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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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17 * グレイセル、静かに願う。

前回に続き、楽しい話ではありません。

 ベッドに横たわる息子の上に覆い被さるように、母親は悲鳴に似た声で泣いている。その傍らには姉だろうか、体を震わせ、きつく、きつく、もう二度と動くことのない手を握りながら体を丸め声にならない声で泣く姿。


 父親は、暫く茫然としていた。


 なにも出来ず、ただ、見つめる。


 私とマイケルはそんな彼らから距離をとり静かにその光景を眺めるだけだった。

 どれくらいそうしていたか分からない。帰る気になれば帰れたのだが、この時間を邪魔してはならない、そんな気持ちが拭えず、足を動かす気にはなれなかった。

 父親であるツィーダム侯爵はある時不意に涙を溢したが、それだけだった。

 泣きわめくこともなく、息子の亡骸にしがみつくでもなく、ただ、茫然自失のまま、涙を溢した。

 母親の声が掠れ呻くような弱々しい泣き声になり姉が床に座り込みうつ向いて無気力になる頃、ツィーダム侯爵にも変化があった。


「誠に、感謝申し上げる」

 深々と私とマイケルに頭を下げる。

 侯爵としてのプライドか、単なる虚勢か、それとも他の何かなのか私には判断出来ないが、それでも失われた気力をかき集めなんとか私たちにそう言葉を紡いだ侯爵の姿は尊敬に値すると思えた。

 こんな時に感謝の言葉を紡ぎ、そして頭を下げることが出来る人間はどれ程いるだろう。

 それが出来るから優れているとか偉いとか、そういうことではないのだが、私はただ何となく、己がどん底に突き落とされても尚誰かに感謝したり気遣いが出来る人としての性質に感服した。


 侯爵と共に悲しみが満たす部屋を後にし、案内された居間のソファーに私とマイケルは並んで腰かけた。

 何処にでもある一般家庭の、ありふれた居間。清潔で整理整頓されたすっきりした空間。この空間に合わせたような、質素な服に身を包む侯爵の違和感の無さに確かにここはこの人の居場所なのだと私には感じられた。

「どのような状況だったのか、教えてほしい」


 ここで共に過ごす者に決して見せないだろう。

 この目は。

 クノーマス家に次ぐ歴史を持つ由緒正しい侯爵家当主としての、鋭く、凍てつく、人を恐怖に貶めるそんな目をしていた。

 もちろん私とマイケルにではない。その視線は私たちが見てきた光景と真実を見ようとしているのだ。


 憎しみ、悲しみ。


 それを押し込んで、押さえ込んで、理性を保つのがやっとなギラついた異様な目は物語っていた。


 ―――誰が殺した?―――


 と。











「『最期の魔力』が使われていました」

 隠すことも、濁すこともない。私は全てを話すだけだ。

「……何もかもが杜撰だったようです。ネルビアに与えた損害は土地の破壊だけです」

「……何?」

 私の言葉を理解した瞬間、ツィーダム侯爵には動揺が走った。

「グレイセル殿、ネルビアに与えた損害は、と言ったか?」

「はい」

「……では、息子は……」


 そこまで言って、侯爵は俯いた。

 膝の上に乗る両手が作った握り拳がブルブル震え出す。

「味方に、殺されたのか」


『最期の魔力』とは究極の魔法とか最終奥義とかそういう意味ではない。

 敵に囲まれ万事休す、もはや自害しか残されていない者が最後の魔力を振り絞り敵を道連れにするために使われることが多い故そう呼ばれるようになった。


 ほぼ魔力が枯渇、戦うどころか逃げることも出来ない者が敵を道連れにするような魔法など存在しない。だが、ごく僅かな魔力さえ残っていればそれを糧に発動させられる『魔方陣』はあるのだ。

