18 * またその名前か
無実の罪で投獄されたヤゼルさんの知り合い三人に共通するのは、粗悪品が出回った後にクノーマス家から痺れ松を購入した他に、三人が住む領の領主がベリアス家を筆頭とする『強権派』。
痺れ松をクノーマス家から仕入れるのに、普段とは違うルート、しかもそれなりの量ともなれば職人の判断だけでは購入できない。そこには貴族社会のルールや序列が必ず関わってきて絶対に無視できない。
でも生産者に欠かせない素材不足は死活問題なわけで、生産者の死活問題は、領主の税収に直結する。だから今回クノーマス家から痺れ松を購入した強権派の貴族は、そのことを十分理解しつつ自分達の首を絞めることにならないようにするためにも侯爵家から買い付けした。なにせヤゼルさんの知り合いともなれば皆がその領では名の知れた職人。大きな工房の工房主として領の税収に貢献している人たち。領主が彼らを守るために多少のリスクを背負うのは当然のこと。派閥だなんだと騒ぎ立てることより自分の領の税収が心配なのは当たり前。
「ベリアス家か。傘下の家に売れ残りを高値で買い取りさせているという話だ、しかも先に粗悪品も買わせている。……その難を逃れようとクノーマス家を通して買い付けた家への報復のつもりだろう」
「いや、それ、ひどくない?! そんな事で反逆罪でっち上げて職人さんを投獄とか理不尽なことする!?」
「するんだよ、簡単に」
素っ気ないくらい迷いなく言い切られて私は唖然としてしまった。
「公爵家の権力とはそれだけ絶大だ。嘘を真実にしてしまえるだけの力を持っている」
そんなことが罷り通ることが信じられない。
いや、でも。
ふと思う。
リンファが脅されて結婚を強要されたとき。
リンファが脅されていると知っている人たちが何人もいた。
いたけど、リンファのために動かなかった。
それは味方であるはずのバールスレイドの皇帝陛下ですら本気で彼女を守ろうと動いてくれなかった。
悔しいけれど、納得出来ないけれど、これがこの世界の現実だ。権力者は法律やルールを破ることが『許されている』という理解し難い現実。
「それで、その職人たちは今どこに?」
「ベリアス領に連行されたと手紙にはありました。取り調べを受け、刑を言い渡されるまでベリアス領の収容所から出られないらしいです。三人とも、工房主です。あいつらが連行されたなら工房は休業です」
「それが狙いか」
「だと思います……」
工房主は経営者を兼ねていて、しかも工房の売上の中心を担っている場合がほとんど。工房主がいなくなると休業を余儀なくされるというところが多い。
福利厚生はもちろん失業保険による保障なんて皆無なこの世界、休業はそのまま無収入につながる。大きな工房ともなれば何十人もの人が雇われていて、その人たちが一気に失業するようなもの。更に言えば取引先も収入が減るどころか仕入れ先の早急な新規開拓を余儀なくされて、たちまち周囲は混乱する。
流通が未発達なこの世界だから、ちょっとしたことで地区一つが不況に陥る危険性が常にある。地区一つの不況は、周辺に、そして領全体に。
「やり方が気に入らないわ」
つい荒っぽく言ってしまったけど、本心。しかも投獄された人たちはそのまま公爵家監視の下で働かされるらしいっていうんだから。つまり腕の良い職人をタダ働きさせて収入を得るってこと。
「自分のとこの派閥の貴族潰しかねないことして何になるのよ?」
「今回は流石に潰れることはないだろうが、領内が大混乱に陥るようなことになりそれを終息させられないとなると領主の資格なしの烙印が捺され爵位を剥奪されることになるだろう。そうなれば領地も領民ごと王家へ返還されて王領となる」
「ということは。……その土地や住人が財源とか褒賞としての扱いになっちゃうってことよね?」
「ああ」
「そりゃ王家も見て見ぬフリするわ、公爵家としてはその領地を王家に差し出すだけだから痛手もないし、王家は国内の有力者相手の手札が増えるんだから」
最低だ。
「す、すみません。こんなタイミングで言うもんじゃなかったですね」
「いや、教えてくれて助かった。こちらとしても今後のベリアス家の動きを知るにも情報は多いに越したことはない。……なんとかしてやりたい所だが相手が悪い、派閥が違う上に格下のクノーマス家では手出しが出来ない」
