18 * セイレック、結婚する
三日目、ハルトに引き続きリンファの結婚式です。
新郎セイレックに語ってもらいます。ちょっと長めになりました。
雪が止み、晴天。
永久凍土が三分の一を占める、大陸最北の、大陸最大の国土を誇るバールスレイドでこの季節に雪が止み晴天になることは極めて珍しい。
雪が降らなくても毎日厚い雲が立ち込め、それだけで『今日は天気がいい』と言うのがバールスレイドの冬。
リンファは徐に椅子から立ち上がり窓を開け放つとバルコニーに出た。こんもりと積もる雪を気にも留めず彼女、いや妻はバルコニーの中央に立つと空を見上げた。
「リンファ、冷えますよ」
肩にストールを掛けてあげたが、じっと空を見上げたまま、微動だにしない。
「リンファ?」
問いかけて我に返った顔をしたリンファから向けられたのは、苦笑だった。
「今更だわ」
「え?」
「祝福のつもりかしら」
「……この晴天が、ですか?」
それには答えず、再びリンファは空を見上げた。
「凄い、壮観」
自分で全てを監督しておいて、何故かジュリが真顔で言ったのでつい私は笑ってしまった。
「太陽の光を浴びて輝いているな……これは予想外の効果だ」
こっちも似たような真顔で辺りを見渡している。あなたもコーディネートしてましたよね、グレイセル。
「はー、最高のシチュエーションじゃない!」
ケイティは高揚した様子で腕を組み仁王立ち。
バールスレイドの外宮にある、バールスレイド最大にして最古の主神殿の中はホワイトクリスマスをテーマにした飾り付けがされている。最終チェックのために早朝からここに来てくれている三人は、奇跡のような晴天による相乗効果に驚きを隠せない。
かくいう私も驚いた。
白と銀、そして水色と金が差し色に使われたクリスマスオーナメントを中心に、クリスマスに欠かせないという柊とポインセチアという花も布や針金、そして白木を駆使して作られ、それらにはラデンモドキのラメというものが振りかけられたりして、ランプの光を浴びてキラキラと輝くように飾られている。しかし、ランプが不要なほど、窓から差し込む太陽光で輝いていた。
永久凍土の汚れなき白銀の世界に太陽が降り注ぐような、清廉さの際立つ輝き。
「礼皇に相応しい式になりそうだね」
「ええ、本当に。これもジュリたちが全面協力してくれたお陰です、改めて感謝します」
私からの言葉を満足気に受け止めたジュリだったが。
「うん、まあ、私達よりバールスレイドの人達がね、大変だったからね」
彼女の言葉に、私とグレイセルとケイティはキュッと口を結ぶ。
そもそも、クリスマスというものを知らなかった私達に対し。
「それなら勉強すればいいわ」
と、笑顔で言ったのがリンファ。この日のために積極的に関わっていた関係者や晩餐会の会場準備を任せられた者たちはジュリやケイティたちから一から教わる事が出来、しかも都度確認をすることが可能だったのでクリスマスとはなにか、それをテーマにしたクリスマスウェディングとはどういうものか、リンファが望む、それを叶えるジュリがどう計画していくのかを見ることで自然と身に付けることが出来たのだが、悲惨だったのはリンファが伝統的な結婚式をしないことに難色を示した人たち。
「いいからクリスマスについて勉強しろ」
と、高圧的に、いやあれは脅迫だった。せめて伝統ある挙式だけでも国としてやらせて欲しいと最後まで粘った皇帝にすら、例の見た目からして明らかに危険なポーションを目の前に並べて黙らせた。お陰で年末に向けて忙しくなる時期に、皇宮に住まう全ての人々と務める人々がクリスマスについて勉強させられた挙げ句、私達の結婚式に駆り出された。
準備の期間が短かった事もあり、ピリピリした雰囲気が続いたのにはケイティも少なからず影響を与えていた。
「手抜きや誤魔化ししたら、わかるわよね?」
と、狙った者は必ず射抜くという弓矢を片手にこちらも脅迫したので、流石にジュリが。
「なんかもう可哀想になってきた」
と真顔で言うほどには、緊張を強いられての準備だった。おかげで脅した側のケイティも途中からやりすぎたかな? と思ったらしい。会場の飾り付けに合格を出された時会場の責任者がジュリの目の前で安堵と達成感から泣き崩れた程。