 魔力を流し込むことで魔法が発動する魔方陣、これが可能な魔法はそれなりにある。一番有名で身近、そして便利なものは『転移』や『転送』だろう。ただ、転移や転送には安定的で多量の魔力を必要とするため、魔石との併用や魔力の豊富な魔導師などしか使えない。

 そして、もうひとつ。有名ではあるが、魔方陣自体が複雑で精密さを求められるため描ける者が限られること、そしてその性質が危険極まりないこと、魔法陣が描かれた物そのものの保管が非常に難しいことから禁忌とされているものがある。

 それが『呪詛の魔法陣』、それをいつしか『最期の魔力』と呼ぶようになったのだ。

 属性系の魔法の他、治癒が難しい状態異常、時には即死を引き起こす魔法が複合的に発動してしまうだけでなく何が発動するのかわからないという代物だ。おまけに僅かな魔力を流すだけで発動するため、魔力を通さない特殊な加工が施された箱などに入れて置かなければならない。あのハルトやマイケルでさえ『存在自体が不安定過ぎて触りたくない』という。


 今回、それが使われた。

 少なくとも十箇所は地形の変化から殺傷能力が極めて高い、物理的な強い衝撃も齎した『最期の魔力』が使われた確実な痕跡が確認出来た。そしてそれを隠蔽しようとしたのだろうか。死体の状態から呪詛を見破られては困ると思ったのか、不自然に火が放たれた痕跡も数多確認できた。それを踏まえると性能が劣る『最期の魔力』も相当使われていはずだ。

「詳細を、申し上げます」

「ああ」

「私の推測にはなりますが、まず最前線の兵、少なくとも十人は『最期の魔力』と知らず魔法陣を持たされていたと思われます」

「その根拠は」

「国境線に沿い広範囲でありそして極めて強力な魔力の影響で土地が陥没していました。かつて騎士団団長としてその威力について学んだことがありますので間違いないと断言させて頂きます。……その地形変化が私が確認できただけでも十、なので最低で十人と。そしてかなりの兵が発動時の凄まじい威力で吹き飛ばされています。中には直撃し跡形もなく消し飛んだ者もいるでしょう……。その発動ですがこちらは悪質です。意図的に攻撃魔法によって攻撃を受けたために魔方陣が発動しています」

「なんだと?」

「魔法攻撃によって起こる爆風や摩擦による痕跡が、ほぼ全てベイフェルアからネルビア側に向かって出来ていました。志願兵の体から自然に放射される魔力では発動しないよう、何らかの保護がなされ、ネルビア軍との衝突に合わせて魔法で攻撃し、その威力を受けて発動するものだったのでは、と」

 侯爵の呼吸が一瞬止まった。そして、数秒後息苦しさを緩和するための呼吸は、荒々しく、そして震えていた。

「つまり後方にいた味方は、ネルビアを攻撃するためではなく自国の兵を犠牲」

「何をしていた?」

ツィーダム侯爵が私の言葉をさえぎった。

「はい?」

「その時、子爵は、騎士団は、何を、していた」

「それについては申し訳ありません、詳細は現段階では。……ただ、申し上げられるのは、子爵の独断で騎士団への報告もなく行われたということは確認しています」

「あそこにっ、呪詛の魔方陣を描かせ、管理しっ、扱うだけの金も技術もないっ!」

「はい、おっしゃる通りです。ですので……裏にいます」

「ベリアスか? アストハルアかっ?!」

「王家です」

 私の言葉に、ビクリと侯爵の肩が反応した。

「被害の状況から、特に危険な瞬時に精神破壊と物理的被害をもたらす即死級の呪詛です。いくらなんでもそんなものを公爵家とて無闇に騎士団の目の前で使わせたりしないでしょう。失敗したら必ず責任が及びます。そんなことを平然とやってのけ、他人に使わせたりするのは王家の名の許、湯水のごとく金を使い権力に守られ罪を犯しても生きることを許されている、己こそ選ばれた者だと傲り、不特定多数の人間を死に追いやってもそれは必要な犠牲だとのたまう魔導師くらいです」


