18 * 皆がバタバタしてる時期なのよ
前回の公爵の話から一転、新章は明るい話題の前フリからどうぞ。
先日侯爵家で侯爵様たちの結婚三十五周年祝と額縁披露が行われ、額縁が大好評だったことや私とグレイの婚約、そしてグレイの叙爵決定にお祝いの言葉を沢山貰えたと聞かされホッとした最中。
私の所にやって来た身なりのよい、魔導師さん二人から分厚い紙の束を受け取りペラペラめくる。少し時間がかかるので二人には待ってもらう間お茶を出しているけれど、少し落ち着かない様子なのはいつものことね。
リンファから『その依頼』をされたのは侯爵家の額縁の制作が本格的に始まった頃。
「期間が短くてごめんね」
「大丈夫大丈夫、事前にこうして必要な情報を纏めて来てくれたからスムーズに進められると思うよ」
「そう言ってくれるとありがたいわ」
リンファが肩を竦め申し訳ない、そんな顔をして笑みを浮かべた。
結婚式のプロデュース。
私がお節介を言う前に彼女からは出来ればして欲しいと兼ねてから言われていて、正式に依頼されたのが額縁の材料が揃った翌日くらいだった。
「オッケー! 任せて!!」
と、軽々しく受けた私の隣でグレイが。
「期間が……。ブラックまっしぐらではないか?」
と呟いてたけどね!
やりたいからやる!!
そう、それはブラックではない、断じて。
リンファは大陸の北、大国バールスレイド皇国で皇族に匹敵する地位にいる。
だから本来彼女の結婚となると国が取り仕切るのだろうけど。
「色々混ぜたら変なポーションが出来たの、飲んでみる?」
ドス黒い不気味な煙が立ち上る、ボコボコと気泡が発生する、緑と紫と茶色と黒と赤が混ざることなく何故か流動的にマーブル状に蠢く謎のポーションを手にそんなことを言いながら、バールスレイドの人々を黙らせたらしい。
「……ヤベェ」
見せられたハルトは【スキル】でそれを解析後、一言放って彼女から数メートル離れたのを見て私達は察した。
あ、マジでやばいヤツね、と。
なんで、そこまでしてリンファが私に拘ったのか。
「ダサいからでしょ」
サラッと毒を吐いたのはケイティ。
「私ロビエラムの王女の結婚式にハルト繋がりで呼ばれたことがあるけど、酷いのよ? 豪華絢爛にしたいがために統一性のない鮮やかな花をこれまた華美で大きい花瓶にこれでもかって活けて、それが会場にいくつも。これだけの花を用意できるんだぞ、っていうのを見せたいのもあるんだろうけどあれは無いわぁ。テーブルに置かれる燭台なんてドラゴンよ? ゴツいキンキラのドラゴン。それのどこに結婚式の清廉さとかを見い出せって言うのよ、あれならコップに蝋燭立てるだけで良いわね。王族の結婚って軒並みそういうものらしいわ」
それに一つも反論することなくリンファが頷いていたから、本当なんだね。
「しかもウェディングドレスじゃないんだから」
ケイティの、一言。
「は?」
間抜けな声が出てしまった。
「ドレスではあるんだけど、所謂正装と呼ばれるもので結婚する時に着る専用のドレスというのはないのよ」
はぁ?!
と、なりまして。
そう、『ウェディングドレス』という単語が自動翻訳でバグる。存在しないものなの。
貴族や王族は常に身なりを気にするし身なりを整えてこその地位。そんな彼らは場に合わせた相応しい装いがいくつもある。冠婚葬祭はもちろん、茶会、夜会、晩餐会などなど。規模や目的に合わせて着るものにランクがあるんだけど、宝飾品の数と金額の意味が極めて大きい。つまり色や形に決まりやルールが、ない。
あるのは葬儀で黒や紺、濃いめの灰色、茶色を身につけるのが望ましいというのと国主催の式典に出席する場合は正装の最高ランクとされる白地の装いという二つのみ。その二つだって、葬儀で明るい雰囲気じゃなければ実は何でもいいみたいだし、最高ランクの白地の装いだって刺繍や裏地で色を使っていて問題ないし形も自由だって。
これには軽くショックを受けたわ!
いや、だってさ、国や文化は違えど日本には白無垢、海外ならば白のウェディングドレスがあって、カラードレスや色打掛などもあった。むしろ全く統一感がないっていう国は極めて少ないんじゃないかな?文化や風習に則った婚礼衣装は世界中にあったと思う。
「ないの?!」
「ないわ。形も色も自由。民族衣装があってもそれを結婚式の為に着るっていう地域は少数派よ。だから富裕層の結婚式は殆ど華美であれ、豪華であれが基本になってるのよ」
「えぇ……」
リンファが私を頼って来た理由はそこ。
「見る? 礼皇が着る衣装」
ニコニコとした笑顔が怖いリンファに見せられた国がリンファにこれを着て結婚式をするものですと提示した絵を見て。
二度見した。
「ドレスじゃないじゃん」
「そう、ドレスでもないのよ礼皇になると。皇族の正装なのよこれ」
「お、おぉぉぉ……」
変な声が出てしまうその、衣装。
ラノベでこれが出てきたら、聖女とか大神官とか着てそうなやつ。所謂ローブと呼ばれるものに、仰々しいマントまで? そして地位を表す杖?
