◇ハロウィンスペシャル◇ ローツ、裏方として働く
今年のハロウィンはローツに語ってもらいます。
自粛ムードが和らいだとはいえ、イベントを楽しむ機会も減ってしまっていますので気分だけでもハロウィンを楽しみたいものです。
ククマット市場は最近にぎやかだ。
ジュリ発案のイベントが継続的に行われているため、噂が噂を呼び人が流れて来ているからだ。
まさに好景気。
この一言に尽きるだろう。
「いつかは頭打ちになるわよ、でもその頭打ちを高止まりさせられるかどうかはこれからにかかってるけどね。まあ、イベントをとにかくやってみてククマットの環境に合うものはどんどん規模を拡大していくのがいいかな」
なんてことを言っていた。好景気とその言葉の象徴が大市なのだがもう一つ。
ハロウィン。
これが去年非常に好評だった。雪が降る前の、人の流れが落ちついてしまう前の時期でもあり、沢山の人に参加して欲しい思いから貧困層でも気兼ねなくハロウィンを体感してもらうために子供たちがスタンプラリーでお菓子が貰えるイベントを組み込んだ事で、ククマット全体が、本当の意味で人が動いた。
その噂を聞きつけて、ハロウィンの話が今年も出始めた頃にはナグレイズ子爵家のご隠居とアストハルア公爵がイベントに向けての話し合いに参加させてくれと打診とは名ばかりの参加がほぼ決定だろそれ、とツッコミを入れたくなる雰囲気を醸し出していたのだが、ジュリが軽々しく『いいですよぉ』と了承してしまったので、ククマット市場組合の話し合いにお付きや護衛を引き連れた貴族が二組も参加することになり慣れている俺たち 《ハンドメイド・ジュリ》以外のメンバーがガチガチに緊張して大変だったことは記憶に新しい。……あの大物二人に完全に慣れて普通に世間話が出来るフィンやおばちゃんトリオたちもどうかと思うけどな。
緊張を強いられる話し合いを何度か繰り返して迎えた今日のハロウィン。
去年よりも一層、規模が拡大し賑やかになった。
「もはや本来のハロウィンの形じゃなくなったな。単なるお祭り」
と、笑ったのはハルト。というか、お前のその格好は何だ?
「あー、こっちの世界には通用しない、というより誰も分からないから無視していいから」
「なんだよ! 無視すんなよ!! 見ろこの鮮やかなオレンジの胴着を! そして背中に亀の文字!! ルフィナが作ってくれた傑作品!!」
「これはなんだ?」
俺の質問に。
「ふんっ! って、きばると頭が金色になってパワーアップする野菜的な人」
「ジュリ、その言い方!」
全く理解出来ず首を傾げたらハルトが打ちひしがれた。
「理解しなくていいからね、だから無視でいいのこいつは」
毎回こんなやり取りをするあたり、仲いいよなお前たちは。
ハルトの仮装を真の意味で理解する日が今後も俺には訪れないだろうなと確信しつつ、俺はジュリと二人で並び賑やかなククマット市場を眺める。
今回俺とジュリ、そしてキリアや一部の 《ハンドメイド・ジュリ》の従業員は仮装していない。裏方として動き回るためだ。それとこういうのに参加するのが苦手な者たちが率先して俺の準備に付き合ってくれたお陰で今年は去年よりもスタンプラリーで回る箇所をハロウィンらしく飾ったり待ち構える仮装した自警団達の衣装にも拘れた。今も裏方たちはせっせと楽しげに周囲のフォローに動き回っている。特にフィンとおばちゃんトリオ、そしてウェラは『案内くらいならしてやるよ』と、言ってくれている。
ジュリは去年ハロウィンについて随分質問されて雰囲気を楽しむ時間が度々削がれたことが頭にあったようで、今年は俺と共に裏方として何かあればすぐ対応出来るようにと参加を見合わせたのはいいんだが。
「……グレイセル様はジュリと歩きたかったと思うけどな」
「ん? でもほら、今年は私気合入れたから。それにグレイも納得してくれたから」
「それは見れば分かる」
ジュリが何に気合を入れたのか?
