表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/637

2 * グレイセル、再びジュリについて語る

本日二話更新しました

 


 とにかく良く動く。

 開店準備に勤しむジュリを観察しているとご飯を食べている時でさえ片手にサンドイッチ、片手に資料を、といった感じである。

「行儀悪いよ!!」

 と、フィンに怒られて

「だって一日は二十四時間しかないんだよ?! 起きている時間は一分でも惜しい!」

 と、言い返して呆れられたりする。

 雇い主が働く人間に過酷な労働を強制したりすることをジュリがいた世界では『ブラック』と言うらしい。

「私はブラックな店にしないからね! 皆で楽しく働こう!」

 と言っているが

「テメェが『ブラック』してちゃ話にならねぇだろ」

 と、ライアスに言われているので本末転倒である。


 だが、ジュリの凄いところは

「私が楽しくやってるんだからブラックじゃないよ!! やりたくてやってるの」

 と、笑う所だろう。

 それに釣られて、クノーマス領の自警団の腕章作りの頃から付き合いがありそして今度開店するジュリの店で働くことになった女性陣も楽しそうに共に開店準備を進めるために毎日彼女の元に集う。

「稼がせてもらえるんだよ?! 手伝いするだけでさ! 来るに決まってるよ!」

 と、フィンと懇意にしている女性陣などは言うが彼女たちを見ているとそれだけではないだろう。


 女が店を経営する。


 女経営者が少ないこの国で、それがいかに大変なことか皆が知っている。けれどそれをあっさり覆したのがジュリだ。

 彼女の凄いところは経営に必要な知識や財産管理能力がすでに備わっていたことだ。

 彼女にその事を問えば元いた世界で、大学という学び舎でそれに必要な『基礎』を学んでいたからだと笑った。大したことではない、同じ事を習っていた人は多いと。

 彼女のいた世界ではその言葉で済まされることでも、ここでは違った。明らかに違ったのだ。

 我がクノーマス侯爵家の管財人が彼女の今後の経営に関しての相談役として何度も面会し話し合って来たが、対等に話が出来てしまうのだ。

 教えることといったら侯爵家の財務を管理する昔からの方法を教える位で、他はほとんど相談ではなく打ち合わせだ。管財人たちもこれには『困りましたねぇ、相談役と言うのは不適切な立場になってしまいます』と苦笑する始末。


「興味深いな……経営に関する知識も備わっていたのか」

「本人に言わせると、『そこまで大袈裟なことでもないんですが』と。それだけ、ジュリのいた世界では学ぶ環境が整っていたということでしょう。店の財産管理についても……どうやら不満があるようです、ジュリには独自の管理知識があるのかもしれません。母上から借金をしているため侯爵家の管財方法を取り入れましたが、それに慣れるのに苦労している感じです。計算は非常に速く数字を扱うことを苦としませんからね」

「さらに興味深くなるな」

「はい。非常に興味をそそられます。彼女は見ていて飽きませんね、私の知る女性の中であらゆる意味で惹かれるものがあります」

「お前が?」


 なんだ? 変なことを言ったつもりはないが。

 手先が器用で想像力豊か、知性があるがそれをひけらかす様子もない。喜怒哀楽がはっきりしていて言いたいことを言い、自由で柔軟な思考でこの世界を観察し適応するための努力を惜しまず、それでいて生き生きしている。誰にでも分け隔てなく接して自分の【技術と知識】を惜しみ無く与える慈悲深さを持ち、ものつくりへの妥協を許さない厳しさも持つ。

 良い女ではないか。

 惹かれてなにか悪いのだろうか?


「……ちなみに、お前にまた見合いの話が来ているのだが」

「お断りします」

「……だろうな。先日の祝賀会でのお前の()()()()()で理解した」

「父上、私は元々貴族の令嬢と結婚するつもりは全くありませんでしたが?」

「では、お前に問うが……」

「はい」

「どんな女性なら見合いをしてくれるんだ? どんな女性が好みだ」


 ……見合い、ねえ。

 そもそも見合いなどするつもりはない。

 そして好み、か。

 そうだなぁ。


 自立心があり、行動力があるのが好ましい。

 貴族社会に囚われず自由に振る舞える気概を持ち合わせているとなお良い。

 見た目は……背はさほど高くなく私から見たら小柄がいい。体の線は細すぎず健康的で女性らしい曲線がはっきりしているのがいい。

 手足や腰は細いのだが抱き心地はとても良い。馬に一緒に乗ったときに確認しているから確かだ。

 あの黒く毛量豊かな髪もいい。最近は束ねていることが多いが艶良く滑らかだから下ろしているのが良く似合う。

 顔立ちも整っており、大きな黒い瞳が喜怒哀楽でコロコロと変化するのは本当に見ていて飽きないし、口元も感情を隠さず良く動き、魅惑的だ。あの口から発せられる声も少し低めで心地よい。時々大笑いすると高くなる軽やかな声はつられて笑ってしまう魅力がある。

 人前であってもよく食べ、そして酒もよく飲む。スライムを『スライム様』と呼び、見つけると奇っ怪な笑い声を発する。ものつくりに集中しているときに声をかけると『はい?』と私相手でも不機嫌そうに返事をする。冒険者の憧れ【英雄剣士】をコキ使い、雑に扱う。そのわが道を進む感じが良い。


