17 * 親と子の価値観
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………「あまりあからさまな距離は取るなよ」
初めてのことだった。
ローツさんはグレイがいるにも関わらず私にクノーマス侯爵家との距離感についてはっきりと明言してきた。
「ただ、いいタイミングではある。【彼方からの使い】リンファと親しくしていることが周囲に浸透しはじめたからな、侯爵様も無視は出来なくなっただろう」
「……ローツさんがグレイの前でこの手の話をするとは思ってなかったけど?」
「まあな、俺だって今まではそんなつもりはなかったし。でも、事情は変わりつつある、柔軟に対応していくしかない」
そしてローツさんもやっぱりあのネイリスト育成専門学校の補助員変更で危機感を募らせていたことを話してくれた。
「あれは俺の方が肝を冷やしたぞ?」
「え、なんで?」
「子爵家次男、そんなのが王家に対抗出来ると思うか? 下手なことして実家に圧力なんてかけられたら俺は一切身動き出来ない。例え補助員という期間の決まっている、たった一枠だとしても、王家が介入しやすい場所にしてしまったらそこはもう動かしようがなくなる。ましてまだあの頃ギルドに厄介なベイフェルア出身のギルド上層部が残っていた、そいつらが王家の動きに同調してたらそれこそ治外法権並みの干渉が不可能な場所になっていた可能性もあった。まあ、それは杞憂に終わってホッとしたがな。だから感謝してるんだよ、ケイティが侯爵家と王妃殿下のところに乗り込んだこと」
「あ、あぁぁぁ……あれはねぇ。うん、ケイティが怒ってたからね、マジだったからね」
つい、遠い目をしてしまう。
あの時のケイティの怒りといったら。
侯爵家と王家に乗り込んだんだからね? 喧嘩上等で行ったからね? 出方次第ではケイティは本気で敵対するつもりだった。それくらいには怒ってた。
ちら、とグレイを見れば。なにその顔。なに一人で達観したような穏やかな顔して酒飲んでるのよ?
「ケイティが動くということは必然的にマイケルも動くだろう? その先には何がある? テルムス公国だ、たかが一貴族が抗える国でもないしましてやギルドがテルムス公国を無視することはない、ベイフェルアのギルド上層部が動くにも限界があるだろう。そこで【彼方からの使い】二人を完全に敵にしてなんの利がある? さらにはそこに必ずハルトが介入してくるだろう、【彼方からの使い】というのは良くも悪くも仲間意識が強いように思う、一人を怒らせれば複数を怒らせることに繋がるのは明白だ。たとえ私の生まれた家だとしても、【彼方からの使い】を敵に回すような振る舞いを私は認めないし関わるつもりもない」
潔い? 回答いただきました。
「グレイもつまりはローツさんと同じ考えってこと? 私がクノーマス侯爵家との関係をもう一回見直して再構築することに賛成?」
「そうだな」
きっぱり言い切っちゃったよ……。この人はあまりこの件白黒はっきりするのは良くないと思うんだけどねぇ?
まあ、その辺は本人に任せるとして。
とにかく、シュイジン・ガラスは私の武器として今後扱う。
だから侯爵様に欲しいと言われても、利用したいと言われても、私はそのためにアンデルさんに製作を依頼することはないし、試作品だろうが失敗作だろうが、それらもアンデルさんと私だけが所有する。
シュイジン・ガラスを侯爵様の前に私が出すとき。
その時は 《ハンドメイド・ジュリ》の商長として何らかの交渉をするときになる。
グレイとローツさんも原則そんな使い方をしてもらう。
そしてこの二人限定で個人で所有するために購入するものは転売と譲渡をしてはならないという契約書を交わし、その数も制限を設ける。当面私から二人が買えるのは一度に『キャンドルホルダー』一点のみ。そして一度買ったら一定期間買えない。所有するにも、仕事の交渉材料としても、その条件は変わらない。
かなり制限がある内容だけど、それだけ作るのが難しいものでアンデルさん一人が作れる量を考慮するとこうなる。今現在の品質維持のための必要措置。
そして、私が友情だ親愛だなんて理由でこれを使うことはない。あくまで 《ハンドメイド・ジュリ》の商長の武器として利用、グレイとローツさん二人にはそんな私の代理である証として利用してもらう。それをさせることで私がどれだけこの二人を信頼し事業を任せているのかを内外に示すことが出来る。そしてこの二人がその信頼を決して裏切らず、商長である私に従っているのかも。
このやり方がいいのか悪いのかは試してみないことには分からない。試行錯誤しながら、調整していくことになるけど、それでも私の武器ということは変わらない。
キャンドルホルダーは至ってシンプルな作り。
高さ十センチ、十二の面がある、十二角柱状の形。キャンドルが安定的に入りやすいよう中は円柱に削られている。
余計な細工は一切施さない。揺らぎのない平坦な面と、鋭利な角。十二の寸分違わぬ均等な辺を指でなぞると切れてしまいそうな不安さえ過る真っ直ぐで硬質な質感。艶やかで極めて透明なガラスの煌めきを放つ七色の光を堪能するにはこれくらいシンプルであるのがいい。
