17 * 大放出月間
螺鈿もどき細工の献上の日取りがやっと決定ですよ!!
ふざけんななんだよ兼ね合いとか慣例とか体裁とか。こっちはいつでも出せるっていうのにお前らの都合なんて知らねえよ! と職人さんたちが酒場で酒を飲みながらそんな事を言ってたわ、グレイと二人偶然それを聞いてしまい、そして気づかれてしまい、青ざめて泣きそうな彼らが平謝りするのを苦笑しながらなだめた日もあったよ……。
細工が得意な職人さんを他の貴族二領から期間限定で呼び、ヤゼルさん中心に切磋琢磨した日々。その集大成である三領オリジナルのデザインが出揃い、大々的に御披露目されることが決まったのはもう随分前のことだけど、盗難騒ぎがあって仕切り直しになってその間に更なる研鑽で磨きがかかった螺鈿もどき細工の美しさとそれに合わせて開発が進んだ特漆黒以外の塗料を早く御披露目したくて待ち構えていた侯爵様たち領主さんお三方はテンション上がりすぎてそれぞれのお宅で知人友人招いてパーティーと一部公開とかしてたらしい。献上してから御披露目するものじゃないの? という疑問は飲み込んでおいたわ。
それと、他の二領の貴族って、強権派。ベリアス公爵の派閥の人たちなんだけど、侯爵様が普通に仲良くなってる、らしい。
「いずれあの二家は強権派を離れるんじゃないか? ベリアス家は強権派の多くから金を吸い取っている。こちらが支払った契約金なども全部取られたそうだ。代替わりすると派閥の入れ替わりがあったりするからそれに合わせてこちらに鞍替えするかもしれない」
というような危うい繋がりならそこに隙が生まれないわけがないよね。侯爵様は惜しみ無い出資で二領に螺鈿もどき細工の技術を提供、事実上懐に飛び込ませてそのまま抱え込んでる形よ。今じゃその二家は立派な侯爵家のスパイになっちゃって、ベリアス家の内情が駄々漏れなんだとか。
で、合わせて共に保留になっていた万華鏡も侯爵家は献上することに。
『こういうの売り出しますよー、慈善事業にも使いますよー』って献上の場に招かれた貴族全員に一本ずつ配るって。
万華鏡は一番安い物はクノーマス領内を皮切りに神殿や修道院にも寄付されることになっている。その材料と作り方を特別販売占有権に登録し、所有権をシルフィ様に譲渡してある。版権から生まれる利益で万華鏡を製作し都度寄付をする仕組みをとってもらった。この万華鏡、実は所有権をアストハルア公爵様が欲しがったのよね。
ただ、既に秘密裏にネルビアのレッツィ大首長に献上してしまっていると知って身を引いた感じ。ま、ねぇ、私かクノーマス家じゃない人が権利持ってたら『なんで? なぁ、なんで?』って、ちょっかい出すよ必ず。
公爵様は正に私と同じ使い方をするのに非常に使い勝手が良いと判断していたの。
格安の物は孤児のいる神殿や修道院へ寄付をし、高価なものは貴族へ売る。見て楽しむ玩具に位置付けされる万華鏡の長所は、そこにギャンブル性が皆無であること、部屋を移動したり外に出たりせず楽しめること。そして、今まで無かったからこそ老若男女誰でも楽しめること。
慈善事業に打ってつけ。
この万華鏡の占有権がシルフィ様に譲渡されていると知らなかった公爵様が譲渡する代わりに支払うと言った金額がね。ヤバかった。高すぎて目がおかしくなったのかと三回数字を見直した。
とにかく万華鏡もそんな事がありつつ無事に売り出されることになり、合わせて占有権の版権販売日も螺鈿もどき細工の献上される日に合わせて開始する手続きを民事ギルドにお願いしてある。製作は螺鈿もどき細工盗難騒ぎの後からひっそりこっそり進めていたので格安品から高額品と幅広い種類が揃っている。
「高額の物はとりあえず王家の分を除いて関係各所に献上かな」
「そうだな、何本必要だ? 早めに母と職人に言って確保しておくといいな。献上日に合わせて届くようにするといいだろう」
「そーだねぇ。えーっと? フォンロン国王ご夫妻と宰相夫妻、バミスの獣王ご夫妻とアベルさんと、あそこも宰相ご夫妻は渡すべきだよね。あとは遅れると後が怖いからリンファと皇帝ご夫妻、ロビエラム国王ご夫妻、テルム大公ご夫妻、 《ギルド・タワー》総帥、あとは……当然ネルビアにも追加でかな。他にもカッセル国とかネイリスト専門学校繋がりでご挨拶の手紙を頂いた国にも?」
「ジュリ」
「うん?」
「送らなくていい所を数えた方が早そうだが」
「ああ……」
なんて会話をグレイとしまして。なんでしょう、気づいたら私間違いなく権力に両足突っ込んでる感じがするんですが……。
まあいい、とにかく、無事万華鏡の販売と螺鈿もどき細工の御披露目が決まったんだから良しとする!!
