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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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2 * あの人への贈り物

 


 開店準備に追われる中、グレイセル様の誕生日が近づいてきた。お世話になっているし、何か役に立つものをあげようかな? って思ってる。

 この世界に来て知ったのはプレゼントはお花とケーキ。お金持ちは親しければ色々プレゼントし合うけど高級品。


 そんな習慣で私からもらっても困るんじゃないか、そう悩んだ。だって大量に貰うらしいから、方々から。

 でも悩んでそのまま何もせず後悔するのはもっといやだと気がついて決心。


 グレイセル様にプレゼント。


 お店の開業準備で忙しいけど、作品を作ることが私の仕事。一つくらい誰かの為にって気持ちで作ってもいいじゃない?

 ……下心が無いわけじゃない。もう少し親密になってもいいと、むしろ近い存在になれたらいいなと最近は思う。

 ただ、私は庶民でグレイセル様は貴族。その隔たりはこの世界に来てそれなりに経つから理解している。【彼方からの使い】の立場がいかに優遇されると聞かされ教えられても、私自身が貴族社会に縁のない環境で育って生活して大人になった。今さらその世界に飛び込んで馴染む努力をしてまで、グレイセル様の側にいたいか? と問われたら、今の私にはそれは少し回答に困る。

 それでも、何もしないという選択は私にない。この『プレゼントを贈りたい』という気持ちを我慢したら、あとでストレスが溜まりに溜まって爆発し、むしろ暴走して貰っても困る大袈裟な物を作り出す気がする。それはまずい。

 だったら、日頃の感謝にちょっぴり下心を加えてさっさと渡してしまうべきよね。うん、きっとこれが事故 (自爆)を起こさないための予防の気がするわ。


 贈りたいものは決まってるのよ、こちらの世界に似た物はあるけどちょっとかっこよくないなぁ、ってものが結構あるから、それを自分なりに改良したものを。

 それはブックバンド。

 こちらの世界では高そうな専用の布で包んで紐で縛るものをブックバンドと呼ぶ。呼ぶというか自動翻訳がそうなったので、私もそう呼んでいる。

 しかし、なぜその柄と布? という疑問符が浮かぶ見た目をしているのよねぇ。色と柄の激しい派手な絨毯みたいなのしかないの。ブックバンド自体、富裕層が持っていることが多いせいなんだろうけど、なんでだろ? しかも本が滑り落ちないようになのかな、内側がごわごわしてて、これだってもう少し何とかならないのかと思わされる布が使われている。


 他にも候補はあったけど、男性用の小物を開発する過程で考えついていたものであり、デザインも機能も改善しやすい、そしてグレイセル様が普段使っている物でもあるから。


 なのでブックバンドです。


 布のリサーチをしっかり終わらせ、仕入れていざ作成へ挑む私です。

 まず、内側の布はデニムより柔らかく、でも同じくらいしっかりした布がこちらではあるのでそれにする。

 色は……内側を真っ青にして、外は黒ね。シンプルだけどたまに見える内側が差し色になる感じ。チラリズムと言っていいのかな?

 ただ黒ではつまらないので、外側の四角に内布と同じ色の糸で刺繍をちょっと入れましょうか。

 で、縫っていく。

 裁縫はそんなに得意じゃないけど、フィンのミシンと難しい所はフィンからアドバイスを貰いつつ何とかなりそうです。頑張るよ。

 刺繍もフィンに指導を仰ぎつつ、シンプルな蔦模様のアレンジ版にして無理なく綺麗に見える仕上がりに出来るようデザインした。


 外側になる黒布は丈夫さと手触りから魔物の皮でベルベットのようなものが手に入ったからそれにしたんだけど、うん、いい生地だ! これは今後も使えそうな気配がする。内側の濃いけど鮮やかな青い布と合わせたらいい感じになったわ。この内側のカラーは色々試しても良いわね、商品化するときは赤とか茶色も要検討。


