17 * 文鎮あるじゃん?
お待たせいたしました。以前企画しました読者様提案作品のコラボ回となります。
グレイと夫婦になると決めたこと、グレイがククマットを領地とする伯爵になること。いずれ環境が整い資産が目標に届き次第 《ハンドメイド・ジュリ》を商家登録しクノーマス侯爵家はもちろんグレイのクノーマス伯爵からも切り離し完全独立を目指すと決意したこと。
そして『これ』がそれらが全て私の中で固まってから完成に至ったのは、セラスーン様の神の思し召しか、それとも単なる偶然?
以前からとあるものを作ってくれよとハルトからしつこく言われてたものが。プロポーズのためのジュエリーケースよりもずっと前から。
でも断ってた。
「なんでだよ!!」
え? だって。
あるじゃん。
これが。
「可愛くねぇんだよ!!」
……実用的でいいと思うけど。というやり取りを何度繰り返したか。
「なんでこれに限って可愛いの作ろうとしねぇんだよ?!」
ハルトがやたらと訴えてくるもの。
それはね。
ペーパーウェイト。
いや、あるし。ほら私も使ってるよ。
「これ文鎮!!」
「だってさぁ、最近生産開始しただろダンジョンドーム。あれ見てからペーパーウェイトもそろそろ良いの作れそうって思ってさぁ」
「ペーパーウェイトならスライム様に出会ってからすぐに思い付いてはいたけどね」
「え、マジでなんで作らねぇの?」
ハルトが物凄いしょんぼりしてる。最近、この男はインテリアに凝り始めたらしく、オーナーやってる 《本喫茶:暇潰し》もちょいちょい家具を変えてみたり。その流れで気づいたらしい。
お客さんに名前を書きこんで貰うときに使っているペーパーウェイト。あれが可愛くないなぁ、と。
気になり出すととことん気になるこの男にとって、家具はもちろん看板やランタン、ランプに貸し出し膝掛け、毛布などなどフルオーダーで作ったものが多い店のなか、可愛いげない実用一辺倒なそれがどうにも許せなくなったと。
……これで十分だけどね? 金属だから重くて、長方形で安定感抜群。しかも摘まみもついてて使いやすい。
「だから、文鎮だろ、これ」
用途は一緒、気にしない。
「というかね、そもそも今でも作らないのには訳が」
はぁ、とため息を漏らしたらグレイが笑いだす。
「外注してるからな」
そう。現在外注してます。
「は? 俺その情報知らないんだけど?」
「だってあんたは 《ハンドメイド・ジュリ》の従業員じゃないし」
「あ、うん、そうだけども」
なによその真顔。こっちも真顔で返してやる。
「スライム様で作ったことはあるんだけどね、なんとなく、あくまで私の好みの問題。質感がダメ」
スライム様は非常に優秀な素材だと思ってる。
ガラスともアクリル樹脂とも違うのに不純物と気泡にさえ気をつければその透明度はどちらにも劣らない。変色も土に接触させなければ心配なくて、初期に作ったものも変色していないし、色んな文献からも保存に気をつければ数十年、中には百年以上変質しないということも分かっている、透明素材としては大変優秀。
だから、まだガラス製品が未発達なこの世界で擬似レジンのペーパーウェイトを作ろうと思い付いたのはスライム様の性質を知って直ぐの頃だったんだけど。
……違うんだよね、やっぱり。
私の考えるペーパーウェイトにはならないのよスライム様は。
それはね、触ったときのその感覚。
なぜ私が全く可愛くないこの文鎮を愛用しているのか。
『ガラスやアクリル樹脂に似ている』が、欠点なの。
スライム様がアクリル樹脂そのものならまずペーパーウェイトには挑戦しなかったと思う。ガラスの性質に極めて似ていたら即座に作り、今すでに店頭で売られていたと思う。
金属やガラスの『冷たさ』がないのよ。
触ったときのあの無機質な冷たさ。硬化したスライム様はそれが足りない。どうしても私の手がそれをペーパーウェイトとは認めなかった。重量の問題もあるかもしれない。ガラスや金属に比べて軽い。紙を押さえられる重さは十分にあるけれど、どうしても軽いと手が感じてしまって。
私の感覚の問題よこれは。
ちなみに、いくつか作った試作品は例のごとく侯爵家が収集品として回収し『収集部屋』に飾ってるわね。使うかな? と思ったけど私が使わないものを使う気にならないって侯爵家でも他の試作品や失敗作と共に棚に並ぶに留まっているそうで、スライム様のペーパーウェイトは今後も私やククマットからは生まれない可能性が高い。
「いや、それ、俺にくれよ!」
「もう侯爵家が回収したからね。無理でしょ」
「じゃあ、外注品は?」
「そろそろある程度数は揃ったんじゃないかな?」
「どこに頼んでるんだ?」
「複数の硝子工房に」
「こんにちはー」
「いつでも5分前行動だなお前は」
「そうですか?」
「嫌いじゃないぜ、その生真面目さ」