アンデルさんに依頼して作ってもらっていたものをテーブルに並べて、そのうち二つをそれぞれ専用の箱に入れてグレイとローツさんの前に差し出した。
「それは特別にプレゼント。これからもよろしくの意味でね」
男二人が目を輝かせた (笑)。
「ちなみに、カットや研磨もアンデルさんが一人でやってるからホントに生産数は期待しないでね?」
「ん?」
二人が首を捻る。
「アンデルはカットや研磨を人に任せるのではなかったか?」
「そのつもりだったんだけど、やってみたら宝石の研磨師よりも上手かった。本人がびっくりよ」
「……まさか」
「うん、私の恩恵……」
あははは、これには私も驚いた。
「だから完全に秘匿出来ちゃうわけよ、外部委託は専用の炉を制作・修理してくれる職人さんだけなんだよね、火力調整のための魔導師さんと不純物を取り除く魔導師さんはアンデルさんが完全に抱え込んじゃったし」
開発をごり押されて無茶振りされまくりのアンデルさんを憐れに思ってか、それとも私の秘匿したいという気持ちに反応してか、とにかくアンデルさん一人で作れちゃう恩恵ががっつりと。
「おもしれぇなぁ」
って、アンデルさんはしみじみとした様子でその恩恵を受け止めてたわ。ある意味、白土部門の部門長に就任したウェラと同じで一つのことに特化した恩恵になる。それはその特化した部分に心血を注げばそそぐ程に成長することはウェラの作る物を見れば一目瞭然。まさに職人としてその手が進化してるんだよね。その人に合ったものつくりと恩恵が上手く噛み合ったそのとき、『天性の素質』が開花しているのかもしれないとマイケルは言っていた。
ものつくりを楽しみ、相性のよい素材と出会い、それに見合った技術を支える器用さやセンスを兼ね備えた人が得られる恩恵の発動は極めて低い確率だと思うけれど、このククマットには元々職人さんが多いし、この世界は手作りが圧倒的に生活を支える。当たり前といえば当たり前の恩恵かもしれないけれど、それでもここに私が召喚されなければ今の環境は作られなかった自負がある。
その恩恵を私が生きている限り使えるというのなら、使うしかない。
今していることを未来に残すために。流行り廃りで浮き沈みするものではなく、『当たり前』として残すために。
静かな戦い。
グレイとローツさんは、侯爵様と向かい合い、私はそれを少しだけ離れたところで見守る。
グレイが私と『売買』の契約を交わした。シュイジン・ガラスのキャンドルホルダーの契約書。事前に用意していた交渉のための、たった四つのうちの一つ。
いま、それは侯爵様の目の前で黒のベルベット生地の上に乗せられ置かれている。グレイ個人による侯爵家との交渉のために。
初めて見たその輝きと透明度に感嘆の息を漏らして、そして間もなく歓喜した侯爵様とは別人のような雰囲気を放って息子を睨んでいる。
「どういうことだ」
「今説明した通りです」
「これがククマットの工芸品になればどれ程の影響力を得られると思っている?」
「ですから、それは既に螺鈿もどき細工で今は十分です。少なくとも、父と兄上が領主として治める間は多大な影響力をもたらします。ですからジュリ個人の武器でいいんです。それに生産が極端に限られますからね、工芸品なんて到底無理です。ククマットの領主となる身としての意見を申しますと、シュイジン・ガラスはジュリの武器、一番いい使い方です。我々 《ハンドメイド・ジュリ》の従業員としてもククマットにとっても」
淡々と語るグレイを前にして侯爵様は一瞬ぐっと息を詰まらせた。
「……なぜ、相談しなかった。せめてお前は、私に一言あっても良かっただろう」
侯爵様に様々な感情が渦巻いているのは嫌でも感じとれる。特にそれはグレイに対してが圧倒的に占めているのはその視線からも探るまでもなく見てとれる。
私にも言いたいことはあるだろうけれど、侯爵様は私に『寄越せ』とは決して言えない。間近で私を見ているゆえに、【選択の自由】というものが、神の干渉が実際に起こりうることだと知っているから。そしてその前に【彼方からの使い】を敵に回す可能性があることもよく理解している。特に最近はローツさんが言っていた通りリンファとの繋がりを気にしていることはグレイから既に聞かされていた。ハルトとは違う意味でリンファは怖い。バールスレイドの皇族同等の地位にいて、そして最近はバールスレイドの魔導師の頂点、魔導院を掌握しかなり大きな権力を手にしている。
『権力』そのものを得たリンファ。ハルトやマイケルたちのような自由な立場ではなく、明確な地位を確立した【彼方からの使い】だからこそ、各国はリンファに不用意に接触しない。些細な齟齬で国際問題になる人物だから。それを侯爵様も酷く気にしている。間違いなく彼女の権力は簡単に侯爵家を潰せてしまうから。たとえ他国だとしても、彼女が侯爵家を排除しようと動けば、この国は簡単に侯爵様を見捨てる。この国は、侯爵家を利用はしても守る気など更々ないんだから。