それら二つはほぼ私の手を離れているので、私は至って平常心で通常運転。
なわけがない。
その勢いに乗ってみたわ。
琉球ガラスこと『虹ガラス』。満を持して 《ハンドメイド・ジュリ》、アンデルガラス工房ほかククマットと内陸部側ククマットの隣にあるイルマ地区の全ガラス工房から売り出しまーす。
在庫たっぷりよ。グラスは勿論ハルトが待ちに待ったペーパーウエイトもあるし、皿、花瓶、形もサイズも豊富に!!
「買い占めしていいの?」
「ダメに決まってるじゃん」
「ダメなの?」
「ダメだよ」
「どうしても?」
「どうしても」
「一店舗くらい、これでどう?」
ニコニコ笑顔のリンファが差し出してきたのは何やらキラキラと輝くとても綺麗な薄水色の摩訶不思議な液体が入った瓶。
「なにこれ」
「私が製作した万能―――」
手で思いっきり口を塞いでやった。この女、欲しいものがあると城が立つほど希少で高額なポーションを素手で無造作に掴んで持ってくる。しかもバールスレイド皇帝が厳重に保管している倉庫を勝手に開けて。作ってるの自分だし結界かけてるのも自分だからいいんだって。ああそうですかすごいですね!! だよ。
リンファが作るのって上級ポーションが可愛く見えるくらい常識はずれの性能なの。今いいかけたのなんてこの世界に存在しなかった毒消しも呪いも麻痺も石化もなんでも直す。
「いらないから。そして私がいくつか見繕っておいてあげるから買い占めやめて」
「んー、許してあげる」
なんで悪いことしてないのに許してあげるとかいわれるんだろうね、解せぬ。
虹ガラスは仕入れ商品なので、うちでは何出す? なに作る? とキリアと浮かれながら話してたら。
「穀潰しのアクセサリーとジュエリーケースとバニティケース、宝箱物入れの監修にアクセサリーのデザイン提供、他にも色々……作る暇がなさそうだが」
副商長からの冷静なお言葉。
「「あ」」
そうだね、暇無かったね。
キリアとフィン、おばちゃんトリオといういつものメンバーで暇がないと気づいて若干のショックを受けつつ、それでもなんだかんだとやることは増えていく。
グレイの叙爵に向けて準備が進むと同時にそれに合わせて作るものもある。関係各所から叙爵のお祝いが来るだろうからそれに対する返礼品を用意しないといけないの。
この返礼品は基本高いものは用意しない。ある意味貴族社会のルールや慣例の中では非常にまともで褒めるべきものの一つ。
叙爵といってもお金がない人たちもなる場合がある。社会貢献した神殿や修道院の神官長・院長や、学者や騎士など。祝いの品はそんな人たちの資金集めに似た意味が昔からあるのでそれがそのまま現在まで引き継がれ、どんな爵位でもせいぜい高くて五十リクル程度、栄誉で爵位を得た人たちなどはお礼の手紙だけ、それでいいらしい。
グレイの場合、伯爵になるのと実家の資金力、本人の資金力などなど、裕福さはみんなが知るところなので五十リクルの品物がいいだろうとさっさと話がまとまり正式に本人からその依頼をされたのでその時に共に添える御礼の御手紙セットと返礼品の開発に取りかかる。
この返礼品についてグレイから珍しい条件をつけられた。
「あ、それおもしろいかも」
「だろう?」
「じゃあ私はグレイといっしょに審査側だね」
グレイの提案はうちの主力たちはもちろん、作り手皆からどんなものがいいかアイデアを出して貰うのはどうか? というもの。
条件としては、 《ハンドメイド・ジュリ》か 《レースのフィン》で作れること、お祝いをくれる人の人数はある程度わかっているので叙爵の日まで確実に最低数を用意できるものであること。そして後日直接グレイに会いに来る知人友人もいるので、その人たちの追加も簡単に出来るものが良いことを念頭に皆で案を出しあって……。
決まらない。
作りたいものが見事に全員違う。グレイの大事な門出ってことで、ククマットの領主のためってことで、普段はグレイに対して冷めてるキリアですらなんだかプレゼンに力が入ってる。
グレイが皆の圧に若干引いてる……。
定価で五十リクル。
あれ、そういえば売り出すときの (今回は売る訳じゃないけど)価格を決めてから物を作るってあんまりしたことないわ。
これはこれで皆のお勉強になるわね?
