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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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17 *それぞれの思い、思惑、野望

 

 今回、誓約書などで縛ることはしなかったんだけど、アンデルさんの工房の人達全員とそして虹ガラスの製作を手掛けた工房全てが開発から完成に至るまでを一切漏らさなかった。虹ガラスについては情報を漏らさないで欲しいと強く強調したつもりはないのに、なぜそこまで彼らが私のお願いに忠実に従ってくれたかの答えは簡単だった。

 それだけ、『視察』という名の貴族や富裕層の訪問は職人たちの仕事をさまたげる大きな要因だったということ。


 炉の製作をお願いした職人さん、火力調整のための魔導師さん、不純物を取り除く浄化魔法を扱える魔導師さんも情報を外に漏らさなかったのは、『邪魔されない』を私が確約したから。こんなことで? と当初疑ったのよ私も。でも、職人気質であればあるほど、魔導師として自分の得意な魔法を必要とされていると感じるほど彼らは没頭していく。自分の世界に入り込む。

 それを邪魔されない環境がいかに大切か。そしてどれだけ望んできたか。


 グレイが動けば侯爵様に把握されてしまう。だからグレイはアンデルさんの工房に行かないようにした。私も元々お願いしている商品の確認や提案以外ではアンデルさんの工房に行かないし、シュイジン・ガラスはその『ついでに』見せかけて進めた。これにはハルトやマイケルも関わらせなかった。彼らの動きも侯爵家はよく見ているし、更には彼らの動きを探るスパイなんてのもいるんだから彼らにこそ教えられなかった。ハルトは気づかなかったと言っているけど、あえて気づかないようにしているのかな、と思ったりもする。それはマイケルも同じで、自分たちの動きを探る権力があることを知っている上で私に迷惑がかからないように動いている節もある。

 ……いや、まあ、新作出るたびに権力者たちからの手紙が届くよりも一足早く動いて催促してくることも多々あるけどね。

 で、なるべく外部に漏れないよう動くために『ついでに』と言ってももちろん限界があるのでそれを補うのにアンデルさんの工房から注文していた商品が届く度に納品書にサインをしてそれに手紙を添える。そうやってかなりの頻度でやり取りをしていた。納品に来るのはアンデルさんのお弟子さん、つまりは職人さんなので情報を漏らす心配がないし、何よりその場で一言添えて手紙を渡したりと融通が利いた。


 たったそれだけのことでも、開発を秘密裏に進めることが出来たのは単にこの世界がまだまだ未発達だからというだけかもしれないけれど。


 そしてここまでに至った。

 侯爵家に知られず、私と職人だけが知る秘匿された技術が生まれた。


 実は仕事の妨げになるので過度な視察は避けてくださいとグレイが以前から侯爵様たちに言っていた。

 それはアンデルさんの工房に限ったことではない。発展し続けるククマットとその周辺、特に港のあるトミレア地区はククマットに負けていられないと若い職人を下働きでもいいから修行させてくれと送り込んで来たりする。活発な職人たちの交流はいい刺激となって生産力は当然のこと、品質向上にも繋がりトミレア地区も環境に変化の兆しが見えている。それに比例して視察をしたいという各方面からの問い合わせが増えていて、それは間違いなく物を作る人たちの時間を視察のために割かなくてはならないことを意味していたから私が動く前にすでにグレイは出来る範囲で動いてくれていた。それが良かったのかもしれない、突然の視察は私の所以外では減りはじめていたから。


 その代わり、定期的に意見交換する場を設けていたのでそこで侯爵様たちや視察団と職人や商人といった人達の接点は常に確保されていたのでそれも上手く隠れ蓑の役割を果たしてくれた。そういう機会を用意するといいと言ったのは私。各市場には組合の話し合いをする広い建物があるからね、活発な意見交換は、視察の回数を激減させるにとても有効だった。


「……父上、不満ですか?」

 び、びっくりしたぁ。

 今までずっと、ずうっと黙ってたエイジェリン様が突然喋ったんだもん!! あ、最初からいたからね? 何故か侯爵様の隣に座らずずっと部屋の隅っこで、私からも離れたところでずっと黙ってただけなんだよ。

 というか、気になる。

 エイジェリン様の顔が、怖い。

 明らかに怒りが滲むそんな顔をしていて。その怒りは、侯爵様に向けられていて。

「言ったでしょう、もう我々が口出しするべきではないと。グレイセルが叙爵すればククマットの領主はグレイセルです、こうなることは分かりきっていた、今すでに他にも何かしら我々の知らぬ事が進んでいてもおかしくないじゃないですか。それに……ジュリのすることに、もう侯爵家の名前はいらないんですよ」


 え、ちょっと、何の話?