「コレ何? 帽子? 烏帽子みたいなの」
「バールスレイドの皇族はこれが最高正装なのよ」
「ドレスじゃないし、しかも、色……」
「ふざけてるでしょ?」
いや、ふざけてはないですよ、正装なんでしょ?
ドレスじゃないうえに、色が。
紫に金。
まあ、紫って高貴な色ではあるのよ、うん、それは知ってたけども。
「ね? 骨も残らず溶かしてしまう毒を飲ませたくなるでしょ?」
あ、あの超怖いポーションはそういう……。
「セイレックのご家族と親しい人たちだけを招いた結婚式が希望だったけど立場上呼ばなければならない人は少なくないから……ジミ婚は出来ない、望まないドレスや飾り付けは嫌、となるとジュリを頼るしかなかったのよ」
彼女なりの葛藤を垣間見た。なんだかんだ言いつつバールスレイドで生きると決めた彼女なりに皇帝に対しての譲歩をしていると分かるのは、会場は皇帝から指定された場所であること、結婚式の参列者に皇帝含めて数人の皇族が含まれていること、ウェディングドレスの制作は皇室お抱えのお針子さんたちであること。今までの経緯を思うと本当はそれらも彼女は拒否したかったはず。
「できる事は、させてもらうわよ」
「ありがとう」
折り合いをつけて、互いに譲って。それでここまで来たなら、それを無駄に、駄目にするようなことはしたくないからね。
「ジュリのコーディネートに文句一つでも付けたら飲ませると脅してあるから自由にしてくれて大丈夫よ」
あ、はい、了解っす。
で、日取りが。
クリスマス。
こりゃケイティだけでなくフィンとキリアにも手伝ってもらわねばとなりまして。
ククマットのクリスマスシーズンに向けて動くつもりだったけど今年はローツさん中心でククマットのクリスマス市を企画してもらうとかおばちゃんトリオに《レースのフィン》を任せその補佐に彼女たちに鍛えられた人たちを付けたりとか、色んな人たちに新しい仕事を割り振ったりしていたら。
「ジュリ様、よろしくお願い致します」
「いつ」
「クリスマス」
「お前もか」
「ん?」
ハルトが来た。
結婚式プロデュースしてくださいと。
しかも。
「私はクリスマス当日よ」
「じゃあ俺イブだな!」
「お互い準備があるけれど出席は出来るわよね?」
「出来るだろ、でもお前しんどくない? 前日の準備とか」
「どうにでもなるわ、どうせ転移で行くもの。最悪式に出て、披露宴の時間によっては顔を出すだけになるかもしれないけれど」
「おお、俺はそれでも全然いい。ルフィナがリンファにも来てほしいって言ってたからさ、顔だしてくれるだけでも喜ぶ」
「絶対行くわ、任せて」
あれ、なんか、二人で勝手に仲良く予定組んでる。
「ケイティ」
「なに?」
「絶対に手伝ってね、そして頑張ろう」
「リンファに毒を飲まされたくないからもちろん手伝うし頑張るわよ」
頼もしい人と共に、カレンダーを見て、一言。
「私達より、実際に準備する人たちはもっと大変じゃないかな……」
ルフィナとリンファのウェディングドレスのデザインは二人の意見を取り入れて何とか完成させた。服のデザインの知識なんて大してないから四苦八苦したけれど、それでも自他共に認める私自慢の絵心と、実際に地球で結婚式を挙げたケイティとマイケルの知識、私の持てる知識を振り絞り満足いくものに。ルフィナはお針子なので自作するからデザインを彼女に、リンファのはバールスレイド皇室専任お針子の責任者の人にすぐ様渡しておいた。
ルフィナは完成を想像して目を輝かせていたのに対し、バールスレイドの責任者さんは冷や汗ダラダラだったその違いは、責任の重さだね。
「作れるわよね?」
と、笑顔で言ったのは私でもリンファでもなくケイティ。
「リンファにはそれ。絶対に似合うから、余計なことしないで忠実に作りなさいね? 余計なことしたらマイケル特製呪詛の矢を私が雨のように皇宮に撃ち込むわよ、よろしくね」
と。よろしくねって、なんだよって話だけども。前代未聞の正装もといウェディングドレスを作る上に、礼皇のお友達でしかも【彼方からの使い】からそう言われたら……ちょっと可哀相だったけど、うん、がんばれ!!
