18 * ケイティ、祝う
クリスマススペシャル四話目、珍しくケイティに語っていただきます。
この世界の結婚式は、挙式が終わったあとに招待客は女性はティータイム、男性はテーブルゲームなどと夜の晩餐会までホストが用意した時間潰しで各々過ごす。基本、招待客は宿泊するのが当たり前なので時間を潰すための準備がちゃんとされているかどうかでそのホストの財力や格式を判断されることが多い。
今回リンファとセイレックは色々、本当に色々とバールスレイド皇室の慣例を破りまくっていて、挙式後も当然の如く破っている。
挙式から一時間後。
披露宴が始まった。
招待客たちのごく一部を除いて式後直ぐに会場に促された人々の顔が三者三様で面白かったわよ。戸惑っている人もいればポカンとしている人もいるし、興味深い目をして周囲を見ている人もいてね、挙式後すぐの宴が如何に異例なことかよくわかるわ。
なにより。
挙式が執り行なわれた主神殿に負けないクリスマス一色の室内装飾は圧巻。会場の見取り図と数回見に来ただけで大きな混乱や修正もなく三日前には飾り付けを終えられたジュリの天性の空間認知力と想像力、そしてコーディネート力には驚かされたわ。
白がメインカラーのホワイトクリスマスをイメージした会場の入口からそのこだわりが伺える。
「これもらえるかなぁ」
「貰えないわよ」
「リンファ、くれないかな?」
「貰うことに拘る理由が分からないわね」
マイケルが釘付けなのは、白く塗装された針金で作られたかわいいトナカイとソリの大きなオブジェ。ソリには白い額縁を使ったウエルカムボードが載せられていて、白地にパステルカラーで『ようこそリンファとセイレックの結婚式へ』と書かれている。
マイケルはそのウエルカムボードは目に入っていないみたい。
この針金のオブジェ、地球にいた頃クリスマスの時期になると庭に飾った物にとても似ている。他にもサンタクロースやクマやウサギの白い針金オブジェが招待客をお出迎えするのをマイケルったらとても気に入ったようだわ。
そして中に入ればなお目を奪われてしまうの。
圧巻よ。
高い天井まで届く白いクリスマスツリーがまずは一番に目に付く。
ピンクと水色のパステルカラーのオーナメントと銀色のベルやリボンがふんだんに使われた贅沢なクリスマスツリーで、発光する魔石も散りばめられていてキラキラして凄く綺麗。会場の端にあるけどその迫力は正にクリスマスウエディングに相応しいものに仕上がってるわ。
そして、広い会場の飾りはそのクリスマスツリーに合わせた物で統一されていて昨日のハルトの結婚式とはかなり雰囲気が違う。
白い花、白く塗装された枝、そしてパステルピンクと水色のオーナメントと銀のベルやリボンやオーナメント。
そこにあのウエディングドレスのリンファだからね。主役は白。雪とクリスマスがテーマ。これほど分かりやすいクリスマスウエディングのコーディネートは無いわね。あ、この世界の人たちはクリスマスがそもそも分からないんだけど。
リンファのドレスは一着のみ。でも上に羽織るものがなんと挙式の時のローブの他にルフィナも着用した穀潰しが可愛いポンチョ、ドレスと同じ素材で作られ刺繍が施された豪華なノーカラージャケット、そしてオーガンジー素材の軽やかなボレロが用意されたの。
「着倒すわ」
と、目を輝かせて言ってたから披露宴中に一瞬姿が見えなくなれば間違いなく上に羽織るものを交換に裏にいってるんだろうなぁ、て感じじゃないかしら。
ちなみにセイレックも丸ごとコーディネートしてあるわよ、勿論。
白のフロックコートの襟や裾にはリンファとお揃いで雪の結晶が刺繍してあって、それはもう華やかに仕上がってる。バールスレイド皇宮のお針子たち、頑張ったわね。
そしてセイレックは長髪なんだけどこの日のためにジュリはセイレックの為にバレッタをデザインした。
真珠とダイヤモンドを使ったセイレックのためのバレッタで、高く一本に結った結び目に被せて簪を挿して留めるタイプのもの。
「簪ってこの世界で通じないんだよね、だからバレッタでいいやぁ」
と、ジュリが適当に言ってたわ。
雪の結晶の柄が沢山施されて、その中心にダイヤモンド、その両脇に真珠。そして留め具となる簪にも勿論雪の結晶と真珠が揺れるデザイン。女性物に見えるけれど中性的な美男子のセイレックには全く違和感がなくてリンファもいたくお気に召した一品。
イヤーカフもお揃いの雪の結晶が施されてワンポイントにダイヤモンドが嵌め込まれていて、これもマイケルが欲しがってたわ。
ちなみに、リンファはティアラを付けている。これ、皇后のダイヤモンドが贅沢に使われているティアラ。
「貸すわ!」
ドレスを見た皇后が、これは最上級のティアラしか釣り合いとれないでしょ! と、押し付けて来たそう。
「……別にこれじゃなくてもいいんだけど」
というリンファのつぶやきは無視されたんですって。
「各テーブルもいい感じね」
「うん、立食形式になるって言われたときテーブルコーディネートにちょっと悩んだけど我ながらいい案だったわ、これは」
「花瓶もこうやって使われたら本望よね」
キリアのしみじみとしたそんな言葉に私達は笑う。
人が多いこと、そしてリンファとセイレックは参列者に挨拶をして回ること、バールスレイドでは結婚式後の晩餐会は立食が多いこと。