 使い方や注意事項をろくに指導せず、最高傑作だと最強だとしか伝えず。

 そして失敗すれば失敗した方が悪いのだと罪の意識もなく人を批難し己の罪を棚上げする魔導師たち。

 それを鵜呑みにする王家。


 だからあんなことになる。


 何が起きたのかも分からず犠牲となった人々の死体の焼けるあの不愉快な匂い、抉れた土や粉々に砕けた木々と共に至るところに飛び散った肉片に成り果てた人間の放つ呼吸を苦にする程の悪臭までもが加わった、凄惨たる光景。

 そこまでして、失敗したのだ。

 ネルビアは全ての計画を知っていたため速やかに撤退行動に出た。そんな報告は我々の元に驚くほど容易く齎された。それが事実ならその撤退は地形やベイフェルア国側の陣形、そして『最期の魔力』の使用すら考慮された、情報を駆使した徹底したものであるはず。つまりは作戦は全てネルビア側に漏れており、成功などあり得なかった。


「陛下は、何を、しておられる」

 ここにいない、国王への問いかけに私とマイケルは何も返すことが出来ない。

「……レンディン伯爵領の休戦合意の破棄は代償があまりにも大きかった。今回は一日でも早く戦を優位に進めたかった、そのために使ったのではないでしょうか」

「そんなことは分かっている!」

 侯爵は力任せに己の膝を殴り付けた。

 これ以上は、話しても仕方のないことだと思った。

 今この人に必要なのは、息子の死を受け入れること、そして、怒りをなんとか沈め、誤魔化し、侯爵として屋敷に戻り日常を取り戻すこと。

 ここにいても何も始まらない。

 この人は、侯爵なのだ。


 ただし、その地位を、権力を、今後どのように使っていくのか冷静に見極めるまで時間はかかるだろう。心の整理がつくまで時間はかかるだろう。

 せめてその間、誰もこの人を煩わせないで欲しいと願う。

 この空間で悲しみにくれる一人の父親としての時間を、誰も踏みにじらないで欲しいと願う。


 マイケルと共に部屋を出て扉を閉め歩きだした直後。


 絶叫するような泣き声がその扉の向こう側から聞こえた。












「そう」

 伏し目がちにジュリは小さな声で呟いた。

「ごめん、何て言ったらいいのか分からなくて」

「謝るな、ジュリが悩むことでも抱えることでもない」

「うん、そうだけど……」

「ジュリ?」

「これ、どうしよう」

「え?」

「ツィーダム侯爵様のその息子さんからお願いされてたのよ」

 ジュリは作業台に一本のハーバリウムを置いた。

「息子さんがツィーダム侯爵様の誕生日のお祝いにどうしてもツィーダム家のカラーになってる赤のハーバリウムを贈りたいって。家が狭いから隠しておける場所がなくてどうしたらいいかって悩んでたのよね。だから指定した日にギルドから魔導転送具で指定したギルドに送るくらいなら出来るよって言ったら是非って、転送代とハーバリウムのお代、すでに預かってて」

「そうだったのか」

「うん……それがまさかこんなことに」


 一本のハーバリウム。

 鮮やかな赤い花を基調として、差し色の白やピンクの花が所々に見え隠れする。キラキラと底で光るのは砕いた赤い擬似レジン。












「本来私がお渡しするものではないのですが、お受け取り下さい」

「……え?」

「ご子息がジュリに頼んでいたそうです。あなたの誕生日に、と。こちらとギルドでの転送費用もすでに預からせて頂いておりました」

「……あの子、が」

「侯爵家にこれを持って伺うわけにはいかないと判断し本日お持ちしました」


 特別(あつら)えでも何でもない。小さめのハーバリウムは今でもどの色でも人気があって、作り手もだいぶ増え、誰が作ったのかも分からない。


 それでも。


「何から何まで……迷惑をかけた。改めて礼を言わせてもらう。本当にありがとう」

「……いえ、私は」

「葬儀も終わった、明日には侯爵家に戻らねばならないところだった。……君が息子を連れ帰ってくれなければ、今頃名も無き兵の一人として弔われることもなくあの地深くに埋められていただろう、心から感謝している」