「息子よ」

「はい?」

「途中から……好みではなくジュリと思われる女性になっていたが?」

「ああ、はい、そうですが?」

「……そうか、そうなのか」

「何がですか?」

「その、つまり、ジュリにそういう感情を抱いていると」

「ええ、好きですね。結婚するなら彼女としたいです。彼女以外は嫌です」

「あ、そう……」


 父が呆けてしまったので、屋敷を後にする。

 分かっているのだ、この歳で結婚していない貴族の人間は非常に珍しいことくらい。しかし、だからといって結婚で妥協などしたくはない。これでも過去努力をしたのだ、貴族の令嬢との結婚は貴族の令息にとって義務のようなものだから私とて貴族の令嬢と……と話をしたり紹介されたり、何度も機会を持った。

 しかし。

 ダメだった。兄のように奇跡的に自分の好みである女性と巡り会うことはなかった。

 そしてこの領に戻り、いっそ独身で兄の片腕として生涯を領民の為に尽くすのもありだろうと思って直ぐに、出会ったのだ。


 ジュリに。


 正直に言うと。

 かなり変わった女だと思った。なにせあの笑い方と貴族の令嬢ではあり得ない、喜怒哀楽が激しい上によく喋る姿は今までに見てきた女の中では群を抜いて奇異な部類に入ると思う。

 ところが私は、それが心地よく感じたのだ。

 飾らない、ありのままの姿で生きる彼女と話をしていると楽しいと。何かに夢中になると礼儀も女らしさもぶん投げる真っ直ぐな強い眼差しで前を見据える彼女を見ていると面白く飽きないと。

 そしてなにより。

 時々見せる大人の女のはにかみ笑いや照れ隠しを誤魔化す表情に、男心を煽られる。

 仮面を被るように己の感情を隠し駆け引きを繰り広げようとする女達には決してない素直な反応に、どうにもこうにも抗えずもっとその顔を見せてくれと言いたくなる。









「っだぁぁぁぁぁ!! 失敗したぁ!!」

「どうした」

「あ、あぁぁぁぁショック、凄いショック。なにこのばかみたいな初歩的失敗、あり得ない、ダメだ、今日は何もかもダメな日だこれは! ショック、うぁぁぁぁ、ショック」

「だからどうしたジュリ」

 こうなると話を聞かない。一頻(ひとしき)り一人で喋り倒すまで待たされる。

 テーブルに突っ伏しているのに、両手で一本の完成しているハーバリウムを掲げているというなんとも不思議な体勢をしている彼女の手からそのハーバリウムを取り上げ覗き込んでみる。

 私が見る分には何一つ失敗しているとは思えない出来映えなのだが、チラリと彼女を見下ろせば、まだ体勢が変化していない。

「どこが失敗したんだ?」

「花を、花を一つ逆さに入れてしまったんですよぉ……はぁぁぁぁ、確認したつもりが、見落としていたんですよぉ」

「……どこが?」

 すると、勢いよく体を起こしたジュリは、その勢いのまま立ち上がり、据わった目をして私を見てからハーバリウムのとある一ヶ所を指差した。

「ここ、これです。逆さになってるでしょ?」

「…………逆さに。と、言われれば、そうなのか?」

「逆さです!!!」

「うん? ジュリがそう言うなら逆さなんだな」

「そう言うからじゃなく逆さになってるんですってば!! 分からないんですか?!」

 何故か逆ギレされた。いや、これが彼女が失敗したとき話しかけた場合の常なる反応なのだが。


「グレイセル様は、よくあのジュリに話しかけられるねぇ」

 と周囲に感心されたり苦笑されるくらいには鬼気迫るものがあると皆が思うらしい。

 いいじゃないか、真剣に物事に取り組んでいる証拠なのだから。と、言ったら皆に生暖かい目で見られたのが不満である。これでもジュリの物を作り出す姿勢には尊敬の念を抱いているのに。


 とにかく。

 ジュリという女は平凡ではない。間違いなく。


「私は中の上な老後を目指す! 平凡にちょっと毛を生やした感じがいい! 悠々自適な小金持ちババァになってみせる!!」

 と、訳のわからぬ事を目標に、日々 《ハンドメイド》に勤しんでいる変わった女だ。


「そろそろ彼氏欲しい。私生活の潤い大事よ、仕事に影響する。彼氏に癒されたい、かまわれたい。その方がいい作品作れそうな気がする」

 と、最近周囲に言い出して、私をヒヤヒヤイライラさせる天才でもある。










 せっかくなので、その素敵な彼氏とやらにそろそろ立候補しよう。


 彼女がくれたブックバンド。

 父や兄だけでなく、執事、使用人たち、知人の男は皆『それも販売される?』と期待しているが。

 私だけのオリジナル。

 ジュリが私の為だけに。

 少なくとも特別扱いされる仲になっている自信がある。

 だから。

「販売されるよ、間違いなく」

 笑顔で答えておく。

「……これは私だけのものだが」

 と、聞こえぬよう呟くのも忘れない。


 ジュリも私のものにするよ、誰のものでもなく、この私だけのものに。


 さあ、ジュリ。

 覚悟してもらおうか。

 必ず捕まえて見せる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  ジュリの髪って「黒く毛量豊かな髪」だったんですね。そういえば髪留めの不具合についてどこかに記述があったような。この先かな?  約束されし薄毛の民としては羨ましい限りです。  
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