「ちょっと、可哀想だったわ、やりすぎたわね、反省してる」
「まあねぇ、準備期間が短かったから、仕方ないよ」
肩を竦めるケイティに、苦笑するジュリ。
「リンファは満足そうでしたよ、やればできるじゃない、と」
「……流石だわ」
「リンファだから、ね」
ケイティも、ジュリも、そんな達観した顔をしないで欲しい。
「やっぱり白にして正解だったね?」
私を見て、ジュリが笑顔だ。
「ええ、最初抵抗がありましたがいざリンファのドレスを見て、そして衣装合わせをしたら白にして良かったと思います」
リンファが異世界の花嫁衣装なら、当然私も合わせるべきだとジュリから提案され見せられた衣装の色が白だと聞かされてから後日、仮縫いでの衣装合わせの時、リンファと共に鏡の前に立って思った。
ああ、なんて綺麗なんだろう。
これほど綺麗な彼女の隣に立つには、確かに私も白でなければ。
そう、強く感じたのだ。
「リンファのドレスはね、ロングトレーンドレスといって地球でも王室の人たちが身にまとう婚礼衣装だったからとても壮麗で華やかなんだよね。リンファは背が高めでしかもスタイル抜群だから絶対に似合うわけ。勿論、礼皇としての清廉さとか高潔さの象徴を損なわないために挙式のときにはバールスレイドの正装のように腕を出したりしないよう上着でカバーするし、晩餐会ではリンファの好きに選べるようにもしてあるからセイレックさんのも合わせて白にして正解でしょ?」
「ジュリの言葉に従って正解でした。ハルト様のように黒にしていたらちょっと浮いていたかもしれません」
「ハルトは白が恥ずかしいからっていうのと、ほっこり温かみのある結婚式がテーマになってたから黒でも遊び心を加えることで華やかに出来たけどリンファとセイレックさんの場合遊び心よりも統一感を重視したら必然的に白になっちゃった。参列者は色とりどりの正装だけど、神殿、晩餐会会場はリンファの希望でホワイトクリスマスがテーマ、この白がメインの飾り付けに白のドレスやフロックコートが馴染んでぼやけると思ったら間違い。新郎新婦の白は調和して主役だと主張してくれるの」
「本当にそうですね、グレイセルからもジュリとケイティに任せれば問題ないと言われましたが、本当に任せて良かった、今では白以外ではリンファの隣に立つことは考えられません」
「そうだろう?」
飾り付けが気になるのか隅々まで見渡していたグレイセルか不意に振り向き柔らかな笑みを向けてきた。
「これを機に白が主流になるかどうかは別として、それでも白を取り入れたいと思う者は一定数出てくるだろう、そして統一感があることが如何に素晴らしいかということも知られる事になる。見栄のために高価な物を飾るよりテーマを決めることで洗練されるとな」
本来、この神殿で身分の高い者が結婚式をする時高い天井から家紋の入った天幕を垂らしたり、身分の高さを示すための高価な燭台をいくつも並べ、そして当日までに届く各方面からの祝品を並べたりするのだが、それを全て取りやめた。
そして、出来たのがこれだ。
高い天井、無駄のない飾り付け。広々とした空間は白を基調とした飾り付けによってどこまでも清廉で、上品。
花瓶を使わず飾られた花々が、その清廉で上品な空間の主役だが決して華美となることはなくあくまでも上品であることから脱しない。
グレイセルの言ったように、これが『洗練』ということなのだろう。
「あ、セイレックさん、時間大丈夫?」
「私は大丈夫ですよ、正直着替えるだけなので。リンファが今では戦場の真っ只中でされるがままにジッとしているでしょうが」
「ま、それは花嫁の宿命よね、ヘアメイクだけでも髪結い師がこちらの指定から一ミリもズレないようピリピリしながらやってるだろうし」
「流石のリンファも『大人しくしてるわ』と言ってました、リンファのドレスや化粧など担当する者たちの気迫と興奮が凄くてこちらが身を引いてしまいそうでしたから」
「あぁぁ、リンファは飾りがいがあるからね。とことん追求してとことん美しく仕上げたいって気持ちになるんじゃない?」
