17 * ジュリ、たまにはハルトを労う。
感想&ブクマ、そして誤字報告と評価ありがとうございます。
イベントネタ(勤労感謝の日)で出そうかと思っていた話です。
ジュリとキリアの会話でイベントネタになりそこねたのですが、本編に組み込めたので結果オーライなお話です。
シュイジン・ガラスがクノーマス家の内情を思いっきりさらけ出すことになり。
「え、まさかシュイジン・ガラスが曰く付きとかならないよね?」
と不安を口にしたら。
「……」
全員に目をそらされ無言を貫かれ、微妙な空気が流れたのがつい先日。
まさかこのまま微妙な空気が流れる事が続いたりしないよね? と不安を抱えたりもしたけど、そういう事で悩んでばかりもいられない私は通常運転するのみ。つまりは物を作るってこと。
この世界に来て、魔物とか魔法とか『おお、ファンタジー!』ってことが多々あるなかで、一つ、個人的に残念だったことがある。
それはダンジョンに関わること。
宝箱がない。
冒険者いる、魔物いる、ダンジョンある、宝箱がない。
魔王はいなくて結構、平和でよい。ダンジョンのラスボスいなくて結構、私戦えないし。
でも宝箱はあって欲しかった!! 中から宝石出てきたり、呪いかかっちゃったり、魔物出てきたり、空だったり、しょうもないもの出てきたり。それくらいのお楽しみは欲しかった。いや、私は戦えないからあっても縁のないものだけど。
ちなみにこちらでは宝箱に該当するものはあるけれど、蓋がアーチ型のものはないらしい。単純な話で重ねられないからという。ロマンの欠片もない (笑)。
なんでこんなことを考えているのかというと、たまにはハルトのために何かを作ってあげようかと。
ハルトの彼女改め奥さんになるルフィナとも仲良くさせてもらってるし、色々無茶なお願い聞いてもらってるからたまにはプレゼントあげようかと思い付いてね。ちょうどカレンダーを見て、先日日本なら勤労感謝の日だったと気づいて私の無茶振りに付き合うハルトを労うのもありだな、と。
ちなみに。
「勤労感謝の日は休日にすべきだったわ」
「え、なんで?」
「普段一生懸命働いてる人にご苦労さま、休んでねってことで。いつも頑張ってもらってるし」
「普段の休みとなにが違うの」
「え? だから働いてる人たちを労う為の休日よ」
「普段の休みだって労いじゃん」
「まあ、そうだけど」
「それ必要? それより面白いことした方が有意義じゃない?」
と、ものすっごい真顔で返してきたキリアの反応が特殊ではなく、周囲の人たちは軒並みそんな反応を返してきたので、勤労感謝の日は当分設定出来そうにない。いつかは作る! 私のために!!
グレイは私がハルト、つまり『男』が喜びそうなものを作ろうとしてるからかソワソワしてる。うん、ちょっとかわいいわよ。
私が他の男にプレゼントをあげるなんて普段なら絶対に許さない婚約者は相手がハルトであることと『グレイも見たらテンションあがるかも』という私の言葉を信用して今回は見逃してくれるらしい。
それとスノードームから派生したダンジョンドームを思い付いた時に酔っ払ったハルトに執拗に鉱石を見つけた感じではなく宝箱を見つけた感じのが欲しいと騒がれ、たまにあれが再燃して相手にするのが面倒くさいという現実も。
そんなハルトなので、この世界のダンジョンには宝箱が存在しないことに今尚そこそこショックを受けているらしく。
「宝箱、一回でいいから開けたかった」
ってグダグダ言ってたりするの。
で、ある時、グレイが自分のブレスレットとかブローチが入ってる箱を寝室から持ってきて差し出した時は喧嘩になってた。
「夢がない! 俺の夢を壊すな!!」
「開けたいと言ったから持ってきてやったんだろう! 気休めに開け閉めしろ!!」
「気休め強制された!! ふざけんな! 冒険者が宝箱を開けるロマンもクソもないやつに気休めとか言われたくねぇわ!」
