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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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18 * ようやく献上、なんだけど

本編に戻ります。

 特漆黒。

 艶やかな光沢とどこまでも深い黒。

 この染料が出来上がり、初めて螺鈿もどき細工として侯爵家で御披露目されたとき、ほぅ……と感嘆の息を漏らすだけで言葉を発しなかった侯爵様とシルフィ様が印象的だった。


 工芸品。


 伝統。


 その二つの言葉を今後背負うにふさわしい物がようやく日の目を見る。


 特漆黒が塗られた一枚の大きな正方形の板。一辺が八十センチある。そこに堂々たるクノーマス家の紋章。

 透過性を残せる限界の厚みをもたせ、光の加減で無限に変化するオーロラカラーが際立つ白色に傷一つ、ヒビ一つ入れず、模様を彫った木の面に隙間なく埋め込みけっして引っ掛かりを感じない滑らかな表面に仕上げるその高度な技術でもって描かれた紋章はただただ綺麗。

 侯爵家の壁に額縁に入れられて飾られたその紋章の綺麗さに、本当に満足。

 いや、私が作った訳じゃないけども。


 王家への献上品はトレーや小物入れ、大きいものは帽子ケースなど合計で十五点になった。それとは別に今回螺鈿もどき細工の職人さんたちがこのクノーマス家の紋章をヤゼルさんにお願いして作ってもらっていたことに驚いた。そしていずれグレイが伯爵となった暁にはグレイの紋章も作らせてくださいとも。

 盗難騒ぎを未然に防げなかった事への謝罪の意味があるんだとヤゼルさんが教えてくれた。気づける環境にあったのに、皆自分のことしか見えていなくて、見逃したという自責の念を少しでも減らし、償いたい気持ちを叶えたいから引き受けたと。忙しい中、職人たちのその気持ちを受け入れてくれたヤゼルさんに感謝しつつ、職人さんたちの気持ちに切なくなる。


 彼らを責める人なんて誰一人いないのに。

 彼らに責任なんてないのに。

 夢中になって何が悪いの? 自分のことしか見えてなくて何が悪いの?

 それだけのことをしていたんだから。職人さんたちは、自分を追い込んで周囲に気を配れる余裕なんてなくなるほど打ち込んでくれていたんだから。

 螺鈿もどきを工芸品にするために、伝統として残すために。


 一生懸命に物を作ってみたら誰でも分かる。夢中になって、一心不乱にその事だけに意識を向けて、時間の経過すら忘れる。

 その集中力があるからこそ、良いものが生まれている。

 それを否定するような懺悔なんてしてほしくない、そう思う。


 でも、これで職人さんたちもヤゼルさんも、少しは報われたのかな。


 それなら、いいのかな。


 ああ、本当に、綺麗。

 職人さんたちも、満足そう。


 そっか。

 うん。

 色々あったけど、想定外のことが起きてここまで随分時間が掛かったけど、結果オーライかな。











「良い色だと思っていたがこうして完成されたものとなるとなおいいな」

 グレイは興奮気味の侯爵様たちから離れた所で私と共に螺鈿もどき細工を手に取り眺める。

 私たちの前にあるのは今日ヤゼルさんたちと共に侯爵家に持ち込んだ特漆黒よりも一日早く侯爵家に届いた螺鈿もどき細工。

 これはこの開発のために他所から引き抜いた職人の地元である男爵家と伯爵家から届けられたもの。


 この度螺鈿もどき細工は三領同時にめでたく王家に献上出来る運びとなった。


 あの騒ぎの間もずっと変わらず進められていたのは、特漆黒以外の塗料。

「赤とか緑もいいよね」

 なんて軽々しく言った私の言葉を真に受けた人たちの多さにドン引きした過去が懐かしいわ……。

 そしてある日打診された。各領ごとにメインとなる色を決めてもいいだろうか、って。

 いや、そんなの好きにしてください、螺鈿もどき細工の決定権は私もってないです、軽々しく発言してしまっただけで特にその先考えてませんでした、って顔をひきつらせて答えた過去も懐かしい。


 そんな貴重な体験を懐かしむ私の目の前のそれらは特漆黒とはまた違った上品で高級感漂う実に素敵なもの。


 ラッジェ伯爵領カラー『本深紅』。

 鮮やかでけれど深みのある絶妙な、くすみのない赤。深紅のバラを思わせるその色が艶を得て蠱惑的に感じる。そこに螺鈿もどきで細工が施されたからいっそう、何というか、うん、艶かしい……。これで手鏡とか、バニティケース作ったらご夫人たち中心に爆売れすんじゃない? 後で伯爵に提案してみよう。私がほしい。


 コルティカ男爵領カラー『真孔雀』。

 微かな青みを帯びた緑。名前通りの気品が感じられるそんな不思議な緑。孔雀の羽色に似ているのでこの名前になった。一言でいうと雅。この色のペンケースとか万年筆をさりげなく持ってたらちょっと素敵。グレイにも持たせたい。うん、男爵に相談。


