表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

231/638

17 * 武器

 色ガラスの原料について、ハルトに徹底的に解析してもらって驚いたのは、今現在出回っている色の素となる原料とハルトが見つけてくれたものは全く違うということ。

 つまり、この世界では地球とは違う物質が存在していて、さらにそれが膨大な数になるだろうことも意味している。

 いやね、ホントにびっくりしたのよ。

「あれ、これ全然違うじゃん! まじかよ!」

 ってハルトがびっくりしてたんだから。

 例えば、赤いガラスの原料になる物質がハルトが見つけたものはとある山の岩石なのが、今使われているのは魔物の骨だったりと、全く違う質なのに同じ色になるガラスの原料として使えてしまう。

「そりゃこの世界の奴等が『そういうもの』って割りきるわ!!」

 と、ハルトが叫ぶ程のファンタジー。


 ……なんというか、この世界は本当に未解析のものが多いんだなぁと実感。そしてそれらがどういうものなのか判断するための技術なり能力が著しく低くて、そして出来る人が貴重。

 そりゃ、なかなか文明も発達しないわけだ。

 今まで色々と言っちゃってごめん。うん、環境がある意味過酷だった。そんな中でみんな頑張ってたんだね、うん、頑張ってた。


 とは言え、なんでもかんでも『そういうもの』で終わらせてはいけない。

 やれることはやりなさい、【彼方からの使い】だって限界があるんだから、必要以上に頼るんじゃないよと言っておく。


 ちなみにこの色ガラスのための素材探しをした時点でハルトは私がガラス開発に着手することを察するよね、という私の読みは外れ。

「単に俺のことコキ使っただけかと思ってた」

「ああ、それはあながち間違いではないわね」

「否定しないんだ?」

「しないわね、嘘言っても仕方ないでしょ」

「そういうところ尊敬する。あと流石にガラスの知識までないと思ってたからさぁ。どっかの工房に丸投げするだけだと思ってた。そうすると配合とか時間かかるだろ、ぶっちゃけ期待してなかった」

 なるほど、そういう理由があって全く意識してなかったんだね。


「ほえぇぇぇっ綺麗じゃん」

 ハルトは並べられた琉球ガラスこと『虹ガラス』を前に、嬉々として目を忙しなく動かし一つ一つ確認してる。

 気泡とグラデーションを活かしたものだけじゃなく、気泡の入らないガラスに水玉や線、それらが変形した柄など多岐にわたるそのデザインにその場にいる人たちはハルトのように一つ一つ確認しつつ目を輝かせている。

「無理に気泡を無くす必要はないんだねぇ、あたしはこれが好きだよ」

 フィンは丸みのある底が厚めのぽってりとした、沢山の気泡と共に底に向かって緑にグラデーションがかかるグラスを手にそう言った。

「あたしこれ。この組み合わせ好き」

 キリアは細く縦長のグラスで、青から紫にグラデーションがかかり、底に白い筋が弧を描いて入っているものを手にニコニコしている。

「今ククマットとイルマ地区の合計四ヶ所の工房で手当たり次第に作ってもらってるからここにあるのは三、四個なら好きに持って帰って良いからね。全部私が既に買取りしたものだから」

 ちなみにここには今、グレイ、ハルト、ローツさん、キリア、フィン、ライアスがいる。

 私の言葉を皮切りに、グレイ以外は急にキリッとした顔で互いに牽制しあいながら欲しいものを手に取り集めている。だからそんなにピリピリしなくても次々作品は作ってるんだから大丈夫だって。