「感謝はしないでください」

「何故?」

「私の手はあなたのように家族を奪われ悲嘆に暮れる人々を無数に生み出してきました。私があなたのご子息を連れ帰ったのは、私がベイフェルアの人間だからです。ただ、それだけなんです。そこに感情を揺さぶるような理由はありません、ですから、もうこんなことに感謝などしないでいただきたい」


 この人は、何があってもこのハーバリウムだけは手離さない、そんな気がした。たとえ沢山のものを失ってもこれだけは、守り通すと。


「……君がそれで構わないなら、そうさせてもらおう」

「はい、お願いします」

「ああ……君と酒を酌み交わしてみたいな」

「何故ですか?」

「息子とは、酌み交わす機会があまりなかったうえにまだ酒の味もよく分からず陽気に笑うだけでな、男同士の語らいなど出来たためしがない。君くらいの、世の中の酸いも甘いも経験した年頃になるのが待ち遠しかった。どんな話をするのか、楽しみだったよ。それに付き合ってくれないか、酒代はちょうど息子が残していってくれただろう? このハーバリウムを送るためなら大した額ではないがな」

「では、買っておきましょう。事前にご連絡頂ければいつでも構いません」

「ああ、そうさせてもらおう」

「ひとつご忠告を」

「なんだ?」

「うちにはよく飲みよく食べる者がおりまして、ツィーダム侯爵領で作られているオーク肉の塩漬けを先日頂いた分三日で消費しました」

「一人でか」

「一人でです。なので手土産として持って来て頂かないと恐らくその場で酒の勢いを借りて侯爵相手にその事を長々と愚痴るかと思われます。食べ物にとにかくうるさいので気分よく飲んでお帰りになりたければ是非とも餌付けするつもりで持参することをおすすめします」

「ふ、ははは」


 ハーバリウムを両手で包むように握る侯爵は、穏やかな表情だった。


「持っていこう、抱えきれぬほどな。そして……君とは色々と話したいことがある」

「はい」

「今後について、な。酒を酌み交わしながらでも構わない、これからはそういう機会を設けたいと思う」


 穏やかな表情は、直ぐ様消え失せた。

 ほの暗い負の感情を滲ませる目が、ハーバリウムに向けられる。


「行き場を失ったこの憎しみ……どうやって解消すべきか。そろそろ、冷静に、大局を見極め、考えるとしよう」


 盤石な地位、潤沢な資金を持つこの人を私やジュリの後ろ楯に欲しいと考えたことはある。

 しかし、今回の件でこの人には進むべき道ができてしまった。それを私たちの私利私欲で邪魔すべきではない。それに、同じ道を歩む必要はなさそうだ。おそらく、いつか、近いうちにその道は交わる。


 全く違う道を歩むのはツィーダム侯爵だけではない。人の数だけ、道はあり、そして縦横無尽に敷かれ、交わらない道もある。


 だが。


 この人のように、いつかその時が来たならば交わる道を歩む人たちは少なくないはずだ。


 ジュリが敷く、真っ直ぐで平らな、後ろを追ってくる沢山の人びとのために必死に開拓した道と。


 その道の先に。

 ジュリの目指す、望む、不条理や理不尽が少しでも削がれた軽やかでやさしい世界が訪れるように。


願う。





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[気になる点] そろそろって、もう遅いだろ・・・どう考えても、動かなきゃいけない時は過ぎてると思うけど。なんでまだ放ってあるんだよ・・・
[一言] 王族が禄でもないな……
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