「のようですね、ここ最近は髪結師、化粧師、そしてネイリストなどに張り付かれてました。僅かな変化も見逃さないようにという理由ですが、先日人差し指の爪がほんの少し欠けてたんですよ、そうしたらネイリストのミツェンがそれを見て『リンファ様の爪がァァァァ』と打ちひしがれて涙流しまして」
「ミツェンちゃん、しっかりネイルの沼にはまってくれたね……」
「ええ、泣きながらリンファの爪を必死に整える姿にリンファは勿論皆がちょっと引いていましたよ。ポーション作りの時に欠けたらしく、『結婚式までお願いですからポーション作りしないでください』と涙と鼻水垂れ流しながら言われたので大人しくしてました」
「それは僥倖、あのヤバすぎるポーションが量産されずに済んでるんだから」
「……いりませんか?」
「え?」
「『なんだか気分が乗ってきた』とアレ、ある日大量に作っていたんですよ、なにやらおかしな気配も出ているので保管庫から出せないし、近くにおいておきたくないんですよ、タダであげるので一人五本ずつでも持って帰っ―――」
「「「いらない」」」
言い終える前に断られた。
神殿の外の大きな鐘が鳴らされた。
挙式の始まりの合図。
私はその美しき花嫁の手をそっと握り、一歩前へ出る。
「綺麗です、リンファ」
そう声を掛ければ、柔らかな笑みをたたえる。
「ありがとう、セイレックも素敵よ」
「ありがとう」
レースの手袋越しに、その指にキスを落とす。
「お時間です、リンファ様、セイレック様」
扉を開ける係の者が時計を見て、緊張した面持ちでそう告げる。
「君もありがとう」
「えっ?」
「この日のために何度も打ち合わせに出席したのだろう? 君たちの誰か一人でも欠けていたらこんなにも穏やかな気持ちで今日を迎えることはなかった」
「そうね、本当にありがとう。みんなも、ありがとう。こうして無事今日を迎えられたこと、心から感謝するわ」
私達からの予想だにしなかった労いと感謝に、この日のために用意された衣装を纏った兵士が、そしてリンファに声をかけられた周囲の者たちが、ぐっと唇を噛んだり、感極まった顔をする。
「恐縮ですっ、そして、おめでとうございます」
扉に手を掛け、兵士は小さな声で祝福をしてくれた。
ほう、と感嘆の息がとこからともなく聞こえたのは、扉が開き私が彼女の手をとり歩き出した時だ。
ス、ス……と衣擦れの音がリンファから聞こえる。
最北の国らしく、礼皇らしく、とジュリから見せられたデザイン画に私とリンファは暫く声が出せぬほど驚かされ、そして感動させられたあの日を思い出す。
「歩いた後に雪が舞う、そんなイメージ。雪の結晶のデザインはハルトにも協力してもらって三十種類あるよ、それが裾に向かってどんどん増えていくように刺繍してもらって、遠目にみると、白から銀のグラデーションに見えるようになるはず。とことん贅沢に、でも上品にを追求するために本物の白金とダイヤモンドも散りばめる。上に羽織る礼皇のローブは絶対に外せないっていうなら、それもドレスに負けない、でもちゃんと調和するように何とかデザインを調整してみるよ」
そうして、今リンファがドレスの上に纏っているローブが出来上がった。
このドレスにあの長く重苦しいローブを着てしまったら如何に白でもその見栄えは重苦しく野暮ったくなるのではと思っていたのに。
「白銀の、王女様みたい……」
参列者の一人の少女が目を輝かせリンファを食い入るように見つめながらそう言った。
ローブ・デコルテという襟元が取り入れられた独特のデザインになったローブだ。幅広の襟には礼皇の証である紋章が首の後ろ側に刺繍されたことで、胸より上に必ず紋章を入れた物を身に着けなくてはならない、という決まりを見事クリアしていた。本来なら肩から足首までストンと落ちたような見た目になるローブだが、ジュリは完全にリンファの体とドレスの形に合わせてウエストが強調され裾に向かい広がる形にしてしまった。更にはそれを薄い布で作ったのだ。だがこれも神聖なる主神殿で腕や足を出してはならない、という問題を見事クリアし大神官長や皇室の方々を唸らせた。軽やかな布にも関わらず、裾に向かって増える極小の雪の結晶がドレスの白と銀のグラデーションに馴染むよう計算しつくされた刺繍がなされていることで適度な重さが生まれ、不必要になびくこともなく、ドレスとの調和が取れている。
白銀の貴婦人。