「……これで今晩は琥珀酒 (ウィスキーのようなもの)を飲む」

 口が少しだけ広めで小振りなグラス。気泡なしの底に向かって透明からダークグレーにグラデーションがかかるのをお気にめし、それ一択のグレイは静かな争いなんて我関せず。

「それ気に入った?」

「これはいい、氷と琥珀酒がとても映えるはずだ」

「じゃあアンデルさんの所にその色合いでいくつかお願いしとくわ」

「ああ、頼む」


 ハルトはやっぱりペーパーウェイトを選んだ。四角と楕円の、そして色が全部違う計四つ。一つで良くない? という私の問いかけはスルーされた。

「金払うからこの二客欲しい」

 そして追加で、そう言って指差ししたのは気泡が入った底に向かってピンクから透明に、黄色から透明になる丸っこい可愛いペアになるグラス。

「あ、ルフィナへのお土産?」

「そ。あいつ黄色好きだし」

「ん? ピンクじゃないんだ」

「ピンクはオレの」

「……なんであんたがピンク」

「え、可愛いじゃん。それにこの黄色とお揃いだろ?」

「だったら緑と青も同じデザインあるのに」

「でもこの黄色にはこのピンクじゃね?」

 どれでも合うけど? ま、いいや。それで満足ならこれ以上言っても仕方ない。

 ハルトには色ガラスの原料探しに協力してもらったのでアンデルさんの所ではないククマットにあるもう一ヶ所のガラス工房が定期的にハルトの好きなものを作ってくれる契約を交わしたことを伝えれば小躍りしそうな喜び方をしてたよ。


 なんだかんだ言いつつも色ガラスが好きに作れるようになることはガラス工房にとっては大きな転機となるわけで、アンデルさんのところだけでなく知り合いのいる工房にはその原料や配合のレシピなどを既に無償提供し、虹ガラスの開発を同時に進めてもらっていたからそう時間もかからずククマット、クノーマス産のガラス製品として定着してくれるはず。ガラス製品がもっと多彩になることを願って、職人さんたちには今後とも頑張ってもらいたい。











 そして、こちらが私にとっては重要なこと。


 シュイジン・ガラスは特別販売占有権に登録せず、アンデルさんが当面の間は技術を秘匿する。もちろん、製造工程や原材料などの詳細が書かれたレシピは私も所有する。その他に、私はシュイジン・ガラスの独占購入契約をし、アンデルさんはその技術を今後誰に継承するかなどを決める際は必ず私の許可が必要な契約を。

 事実上、シュイジン・ガラスは私とアンデルさんだけが扱いを決められる。


 このシュイジン・ガラスは私の『武器』にする。


 今後はそういう『武器』をいくつか作りたいと思っている。

 利益を得るのではなく、身を守るためのものを。

 とくにこのシュイジン・ガラスは重要な位置付けになるはず。


「これは……」

 手袋をした手でローツさんはシュイジン・ガラスを持ち、瞬きを繰り返しただ見つめる。

「これが、シュイジン・ガラス……」

 そう呟いて、黙り込んでしまった。

 今私と一緒にいるのはグレイとローツさんだけ。そしてここは、グレイと私が住む屋敷で強力な結界が張られた応接室。

「欲しかったら、私から購入してね」

 その一言でパッと顔を向けてきた。グレイも驚いた顔をする。そして同時に私はとあるものが入った箱を開けてみせた。

 唯一、シュイジン・ガラスの原料や製法が書かれた一冊の本を。

「……これ、は?」

 戸惑うグレイとローツさんは、それが何なのか分からない。何故なら。

 日本語で書かれているから。自動翻訳を意図して無視すると不思議なことに日本語を喋る、書くことができる。リンファに『シュイジン』の発音を聞いたときも、彼女が意図して自動翻訳を無視してくれたことで知ることができた。この摩訶不思議な【彼方からの使い】特有の能力は『秘匿』するには非常に有効的な手段よね。


 アンデルさんは『秘匿するものを書に残すべきじゃない』と頭に原料、その配合、そして製法を叩き込んである。私も殆ど覚えている。それでも残そうと決めて度忘れした時のために、私とアンデルさんに万が一のことがあったときのために、日本語で残しておけばいいんだと気づいた時の自分を誉めておく。

