17 * 自動翻訳が活躍
ガラス製品、もう一つ。
「リンファー!!」
「ジュリ! 何事?! あなたの気配がして驚いたわ! 何があったの」
「ねえ、中国語で『水晶』ってどう発音するの?」
「……何、言ってるの?」
「え、だから、『水晶』の中国語の発音」
「水晶なら『シュイジン』」
「『シュイジン』ね……うん、ありがと!!」
「ちょっと待って」
「ん?」
「今さら自動翻訳無視して、しかもあなたの母国語じゃないじゃない、そして、なにしてるの」
「何って、知りたかったから聞いたんだけど」
「そのために来たの?」
「うん、そのため」
「わざわざ?! そのために遠距離を転移してきたの?! そして隣は誰?!」
「あ、この人バミスのアベルさんの同僚、枢機卿のネルセルさん」
「想像以上に重鎮だわね?!」
「今日休みでうちの店に買いに来てくれててちょっとお話してたら転移してくれるっていうからお言葉に甘えて」
「なんて人を足にしてるの!」
「初めてお目にかかります、ネルセルと申します礼皇リンファ様。どうぞお見知り置きを」
「御丁寧にありがとう。ではなく、ジュリちょっと何なのよ?」
「詳しくはあとでね、じゃ!!」
「失礼いたします」
「え、うそ、ちょっと本当になんなのあなたは!! ジュリーーー!!」
あとでがっつり怒られました。
でもね、仕方ないの。私は焦ってたの。
だって名前。
そう、名前を決めるとなるとどうしてこの世界の人たちは安直なんだろう、という焦り。
遡ること一時間ほど前。ついにアンデルさんが完成させたこの世界初のクリスタルガラス。これについていくつか私が決めていた事がある。その一つが名前。
自動翻訳で水晶とクリスタルが同じ意味でこちらで使えることは以前から知っていた。本来クリスタルとは『結晶』を意味していて、地球では水晶を指すことが多いけれど実は結晶化したものは基本クリスタル(結晶)という単語がついていて問題がないらしいのよ。塩とかミョウバンとか全部結晶だからこれらもクリスタルの一種。
そもそも水晶は英語でクオーツ。でも、この世界では性質が類似したファンタジーなものが数多存在しているからか、自動翻訳は私が解釈、分類しやすいように使い分けてくれているらしい。そういうことは珍しくなくて、大変助かっている神様からのギフトでもある。ちなみに自動翻訳は透明度が高い結晶の形がきれいに出来やすくてインクルージョンが少ないのを〇〇クリスタルとしてそれ以外を〇〇水晶としているかな。
で、『クリスタルガラス』という言葉を使ったとき、この世界の人たちは勘違いしてしまう可能性に気づいてね。それはクリスタルガラスの説明をした時のグレイやアンデルさんの反応からもよく分かった。
「何らかのクリスタルを使ったものか?」
って聞かれたの。クリスタルが含まれるガラスという解釈をしたのよね。
なるほど、そう捉えるのかと。それでずっと考えてた。名前を。あくまでこれは人工物でガラス。それがはっきりと分かる名前が付けたかったのよ。
ノーマちゃん人形の時を彷彿とさせることが起こったから。
「名前か、名前……ジュリ、お前『姓』を持ってるよな?」
って、アンデルさんがね。そしたらグレイがパッと目を見開いてさも名案だと言いたげな顔をしやがったの。
「『シ○ダガラス』いいじゃないか」
「なんですぐ人の名前を使いたがる!!」
「何が気に入らないんだ」
なんでそんなに不服そうな顔をするのよ。
そんなことがあって、人や地名は嫌な私は『自動翻訳の活用』を思い出した。こちらの世界で存在しない単語をそのまま持ち込んで使ってるものは多いから、ならばクリスタルガラスも適切な単語を当て嵌めてしまえば、ね。だからリンファに会いに言ったの。中国語の発音『水晶』を聞くために。
そして決めた。
うん、ちょっと神秘的な感じもいい。
―――シュイジン・ガラス―――
無事命名したこの世界初のクリスタルガラス、『シュイジン・ガラス』は二つ。立方体の美しい輝きを放つそれは一つはアンデルさんが、もう一つは私が貰った。やっぱり初めて完成したそれをもつ権利はアンデルさん。ガラスを扱う人にとって歴史的なことをこの人は成し遂げてくれたんだから、貴重な、この世界に二つしかない『最古のシュイジン・ガラス』となる物を持つに相応しい。
「あと一つは、お前だ。お前が持っててくれ」
そう強い眼差しと共に言ってくれたアンデルさんが握らせてくれたもう一つのシュイジン・ガラスを、遠慮なく私は貰った。
いずれ然るべき時に、私のものは相応しい人に引き継いでもらおう。