「宝箱を開けるロマンがあるわけないだろう! ないんだから!!」
すっっっっごい、ナンセンスな喧嘩だったわ。馬鹿馬鹿しくてその場から退散してライアスとフィンの所に戻りフィンお手製のトマトシチューとワインで穏やかな夕食の時間を過ごしたよ。後で二人から喧嘩を止めてくれよと愚痴られた。知らないよそんなの。
そんな事があったのも影響しているので、雰囲気くらいは味わって貰えるものを作りたいね。
あの下らない喧嘩は迷惑なので。
蓋部分がアーチ型の宝箱は馴染みの木工職人さんにつくってもらった。
濃い茶色、明るめの茶色、白に塗装した三種類。金属部分は燻し銀風にしてもらい、ちゃんと南京錠もかけられるようになっている。
「おー、どれも素敵だわ」
彫刻職人ヤゼルさんの所で修行した経験のあるバルチェさんは、ちょっと得意気に笑顔を見せる。
「上がアーチ状というのが面白い形だ、なかなかいい経験になったよ」
「無理言ってすみません、今ノーマ・シリーズの家具作りで忙しいのについつい頼んじゃいました」
苦笑するとバルチェさんは肩を震わせて笑い出す。
「これくらいなんてことないさ。儲けさせて貰ってるからな、いくらでも頼ってくれ」
「ありがとうございます」
「それと、せっかくだから完成品を見せてもらっても構わないか? それくらいの権利は主張させてもらえるとありがたいんだが」
「もちろん、必ず。場合によっては今後も発注するかもしれませんのでむしろどういう使い方をするのか見てもらっておくといいかもしれないですし」
気のいい職人さんとそんな約束をして、私は目の前の宝箱三つと向き合い腕を組む。
「さて、どうしようかな?」
今回イメージを大事にした物を作りたいと思ってちょっと悩んだのが『輝き』。
これはあくまでも私のイメージなんだけどね、開けた瞬間に金貨や宝石、輝く王冠や剣が入っていてまさに金銀財宝といったのが一番に浮かんでしまったわけ。特に難破船や海賊船から見つかりそうな宝箱。それだと高級なワインやウイスキーボトルなんかも入ってそうでしょ? あの色んなものが沢山入ってるワクワク感は輝きあってこそ。……ダンジョンの宝箱じゃないのかよ、というツッコミは聞こえません。やりたいようにやらせて頂きます。
じゃあそれをどうしようかな? と。
すぐに行き詰まった (笑)。
いやぁ、どうすんのよ、これ、と。
とにかく、使えそうなものは全部集めたの。
まずは天然石。透明度の高い水晶やアメジストなど未加工の小さな原石、糸を通す穴をあける前までの研磨されただけのものなど。そして研磨した色とりどりのリザードの鱗、色つきスライム様のパーツ。厚めの螺鈿擬きをカットしたもの。
そして魔石。原価が高くなるけれど魔石は色や透明度の高いものを集めてみた。ロックコボルトという山岳地帯に発生する犬のような魔物の魔石はパライバトルマリンという青や緑の蛍光色という独特のカラーにとても似た色。オークは国産ブランド豚のような非常に美味しい肉で、トンカツにすると肉汁が最高に……って、話がそれた。魔石は透明度も高く淡いオレンジ色でこれまたいい色。他にもスライム様たちをプチっとした後で取り出す核の中に入っている極小の魔石、山クラゲのシーグラス風魔石ももちろん使い、他にも色のいい物で比較的安価なものを手当り次第。
これらの石で宝石を表現。
そして王冠や剣はライアスに頼んで金属板をそれなりの形にしてもらえるし白土や小さな石などで装飾してもいい。
ワインボトルはガラス工房にお願いすれば、瓶になっていなくてもミニオブジェのようなものは直ぐに作ってもらえる技術がすでにある。
問題は金貨。
最初ね、本物入れようかと思ったの。流石に可愛げがないのと、ちょっと生々しい。これ駄目だぁと却下して、考えて考えて、ここまで来たらつくちゃおう!! と開き直り。
「お前はまた、変なものを作ろうとしてるな」
ってヤゼルさんに呆れられたわ。
だって木の型をつくってもらったから!!