ハルトに急かされた訳ではないけれど、確かに最近進捗状況を聞いていないと思ってアンデルさんの所を予定を確認し訪ねてみる。
相変わらず炉の熱で工房は暑くて職人さんたちは汗をかきながら真剣にその熱と向き合い黙々と作品作りに励んでいて、この熱気を見るたび一つ物が出来上がるまでの大変さを実感できて、いい刺激になるのよ。
アンデルさんの所には初期のころから色々、マジで色々お願いしていて、今では私のせいで職人さんを倍に増やさないと納期が守れないと文句を言われるほど人気の工房になっている。最近では薄く均一な厚みの、歪みのない板硝子も常時作れるようになって、開発地区の新築の建物の一部の硝子はアンデルさんの工房やそのお弟子さんの工房が請け負うほど技術も進歩した。
そんな中、ペーパーウェイト含む新商品開発と並行してとあるお願いをした事でアンデルさんは長らく頭を悩ませてきた。
……ごめん。
私がかなり無茶振りしまして。
―――クリスタルガラス―――
今のこの世界では無理かも? と頭を過っていたにも関わらず私がそれを強引に提案できた理由がある。
クリスタルガラスについての知識が私には多少あったから。
クリスタルガラスと呼ばれるものの共通点は、その透明度と屈折率の高さ。つまり純度の高い水晶結晶同様透明で美しい輝きを放つこと。
実際、クリスタルガラスは透過した光が虹色を発する。水晶も透明度の高いものは同じ輝きを放つ。
その理由をネットや本で徹底して調べたのは、ハンドメイドでクリスタルビーズを使うこともあったからその製造工程に興味を持ってのこと。
クリスタルガラスの製造は高度な技術が必要で、溶解・成形・徐冷・加工といった工程は普通の硝子を扱うようにはいかない。しかも鉄分などの不純物を取り除く技術や、特に重要な透明度と輝きの要素となる酸化鉛や他の化合物の精密な配合が要求される。
自然な色合いや気泡による『味わい』が許されない極めて均一な透明度と輝き。
「おい、ジュリ」
「はいなんでしょうか?」
「無理だろ」
「まあそう言わず!! 挑戦あるのみ!!」
「お前なぁ!!」
いやはや、大変だったよ説得するの。この話を持ちかけたのがちょうど螺鈿もどきを工芸品に! という時。その勢いでゴリ押ししたのが懐かしい。
「だいぶ改善されたはずだ」
難しい顔をしながら、アンデルさんは私とグレイの前に『それ』を静かに置いた。
コト、と音を立てて置かれた二つの物体。十センチ四方の『それ』は全ての面が揺らぎなく見事な立方体で、鋭利な辺と角が無機質で冷たさを感じさせるその面を際立てる。その一つを手に取り私は、近くの窓辺に向かい、そして光を受け止めさせた。気泡も不純物もない『それ』を透過した光が放つ。
七色の虹色をはっきりと。
「アンデルさん」
私は、光にかざす『それ』に視線を戻した。
「ありがとうございます」
「て、ことは……」
「間違いありません」
光の角度が変わり、キラリ、鋭利な先端が輝いた。
「これはクリスタルガラスです」
普通のガラスとの違いをはっきりと確認できるようにとアンデルさんは全く同じサイズのガラスを用意したけれど、一度見比べただけでグレイは無言でただクリスタルガラスだけを見つめている。
たった一目。それだけで差は歴然。そしてそれを手に持てばなおのこと。
「!! 重い!!」
「素人の私でも違うのわかるから、グレイは特に違いがわかるよね」
身体能力の高い彼は五感全てが人より突出して優れている。だから、鉛含有のクリスタルガラスの重みは私よりずっと感じ取っている。
「これは、ガラスなのか」
「ガラスだよ。今までのものと違うのは含有物や製法の違い」
「ジュリのいた世界ではこれが、当たり前だったのか」
「まさか!! さすがにこれは私がいた世界でも高級品だったからね? 普通のガラスの数倍、数十倍の価格のものだったから」
「ジュリ」
アンデルさんはまだ信じられないって顔をしていて、私とグレイの会話に目を泳がせている。
「これは、合格か?」
「合格です」
「そう、か」
ドスン、と椅子に崩れるように座ったアンデルさんは天を仰ぐ。
「作れたか」
「ええ、作れましたよアンデルさんは。私の拙い曖昧な説明から、これを作ってくれました。本当にお疲れ様です、そして心から感謝します」
清々しい、晴れやかな笑顔がアンデルさんの顔に浮かんだ。私とグレイもその笑顔に賛辞を贈る笑顔を向けた。
このクリスタルガラスの開発は困難を極める、と覚悟していた気持ちが早い時期に薄れたのは魔法と魔力の存在があったから。
この世界の文化と文明の発展を妨げている魔力と魔法。
これの活用方法をケイティが何気無しに思いつきで言葉にしたことが始まり。
「せっかく魔法があるんだからそれを組み込めばいいじゃない」
って。