 グレイとローツさんに視線を送ってみると、二人も何だか分からないって顔をして微かに首を横に振ってみせた。

「下手に侯爵家がでしゃばるとそれが足枷になることは、専門学校の補助員の件で嫌というほど私も思い知らされました。王宮の侍女とはいえ、我が物顔で母と二人で茶会なんて立場から考えてあり得ませんよ、それを母とあなたは許した、ジュリの後ろ楯を増やす、固めるなら致し方ないと。しかし結果はどうでした? ジュリだけでなくケイティにも不快な思いをさせました。そしてあれ以降ケイティは我が家に近寄りもしません」

「ちょっと待ってください、訂正させてください」

 私は慌てて割り込んだ。

「でしゃばるとかではなく、そもそも学校の全権は侯爵家にあります、だから良かれと行ったことを私が全て否定するつもりはないです。ただあの時すでに人選も終わって周囲に告知もしていて、私もそのつもりで色々調整していました、変えたいなら一言、先に言ってくれたなら検討の余地がありました。でもそれがなかったことに私とケイティは懸念を抱いただけで」

「ジュリ。私は、あの時目が覚めた」

「え?」

「ジュリとケイティがいなかったらそもそもこれほどのことは成し得ていなかったのを、全権委ねられているから、侯爵家だからとそれきり二人を無視して恥ずかしくはないのかと、さらなる成長と拡大が出来るのかとグレイセルに咎められ目が覚めたよ」

「エイジェリン様……」

「成し得ていなかったんだよ、君たちがいなかったら、我々は専門学校を通してこの国だけでなく諸外国の重鎮との独自の繋がりを得るなんてことは、決して出来なかった」

「しかしエイジェリン、妃殿下の口添えで抽選会場を押さえられたのも事実だ。それを機に妃殿下とジュリが接点をもつことは悪くないはずだった」

「それだって、妃殿下である必要はなかったですよね?」


 ん?


「あの会館の所有者は、確かに王家ですが……実際に管理しているのはアストハルア家です」


 は?


「妃殿下を通す必要はなかったんですよ、たとえアストハルア家と社交界での交流すらほぼ断絶していたあの頃だとしても。私の調べでは管理が任されたのは二年前、王家が持て余していたのを押し付けられたそうじゃないですか。そんな会館ですよ、使えば使用料が王家に入るんですから王家が口出しするなんてことは絶対にあり得ませんし、何よりアストハルア家にとっても管理費が無駄にかかるあの会館を使ってくれて使用料の一部が少しでも入ってくるなら誰が使用しても文句は言わなかったんじゃないですか? 実際、派閥が違うせいで借りれなかったなんて話もないようです。……この際、ここではっきりさせましょう」


 な、なんか、変な汗をかきはじめた。

 聞いてない。専門学校の入学希望者の抽選会に使われた会館がアストハルア家の管理だったなんて。しかも、王妃殿下を通さなくても借りれたなんて。

 ……聞いて、ない。


「あの時、父上の説明が最もらしく聞こえたので疑問にも思いませんでしたが……王家のものだから妃殿下を介した方がいい、ジュリのことを妃殿下が気にかけていることを周囲に知らしめるのにちょうどいいと言っていましたが、今日の父上の態度で確信しました。父上、あなたは欲張りすぎです」


 グレイは静かに落ち着いた顔で侯爵様を見ているけれど。ローツさんが悲惨。これ聞いてていい話じゃないぞって顔してるぅ!! きっと私も同じ顔してるぅ!! そんなローツさんと目が合った。『帰りたい』。気持ち通じたね、ローツさん!


「そんなに公爵になりたいですか?」


 ぎゃあっ!! と、叫びたい。

 もう話すの止めてとエイジェリン様を止めたい。

「そんなことを望んでいない!」

「そうでしょうか? ジュリを妃殿下……いや、王家に近づけてもジュリは得しませんよね? そんなことベリアス公爵家の動きや陛下の周辺のジュリへの反応の薄さから見れば、今以上に厚遇されることなんてあり得ませんよ。それでもわざわざ妃殿下に近づけるのは次世代、つまり王太子殿下が正式に次期王として戴冠する時、王太子殿下は妃殿下の影響が強いお方ですから王太子殿下の後ろ楯を得られる可能性がありますよ? 事実王太子殿下はジュリに興味を示されている話はシャーメインの手紙からもよくわかりますし。……ジュリがこの地にいる限り、グレイセルといてくれる限り、我が家は切っても切り離せない。王家もそれくらいは把握しています、あなたは、それを利用しようとしているんですよね?」


 あぁぁぁ、ローツさんが泣きそうな顔してるよ。私より可哀想なことになってるよ。うん、これ、他人が聞いちゃいけない話だよね、私は話の中心にいるし、しかもグレイの婚約者だから仕方ないにしても、これはローツさん関係ないし巻き込まれたくない話だよね……。

