18 * ハルト、結婚する
予定通り本日よりクリスマス企画の四日連続更新です。
まずは一話目、ハルトの結婚式です。ハルト自身に語ってもらいます。
柄にもなく、緊張している。
夕べ一睡もできなかった。
朝食の味が全く分からなかった。
「ウケる、ハルトの顔!! 緊張してますって顔に書いてある感じ! あはははは、ひきつってるけど大丈夫?! マジでウケる!!」
ジュリがゲラゲラ笑いやがった。
「……お前、大丈夫か? リードするのはお前だぞ? ルフィナにリードさせるなよ」
グレイは憐れみの目で見てくる。
「てゆーか、その顔フロックコートの正装に合わないから何とかしなさいよ」
ケイティは鼻で笑ったぞ。
「まあ、ハルトだから」
リンファ、俺に全く興味なし!
「そうだね、ハルトだし」
マイケルが冷たい!
クリスマス。
結婚式はどうしようかと話し合っていたとき、冬になるとルフィナも仕事が比較的落ち着く時期だし、ロビエラムの魔物の発生も落ち着く時期だ。なら冬がいいなとなって日取りを決めようとしていた時、ルフィナが言ったんだ。
「クリスマスに結婚式をしちゃだめなの? 楽しそうじゃない?」
天啓だった、マジで。
クリスマスウェディングってやつだ。
いいじゃん!!
リンファと被ったと知ったときは焦ったけど日付ずらせばいいと纏まって良かった良かった。ジュリとケイティは遠い目をしてたけどな。ありがとう友よ!!
と、最近まで呑気に思ってた。うん、浮かれてた。まさか前日からこんなに緊張するとは!!
吐きそう、もう、吐きそうです……。
俺だけ? 世の中の男性陣よ、この緊張はどうやって解すんだ、教えて。
人によって信仰する神が違う。だからこっちの結婚は互いの崇める神の像を並べた前で神官から祝福の言葉をもらいそのあと二人で結婚の誓いをする。神官と対話することはほとんどなくて、わりとあっさり終わるのがこっちの結婚式だ。そして教会に入るとき、新郎新婦が共に入る。花嫁が父親や介添え人と一緒にバージンロードを歩く習慣がないからな。その時、腕を組むんじゃなく新郎が新婦の一歩前を手を取って神官の前まで歩く、つまり、リードして歩く。
なにそれ、スッゴいプレッシャー。
ドラゴン同時に三体倒さないと国が滅ぶから何とかしてくれっていう依頼よりプレッシャー。
でも。
「さあ、花嫁の支度も終わったよ!」
「ほーら! 今日の主役のお出まし! なんて綺麗だろうね!」
「あんまりにも綺麗で神様が連れてっちゃうかもよ。ちゃんと捕まえとかないとね」
フィン、デリア、そしてキリアが控え室の扉を開けて入って来た。
「足元、気をつけてね」
キリアに手を取られながらゆっくりと姿を現したルフィナ。
可愛い、俺の彼女、いや、奥さん、超可愛い。
なにこれ、可愛い、ホントに。
新妻、最高!!
ジュリがルフィナのドレスについて説明し始めた。
「エンパイアラインっていってね、胸の下に切り替えがあって、そこから下に向かってストンと落ちるようなデザインになってるでしょ。ロビエラムの一部の地域でこれに似た民族衣装があって、ルフィナからそれを取り入れられないか相談されたときその民族衣装見てピンときてこれに決まったの。で、肩や腕を出すのに抵抗があるっていうから上半身も一工夫してあるよ。ドレス生地と同じじゃ重たく見えちゃうからビスチェスタイルにしちゃって、その上にレースを被せて素肌感を緩和。襟はボートネック、袖はパゴダスリーブっていう形なんだけどレースの透け感のおかげで軽く見えるよね。で、エンパイアラインは形の特性から他の形に比べてボリュームがない分地味に見られがちだけどそこはスカートにドレープを効かせてさらに贅沢にアシンメトリーな刺繍を施すことでインパクトを与えて、肩から後ろにドレスの裾より長いトレーンを付けることでベールのようにも見えるしこれもオーガンジーに刺繍を施してあるから後ろに流れる見た目が綺麗で豪華でしょ?」
うん、なんか物凄く説明してる。
そんなのはどうでもいい!!
可愛いものは可愛い!!
「ジュリの話を聞け、お前の結婚式のしかも主役の話だろうが」
腹が立つほど長い足でグレイが回し蹴りを繰り出してきた。
「「「「「「あ」」」」」」
思いっきり、腹に……。そして、なんで皆『あ』って言っただけ?