魔法で魔石や素材に魔法付与することが日常に定着して生活水準は大きく上がった。それが凡そ百年前。そこから更なる発展をしているとは言えない。そこで満足してしまっている。
魔法を常に発動する必要を省いた魔法付与された物が日常を豊かにしたことで、魔法付与されたものが便利で優秀と位置付けられている。
魔法よりも便利、という位置付けのせいで魔法そのものをより便利に工夫し活用する環境が廃れてしまっているの。リンファとマイケルの話では魔法の種類も百年前から新しいものは生まれていないことが分かっていてしかも困ったことに太古の昔に生まれた魔法の基礎と呼ばれるもののいくつかは伝承が途絶えて消えてしまったらしい。
それをリンファがいくつか再現し、そして復活させ、その功績で礼皇という地位を与えられた訳だけど。
「太古の、原始的な魔法があるから今の魔法があるのよ。その魔法がどういうものか失われたら、いつか魔法が人間にとって不都合なものになったときそれを止める手段、消す手段を見つけるには根底にある魔法を理解していなければ出来ないわ」
「プログラミングと一緒だね。どんなにパソコンを使って仕事をしていても、プログラミングを知らないとちょっとおかしいな?と思っても修正したり、原因を知ることができないからね。もし魔法を発動出来なくなった、止められなくなったその時原因を突き止めるには根底にあるものを理解していなければ、どうにもならない。その危険性を軽視しているようではここはまだまだ文明の発達はしないだろうね」
と、リンファとマイケルが危惧していた。それだけ、魔法がこの世界で当たり前でありながら、基本的なことが蔑ろにされ、今の世界を構築してしまっている。
ガラスを作るに必要な炉も、熱源にも魔法付与された魔石が使われている。それだけが良いとされてきた。そこにケイティの思いつきである『魔法を使う』ことをアンデルさんに試してみないかと提案したの。
魔法付与されているものをただ魔力を流して使えるようにするだけでなくあらゆる属性や魔法を駆使して更に操作したら? とね。
そのお陰で、今までの炉では使い物にならないことが判明した。魔法による負荷で変形したりヒビが入るから。つまり魔法付与したものに魔力を流し込んで起動させた上に魔法を重ねがけして性能を高めようとすると既存のデザインや素材のままでは負荷がかかりすぎ損傷する。酷いと木っ端微塵なのよ。
もしかするとそれも原因で魔法の活用がされてこなかったのかもと思わせるくらいには既存のものは耐えられない。
魔法付与されたものを使うには魔力が必要。でもそれは、微力なもので良くて、さらには流すだけでいい。魔力を持つこの世界の人にとってこれほど便利なものはない。便利すぎて、満足して、使い途に工夫が生まれなかった。
一から炉を作り直し、そしてより安定的な火力を維持するため熱源の魔石に魔法を重ねることを取り入れたアンデルさんの工房。
そのために魔導師を雇い入れた。火力の調整、火魔法を得意とする魔導師に任せたの。
仕入れたらそのまま使っていたガラスの原料の扱いも変えた。水などから不純物を取り除くことが出来る浄化魔法。その浄化魔法を使える魔導師に、繰り返される試作の中で判明した不純物を見てもらい、そして知ってもらい、素材から不要な物だけ取り除いてもらう手間を加えた。
この二つの要因が、アンデルさんのクリスタルガラスへの挑戦を後押しすることになった。
オーバーテクノロジーはこの世界にはまだ早い。世に送り出したものは、使うことしか出来ず、定着する前に作り出すことが出来ずただの遺物と成り果てる。
でも。魔法がある。それをもっと活用できれば。その基礎、仕組みが解明されれば。
それと融合させることでオーバーテクノロジーもいつの日かこの世界で残っていくかもしれない。
クリスタルガラス。
これを、そういったことも含めてどう世に残していくか。
考える時が来た。
企画して応募頂き知ったのはガラス製品の要望が複数あったことです。
今だから言えるのですが、ガラスに関しては大筋でこの回のクリスタルガラスともう一つ次に出てくる物でほぼ決まっていた為それも含めた告知をしておけばよかったかも、とちょっと後悔もあります。
その中で当時すでにジュリとハルトのやり取り、そしてこのあと出てくるジュリとグレイセルの今後の方針が明確に出来上がっていたこと、他提案作品を本編採用として入れてしまうと今後重要な位置づけになるこの章が長くなってしまうこと、それらを考慮しガラスに関してはコラボとなるペーパーウェイトのみとさせて頂きました。申し訳ございません。
まず、ペーパーウェイトをご提案頂きました、杜様、ありがとうこざいました。
そして他、作者の我儘気まぐれにお付き合い頂きご提案くださった読者の皆様にも改めて御礼申し上げます、ありがとうございました。