金貨っぽく見える型! 十枚一気に作れるように一枚の板に彫ってもらい、それに白土を押し込み、平らにならして、後で二枚を貼り合わせる。で、塗装。面倒だけど、これくらいの手間はかけるよ。
これらの用意したものをまず白土を盛った、宝箱に入るサイズの板に贅沢に、金貨と大きめ天然石と魔石とワインボトル、そして剣を飾っていく。飾るというより刺す。蓋を開けたときの山盛りのお宝をイメージしてね。そして隙間を埋めるように小さな天然石と魔石、螺鈿もどきを接着剤で張り付けて、そして王冠を最後にわざと傾くように乗せて接着剤で固定する。
「うん、いい感じに派手」
これを宝箱に入れて……ではない。
一工夫。
「ふぅおぉぉぉぉっ?!」
ハルトが変な声だした。
「はい、いつも私の無茶ぶりをこなしてくれるハルトに。プレゼント、勤労感謝の日過ぎたけどそういう意味を込めてね」
ポン、と手に乗せてやった。
「宝箱ぉぉぉ!!」
「えー! なにこれ、何入ってるの?!」
ルフィナも身を乗り出してハルトの手元を覗き込む。グレイもかなり前のめりだわ。グレイにも作ったからね。
そして開けてびっくり、宝箱。白土で作った金貨もちゃんと金色に塗装したからかなり再現度は高いよ、我ながらいい仕事してる。
「綺麗! 凄い!」
「ふふん、それだけじゃないのよぉ? ハルト、その剣金属だから持っても大丈夫、そのまま引っ張り上げてみて」
「ん? え、まじかぁ!」
剣は抜けず、お宝部分がそのまま持ち上がる。そしてその下は小物入れになっていて、新作のブレスレットを入れておいたの。
「おほー!!」
テンション高いな、まあ喜んでいただけてなにより。
グレイの視線がものすごい訴えてくる。
わかってるわよぉ。
「グレイのも作ったからね、ハルトとお揃いだけど、そこは許して」
笑顔。許してくれた。
「面白いでしょ? 売るとなると相当高くなるけどね。材料も手間もかかるから通常販売は出来ないのよ」
でもね。
この世界ならではの売り方は思い付いている。
「その代わり、武具を売るお店に売り込むのはアリかな、と。例えば、剣の専門店なら、剣を凄く豪華にしてしまうわけよ。杖専門店なら豪華な杖、斧専門店なら斧にしてディスプレイとして使って貰うとか。なかなか見せるディスプレイをしてるところはないけど、提案としてね、そういう使い方は出来るよね。あとは金額的なことを考えると冒険者さんが上級に昇格した時の記念品として作りませんか? ってギルドの売店に。上級に昇格出来る人たちならお金は持ってるだろうし、何より記念に武具を新調したりするんでしょ? その一つとして売り込む手もあるよね」
この発言、後で後悔することに。
「ジュリ」
「うん、ごめん」
「わかってるならよし」
キリアとこれほど短いやり取りで、私が何を許されたのかというと。
「グレイセル様たちの前で喋っちゃダメでしょ、男性小物専門店を望む会 (キリアが勝手に呼んでる)のメンバーはたち悪いのが揃ってるんだから」
立派な大人たちよ、働き者だよ。みんな。
「そういう問題じゃない」
はいごめんなさい。
ハルトとグレイが『こんなの売り出すかも』とテンション高めに言ってしまったんです。男達にプレゼントした宝箱見せながらお店のディスプレイとして、昇格の記念品として宝箱を売るかも、と。そこにローツさんや侯爵様、エイジェリン様まで食い付いてきまして。
……作らないけど?
時間かかるし、そもそも手間がかかりすぎるし。
「それを簡単に言える状況じゃないからね」
あぁぁぁぁ、キリアが怒ってる。
デジャブ。
目の前に重厚で上品な質の紙で作られた封筒がズラリと。懐中時計やがま口の時を思い出す。男性ウケの良い物を出すとこの手紙の山が出来るのはもはや常態化しそうで怖い。
「アストハルア公爵からも来てるわぁ」
「えっ、公爵様から?!」
「『長男の誕生日プレゼントにしたいです、金貨の部分は本物を使って手間を省いてかまいません』だって。相変わらず淡々とした手紙だわ」
「ん?! ジュリ、これ 《ギルド・タワー》の紋章じゃない?」
「……ギルドで売るなら《ギルド・タワー》で一括買い取りしたいだって。……昇格の記念品は各自好きなものを好きな工房から手に入れるから、そういう収入が今までなかったらしいわ。キリアも中確認してくれる?」
「了解、じゃあこれ。……こっちはロビエラムだわ、確実にハルトのせいでしょ」
「だね。それは後回しでいいや、ハルトのことだから余計なことまで喋ってそうだし」
「あんたのそのハルトが絡むと国王でも扱い雑になるところ嫌いじゃないよ」
「ありがと。……って、しれっとネルビア大首長もか!! しかも個人の紋章だこれ!! だからなんでこういうことに絡んでくる!」
「怖っ。ホントに怖いからネルビア」
他にも接点のある貴族とかフォンロンは当然のように送って来たし、バミス法国からも来た。皆の情報収集能力の高さにドン引き。
スパイをこんなことに使うんじゃない!!