「緊張解れた?」
「ルフィナ見て気持ち悪くなったの消えた?」
「良かった良かった」
なんでそうなる……。
「顔じゃなくて良かったね、お腹なら見えないよ」
ルフィナ、そういう問題じゃ……。
「ちなみにハルトが着てるのはフロックコート。白が恥ずかしいというハルトのためにちょっと工夫したからね」
俺が腹を抱えてうずくまる中、ジュリも俺を無視して説明を始める。
「至って定番のフロックコートなんだけど、クリスマスってことであえて袖や襟に金糸と赤と緑の糸で刺繍入れてみたの。ルフィナのブーケがクリスマスカラーだからね、それと統一感を出すために。て、ハルト聞いてる?」
挙式は恙無く済み、一気に肩の力が抜ける。途中俺と目が合ったグレイが笑いをこらえていた、後で覚えてろ、回し蹴りのお返し含めてやり返す。
ちなみに俺の守護神【全の神】は至高神、人が信仰してはならない唯一の神だ。なのでこの世界に【全の神】の像などは存在しない。俗にいう創造神に当たり、全ての神の誕生に関わった崇高なる全能の存在だから人間ごときが崇めるなど烏滸がましい、とかなんとか伝承やら古くからの習慣がある。いや、そんなに崇高じゃないけどな? 他の神にボコられ、尻に敷かれ、危機管理全くなってないヤバい神だけどな? そんなご大層な奴じゃないから像を作っても、と思って依頼しようとしたら。
「頭おかしい?」
って、全員に全否定のゴミでも見るような目で見られたからやめた。
なので、ルフィナの信仰する【調の神】だけになった。
神殿は屋敷の近所の小さな所だ。神官長は馴染みの爺さんでここで式を挙げたいと言ったら返事一つで快諾してくれた。
「……『くりすます』の、飾り付け、とは、なんぞ?」
だよね、そっからだよね、という基本の説明から理想の結婚式のための準備の説明だけでそこそこ時間がかかったのは仕方ない。
クリスマスウェディングのためにジュリを筆頭にククマットの人たちが用意してくれた神殿の飾りは想像より少なくて最初は寂しくないか? って思った。
「古き良き木造の神殿だ、それを活かすのとルフィナのドレスが映えるようにと考えたときにお前が希望した赤と緑を基調としたクリスマスコーディネートではその色が主役になってしまう可能性があるとジュリに言われてな。だから神殿内の飾りは参列者の長椅子、ランプ、祭壇だけに留めたんだ。金のリボンをアクセントに多めに使って明るさを取り入れてあるから地味ではないだろう?」
そう、神殿のコーディネートをしたのはグレイ。何なのお前、いつからこの絶妙な感じにできるようになってたの。マジでルフィナがちゃんと主役で一番映えてたよ。神官たちが神殿内見渡して盛り上がるくらいに評判良かったよ。
「……」
無言でニヤリとされた。腹立つ。
緑と赤のオーナメントは白や金で模様が描かれていて、それらが柊やポインセチアに似たこっちの世界の花と合わせてブーケのようになったものが長椅子に飾られて祭壇やランプはそれぞれのサイズに合わせ縁取りやリースのように同じ飾りがされていた。グレイの言ったように金のリボンがクルクルっとなったものや結ばれたものが所々にあしらわれていて、いいリボンを使ってくれたんだろうな、キラキラしていて確かに明るく感じさせてくれた。
「この飾りこのままもらっても良いかの?」
「ええどうぞ、冬の飾りとしてこれからも是非使用してください」
「あれ、てっきり終わったら回収してくのかと」
「どうせ支払いはお前だ」
「え、なんか勝手にオーナメントの買い取りが確定してね?」
「寄贈だ、寄付と同じだろう。恙なく式を執り行って下さった神官長殿への感謝だと思え」
「この神殿に結構寄付してるけど」
「善行に上限や終わりというのはなくていいんだぞ、やれるときにやる、そういう心構えが大事だ」
「そうだぞハルト殿、寄贈寄付、わしは全て受け入れる」
グレイ、良いこと言った的などや顔すんな。神官長、開き直ってんじゃねえよ。
さて、式が終わり束の間の休息の後。今度はルフィナがド緊張している。緊張というか、これは怯えているというか。
「みんなの目が怖い……」
ブーケトス。
この意味を聞いた未婚のルフィナの知人や店の見習いお針子、式にもこの後の晩餐会にも出席しない近所の女たちが集まっている。その数なんと三十人超え。
ブーケトスは壮絶な取り合いになるとぼろぼろになるはず、とジュリがその対策にトス用にもう一つブーケを用意してくれた。ラッピングフィルムのレイス君で覆ってあって、ルフィナが放りやすいよう、女たちが取りやすいよう、外側に持ちやすいように布を巻き、リボンが結んである。クリスマスらしい赤い花と緑の葉に金のリボンやオーナメントがちりばめられた特製ブーケだ。
じりじりと迫りくる女たち。
顔が引きつるルフィナ。
小さな神殿で階段がないのでこの日のために用意されたお立ち台の上で固まるルフィナとこっちに投げろと無言の圧をかける女たち。シン、と静まり返ってる。あれ、ブーケトスってこういうもの?
「こんなに殺伐としているのは初めて見るわね」
ケイティに『結婚式で殺伐とか言うのやめて』とジュリが突っ込んでた。
「後ろ向いて投げなさい、そしたら見えないしどこに飛ぶかわからないから責められることはないわよ」
ケイティのありがたいアドバイスに激しめに頷いたルフィナ。
「な、投げるよ」
若干弱弱しい声でそう宣言して。
そして。
ぽいっ!! と。
おお、飛んだ、良い感じに弧を描いて飛んだ。必死な形相の女たちは視界に入れず、ブーケの行先だけを見る。
え?