はい、デリア。その布既に一メートルで五十リクル以上するから却下。メーナさん、それ無理。そんな芸術的なパッチワーク出来る人は今メーナさんとチェイルだけだから。フィン、メタルリザード様の鱗はいつ入荷するか分からないから使えないよ。メルサ、こんな細かい柄のレース編んでる暇はない。ウェラ! 白土のオブジェはこんなに大きいと重い!
あ、グレイがげんなりしてる (笑)。皆の一生懸命な、いや、ギラギラした目が恐くてツッコミ出来なくて無言だわ (笑)。
「はい、キリアのも却下」
「何でよ!!」
「これ、ただただキリアが作りたいだけのものでしょ。最早グレイの叙爵関係なくなってる」
キャンドルホルダーなんだけどね。案としては良いと思うけど材料がね。全部そこそこ高いから原価の時点で二百リクル……。
「そこは仕入れ頑張った体で」
「却下」
うちひしがれるキリアと『そのうち作ってくれ』と慰めなのかなんなのかわからない微妙な声を掛けるグレイは無視。
「あ、これいいね」
「ふん、高いものはダメなんだろ? だったらちょうどいいじゃないかと思ってさ」
内職から始まり今や準従業員としてうちではなくてはならない存在になった押し花担当のミアおばぁ。
彼女を中心に押し花を作ってくれている内職さんで案を出しあってまとめてきてくれた。
「小皿……」
グレイは顎に手を添えて、簡単なデザインと材料、そして説明が書かれた紙を食い入るように見つめる。
ミアたちが提案してきたのはもちろん押し花を使ったもの。
でもその使い方が『うちの店をよく理解してる』と思わせる。
白土、木材、擬似レジンの小皿。多分現代なら醤油皿などに使われるようなそんな大きさの三枚が並ぶ。そこにはそれぞれに花が描き込まれている。
「別に実際に皿として使えなくてもいいんだろ?」
「そうそう、記念品の意味があるからね」
「それを聞いてさ、飾るだけでもいいし、そこにアクセサリー乗せてもいいんじゃないかとなったんだよ。小さい皿ってのは使い途が分からないだろうけどこういう使い方あるよって一筆添えてもらえばいいんじゃないかと思ってさ」
「この三枚なら原価安いしね。白土の型も擬似レジンの型も注文すればいいし、三枚全部違う形にするっていうのも面白いね、でも押し花で統一感だせる……これ、いいね」
押し花を閉じ込めるように透明塗料を何度か重ねて厚く塗れば押し花の保護は簡単。飾るだけでなく小物を乗せる程度ならそれで十分。
何より、この発想。
『銘々皿』よね?
これはちょっと驚きよ。
こちらの世界、ひとつひとつ柄が違う日本でよく見かけた五枚セットの皿や小鉢のようなものは殆ど見かけない。
「グレイは、どう?」
「……」
「私はこれいいと思うわよ」
目を細め、笑顔で頷いたので、はい、これで決定。
こらキリア、原価の時点で完全にアウトだったくせに本気で凹むんじゃない。
「この小皿なんだけど」
「うん?」
「これ、グレイの武器にしたらどう?」
「え?」
「例えばなんだけど、今後何かあったときにお礼の品として使うときは磁器製のもの、交渉の場に持っていくなら螺鈿擬き細工のもの、特別な場面で出すなら高価な金属のもの、とか。押し花を彫刻や絵にしてもいいんじゃないかな。時と場合によって素材を使い分ける『クノーマス伯爵の銘々皿』、あってもいいんじゃないかなと思うのよ」
グレイがいい笑顔。こちらもデザイン着手決定。そのうちローツさんの武器も作ろう、うちの重役だし、彼も男爵になるしね。
あれ、なんか、ちょっとここ最近勢いが。
ブラックまっしぐら?
いや、大丈夫です!!
これは単にそういう時期なだけ!!
そう!
大放出月間なんですよ!!
自由気ままに手当たり次第作りたいものを作る女たちを放置しているとこうなる、というお話でした。