『職人の都』を目指すこの地に相応しい宝として。
アンデルさんに話したように、このククマット、後のグレイが領主となる伯爵領の工芸品として螺鈿もどき細工だけというのは心許ない。それに螺鈿もどき細工は他の領と共同開発にもなっているので、オリジナル感は今後薄れてしまう。『職人の都』と呼ばれるには、その中心地になるには、もう少し欲しい。他の追随を許さない、同じものを生み出すにはかなりの時間を要するものがいくつかなくてはならない。今はその時ではないけれどこの先シュイジン・ガラスもそうなっていくようゆっくりと都度状況を確認しながら基盤を整えて行く必要がある。
だから、今さら私には一つ後悔がある。
螺鈿もどきは私がラメとして使うことが始まりだったので、細工として特別販売占有権に登録すること、他の貴族に共同開発を持ちかけ職人さんを期間限定で呼び寄せて技術向上を目指した。そして開発が進むなかで三領でそれぞれ特色あるカラーを持ちそれを各領で占有権登録すること、それが最適だという結論になった。知ってる人がすでに多く隠しようのない物だったので、螺鈿もどきや塗料を巡り今後他とトラブルになることを避けるためにも必要な措置として非常に占有権は役に立ったと思う。
でもその反面、特産や工芸品というものを広めるのを急ぎすぎたとも思っている。そのせいで弊害が生まれてしまって。
それは。
螺鈿もどきと私の名前は切り離せないということ。
クノーマス領の、ククマット発祥のものとしてではなく、『【彼方からの使い】ジュリがもたらしたもの』という螺鈿もどきに対する人々の認識が強烈に根付いてしまっている。ほかの二領でも、それは同じこと。
物の価値に【彼方からの使い】が付随する。
悪い事ではない。この世界にはなくてはならない存在なんだから。
でも、そのせいで思うかもしれない。
【彼方からの使い】がいれば必ず何か生まれる。
って。
自分達が何もしなくても、なにかを生み出し悪い状況を打開してくれるって。
人任せの環境で、物なんて生まれない。良いものなんて出てこない。
結局、その土地は発展的せず停滞を続けて衰退の一途を辿る。大袈裟なことではない。それはグレイが話してくれた。
数年前のクノーマス領がそうだったから、と。特筆したものがなく、長らく停滞していたクノーマス領。税収は安定していたけれど、それだけ。伸びることはなかった。そこにグレイが騎士団を辞めるきっかけとなった領民から志願兵を大量に差し出せという国からの命令。
貧しい村や地区は少なくない働き手を失って、みるみるうちに衰退していったと聞いている。歯止めするにも働き盛りの男たちが少なくなった土地には有効な手段もなく、たった一年で廃村となったところもあるそうで、さらにその地の人々は近隣に引っ越しその村の名前は時間をかけて忘れさられてしまう。
それは、物にも起こりうる。作る環境を整えて、携わる人を教育し、維持と保存をするため必要な要因を全て磐石にしなければ、いずれ何かのきっかけで衰退して消えていくこともありえる。
領主や【彼方からの使い】に依存するのではなく、その名前を盾にするのではなく、独立した、確立された揺るぎない物が絶対に必要なはず。
私はシュイジン・ガラスを『彼方からの遣いによって齎された知識からガラス職人アンデルが作り出し完成させた』ものとして残したい。実際に作り出した、職人の存在が重要であると。
だから。
「グレイ」
夜、二人きりになって私は切り出す。
彼はよほどシュイジン・ガラスをお気に召したのか、何度も手に取ってはランプの光にかざしたりして眺めている。
「ん?」
「シュイジン・ガラスのこと侯爵様に話してないよね?」
「ああ、もともとそうして開発しようと計画を進めたからな」
「ということは、知ってるのは、私、グレイ、ライアスとフィンとローツさんとキリア、そしてアンデルさんの工房だけ……このまま、秘匿することは可能よね?」
グレイの視線がゆっくりと私に向けられた。
「だからハルトにこの存在を話さなかったのか?」
「そう」
「あの場でペーパーウェイトをきっかけとして開発しているものにこれを含めずまだ伝えないのはなにかあるとは思っていたが」
「シュイジン・ガラスの存在を隠すものが必要だったからね。同時進行で開発を進めてもらったのは勿論『琉球ガラス』も是非とも取り入れたいと思ってたからよ?」
アンデルさんには無茶振りしたなぁ。本当に。
ステンドグラス以外で色ガラスといえば単色で皿とかを作るに留まっていた。しかも色ガラスの色に必要な原料は秘匿されていることが多くてアンデルさんのところでは廃棄となる色硝子を仕入れてそれを再加工するしかなかった。