「もし、他で作るならばこれを解読するか、もしくはアンデルさんを買収するかしか手段はないの。あとはハルトに読んでもらうか、かな」

「う、売り出さないのか?!」

「売るよ? だから買ってと言ったでしょ? アンデルさんは私の依頼でしか作らない契約を交わしたから、欲しければ私から購入して。これはね、私の武器にするから」

「武器、だと?」

 グレイの目が鋭くなる。それを見て、つい笑いそうになる。

「そう、武器に。富裕層はもちろん権力者を交渉の場に引きずり出したり、黙らせたり、言うこと聞かせる武器よ」

 それを聞いた二人は一瞬ポカン、としたけど急に笑いだす。そうそう、こうなる気がしてたのよねぇ。

「参った、流石だ!!」

 ローツさんは愉快そうに。

「これはこれは、最強の武器だ」

 グレイも愉快そうだわ。

「グレイとローツさんには、私がアンデルさんから購入する額そのままで売ってもいいよ? でもそれには条件があるの」

「 《ハンドメイド・ジュリ》関連の交渉に使う場合と、その成功報酬的なものか?」

「そういうこと。それでね、あくまで現状グレイとローツさんだけが個人所有出来る人っていう認識でいて欲しいのよ」

 ふと、グレイの顔が曇る。

「それは、例外なしか?」

「なしよ」

「……個人的にといったな、私に、侯爵家を含むことは出来ないということだな?」

 その言葉にローツさんも急に笑顔を消し去った。

「しないよ、それじゃ私の武器じゃなくなる。《ハンドメイド・ジュリ》のため、私のためにシュイジン・ガラスを使うと決めてるから。グレイは確かにクノーマス侯爵家の人だよね、でも 《ハンドメイド・ジュリ》の副商長でもある。……侯爵家と 《ハンドメイド・ジュリ》の『線引き』をね、そろそろ見直そうと思ってたから」


 今まで曖昧だったからこそ、ネイリスト育成専門学校開校時に補助員の受け入れですれ違い私と侯爵家の考えの違いが浮き彫りになった。確かに私は専門学校の権利は有していない。けれど私とケイティの意見が最優先されることは初めから決まっていたし覆ることのない決まりでもあった。

『契約』していなかった。いわゆる口約束だった。


 ケイティは信用していたのに、裏切られたと思って警戒するようになった。

 侯爵家なりに許される範囲で、出来ることをしたつもりが警戒されることになった。

 事業内容も資産も増え続けるなかで、この曖昧な関係は危険なのだとあの時嫌というほど実感した。

 だから、グレイとローツさんのことも『優遇』するのは危険なのだと。

 そう、グレイだけじゃない、ローツさんも同じことを引き起こす危険性がないわけではない。子爵家の次男、《ハンドメイド・ジュリ》の重要人物、そして白土やその他 《ハンドメイド・ジュリ》の技術をいち早く取り入れるフォルテ子爵領の成長。規模と影響力は侯爵家より小さいと言っても、貴族というだけで世間一般への影響力は計りしれない。

「グレイとローツさんには、 《ハンドメイド・ジュリ》の従業員として動く時は、なによりも店を最優先してもらう契約を交わしたいの、正式にね。クノーマス家とフォルテ家とうちの事でトラブルになったとき、二人は店を支持することは出来る? ……どうする? その契約をしてくれるなら、シュイジン・ガラスをグレイとローツさんそれぞれ個人の武器としても利用できる契約を結んでもいい。もちろんこれも条件はかなり厳しくさせてもらうけど」


 ……大丈夫かな、この二人。

「普通もうちょっと悩まない?」

 あっさり『イエス』と言ったこの二人を誰か説教してほしい。契約書出したらニヤニヤしそうになる顔を必死に抑えてさっさとサインしちゃって。明らかに二人とも実家に対して優位に立てる物を手に入れた顔してる。