『特漆黒』『本深紅』『真孔雀』。全て、螺鈿もどき細工のために開発された。

 皆が口を揃える。

 ここまで色に拘った塗料は未だかつてなかっただろうって。

 その視線が私に向けられたのには参ったわ。そりゃ言いましたよ、納得出来ない色は使いたくないから半端な色なら作らなくてもいいとか、結構サラッといった記憶しっかりとありますよ。でもそれを進めたのあんたたち! と、言ってやろうかと思う気持ちを抑えた私は偉い。うん、自画自賛しておくから。


 でもそれがいい結果をもたらしたよね。

 ホント、結果オーライ。


「グレイはその緑気に入ったみたいね?」

「いい色だからな、明るい色味なのに上品だ」

「それのペンケースとかあったらいいよね、かっこよくない?」

「……格好いいな」

 あ、目がヤバイ。余計なこと言ったな、私。

「打診してみるわ」

「よろしく頼む」

 怖い怖い、真顔すぎて怖いから。










 献上のため侯爵様と伯爵、男爵の3人が直接王宮に向かう。ベイフェルアの習わしに則った正式な献上とあって大々的に御披露目もされるらしい。


 今回、それに私の名前は含まれないようにしてもらった。素材を見いだして提案したのだからまず真っ先に、と伯爵家と男爵家から言われたけれど、盗難騒ぎにネルビア首長国が噛んでいたことを包み隠さず話して出来る範囲で伏せてほしい旨を伝えるとさすがに驚いたようだったけれど事情を察してこちらの意向を汲んでくれた。まあねぇ、誰もネルビア大首長を刺激することはしたくない……。

 もちろん、隠すわけでもないし嘘をつくわけでもない。単に私の存在を語らないだけ。すでに螺鈿もどきはラメとして私が取り扱いネイルアートにまで利用しているから見る人が見れば分かるし、そもそも螺鈿もどきと私が切り離せないのでそう時間もかからず広まることは分かりきっている。


 だからこそ、今回はこれを完成に導いた職人さんたちにスポットが当たればと願っている。

 高価な素材を加工するだけが職人ではない、それを世間に知ってもらういい機会。

 何より、『特別販売占有権』の有効的使い方を知ってもらいたい。


 騒ぎの時、ヤゼルさんがその権利を一時臨時で得たけれど、螺鈿もどき細工の権利について最初から私が提案していたのは特別販売占有権の個人登録ではなく、『共同保有』という占有権に付随できる権利での登録。

 これは複数人や地区、領など、占有権から得られる利益を取り決めでその分配をどうするか自由に決められるというもので特産品などはだいたいがこの共同保有権をオプションにつけた占有権登録がされている。


 螺鈿もどき細工は二領とククマットそれぞれが各染料を領単位で占有権に登録したの。ほかにもかなり細かく。


 基本の螺鈿もどき細工の製造工程、つまり作り方は三領合同に修正、かじり貝様の螺鈿もどきへの加工方法は私が最初に発見した関係で私の独占、そしてさらに木材以外で細工に適した素材の発見や他の染料が開発された場合は二領とククマットによる協議で利益の分配を決定、などなど他にも未然にトラブルを防ぐため決まり事をかなり細分化した状態で登録。

 これほど大規模で細かいルールだらけの占有権登録は過去に類を見ないものだったらしく、民事ギルドがその手続きにてんやわんや。 なんと 《ギルド・タワー》から占有権登録の専門家が二人も各家に数日間滞在して手続きにすることになるという大変なことに。ちなみに、ククマットが有する権利にクノーマス領が含まれる、というちょっと今までは考えられない決まりも入っている。普通なら逆だからね。でもククマットは間もなくグレイが領主となり治めていく土地、その時に変更手続きをする手間を考えたら先に全てを済ませてしまうことがこちらとしては楽だったのでギルドの職員さん、お疲れ様。


 いやぁ、インターネットもパソコンもタブレットもないからね。契約書とか手書きだからね。規模が大きくなればなるほど大変なのよ。

 だからうちでは 《ハンドメイド・ジュリ》の立ち上げが決定した時点で契約書とか必要そうなものはかなりの種類用意していたので、随時先回りして必要そうなものは文言はもちろん直ぐに使えるように仕上げておけるのだけども。なにせうちの書類は細かいので (笑)!