それは。
クノーマス侯爵家一家の丸ごとコーディネートだ。
去年に引き続き、グレイセル様とエイジェリン様は吸血鬼なるもので今年はそこに侯爵様も加わって、それぞれデザインが微妙に違う凝った衣装だ。ちなみにやっぱり牙をつけさせられて口が乾くとお三方が不満を漏らしていたが、ジュリ、そのへんは改良しなかったんだな。
「数時間口がちょっと乾くくらいであの人たちは死んだりしない」
お前のそういうところちょっと羨ましいぞ……。
そして、シルフィ様とルリアナ様だが……。
テーマは『ラスボス系魔女』と『妖精王女』。
次元が違う衣装。
いやその前に。
『らすぼす』とは何か? との俺の問に。
「物語やゲームの最後に出てくる悪役ね。滅茶苦茶強くて厄介で流石最後に出てくるだけのことはあるって感じの敵」
いやいやいや、お前それシルフィ様にさせちゃダメだろ? と何度か止めたが聞き入れてもらえなかった。
「でも本人がノリノリだったし、魔女と言っても去年私が着たようなのとは違ってドレスだから。貫禄と妖艶さと強そうな感じが絶妙ならシルフィ様はイケると思って。そして実際にかなりイケてるからオッケー」
黒、紺色、紫と銀色を駆使した豪華なドレスなんだが手には骸骨が付いたようなデザインの長い杖と、新色だという黒の爪染めが二度見を誘う。黒の爪染め、いるか? 売れるのか? え? 結構皆興味津々だって? そうか、それならいいんだが……。
「シルフィは何を着ても似合う!」
「まあ、ありがとうこざいます」
夫の侯爵様がご満悦なら、いいか。そして領民達の反応もかなりいいからこれ以上何も言うまい。
で。
ルリアナ様なんだが……。
「私のルリアナが美しすぎる……」
エイジェリン様がルリアナ様と目が合うたびにもん絶しながらそんな事を呟く。それがうっとおしいと感じたかグレイセル様が『黙れ』と飛び蹴りを食らわせた。
「私、浮いてないかしら?」
「大丈夫だろう、そもそもジュリとケイティが気合を入れてデザインしたんだ、良いものに決まっている」
蹴られて失神寸前のエイジェリン様を放置し、グレイセル様とそんな会話をするルリアナ様。
上半身の白から裾に向かって水色のグラデーションのかかるドレス。手には鳥の真っ白な羽があしらわれた華奢な杖、ドレスに合わせたボレロと手袋。
そして注目すべきは。
背中の羽根だ。
魔物のレイスから取れる素材のラッピングフィルムと、螺鈿もどきのラメ、針金を駆使した羽根である。
……。
………。
…………凄いな。
「凄いでしょ」
ジュリと共にデザインに携わったケイティがやってきた。今年も露出が高いな。
「サキュバス・改よ」
ああ、去年より露出高めが『改』なのか。うん、どうでもいい。
「私達の知ってるハロウィンって色々なものを駆使して仮装するからね、こんなのもありだよ、っていう宣伝としてはシルフィ様とルリアナ様はいい広告塔だよね」
「それに今年は街灯や各家もいい感じで、ご隠居と公爵にはいい刺激になったわね」
「そこね、狙い。来年もしそちらでハロウィンやるなら私がコーディネートするから色々融通してって言いやすくなったわ」
「あらー、あざとい」
「ベイフェルア一の金持ちと顔の広いご隠居を利用しない手はないでしょ」
「そういうジュリ、好きよぉ」
……いい刺激には、なっただろうな。
ジュリ、お前の勇気には感服。
ご隠居に熊の『着ぐるみ』を着せられるのはお前だけ。公爵にブラックホーンブルの頭蓋骨被せて『魔王』風衣装着せられるのはお前だけ。俺には決して出来ない。そしてお二人のまんざらでもなさそうな顔がまともに見れない。
「何でもあり、とは本当なのだな」
熊の着ぐるみが笑顔で声を掛けてくる。
「ええ、まあ、楽しむのが最大の目的だとジュリも言ってますから」
「このようなアイデアが出てくるあたり、流石だなジュリとケイティは」
ブラックホーンブルの頭蓋骨被った魔王も話しかけてくる。
「ええ、アイデアだけは、無尽蔵らしいので」
嫌だ、俺の隣に並んで欲しくない。このいたたまれない感じ、本当に嫌だ。
あと一つ。
ジュリ、どうして公爵が魔王なんだ? ここはシルフィ様とお揃いで候爵が魔王じゃないか? この事、候爵が気づいたら後で揉めそうな気がするんだが。
「それは大丈夫。候爵様にはこれが一番似合う! 素敵! っておだてて納得してもらったから。シルフィ様も『吸血鬼お似合い』ってトドメさしてくれたから問題なし!」
おだてて……。問題にならないなら、いい。もうなにも言わないでおく。