「テーブルを直接飾るとスペースが足りなくなるって言われて焦ったわ、流石に」
「まあねぇ、ジュリと私で考えてたのは小さなクリスマスツリーとオーナメント、ロウソクで各テーブルの中央を飾るものだったから」
「ジュリとケイティの案も捨てがたいやつだった! でもこれ見ると確かにあれは無理だわ」
そう。
立食なので、料理はもちろん飲み物やスイーツが並ぶテーブルも、ちょっと休憩できるソファーの側にあるサイドテーブルも、全てが壁際にあってスペースが最小限。だから最初の案は到底無理でどうするかと頭を悩ませた。
それを解決したのが花瓶。
会場の雰囲気を駄目にしない、真っ白で細長い花瓶を活用したの。クリスマスオーナメントを使ったフラワーアレンジメントにしたのよ。
そしてそれから派生したのが、壁掛けタイプのフラワーアレンジメント。最小限のスペースから、壁を活用したアレンジにまでなったので殺風景なところはなく実に統一感ある雰囲気に仕上がっている。
花瓶の使い方に誰もが驚いていた。
珍しく、高価で、華美な見た目の花はない。白いバラとこのバールスレイド固有種の白い葉の植物とオーナメントを使ったフラワーアレンジメントは、花瓶の上でこんもりと丸い可愛らしい形状にまとめられているからこの世界の富裕層が好む派手なアレンジメントと比べると地味に見えるかもしれない。でも、それでいいのよ。
こんなに素敵なんだから。
「これ、来年のククマットでメインで使いたいよね」
キリアは所々に置かれている白いクリスマスツリーを見て本日何度目かのその言葉を呟く。
白くて細い枝を使って、スリムなクリスマスツリーを作ったのよ。地球でも毎年増えていた場所を取らないタイプのツリーよ。
ジュリがこちらの世界の庶民ならこのクリスマスツリーの方が買いやすいと言ってたわ。確かに、と思うのは庶民の平均的な家では幅のある背の高いツリーを置けないのよ。それで今回の立食に合わせたテーブルコーディネートを模索する中で卓上のスリムクリスマスツリーのデザインも用意したらリンファが食いついたのよ、これを置いてほしいって。
それで出来たのがこれ。高さも百五十センチと低めで会場の何箇所かに置かれても圧迫感もないし邪魔にもならない。招待客たちは目線で上から下までクリスマスツリーを観察できるからか絶えず人が集まってる。
今更だけど。
懐かしさがこみ上げたわ。
このクリスマス一色の、お祝いムードに酔いしれる人たちがいる光景は、マイケルと二人で甥や姪にあげるクリスマスプレゼントを選ぶのにネットで調べたりお店で見たりした日々を思い出させる。
どこもかしこもクリスマスの飾り付けで、何処を歩いても視線に必ず入ってくるそれらを見ているだけで毎日楽しく感じたの。いつ誰のパーティーに行くのか確認したり、あの人へのプレゼントはどうしようか、ディナーのメニューはどうしようか、色んなことに頭を悩ませて、楽しかった。
「ジェイルにも、見せたかったわ……」
「え? なに?」
キリアには聞こえなかったのか、そう問いかけられたけれどジュリは聞こえていたようね。そしてその意味も理解しているみたい。
「ケイティとマイケルの思い出に残っているようなクリスマス、いつか必ず実現してみせるから。こういう飾り付けだけじゃなく、ね」
「ジュリ……」
少しだけ、感傷的になってしまう。
ダメね、リンファの結婚式なのに。
「ありがとう」
「私は自分の欲望に忠実なだけ。お礼を言われることでもないよ、思い出を再現できたら、幸せでしょ。思い出をね、色褪せさせたくないじゃない」
私達の心の底にいつもある、消えない『未練』という闇をジュリは何故か誰よりも抱えている気がしている。どうして私達よりもその闇が深く濃いのかハルトも本当の理由は分からないと以前言っていた。
それを理解しているのがなんとなく、なんとなくだけどリンファの気がしている。
自分がその立ち位置になれなかったことに少しだけ嫉妬したりもしている。
でもいいの、そんなことを言って困らせるつもりなんてないから。
だってジュリは、こうしていつも全力で私達と一緒に過去を大切にしようと、褪せないようにと模索してくれる。
「そうね、残したいわね、大切な記憶だもの」
私が噛みしめるように呟いたのを見て、ジュリは明るく笑った。
「残していこうね」
立食式の晩餐会ならぬ披露宴が終わる時間。ここでも普段の晩餐会とは違う事が取り入れられた。
本来なら、主役が退出した後招待客は好きなときに退出出来るし会場が閉鎖されるまでその場は社交場としても利用していいのだけど、リンファはその為の場所を別にした。
その場所に何かあるのではなく、強制的に退出させ移動させることに意味があるのよ。
「今日は来てくれてありがとう」
「お越しいただき誠に感謝申し上げます」
会場を出てすぐ、二人が並んでそんな感謝の言葉と共に差し出すものに全員が驚いている。
ブックマーカー (しおり)。
平たく、そして細い金属が緩やかにカーブしたもので一般的には紙のブックマーカーしかないこの世界では画期的なものよね。
先端には雪の結晶のチャームがついていて可愛いの。
それを一本一本透明フィルムで包んでリボンがかけられて、一人一本渡される。もちろん私も貰ったわ、でも透明フィルムなしでね!!