 そして、本を包んだあと縛るための紐だけど、これもちょっと工夫を。

 髪を結うのによく使われる細かな編みで纏められた糸の束のようなもので、日本でも飾り紐があるけどそれと良く似てる結い紐というものがあるのでそれを使う。

 太くもなく、細くもなくよくある一般的な太さの黒の結い紐、それを二本布に合わせる。うん、相性は悪くない。それを真ん中に真っ直ぐ並べてみる。

 二本をボタンが通るように等間隔に隙間を作るイメージで糸で縛って。これならここにボタンを通すだけで止められるでしょ? 長くて余分に余る時もあるだろうから、それは内側にうまく引っかけて見えないように出来る金具を取り付ければ大丈夫だね。


 ボタンの位置は決まっている。表面の外側に来る一番端の中央よね。そしてその裏に紐を縫い付けるのが一番ベストかな。紐をぐるっと一周させてボタンで引っ掻けると、うん。留まるねちゃんと。紐を縫い付けた部分がそのままは格好悪いので黒い皮で覆ってしまおう。縫うのが難しいから擬似レジンで張り付ける。固くなるけど接着剤より強力、スライム様は素敵です。


 ではボタンです。紐の先につける飾りボタンと、本体につけるメインのボタンはやっぱり一番のこだわり所でしょう。

 形はスクエア一択。素材は擬似レジン。すっきりしたデザインにしたいから。

 先日ついに入荷した青いブルースライム様。

 板状に固めておいたものを取り出す。

 やっぱり差し色の青と黒の相性もあるから、ブルースライム様一色の鮮やかな青のレジンがしっくりくるわぁ。

 これを大小一つずつ適度に切り出して台座にあわせて削っていく。

 引っ掻けると必ず紐を消耗させるので、角を斜めに削ぎ落としてさらに微かなカーブをつけましょう。大小ふたつを同じように削って、バランスを確かめたら透明擬似レジンを薄く塗る。


 薄く透明擬似レジンを塗ると、やすりで調えた白っぽく粉を吹いたような表面はたちまち消えて、綺麗な青が再び姿を現す。

 乾いたら台座に嵌め込むんだけど、ここも一手間。

 台座は銀色だけど、嵌め込み面をライアスに黒く塗装してもらった。これに青い擬似レジンを乗せると角度によって紺色や真っ青と、違って見える。男性が持つものだからこれくらいシックな仕上がりがいいでしょ。

 で。

 それらを本体と紐の先にしっかり丁寧に縫い付けて。


 完成です。

 うむ、いい出来でしょこれは。

 満足!!


 ……さて。

 はた、と我に返り最大の悩みにぶち当たった。


 どうやって渡すべき?









 今更だけど、こんな安いものこの貴族様にあげるのってどうなの?! と若干パニックになったのはグレイセル様がキラキラしたお姿で登場したからよ。

 フロックコートのような真っ白の、上下の礼服は正装なるもので、金糸の刺繍が袖や襟に施されている。おまけに胸元にはドデカい金とエメラルド? の勲章のような家紋のブローチをつけている。

「すまない、避難させてくれ」


 は?

 私がその姿に『イケメン改め王子様だぁ』と言いかけた目の前で、しかめっ面になって。

「どうしたんですか?」

「……この歳で誕生祝いをされることも不愉快だし迷惑だしただただ疲弊するだけなのにそこに挨拶だ紹介だと次から次へと人が目の前に並んで同じ挨拶とお礼を繰り返し結婚はしないのかどのような女性が好ましいのか遠回しにしつこく聞かれてそれを丁重に断るために無駄な笑顔と謝罪を言わされ挙げ句の果てには未婚女性全員とダンスを踊れと無言の圧力を周囲からかけられそれをこちらも無言の圧力で全力拒否してそれでも笑顔で数時間耐えたんだからもう避難しても許されるはずだ」