「いや、そんなつもりじゃなかったんですよ。ただグレイセル様も今言ってくれたように知っておいて損はないと思ったし、こういう話は早く知っておくと万が一の時に対策もしやすいってもんだ、俺は正直、今後はククマットもベリアス公爵の影響を受けるんじゃねえかと思ってたところなんで」
じわじわ。
そんな表現に相応しい。
ベリアス家の動きはクノーマス家や私から見ると決して派手ではない。でも確実に、着実に、ベイフェルア全体に及んでいる。
財政難をどうにかしようとしてベリアス家がしているのは、他者を巻き込み、傷つけて、搾取すること。
これを国が黙認してしまっている。
なぜなら、その国が、王家が、ベリアス家の影響を強く受けてしまっているから。
国王の周りはベリアス家が固め、王宮も腐敗が進む。
もはやアストハルア公爵家率いる穏健派がどんなに踏ん張ろうとも軌道修正出来ぬほど。現状維持も難しくなってきて、数年のうちに大混乱を招く大きな政権争いが起こるだろうとグレイとローツさんが言っていたこともある。
―――膿は徹底的に出しきる必要がある―――
アストハルア公爵様の言葉が思い出されて。
近い未来、その時が来る。
ベリアス家のことはとりあえず置いておく。今騒いでも大人しくしている相手にできる対策なんて限られているって侯爵様もアストハルア公爵様も言ってたし。
それよりもちょっと、ね。気になることがある。
今回の螺鈿もどき細工の献上とお披露目だけど、その直後、翌日に王女のデビュタントも行われると発表があったそう。
……どう考えても、予算切り詰めるために合わせた的な。
普通、こういう全く別の行事や祭事は仕切り直しされて開催される。つまり、何か大きな行事があったら最低でも数日空けてからがこちらの世界の常識なんだそう。全てをまっさらにして行事ごとに一からやる、という感じ。万が一トラブルなどがあってゴタゴタしたのを引きずらない、持ち越さないという験担ぎの意味があるそうで……。
なのにね、今回は連日開催。デビュタントの日取りが後にはなっているけれど明らかに螺鈿もどき細工の献上をそこに捩じ込んで来たわね?! ついでにやる感が半端ないわよ?! とシルフィ様が憤っていたところを見ると実際にそうなんだと思う。
聞くところによると、間を空けず連日行うだけで王宮はかなりの節約になるんだとか。
この国の国庫ヤバいらしいからねぇ。……赤字国家なのに、王女のデビュタントのためには改築を大々的にやってるらしいし、金とかファンタジーな金属とか買い集めてそれで内装したりという話。そして本来は高位貴族 (公爵、侯爵、辺境伯爵、伯爵の一部)は期間中王宮に滞在しもてなされるはずなのに、それも今回はないんだって。だから侯爵様達も王都の屋敷と王宮を数日間往復するしその往復で必ず通る門での検問も必ず受けなくてはならずそのための時間を考慮して動かなくてはならないとか。
「夫婦だけではないからな」
グレイが説明してくれる。
「王宮にいる侍女や執事は限りがあるから必ず連れていくことになる。伯爵家なら五人前後だが、公爵位の二家なんて少なくとも二十人は連れてくる」
「なんで?!」
「公爵は陛下に直接進言が許されている地位だ、国政に直接関与出来る立場だからそういった話に即座に対応可能な側近も必ず連れてくるからどうしても増える」
「なるほど」
「公爵家二家、そこに侯爵家、辺境伯爵、伯爵家の一部が加わると数百人単位だ、一日滞在させるだけで」
「お金がすっ飛ぶって訳ね」
「そういうことだ」
なるほどね、とは言わない!! だってクノーマス家は日中のお茶会に招待した人たちですら領主館である屋敷に併設してある迎賓館に馬車の御者さん含めて滞在させてるよ?! 数十人単位だよ? それ、しょっちゅうやってる。これはクノーマス家だけじゃなく、高位の貴族なら当たり前のことであの家計が火の車と噂のベリアス公爵家だって人脈開拓、確保、そして情報収集に親睦のために定期的にやってるって話だから。それが有力者の嗜みである以上、国が怠るってのはいただけないと思うんだけど。
「……」
返答しかねる、って顔でグレイは口をつぐむ。
納得いかないなぁ、というか、螺鈿もどき細工の扱いがついでにされてるのが嫌。
しかし。聞けば聞くほどベリアス家って何がしたいのか分からない。
王家を手玉に取るにしたって、王家が赤字だったらそれを一緒に背負うことになるでしょ? しかもベリアス家だって大変だって話で、今の暴挙が許される期間ってそう長く続かないよ。国家転覆したら間違いなく一緒に沈むじゃん。
……そうならない自信がある?