 ……まぁねぇ、二人とも次男だから。ヒエラルキーがね。

 というか、ローツさんが実は私の中ではキーマンだったりする。

 この人は決してグレイの前では言葉にはしないけれど私がクノーマス侯爵家との付き合いで『個人的』と『利害関係』を完全に分けて考えていることを肯定的に捉えている。さらにローツさんは貴族出身とはいえ、すでにフォルテ子爵家はお兄さんが受け継いでいて自由の身であり、そして 《ハンドメイド・ジュリ》の経営権を有する重役。過去に王家直属の騎士団に所属もしていた国でもトップクラスの軍人だったという肩書きは今でも影響力があるらしい。つまり、『家を背負わず貴族や元軍人としての影響力を持っている』という、非常に私にとって理想的な力を持っている人。更にこの人の男爵位の叙爵の準備も進んでいる。フォルテ家がグレイとクノーマス家の後ろ盾を得られるならと快諾してくれたから。一番下の爵位とはいえ、社交界に自由に出入り出来る立場になるだけでもかなり利がある。

 そしてこの人をこちら側にしっかりと捕まえておく最大の利点はグレイへの影響。グレイが揺るぎない絶対の信頼を寄せている唯一の人物。次期侯爵であり兄であるエイジェリン様よりも重きを置いているのは日々の接し方からよく分かる。


 いい時期だったかもしれない。


 ローツさんもネイリスト育成専門学校のあの件では、侯爵家に対して思うことはあったようだから。


 そして。

 私とグレイが結婚しても、《ハンドメイド・ジュリ》は私のものであること、決して侯爵家が経営権を得ることはないこと。

 クノーマス伯爵領となるククマットで生み出されるものは今後グレイセル・クノーマスの許可がなければ侯爵家は売買はおろか持ち出しすら不可能になること。

 結婚とグレイの叙爵で私達を取り巻く環境は必ず変わる。

 その変わりゆく環境下でシュイジン・ガラスが武器としてではなくリスクになる可能性は未知数。それでも、進むべき道にある選択肢として、選ばない理由が、ない。


 クノーマス侯爵家からの独立。


 他の追随を許さない技術の開発。


 恩を仇で返したいわけじゃない。

 けれど。


「ようやく、ここまで来たな」

 グレイが私の気持ちを代弁するような言葉を噛み締めるように呟いた。

 伯爵として領主としてここを治めることになるグレイにとっても、私達になくてはならない存在になりグレイと共にククマットの中心に立ち始めたローツさんにとっても、大きな意味がある。

「スタートラインに立っただけだけどね」


 何処まで、いけるのか。


 《ハンドメイド・ジュリ》を柱として、ククマットは、《職人の都》を目指すここは、何処まで成長出来るのか。


 自分達が何処まで、自らの力でこの地を大きく豊かに出来るのか。


 私は【彼方からの使い】としてこの地の繁栄に携わりたい。けれど、この二人は私とは違う感覚かもしれない。どことなく男のロマンのようなものと捉えている節が感じられるから。けれどその男のロマンもここを大きく成長させてみせるという確固たる意志から生まれた、明確なビジョンありきのものならば。

 それが野望に変わろうと私は歓迎する。向いている方向は一緒だから。獲物を狙うようなギラギラした目をしていいの、それくらいじゃないときっと完全なる独立なんて無理だから。


「これからだね。焦らずに、でも確実に……」







先に申し上げておきますと、このシュイジン・ガラスですがここまでで重要な位置づけだと分かるのにこの章終わりましたら殆ど出てきません(笑)!

いや、他のもの作りっぱなし、出しっぱなしの物が多々あるのですが、ほぼそうなのですが、如何せん物語進めるのに経過とか後日談とかばかり載せられずという状況です。ついでに裏話とかモブさんたちの語りとかくだらない話とか書きたい性分が出てきてしまうのです。

そしてシュイジン・ガラスについてはその用途も特殊なのでなおさらです、すみません。


今後重要な場面で出てきます。それだけは確かです。

ただし、重要な場面もまだ一つしか確定していません。それ以外で使うかどうか、迷っている最中です。

そのへんご理解頂き読んで下さるとありがたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  ハルトが自分の分としてピンクを選んだとき、桜を、異世界お花見を思い出さずにいられませんでした。ハルトの漢字は陽ですが、音から春も連想してしまいますし、そうなると桜も引っ張り出されます。切…
[一言] ジュリさんも柵が増えてきたねぇ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