってもらえる。働くことに文句を言おうと思ったこと私はないけどね。
そして女性が圧倒して多い職場だからあえて規則を多く設けているみたい。女は噂好きだしトラブルになりやすいからね、仕方ないと思う。それに慣れてしまえばとても楽。
作品作りをするとき、雑談は最小限でっていうルールに抗議した人がいたなぁ、でもその人作るの遅かったし正直あんまり丁寧な作業しないしで、よく文句を言えるとびっくりしたけど、結局辞めてた。
で、辞めた人達の大半がグレイセル様やローツ学長にジュリさんの目の届かないところで復職を懇願してくるって話をメルサさんが教えてくれた。結局他のところと比べたらお給金はいいし『ふくりこうせい』とかいうものがあって、仕事中に怪我をすると治療費は全て 《ハンドメイド・ジュリ》が負担をしてくれるし、エプロンは毎日回収されて洗濯されて常に綺麗なものを使える。ちょっと窮屈な働き方だって慣れればなんてことないの。それに気づいて復職させてくださいって言ってくるらしい。ま、そんな人達をグレイセル様やローツ学長が相手にするわけないけど。
「そう……。まだ十歳だからうちの従業員としては雇えないよ、でもちゃんと午前中は学校に通ってくれるなら、午後から簡単な仕事を斡旋してもいいよ」
フィンさんが、研修棟の隅っこで、幼い女の子にそう言っているところに遭遇した。
私はそこを軽く会釈するだけで通りすぎる。
最近、減ったと思ってたんだけど。
何らかの事情で働かなくてはならない子供。
ククマットは、その数が目に見えて減っている。それはジュリさんが 《ハンドメイド・ジュリ》を開店してからククマット全体が好景気でどこでも人手不足で仕事なんていくらでも見つかるから。
そして『内職』が定着したこのククマットでは、僅かでもお金を確実に稼げるようになった人が増えたの。この『僅か』がとても重要なんだとグレイセル様が内職を定着させるために行った説明会で話していた。
『なし』と『僅か』は大きな差がある、って。
そうだよね。そして確実に稼げるっていうのも。『代理』ではあり得なかった、明確な基準が設けられた買い取り保証って、凄く影響が強かったと思う。
そんな中で、それでも子どもが外に出て働かなくてはならないというのはなくならないんだな、って幼い妹がいる私は凄く悲しくて辛い現実。
でもそれを無視しないのがジュリさん。
ジュリさんは未成年は絶対に従業員にしない。ここで未成年を働かせていいお給金を支払ってしまったら、親が働かなくなる可能性があるから。いるんだよね、結構そういう人たち。
でも困窮しているなら最低限の手は貸す、というのがジュリさんで、単調で危険のない作業をククマット中のお店や工房に聞いて回って、そこに『午後から』行けるように斡旋するの。
「この世界の学校って私がいた世界の学校より明らかに学ぶ時間が少ないの。それでもその少ない時間で働き方含めて社会進出に必要な基礎を教えて貰えるんでしょ? 行けるだけ行かなきゃダメだよ絶対。十六歳で準成人ていう扱いになって社会に出されるし、将来どこでどう生活するかわからないんだから」
未成年は学校に必ず通うことが条件。それに頷かないと仕事を斡旋してもらえない。
「教育が義務じゃない世界だから。せめてククマットだけでも、将来のために学校に通って学ぶ意義があるところにしたい」
って。
凄いよね。
そんなこと、考えたこともなかったから。
ジュリさんのいた世界の学校とは何もかもが違うんだって。だから自分のやり方が正しいのかどうかわからないけれど、ここの皆が当たり前に通っている学校は成人して社会に出たときに役に立つ、働くことに特化しているんだからそれをしっかり身につけて欲しいって。そのことを詳しく説明されたけど、難しくて全部は理解出来なかった。
でも、何となく、分かる。
何も知らないより、知っていた方がいいって。
だから学校に行くのって、大事だって。
その延長線に、領民講座があるんだよね、きっと。
学ぶことって無限にあるって領民講座で知ったから。
これ知らない、こんなのもあるんだ? って何度も驚かされるの。
それで少しだけ勉強が好きになれた。
領民講座だけじゃなく、 《本喫茶:暇潰し》に気になったことを調べるために本を読みに行ったり、新品は買えないけど古本屋で本を買ったり借りたり。
「うわー、これ全部セット売りに回す分ですか?」
「そうそう、レイス君のカットも今急ぎで内職さんにお願いしてきたんだけどセット売りの在庫は大量に抱えておきたいみたいだから数日はこれに追われる感じになるよ」
「ひー、そんなに?!」
「このレイス君に包んでリボンを掛けたのを人に配るために侯爵家が買い取りしたいって言ってるんだよ。それなりの数だからね、作れるだけ作ることになったんだ」
「あ、残業になりそうですか?」
「うん? そこまでではないかな、手隙のアルバイトの子達や準従業員に声かけて来るって。オリエは今日は残業出来ない?」
「すみません、領民講座の予約が」
「……昨日も行ってたよね?」
「はい」
「……オリエは友達いないのかな?」
レフォアさんまで!!
なんでそうなるんですか!!
と、とにかく!!
私はククマットが好き。
グレイセル様が領主となって、ここは間もなくクノーマス伯爵・ククマット領になる。
お金を稼ぐ環境が整って来て、そして学ぶ事も当たり前になってきて、これから何が始まるんだろう、そんなワクワクをジュリさんは与えてくれる。
妹たちが大きくなって、働くようになって自分で自由に出来るお金を得たらまずは何をオススメしようかな。
以前の私ならお金を少し貯めて、港のあるトミレアに行って、珍しい外来物を買ったりしたかも。
でもね。
今なら。
まずは自分が生まれ育ったこのククマットを存分に味わって! って、言える。
この大好きなククマットを大人になった視線で見てみてって!
「あ、オリエ」
「はい?」
「前から言おうと思ってたんだけどカイくんは止めておきなさい、あの人倍率高いから」
レフォアさん!
大きなお世話!!
所謂モブさんですが、この物語の登場人物に若い子(十代)って殆ど出てきていないのでこういう所で出してあげようと登場していただきました。
なんてことないお話なんですが、《ハンドメイド・ジュリ》の主役達とは違った視点の話を今後も出していきたいなぁと思っています。