 後で美味しい酒をご馳走するから我慢して。


「利用して得られるものは、限られてますよ。……負債が膨らみ続けるベリアス家を蹴落とすだけの財力がうちには出来上がりつつありますから、その気になればいずれ出来てしまうんでしょうね。ましてやグレイセルがいる。万が一実力行使となればグレイセルを出すことで間違いなく、我が家は勝利するでしょう。その算段があなたの頭の中で過ったはずです。この私でも一度は考えたことなんですから。……ベリアス公爵家の陰謀で国境防衛のために領民を差し出す羽目になったあの時のことは禍根として残り続けます。その報いをいつかはと私も考えていますから。でも、今ではありませんしそこにジュリは巻き込んではダメです、【選択の自由】が発動するでしょうから我が家はロクなことにはなりません」

「そんなことを私は考えていない!」

「そうですか?」

 冷ややかな声だった。侯爵様の激情とは正反対の酷く冷めたエイジェリン様の声が印象的だ。


「でも父上、あなたはグレイセルがこの家に対して隠し事をしていたことにショックを受けてますよね?」

 淡々とした、優しさなど微塵も感じない声でエイジェリン様は続ける。

「グレイセルがこの家ではなく、ジュリを優先し独自の道を進んでいることに、動揺をしてますよね父上は。あなたは私とは違う意味でグレイセルが独立することを恐れていますよね? 今回のことだけじゃない、グレイセルが分家として叙爵を望んだ時から」

 どういうこと?


「私が恐れているのはグレイセルがジュリを伴ってこの地を離れてしまうことだよ」

 エイジェリン様は私に体ごと向いて説明を始める。

「それは、どうしてと伺っても?」

 エイジェリン様は静かに頷いた。

「ジュリがこの地を発展させているのと同時に、グレイセルはこの地域一帯の防衛そのものを担っている。いるだけで犯罪率が極めて低く抑えられているんだよ。そして君がいてくれるお陰で【彼方からの使い】が頻繁に訪れてくれる。それがさらに相乗効果として犯罪率をさげてくれる。これほど安全な土地はこの大陸でも極めて珍しいと思うよ」

「……たしかに、そうですね」

「それだけで、防犯のための予算が抑えられ、税はもっと別の使い途が広がる。領民の生活に還元される。土地が豊かになるんだよ、金の力だけでなく心のゆとりで豊かになれるんだ。それがいかに難しいことか、少なくとも次期領主として理解している。根本的な犯罪率低下の対策を後回しにしているだけと言われても私は構わないんだ。それに追随するのがジュリが生み出してくれる新しい商品や事業で、共同で権利を有するそれらからお金が生み出されている。そのお金でもって、体制を整えればいい」

「なるほど、そうですね? 資金が潤沢であれば、いざ体制を変えなければならないというとき費用の心配をする必要がないですから。後回しにしているというよりは、準備段階といった方が良いと思います。私の感覚からすると今のこの勢いに乗っている状況とグレイの影響力が強い時期を利用して体制を整える資金を蓄えている、という感じですかね?」

「理解があって助かるよ」

 エイジェリン様がにこりと微笑む。

「だから私は、二人にいてもらいたい。というか、自由にさせておけばいてくれるし、こちらが掛け値無しで手を差しのべていれば二人もいざというとき我々に手を差しのべてくれる。たとえ本家と分家に別れてしまっても私は、それで満足なんだよ」

 エイジェリン様は、不意に視線を侯爵様に向けた。それにつられて私も。

「でもあなたは違う」

 はっきりと、エイジェリン様が言葉をぶつけた。


「グレイセルが伯爵位を得たいと言った時……顔では笑ってそれを歓迎していた。でも、心は穏やかではなかったでしょう。交渉は当然、何にでも使えるジュリの技術と知識がクノーマス侯爵家から離れていくと。本家ともなればグレイセルを抑圧するのは簡単、けれどそれを一度でもやってしまえば? あなたは侯爵として父親としてグレイセルの信頼を失う。……それは側にいるジュリに直に影響する」

 一瞬の沈黙。

 エイジェリン様は父親である侯爵様の顔をじっと見つめたまま。


「つまらぬ欲は持たないでもらいたい。そんな事でクノーマス家の、この領の今の勢いを削がれるなんて誰も望んでいません。あなたの思惑や欲はあなたのものであってこの領や住まう人々のものではない。父上、私たちを巻き込まないで下さい。もし本当に我がクノーマス家が公爵という地位に登り詰めることが出来るとしても、それはあなたでも私でもなく、その先、ジュリやグレイセルが生涯を閉じ、それでも尚ククマットとクノーマス領が発展し続ける基盤が出来てからです」


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