……これ、ハルトが『配るやつやりたい』と言い出したせいなのよ。ハルトはその計画が最初からあってしかも何にするのか決まっていたからあとはそれを入れる箱とリボンのデザインや色を 《ハンドメイド・ジュリ》に任せれば良かったんだけど。
「私もやりたいわ、何かいいものない?」
これが、バールスレイドの職人たちを震え上がらせたわ。ジュリがサラッと。
「ブックマーカーは? 予算上限無しなら金属の作っちゃうとか」
と言っちゃって。
紙、もしくは高い素材でも革のブックマーカーしかなかったのにいきなり金属で作れと言われ、しかも見たことない形の物を。
「シンプルな形だから難しくないと思うよ」
と、これまたサラッとジュリがね。
ククマットの職人はそれでいいわよ、あんたの無茶振りに慣れてるんだから。
なんてことがあったわ……。素材選びからする羽目になった職人たちにセイレックが何度も差し入れしていたけれど、それ正解。
そして、最後の一人が新郎新婦からの心遣いに満面の笑みを向け、改めて祝福の言葉を贈ってその場を後にするのを見届けてようやく私達の慌ただしい、責任重大な二人の友の為の結婚式の終わりを実感し、互いに満ち足りた笑顔を向けあった。
既に来年のクリスマスの事を話しだしたジュリたちに混じり談笑していた私達だけになった会場に戻ってきたリンファが私とジュリの前にドレス姿のまま小走りでやって来る。
「こらこら花嫁、はしたないわよ」
「よく走れるね、そのドレスで」
私が諌め、ジュリが笑うその正面。
「本当に、ありがとう」
急にリンファが顔を歪めて、目に涙をためて、震える声で言った。
「ありがとう、私、今、とても幸せだわ」
ポロポロと涙を零す。
「ジュリとケイティがいなかったら、私、結婚式、してなかった。頑なに、全てを拒んで、きっと、義務として、必要な儀式だけをしていた、そんな気がするの。ドレスが出来上がるのを楽しみに過ごして、準備も慌ただしくても楽しかったわ。……二人がいなかったら、こんな気持ちに、なれなかった」
泣き笑い、そんな顔のリンファの肩をセイレックがそっと抱き寄せて。
「私からも改めて……本当に、ありがとうごさいます。この人を、今日これほどの幸福に導くには私一人では不可能でした」
セイレックは穏やかな幸福に満ちた瞳でリンファを見つめる。
「リンファの幸福に、あなた達は絶対に必要です。どうかこれからも、末永く友として寄り添って頂けたらと願います」
「言われなくても、ね」
ジュリも二人を見つめながら幸せそうな笑みを浮かべた。
「そうね、頼まれなくても友達面して図々しいお願いとか一生してやるわよ」
私の言葉に泣き笑いのリンファが頷いた。
素敵な結婚式だったわね。
花嫁の顔を見れば分かるわ。
良かった、あなたの力になれて。殆どはジュリ任せだったけど (笑)。
「あ、夕焼け。めっちゃ綺麗」
ジュリが不意に窓辺に向かい、窓を開け放つ。
凍える冷気が一気に室内に流れ込むけれど、その場にいた 《ハンドメイド・ジュリ》のメンバーと私たちはジュリのように窓の外に目を向ける。
これは本当に珍しいのよ。
バールスレイドでこの時期に雲ひとつない晴天なんて年に一度あるかないか。
沈む太陽特有の朱色が大地を覆い尽くす雪を陰影と共に染め上げる。
風が吹いた。
柔らかく、穏やかで、優しく包むような暖かな風。
「……余計なお世話だわ」
複雑そうな表情でリンファが呟いた。
「でも、祝ってくれる気持ちだけは、貰っておくわ」
誰に言ったのか。
視線は、沈みゆく夕日でも朱に染まった雪景色でもなく、空に、空の更に向こうに、向けられていた。
これでようやく二組の夫婦が誕生しました。主役、まだですが(笑)!
◇年末年始の予定のおしらせ◇
28日 本編の通常更新
31日 年末スペシャル
1月1日 年始スペシャル
4日〜 本編の通常更新
となります。
年末年始スペシャルは短いお話各1話ずつとなります。スペシャルとは呼べぬ、本編に入れると一話が長くなり過ぎるのでカットした部分をなんとなく年末年始っぽくしたお話を予定していますので、両日共に覚えていたら暇つぶしにでもお読みくださいませ。