という事があったわけ。
いやぁ、予定がぎっしりじゃん。なんて私は苦笑するばかりだったけど穀潰し様と共にハシェッド領から帰ってきた時には既に『早く開店させろ』とおばちゃんトリオ筆頭に 《レースのフィン》のメンバーの勢いが凄くて、こりゃ任せちゃえば楽だし店を盛り立ててくれるだろうなと思っていたら、開店前倒ししやがって……。準備万端、面白そうなことは絶対に関わるからね! と二人の結婚式に関わる気満々でそのために猛然と開店準備を済ませていた。私たちが不在の期間商長代理を務めてくれたローツさんがげっそりしていたのは彼女たちのせいだったわ。私が帰ってきて店内や商品の最終チェックしたらね、って話はどこにぶん投げられたんだと言う文句すら言わせないスピードで。
「任せな、お祝い用のレースならいくらでも編むよ。というか二枚すでに編んだから!」
と、デリア。
「何ならテーブルクロスの刺繍もうちらでやってあげようじゃないか、終わってないのを持っておいで」
と、ナオ。
「人が足りなきゃあたしらが手伝ってやるよ。人は足りてるかい? なんでもやるよ」
と、メルサ。
あの、ホントに、そのパワーは一体どこから来てるのですか。
「「「……恩恵?」」」
疑問形なところがリアルな答え。そういうことにしておく。私には理解不能なそのパワーは恩恵でいい。
そんな頼もしい人たちに囲まれ案外私達は『もうちょっと余裕があればね』なんてことを笑って言い合ってるんだけど、必死な人たちがいる。
それはバールスレイドとロビエラムの、リンファとハルトの結婚式をする神殿や晩餐会の会場の責任者と働く人たち。
鬼気迫る顔が何とも言えない。主役がね、厄介な人たちだからね。怒らせると何をやらかすか分からない人たちだからね。分厚い企画書を渡したときから見た事ない物が描かれていて何度も確認に来る。ハシェッド領に行ってるときはキリアやフィンを中心にケイティやマイケルにその対応をしてもらわないと泣きそうになる人もいたほど。
そしてね。
「『クリスマス』ってなんですか」
あ、そこから。そんなに泣きそうな顔しないの、ちゃんと説明するしフォローするし。フラワーアレンジメントはもちろんオーナメントの飾り方とか色のバランスとかハルトとリンファに転移で運んで貰ってちゃんと私も現場確認するから。
何度そんな言葉で彼らを励ましたか。クリスマスについて説明したか。
間近に迫って彼らの壮絶に追い詰められた様相に。
「ジュリたちの世界でも泣きそうな人間が続出するのか?」
「それはない」
グレイに変な誤解をされそうな人たちが続出した。
クリスマスまであと少し。
あらゆる準備が滞りなく進んでいる。
二冊の進捗状況が書かれた報告書を確認して、よし、と私はハンコを捺して返せばホッとした表情で転移の得意なそれぞれの国の魔導師が帰って行く。
「毎日記録を取らせてる意味ってあるの?」
そう、私はバールスレイドとロビエラムの二人の結婚式に関わる人たちに準備について事細かに毎日記録を取るように指示してあったの。
これには理由がある。
二人の結婚式を見て他にも自分も!! と言い出す富裕層が出てきたときに彼らが一から計画も準備も出来るようにするため。単なる計画書では必ず不足が出るのは分かりきっている。だって私達異世界人の知識てんこ盛りなんだから。だからね、全て記録させているのよ。何故それにこだわるのか伝統やルールについて知っていることを書き取りさせているのは当然、他にも今までこちらの世界では結婚式で使うことが無かったものの取り寄せに何日必要だったか、保管場所はどれくらいの広さが必要で何日使用するか、受注生産のものは何個が何日で納品されてきたか、各分野でどれだけの人が一日何時間動いたか、とにかくあらゆる事を記録させている。
そのお陰で不安や不明な事があって私を訪ねてくる際、その記録から状況が把握出来るし、指摘された部分を修正するなり追加するなりする時も細かい部分までその場で確認しやすくなる。
そういった記録を残しておけば、私を頼る必要もなくなって結婚式の様式が多様化するきっかけにもなる。
というか、ハルトとリンファだからプロデュースしたのであって、他の人のまでは無理。そんな時間も余裕もないしね。
「あと少しねぇ、楽しみだわ」
ふふふ、とケイティが笑う。
「ホント、楽しみ」
さあ、どうなることやら。
ハルトと、リンファ。それぞれの結婚式。
以前から今年のクリスマスネタはこの二人の結婚式と決めていました。ジュリの友達ですからね、イベントネタとして本編から分離するよりも後でジュリが挙式する時に彼らの挙式と比較したりこだわりポイントの違いがすんなり組み込めるので楽だなと。
では次回、クリスマスウェディングということで。
23日24日はハルト
25日26日はリンファ
更新時間はいつもどおり10時です。