秘策というか、保険というか、保身になるカードを持っている?
アストハルア公爵のように、ベリアス公爵も大陸に伝は沢山あるはず。
他国の有力者が影でベリアス公爵を支援しているとしたら、他国の有力者が得る見返りって何だろう。
と、考えたことは口にはしない。
それはまた今度。
今はこのお祝いの雰囲気を壊したくないよね。
「王家に成り代わるつもりじゃない?」
サラッと爆弾発言を投下したのはリンファ。
カトラリーセットの試作見本を魔導転送具で送ったらそれはもういたくお気に召してくれてそのお礼を言いたいからとわざわざ転移でセイレックさんと共に来てくれた。来てくれたのは良いけど先日のベリアス家が何をしたいのかという話に繋がるような事をグレイとセイレックさんが話し始めちゃって、そうしたらリンファが、ね。
私もグレイもそこをやんわりとぼかしていたのに、セイレックさんも分かっていてあえて上手く回避していたのに。
「ベリアス家を支援するからその代わりベイフェルアの国土なり何らかの利権を寄越せって言ってる権力者がいるんじゃないかしら。赤字どころか売るものすらなくなったら王家もおしまいよね、王家は責任とらなくちゃ。そうなったらベイフェルア王の代理は誰がするの? って流れになるわ。その時に支援を名乗りでる他国の権力者がベリアス家を指名するなら国民もそれに納得せざるを得ないわよ、だっていつ国が滅びるか分からないんだから支援を名乗り出てくれた国を頼るしかないし、その国がベリアス家を支持するなら従うしかないわ。まあ、王家を守ろうとする王宮の一部も何となくベリアス家のそんな動きを理解はしているからおんぶにだっこの関係ではあっても事あるごとに中立派や穏健派を頼って牽制して現状維持をしているんでしょうけど。内部クーデターで今のベイフェルア皇太后が王座から引きずり降ろされて失脚してもう十三年って話よね? ちょうどあの頃からベリアス家の王宮内での影響力が一気に強まったって話じゃない? ということは、そのクーデターを主導したのは母親であり女王であった現皇太后を疎ましく思っていた現王だけど加担したのはベリアス家、っていうところにも繋がるわよね。その頃から、いや、それよりも前からベリアス家は王家に成り代わるつもりだったとか?」
私達がキュッと口を結んだのに対し。
「そんなに簡単に成り代わることが出来るかしらね? 出来る算段があるのだとしたら裏には国家レベルの支援が必要だもの。何処かしら? 国土が欲しいなら隣接する国は全て怪しいけれど、娘をフォンロンの政治家の家に嫁がせるって事はフォンロンかしら」
楽しそうに持論を述べる美少女系美女の笑顔の怖さ。
「んー、でもあそこの国王はそういうことするタイプじゃないと思うのよねぇ。食えないすかした顔したイラッとする男だけど大陸の情勢を脅かしてまでそんなことに手を貸す度胸は無さそうだし。あそこの王弟あたりがそれこそ玉座狙いでベリアス家を利用して問題起こしかねない野心家だけど。ベリアス家の娘が嫁ぐ家って王弟派じゃなかったかしら?」
私達の顔がスン、となってもなぜこの女は楽しそうに喋るのか。
私はまだいい。
グレイとセイレックさんが耳栓欲しそうな顔してる。
彼女にこの件で何か問いかけられても下手なこと言えないんですよ。二人共貴族家の子息ですから。それこそ答えたら不敬罪に問われかねない内容なんですよ。
「リンファ」
「うん?」
「あの超ヤバイポーション貰ってあげるからその話ここまでにしよっか」
「貰ってくれるの? 助かるぅ、あれからまた作っちゃって」
「作るな!」
「二ケース持ってくるわね」
「一ケースって何本入よ?」
「三十本」
「多い多い、そんなにいらない、あんな物騒なものを二ケースも置ける置き場所ないから」
話をぶった切るために、物騒極まりない物を屋敷に置くハメになり、グレイの顔がスン、を超えて達観した悟りを開いた顔になってしまった。
おのれベリアス家。あんたの話になるとロクなことにならないわ!!