いい夜だ。
ジャックオーランタンやロウソクだけでなく、今年は各家や商店にジュリが『こんなの飾るとハロウィンぽくなりますよ』というチラシを配った。そのおかげで自作のジャックオーランタンやちょっと怖い顔の人形や、中には使い古しのテーブルや椅子を路上に出してそこをハロウィンらしく飾って道行く人がちょっと休めるようにしてくれている所もある。
街灯には白土や布で作ったかぼちゃやコウモリ、月や蜘蛛の巣を飾り雰囲気が昨年より一層ハロウィンらしくなった。あ、もちろん白土は俺も作ったぞ。
ハロウィンらしく。
おかしなものだ。
まだ二回しか体験していないのに、そんなことを思ってしまう。
市場に繰り出す人々の顔が、一様に楽しそうだ。
色んな仮装で、互いに褒めあって笑い合って。
飾りをみて面白いとか可愛いとか言い合って。
子供たちがスタンプを集めてお菓子をもらって喜んで。
そんな光景を大人たちが微笑ましく眺めて。
ジュリは公爵やご隠居の紹介でやって来た貴族数人相手に会話をしていて忙しそうだ。
だが、楽しそうだ。
夜のイベント。
今までこんな大規模なものは殆どなかった。
苦情がないわけではない。来年開催するためにもこの苦情をもとにしっかり対策する必要がある。
あははは。
来年、か。
本当におかしなものだ。
俺も楽しみにしているんだから。すでに来年のことを考えながら。
「ローツさん! ちょっとお願い、私ご隠居のご友人案内するからツィーダム候爵様たちの案内お願いしていい? グレイにも声かけて手伝ってもらって」
「了解、終わったらまたここに集合でいいか?」
「うん、グレイは仮装してるから公爵様たちのことお願いしちゃって」
「わかった、他にも案内が必要そうなら待機組みの所に行って声を掛けてみてくれ、おばちゃんトリオがいるから」
「おっけー、じゃまたあとで」
「私の案内では力不足でしょうが、精一杯案内役を務めさせて頂きます」
「ローツ殿か、力不足どころか助かる」
「?」
「あのナグレイズ前子爵とアストハルア公爵が近くにいるのは少々気まずい」
「あー……気が合いますね」
「そうか、それはなお良かった。では案内頼む」
「かしこまりました、改めましてツィーダム候爵御一行様、私ローツ・フォルテと申します。ククマットの秋のイベント、ハロウィンへようこそおいでくださいました。このイベントは【彼方からの使い】ジュリが『誰でも楽しく可笑しく参加できるイベント』として始めたものです。どうぞ皆様もお楽しみ頂き、気になることは些細なことでもご質問下さい。疑問を全て解決する頃にはきっと来年もここに来たいと思えるだけの驚きや笑いを体感なさるでしょう」
俺みたいな奴が増えて欲しいと思う。
左の肘から先が自分の物ではないように感じて久しい。
軍の頂点まで登りつめる直前で、色々なものを失って、自暴自棄になりかけた時にグレイセル様に声をかけられクノーマス領で過ごすようになって、そしてジュリと出会って。
未知の知識、技術。
世の中、まだこんなにも『可能性』があるのだと知った。
知って、子供のようにはしゃぐ自分がいた。
驚きと笑いを。
心に、潤いを。
ホント、おかしなものだな。
かつての俺は、そんなことを考えたこともなかった。ただ淡々と己に課せられた使命を果たすだけの人生だった。地位や金に支配され、それが『まともで恵まれた世界』だと思っていた。
まともで恵まれた世界。今の俺の目の前にある。
その一端を、任されている。
幸せだな。
だから思う。
俺のような奴がもっと増えてほしい、と。
さて、仕事仕事。
俺は忙しい。
忙しいが、楽しいからいいんだよ。多少ブラックでもな (笑)。
「なぁ、何で誰も俺のこの拘りを褒めてくれないんだよ」
うるさいぞハルト、お前のその仮装、ジュリしか理解できないんだろ? 俺に聞くな。
「見てくれよ! ほら!! 髪の毛黒いままだけど放つオーラは金色にできるんだぞ!!」
おお、凄いな、そんな事できるのか。流石だな。だが間違いなく素晴らしい能力の無駄遣いだな。
取りあえず、邪魔するな、俺は仕事中。
レイス君の登場時点でハロウィンで使われるのを予測していた柊様、使われましたよ(笑)。
レイス君 (ラッピングフィルム)に関してはいずれまた登場予定です。
先日、本物のジャック・オー・ランタンを見る機会があったのですが、何故でしょう、非常にその見た目が怖く感じました。あ、怖いのが正解?
リアルじゃないかわいいオブジェのものを見慣れた弊害でしょうか?