「……え?」
女たちが伸ばした手の上を越えて、ブーケはガサっと音を立て、まったく取る気がなかったかのような両手が胸の辺りにある女が目を丸くして自分の手に落ちてきたブーケを眺めている。若干バツの悪そうな顔をしたその女は、リンファ。
「……えっと、見学するだけのつもりで、その、まさかルフィナがここまで飛ばせるとは思わなくて、あの、その……なんかごめんなさい」
微妙な空気が流れた。
「あー、ブーケではございませんが本日の二人の門出を祝うこの場にお越しいただきました皆様にはささやかではございますが新郎新婦よりお心遣いがございますのでどうぞお受け取りください」
突然ジュリがその空気を変える大きな声でそんなことを言った。待ってましたと言わんばかりにキリアとフィンがサッとかごを抱えて前に出る。
「ほら、配って!」
こそっとキリアに耳打ちされて手渡しされたのは、ラッピングフィルムことレイス君に包まれリボンがかけられたものだ。
「こういう時のために用意しておいたのよ」
白地に赤と緑のクリスマス柄の刺繍がされたハンカチだった。
「あたしに感謝しな!」
自慢げに感謝を要求してきたのはナオだ。
「おばちゃんトリオ大活躍よ、これを思いついたときも時間的に無理で諦めようとしてたらナオがあたしならやれるってやってくれてね」
「おお、マジで?」
「ジュリが一週間前に『早く気づけば』って悔しそうにしててね、商長にそんな顔させちゃあ重役なんて言えないじゃないか」
ん?
一週間前?
必死な顔した女たちに配るハンカチは、相当な枚数あるけど……。
「凄いでしょ、おばちゃんトリオに直々に指導されてキャリアの長くなった人の中で刺繍も得意な二人とナオだけでハンカチ百五十枚への刺繍を五日でしちゃうんだよ」
「……それで【スキル】【称号】ねえんだよな?」
「ないね、電動ミシンをちょっと遅くした手縫いの刺繍って……引くよね。編み物の恩恵だけじゃないんだね、ってこっちが驚いたから」
「お前の恩恵凄えな」
「ホントにね」
「恩恵様々だね。急遽作ったから割増料金発生したよ、よろしくね」
俺とジュリの間に割り込むようにしてとんでもなくいい笑顔のナオがそう言った。
「安心しろ、金を持ってるから払ってくれる」
なんでグレイがそこで答える。
「えー、この刺繍素敵ー! 余ったのはもちろん買い取りますけど追加でお願い出来ますか? うちのお店の常連のお客様からもお祝い頂いたりしてるのでお礼のメッセージカードに一緒に添えたいです! 勿論そちらの言い値でかまいませんから」
「任せときな!」
ルフィナとナオが握手。
ま、いいか。ルフィナが楽しそうだ、幸せそうだ。
「このハンカチ持ってれば幸せに……」
「花嫁の幸せがお裾分けでもらえるんじゃない?」
「あの二人からの物なら絶対に運を上げてくれるわ」
「祭壇に、一度捧げて祈ったら持ち歩くわ」
何やら未婚の女たちの声が。
いや、申し訳ない、ジュリとキリアが作った魔物素材ものじゃねぇし恩恵発動しねぇから。それめっちゃ普通のハンカチ。
その時。
フワリ。
「あ、雪」
「お、雪だ」
その場にいた全員が空を見上げる。あいにくのどんより空模様も、雪なら悪くない。
ホワイトクリスマス。
ハンカチを配り終えたのを見計らい、グレイが誰かに合図として手を上げるような仕草をした。
神殿の鐘が鳴り響く。鐘を鳴らす合図だったんだな。
「ハルト、ルフィナ、おめでとう!!」
ジュリのその祝福を皮切りに、皆からの祝福が浴びせられる。
自然と顔が綻ぶ。ルフィナと目があった。
満面の笑みを浮かべ合った。
「さあ、寒いからもう移動しよう」
さり気なくそっとメルサから渡された、真っ白で柔らかなポンチョ。大きめの真っ白な穀潰しが裾に連なって縫い付けられたこの日のための新作ウェディングドレス用のポンチョだ。ポコポコと丸みのある毛皮が連なる所が不思議と雪も連想させてこの季節らしい最高の羽織物。ルフィナの前でそれをふわりと広げ、肩から包むように掛けると驚いて、でもすぐに破顔した。
幸せに満ちたこの時間は、まだ続くぞ。
さあ、この後は。
晩餐会もとい披露宴!!
ドレスについて色々な単語出てきましたが気になる方はどういうものなのか調べてみるのも良いかと思います。
このあとリンファも控えているので飾り付けなどについても全体的に省略しています。なので皆様、ご想像でなんとか雰囲気察して頂けると助かります。詰め込み過ぎました、反省‥‥‥。
明日は披露宴編、ジュリが語りますー。