後に妻はそう呼ばれていくことになる。
それはこのローブとドレスを纏った正にこの日、誰かが言った事が始まりとなる。
太陽の光が窓から差し込む。
リンファが一歩、一歩と進むたび、雪の結晶と白金、ダイヤモンドがキラキラと白い光を放つ。
(ああ、なんて美しい人だろう)
この輝きに決して埋もれない、負けない美しき人。
色々ありましたね、ここまで来るまでに。
あなたは手の届かない人だと諦めていた。
あなたから想いを告げられてどれほど苦しんだか。
そして、あなたが、追い詰められていると気づいてやれなかった己の愚かさをどれほど嘆いたか。
でも。
今、こうして共に。
未来に共に向かう。
全てはこの日のために、必要な事だったと今なら思える。
もう、あんな思いはさせない。
厳かな式が終わり、主神殿を出たあと側の控室に入った瞬間、リンファが大きく息を吐き出した。
「終わったわねぇ」
安堵からか、少しだけわざとらしい疲れたような素振りを見せたので、控えていた髪結い師や衣装係の侍女達が笑う。
「この後少しの休憩を挟んで『披露宴』です、それまでにドレスを緩めてお休みになられますか?」
「緩めたら着れなくなりそうね、それは止めておくわ。口を潤すだけにするからお水だけ持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
一礼した侍女によろしくねと声を掛けるとすぐそばのソファーにドサリとリンファは座る。
その隣に私も腰掛けると彼女は僅かに寄りかかって来た。
「セイレックは余裕そう」
「あなたと違い衣装も動きやすいですしね。準備の時間もリンファの十分の一にも満たなかったですから。ケイティが言ってましたよ、花嫁は忍耐の一日だって」
「あぁぁぁ、本当にそれ。お腹が出ちゃうから食事も極力控えているし、型崩れが怖くてお淑やかに振る舞わなきゃだし、花嫁って大変」
「披露宴が終わったら好きなだけ食べて下さい、披露宴で出される料理を終わった後にここへ全て用意してくれるそうですよ」
「ほんとに?!」
「ええ、ジュリがそのように手配してくれたそうです。ジュリのいた国の披露宴では新郎新婦は殆ど料理に手を付けられないから後でゆっくり食べれるようにしてくれるところもあるらしく、私達の披露宴のスケジュールを見てそうするべきと判断したようです」
「ジュリには本当に感謝ね、コーディネート料だけじゃ足りないわ、上乗せしないと」
「そうですね、そうしましょう」
「それと私の作ったポーションも箱であげてもいいわね」
「それは止めてあげてください、全力で拒否されるし押し付けても送り返されます」
「いつも思うけどどうして拒否られるのかしら?」
「……国宝級の、あなたしか作れないポーションを箱で貰っても困りますよ、誰だって」
「???あれば便利じゃない、備えあれば憂いなしって言うでしょ」
「そういう類いのものではないですからね、リンファの作るものは。一本出回っただけでそれを巡って争いが起きかねない代物です」
そんな会話を聞いた侍女たちが笑った。
自然と私達も笑みが溢れる。
「じゃあ、マイケルと合作の魔法陣」
「頼むから世の中に出せない代物を人にあげようとしないでくれますか」
また、笑った。
溢れる笑みは、幸福が滲む。
今日はまだ終わらない。
この笑顔と幸福は、披露宴にも繋がっている。
もちろん、未来にも。
「ポーションも魔法陣もダメなら邪魔な人を消してあげるっていうのは?」
……グレイセルと同じ思考ですよ、それ。
提案しないでくださいよ、ジュリがキレるだけですから。
リンファのドレスに雪の結晶は大分前から決まっていたのですが、そこにダイヤモンドとか白金を使うというのは割と最近加筆した部分です。キラキラさせるために魔法組み込んじゃおうかな、とも考えたのですが『予算上限無しならやりたい!』とジュリが言いそうだったこと、何より魔法に頼らず何とかしてみせる!と意気込みを見せるだろうと思いまして。
実際にこのドレス、作ったらいくらになるんでしょうか。そもそも最上級の布、細やかで計算し尽くされたデザインの刺繍、そこにダイヤモンドと白金。地球なら警備員が周囲に配置されること間違いなしの代物です。