 手続きがなかなか捗らないことにイラついたグレイとローツさん、そして侯爵様とエイジェリン様が 《ギルド・タワー》の人の後ろでまだ内容を理解しないのかと無言の圧力かけてたよ。あれは可哀想だった。


 でも、その手間をかけたことで各領の『職人』に目が向けられることに。いいものを作ればそれをサポートしてくれる領主や富裕層たちも自ずとついてくる、って。各領のものつくりに携わる人たちの意気込みが全体的に強まったと聞かされた。


 感化され、もっといいものを、負けていられないと意気込む人たちがきっと今後も増えてくれる。

 たとえそれがたった数人でも、世に物を送り出せばそれだけでお金が動く。微々たるものであっても、お金が動かなければ経済は決して動かない、潤わない。

 私ではない人たちに脚光が浴びせられることが重要なの。


 いつか私は死ぬんだから。

【彼方からの使い】には必ず限界があるんだから。


 私がいなくても残るものを作れる人たちがいることを皆が知っていれば、廃れることもないはずだから。

【彼方からの使い】はあくまで呼び水でいい。

 そうやって、発展してほしい。












「ジュリ」

 めでたい雰囲気で満たされる中、ヤゼルさんは浮かれた様子もなく少し躊躇いがちに声をかけてきた。

「ちょっといいか。それと、グレイセル様の耳にも入れておきたい話なので……」

 グレイと二人顔を見合わせた。三人でそっと広間から退出し、グレイの案内でこの屋敷にあるグレイの書斎に向かう。中に入りグレイが扉を閉めると開口一番、ヤゼルさんがとんでもないことを言い出した。


「俺の知り合い、職人三人が捕まった話し、グレイセル様に届いてますか?」


 その三人というのは、ヤゼルさんが若い頃修行でお世話になった他領の工房で数年間互いに切磋琢磨した間柄で、今でも手紙のやり取りをしたりしている人たちだという。全員がそれぞれ違う領に住んでいるため、会うことは数年に一度あれば良いって話だけど、それでも子供はもちろん孫の名前まで互いが把握している程にはなんでも知っている信頼できる仕事仲間。

 その仲間は七人いて、うち三人が突然各領の領主に対し『反逆の疑いあり』として連行されたのだと。

「その三人ってのが……俺に相談してきた、痺れ松を侯爵様から直接仕入れた奴等だ」

 職人の道具の殆どに使われている、無くてはならない柄や土台に使われている特別な松。それが痺れ松。でもその粗悪品がベイフェルアでは出回り、一時良品がほぼ手に入らなくなった。それを私がリンファからの紹介でバールスレイド皇国の商家から大量に購入する代わりに格安で売ってもらう約束を取り付け、クノーマス侯爵家が一括で即座に支払を済ませたのでクノーマス領では小売価格は据え置きで済んだけれど、ベイフェルアの大半の領は散々なことになっている。


 その痺れ松の元締めと言ってもいいベリアス公爵家が良品を再び流通させ始めたから。


 でも、そのやり方が最低だ。

 ごく僅かな量を不定期で、しかも価格をかなり引き上げて流通させて。クノーマス領と独自の仕入れルートを持っている領以外ではそれを求めて王都に殺到していて、一時は普段の三十倍にもなったらしい。さらにほかのベリアス公爵家が元締めをしている素材や商品も同じようなやり方で売り出されていて、王都では日用品に至るまで引きずられるように値上がりし続けているという話。痺れ松はベリアス家と王家で九割近くを占める独占販売に近いものだったし、しかもあらゆる場面で常に、大量に使われているものだから生活への影響がダイレクト。

 それでもクノーマス家とほぼ同時期にアストハルア家、そしてクノーマス家同様中立派である王都にも近いツィーダム侯爵家が市場安定のために動いてくれて、最小限の混乱に抑え込めた。

 それでも一度混乱した市場というのはそう簡単には元に戻らない。値上がり傾向の市場を好機と捉えて同じように値上げする商家も多いしそれを取り締まる法もない。さらに言えば同じ派閥であろうと損をするなら関わらないし、面倒事なら見ないふり気づかないふりをして協力してくれない、都合がいい事にだけ目を向ける家はどの派閥にも例外なく多々存在しているので、当分王都とその近隣は物価の上昇は続いて、そして高止まりするだろうと聞いている。

「初めからそれが狙いだったのかもしれない」

 先日その話をした時グレイとローツさんの意見はどちらもそうだった。

 痺れ松の粗悪品が出回ったのは、恐らく後出しする正規品の価格を高騰させるための準備のようなものだったんだろうって。

 けれどそれがあまり上手くいかなかった。アストハルア公爵家、各侯爵家が即座に対応したから。そしてそれに一部の職人が乗っかった。派閥を超えて、仕事、収入確保のために。


 それがベリアス家は面白くなかったし予想外だったんだと思う。

 同じ強権派の家が、職人達が苦しんでいることなんて無視、ベリアス家が利益を出せば、得られればそれでいいってことなんだろうね。


「……圧力か。卑劣なことをするものだ」

 グレイの一言に、険しい顔をしてヤゼルさんが頷いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 圧力をかけられたら倍以上の圧力をかけ返して徹底的に潰すべし
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