 おお、一息で。スゴいわ、こんなグレイセル様初めて見る。

「……結果論として、誕生日のお祝いと称した多数の女性とのお見合いパーティーだったと」

 モヤモヤするわね。文句を言える立場じゃないけど、これは、非常にモヤっとするわ。

「そして主役は逃亡してきたと」

「逃亡じゃない、避難だ」

 どっちでもいいけど。

 モヤっとして、でも、ちょっと浮かれるのは逃亡先が私の所だったこと。

「怒られませんか?」

「……兄とルリアナが逃がしてくれた」

 あ、逃がしてくれたって言ってる。それはやっぱり逃亡ですよ (笑)。

「じゃあ……お疲れ様です、というのが今は正しいお声掛けですかね」


 笑ってしまった。

 その疲れ切った顔が、申し訳なさそうにいつもは見せない弱さを滲ませていて、この人もこんな顔をするのかと、面白くて、それが見れて何だか嬉しくて、笑ってしまった。服装とは不釣り合いなその表情が、不意に緩んで笑顔が浮かぶ。

「次々届く大量の花の匂いに吐きそうになったよ」

「あはは!! それは逃げ出したくなりますね」

「逃げたんじゃない、避難だ」

「……そこ、こだわる理由がよくわかりません」

 一瞬二人で真顔になって、吹き出して笑った。

 うん、やっぱりこのちょっと無邪気な笑いが似合う人。


「やっぱり、お花にしなくてよかった」

「うん?」

「普段お世話になってますから、私もお花を贈ろうと思ったんですよ」

「そんなことしなくていいよ」

「ええ、良かったと思います。これにして」

「え?」

 差し出したそれを、グレイセル様はきょとんとした顔をして見つめる。

「誕生日、おめでとうございます」

「……え?」

「ブックバンドです。グレイセル様も使ってるでしょ? 私なりにグレイセル様に似合うものをデザインしたつもりです、出回ってるデザインが好きじゃなくて作っちゃいました」

「私、に?」

「はい。もちろん試作も兼ねてますよ? でもこれと同じものは売る予定はありません、グレイセル様の一点もの、オリジナルです。貴重ですよ?」


 そろり、と驚くほど緩慢な、グレイセル様らしくない手の動きでブックバンドを受け取って、そしてそれをしばし無言で見つめて。


 ……長い。

 無言長い。

 今さらだけど、なにこの空気。

 恥ずかしいわ!!

 いや、なに、ホントに! どうしたらいいの?!

 恥ずかしいから!!

「私は」

 あ、喋ってくれた。


「祝賀会に戻るよ」

 ん? 話の流れが変わったよね、なぜ?

「戻って、戦ってこよう」

「は?」

「全員潰してくる」

「えっ?! なんで急にそんな物騒な話に?!」


 そして顔を上げたグレイセル様の目が!!

 キラキラしてる!!

 カッコいいけど、いや、ヤバいこれ!!


「徹底的に潰してくる、二度と私に関わりたくないと怯えるくらいに」

「怖い怖い怖い怖い!! グレイセル様それは祝賀会に戻る人の発言じゃないですよ!!」

 笑顔が怖い!!

「明日、また来る。一緒に食事をしようジュリ」

「ちょっと待ってグレイセル様! 祝賀会にいく人の顔じゃないです! グレイセル様の後ろに屍の山の幻覚が見えます!!」

「私の祝賀会は明日、ジュリとだよ。じゃあ行ってくる、完全勝利を祈っていてくれ」

「いやいやいや!! 勝利って何!!」


 そして、超怖い笑顔で去っていった。


 ……明日が怖い。


 今日のことは聞かないようにしよう。

 うん、絶対聞かない。


 ……。

 渡せたから良しとする。

 ……。

 そう、目的は果たせた。


 明日。


『私の祝賀会は明日、ジュリとだよ』


 発言までイケメン。

 ちょっと浮かれちゃうわよ。


 明日は何を着ていこうかな。







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― 新着の感想 ―
[良い点]  グレイセルはこの時、ジュリを罠にかけようとしていたのか気になりました。ジュリが自分の顔が好きな事は分かっていて、ドレスアップした姿でちょこっと弱ってる姿を魅せて狩りを仕掛けたつもりだった…
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