だから、侯爵家とそれを取り巻く環境にいる人たちはグレイとローツさんの存在を今重要視し始めた。
私が間近にいることを許し、仕事を任せている貴族がこの二人だけだから。
そして、それを一番理解しているのはもちろん侯爵様やエイジェリン様なんだけど……。
―――グレイセルが侯爵家を蔑ろにすることはない。―――
という侯爵様の自信が今まさに揺らいだわけで。
グレイは何の承諾もなく、承諾どころか一言もなく、シュイジン・ガラスの取り扱いの契約を私と結んだ。
全てを把握してきた侯爵家にとって、グレイが叙爵、そしてククマットを領地として得ることで螺鈿もどき細工がグレイのものになることは私との関係から避けられないことだと分かっていたからそれに伴う契約を侯爵家は結び直したばかり。もちろん、侯爵家が半分の利権を得られるものよ。侯爵家と私達は基本、そういう流れで色々な契約や提携、売買をしてきた。
見えないものは、なかったの。
今回、侯爵家はアンデルさんの工房からガラス開発の気配すら察することが出来なかった。
厳重に厳重を重ねた秘密裏の開発が進められてそして完成まで一切露呈しなかったことにも侯爵様は動揺を隠せないでいる。
「どうやって、開発から完成まで漕ぎ着けた」
「それは父上であっても教えることは出来ません」
「製作は、アンデルの工房と言ったな?」
「ああ、そのことですが」
「?」
「まず、すでにククマットの運営は私に任されています、ククマット内のことは必ず私を通してくださいね。それと……間違ってもアンデルを責めるようなことはしないでください。職人として、技術を極めようとしただけです」
「なに?」
「体裁など一切気にせず、ただそのことだけに打ち込む環境を整えたい、どうすればいいという問いにジュリが言ったのは単純明快です」
『なら、グレイはもちろん侯爵様たちが進捗状況の確認とか言って度々工房を訪ねるのを一切止めるべきよ』
「ということでした」
そして侯爵様の視線が、戸惑ったように揺らいで、そしてその揺らいだ眸が私に向けられた。
「一瞬の気の緩みも許されない行程が沢山あるんですよ。手を止めた瞬間、一からやり直しなんです。あらゆる制限は勿論高等な技術や精密な操作、それを一から十まで求められます」
「それならそうと言ってくれれば」
私は隠すことなく、堂々と語るつもりだった。
「その程度の安易な言葉は信用しません」
侯爵様が私の言葉を遮り責めるような雰囲気を出した途端、それを諌める少しだけ大きな声を出したのはグレイだった。
「ジュリは大丈夫なんです、アンデルに染み付いている習慣や価値観がないから。でもアンデルは、あなたが訪れたら『すみません手が離せません』と背を向けたまま、言えると思いますか?」
侯爵様が弾かれたような、そんな顔をした。
「絶対に言えないんです、絶対に出来ないんです、領主であるあなたや私たち貴族より仕事を優先するなんて、生まれたときから刷り込まれた身分が『許さない』んですよ。背を向けて領主に挨拶するなんて無礼を彼ら自身が」
……うん、これ、私ディスられてる (笑)。
私はやるからね、『あー、今手が離せないんでぇ!』って、顔すら出さずに大声出して終わりというね。
まあ、それは今更ってことで。
でもその通りなわけよ。これはもうね、刷り込みなのよ、間違いなく。
口には出せないけど侯爵家の人たちが突然訪れて困ったことって結構あるらしい。こういう時私かグレイが対応してるけど、いない時帰れって誰も言わないし言えないんだって。それはローツさんでも例外ではなく、ローツさんに困ってることがないかと何度か聞いているうちにようやく『実は……』と以前話してくれたことから分かる。
それだけ、絶対的なものなのよ。
シュイジン・ガラスの開発に踏み切る決心をした時、アンデルさんの工房に私は約束した。
「あなたたちの邪魔になるものを私達が全力で排除する」
って。
「だから、工房全ての人も私に約束してほしい、全力で琉球ガラスを開発すること、アンデルさんのクリスタルガラス開発に協力すること、ガラス全般の品質向上を更に目指すこと」
と。
そして、それが守られたから。
出来た。
琉球ガラスこと虹ガラス。
クリスタルガラスことシュイジン・ガラス。
この二つが。
侯爵家と距離をとる。
たぶん領民からしたらありえない考えですよね。でも普通に日本で生活してた経験があれば割り切るとか線引とか考えると思うんですよ、だって貴族ってだけで面倒臭いこと確定じゃないてすか(笑)。
で、そこにその関わりが深い家の内情とか、身内との結婚とか、どう考えてもトラブルに巻き込まれるのが目に見えてしまう環境にいるんだからジュリが【独立】を目指すのは自然なことかなぁなんて思います。
グレイセルと共に、ククマットと《ハンドメイド・ジュリ》が本当の意味で独立できるのか、見守っていただければと思います。
……あれ、一応このお話って恋愛カテゴリになってるんですが。ハンドメイドで稼ぐ話なんですが。
頑張ります!恋愛要素もハンドメイドネタも頑張ってかきます!!