そして手紙の数。多い。知り合いが増えた分だけ、増えてる。しかもその知り合いの息子とか父親とかからもきてるから、いちいち『会ったことないけど!』とツッコミ入れることになるし。
侯爵家でもさぞこれは困っただろうね。
私宛は全て侯爵家に一度届けられ中身を確認して、精査されたものが私に届くようになってるからねぇ。精査されてこの数。
「……燃やすか」
私の発言に流石にキリアがドン引きした。
ちなみに宝箱は三つ作ってもらってたので残りの一つ。白い宝箱なんだけど……。
マイケルとケイティにお願いして、テルムス公国にある《ギルド・タワー》にこんな感じですと見せに行って貰ったのよ、そしたら非常に好感触でぜひ取り扱いさせください、となりまして。
秘技アンド特技、丸投げ。
白い宝箱をギルド総帥にプレゼント。賄賂です。
宝箱本体は私が指定した工房から仕入れること、デザインや企画 (昇格の記念品にするとか)の版権を大金で買い取って貰う代わりに、製造販売の殆どの権利は 《ギルド・タワー》に、という契約をすることにした。売れたらマージン頂きます、勝手にダサいの作ったらうるさく口出しします的な内容になっている。
「丸投げ便利だわ」
「でしょ」
《ギルド・タワー》が宝箱型物入れの大元になると知った男たちがこぞってそちらに問い合わせたり急かしたりと流れてくれて、店は直ぐ様日常を取り戻せた。
ちなみに、《ギルド・タワー》に莫大な投資をしているアストハルア公爵様は何故かそちらに注文せず私に依頼してきた。
「公爵様が急かせば一番に作ってくれそうですけど? 私だと時間あるときにしか作れませんし」
「本物の金貨では流石に作れませんと断られたのだ」
「……私は、作ると?」
「ものつくりのためならそういうことは気にしないだろう?」
実に失礼なことを言われました。いや、うん、作るけど。
後に、宝箱型物入れには名称が付けられる。
私はこれに関して全く名前なんて考えてなかったし付けろというなら単純に宝箱でいいでしょという程度だったんだけど。
「『ダンジョンドリーム』に決定しました!」
「ハルトが命名したの?」
「そう、俺!」
「それハルトしか意味をちゃんと理解できないよね?」
「……」
「……」
「そうかも」
だからこの世界ではダンジョンに宝箱ないんだよ、宝箱の中身に夢見ることなんて出来ないんだよ、と言うまでもなく泣きそうな顔したハルト。
以降、宝箱型物入れはハルトや男たちの想いに振り回されて正式名称が度々変わるという些か不遇な扱いになることは、まだ先の話。
かつてスノードームとダンジョンドームの開発話を掲載した頃、感想に『難破船』『ミニチュアのお宝(ワインの瓶、剣)』という意見を下さった読者様がおりまして、作者、『おお?!』とテンション上がり、勝手に『はい、採用』と即決させて頂いてました。なのでこちらは突発的読者様参加作品でもあります。
田上もへじ様、ご意見ありがとうございました! ハルトはもちろん男たちが喜んでますよ(笑)!
そして12月。
先に予告致しますとイベントネタはクリスマスだけかなぁ、といった感じです。年末年始は去年登場した異世界版炬燵でダラダラする光景しか浮かばないので。
なので、冬休み(時期は未定)を頂く以外は通常の更新になりそうです。
近くなりましたら改めて報告致します。