もうね、それがなんとも不便だと分かって。
ハルトに協力いただきまして、硝子に色を着けるに必要な原料をクリスタルガラスについて調べた経緯で知っていたので探してもらった。チートの【スキル】万歳。地球の化合物とは組成そのものが違うこの世界でもハルトの【スキル:全解析*ハルトオリジナル】があれば同じ性質のもの、類似するものを見つけるのは簡単。
それで見つけた鉱石とか魔物素材とか、大量に持ち込んだわけよ。アンデルさんの所に。
さあ! 色ガラス開発を!! って。
ハルトと共にがっつり怒られたけども。
そして、冴え冴えとした綺麗な青の原料が見つかったとき、この色で今の技術も活かして作れるものがあることをアンデルさんに伝えていた。
それが琉球ガラス。
加工の過程で含まれる気泡とその色を活かした海を連想させる色ガラスのコップを買ったりお土産で貰った人もいるんじゃないかな。それをまず、この世界でも商品として確立させるために徹底して試作してもらった。東端、海に面する地域として青を基調とした物を売り出すのもいいと思ってね。
繰り返される調合と試作による努力から水色や紫、そして緑、黄色、オレンジ、赤、灰色、茶色、そして乳白色も見いだされ、様々な色ガラスがアンデルさんの工房で生まれていった。その相乗効果で、グラデーションをきれいに出せる技術も確立されている。
琉球ガラスは戦時下で何もかもが不足していた生活の知恵から生まれた。廃ガラスを使うため、様々な色と模様の食器が生まれてその多彩な表情を活かしたガラスが進化して綺麗な色合いを得て工芸品にまでなった。
まだ技術が発展途上だったこと、棄てられる様々な色ガラスを使ったこと。それが細かな気泡と色を活かしたガラス製品への道筋になったけれど、それを工芸品に出来たのはやっぱり努力と向上心。
かたやこの世界は開発や解析が進まない魔力と魔法。中途半端な便利さが努力と向上心を妨げている。そこに技術を秘匿して利益を独占する習慣が根強いことで良いものが世間一般に普及しにくい原因になっている。
そんな世の中つまらない!!
さあアンデルさん!
工房皆で琉球ガラス量産量産!
あ、アンデルさんはシュイジン・ガラス作ってね。
と、勢いで押し付けてきた。
シュイジン・ガラスの後に見せられた気泡と色を活かしたガラス製品は、懐かしさを呼び起こしてほっこりする喜びが込み上げた。
グラスに皿、そしてペーパーウェイトも勿論あった。一輪挿しなんてのもあって結構いい線行ってるのよ。
実用性とデザイン性を兼ね備えている琉球ガラス。これをガラス製品の主軸としてククマットと西に隣接するイルマ地区のガラス工房から発信していきたい。私の名前が全く入らないガラス製品として。
……シュイジン・ガラスは?
そこは、私の思惑があるので。
それにアンデルさんも同意してくれたので。
もちろん世に送り出す。
今までとは違う方法だけどね。
あ、琉球ガラスも名前を変えるのが良いのかな?
また誰かの名前が出てくる前にちょっと考えよう。
「カラフルでいいな」
グレイがアンデルさんに見せられた琉球ガラスの製品を眺めてそう呟いてたなぁ。
「カラフルかぁ。……色彩? うーん、カラフルを別のものに例えられない?」
「別に例える? カラフルな色彩を?」
「そう。色とりどりだってことを連想させる、単純な言葉」
グレイはシュイジン・ガラスを傾けてその輝きを堪能しつつふと私に視線を向けた。
「そういえばこれも色彩豊かだ」
「え?」
グレイが指差した先、テーブルにあるもの。
それは、シュイジン・ガラスを光が透過した際に出来るもの。
七色の光。
「虹色だ」
「虹……」
命名、グレイセル・クノーマス。
琉球ガラス改め、『虹ガラス』となりました。
「私は発言をしただけで決定したわけではないが」
「それを命名と言わず何というの」
……恥ずかしいらしい。口を真一文字に結んで黙ってしまったグレイ、ちょっと可愛く見える。
ちなみに水晶の発音ですが、『シュウェジン』ともいうそうです。
発音のしやすさを優先し、シュイジンにしました。
そして琉球ガラス、安直に『虹』になりましたがまた地名とか名前とかでジュリがイラッとする光景しか浮かばなかったので即採用になりました。
おばちゃんトリオあたりが『グレイ・ガラス』とか言い出す前に阻止した感じです。
さらに何故『シ○ダガラス』としたかと言いますと、それで検索すると何件かヒットするので一応フルネーム記載は回避した形です(笑)。




