16 * 格上げなんてあるんだね
ハシェッド伯爵領、マーベイン辺境伯爵領二つを同時に活性化させて財源を確保し領地そのものに力を付けさせる、そしていずれは小競り合いの続く隣国と話し合いの席につく、という壮大な計画の一端になんと 《ハンドメイド・ジュリ》が関わって欲しいと。
隣国、ネルビア首長国との話し合いって、つまりは停戦協定の話し合いってことで、それはいつか、ずっと先になるだろうけど和平協定への足掛かりに。
壮大ですね……。
ということでいきなりこの伯爵領に出店 (仮) 。うちの商品と侯爵家の事業で売り出してるものや今後売り出すものを一部取り扱い、この地の特産である革製品や細かな穀潰し様を使った商品メインの姉妹店のような店とちょっとお高め穀潰し様製品を扱う期間限定セミオーダー店。
勢いだね。
だってさ、こういうのって勢い大切。
しかも徹底管理のもとで内職やセミオーダーも正しく根付かせることをエイジェリン様が約束してくれたし。
まだ先の話だけど大事な決定よ。
まずは穀潰し様をちゃんと商品として売り出すために小物やアクセサリー類を私が作ってクノーマス領中心に販売して市場調査しつつ、同時進行でこちらの革職人さんたちにも私が提供するデザインやアイデアを元に独自の商品を産み出せるようになってもらう必要もある。
ある程度纏まったそんな話をハシェッド家の皆さんにも聞いてもらおうとエイジェリン様とルドルフ様が席を設けその話をしてる途中、伯爵夫人が突然泣き出したのには驚いた。
「ありがとう、本当に……」
その言葉に戸惑いつつ、うつむいてしまった伯爵夫人になんとか顔をあげてもらって苦笑してしまったのは許して。
財源確保。
とても重いんだよ、領主一家にとってその一言は。
それを成すというのはいかに大変かをここの人たちは知っている。
疲弊している領地から絞り出せる税なんて微々たるものだと思うのよ。『新しいもの』でもなければ。
その新しいものが誕生しようとしている。
嫌われ者の、害虫扱いされていた魔物が、この土地の起爆剤となろうとしている。
人々の生活を向上させるものになるかもしれない。
家族を戦地に送らなくても安定した収入が得られるかもしれない。
税収が上がり、領地が力をつけ、隣国と堂々と渡り合えるだけの交渉のカードが手に入るかもしれない。
今尚続く当たり前のように命が奪われる日常を打開してくれる環境をここの人たちは渇望する日々。
それが変わるなら。
私が、些細なことを発言するだけで、アイデアを出すだけで、変わると言うなら。
【変革】
確かに、私は、そのためにいるのかもしれないとこの時ようやく自覚したかもしれない。
自覚すると同時に、私には不安よりも期待とか希望のような、ワクワクするものが沸き上がる。
この世界に足りなかった『誰でも楽しめる、買える可愛いものや綺麗なもの』がただ増えるんじゃなく、人を豊かにして、争いを減らしていく手助けになるならば。
その一端を担えるって凄いこと。
誇っていいこと。
確かに、そう思える。
『【変革する力】を格上げします』
ん?
なんですと?
グレイと目が合った。
「なんか、来た」
「来たな」
真顔で言って、グレイは私から視線をそらすと周囲を見渡す。
伯爵夫妻、大旦那様と大奥様、エイジェリン様、ルリアナ様、そして部屋の隅でお茶の用意やあらゆることをさりげなくこなして空気に徹する執事さんと侍女さんたちが固まった。見事な硬直ぶりですよ、魔法でもあるんだけどね、それかけられちゃったみたいな。
「……来た、聞き慣れない言葉が」
とりあえず私は、驚きつつもグレイと共に首を傾げるわけで。
「《格上げ》と、いったか? それはどういうことだ」
「私に言われてもね。こういう時なら、声かけてもいいよね?」
「ああ、いいんじゃないか?」
ということで。
「セラスーン様ぁ! 《格上げ》って言われたんですが、どういうことか教えて下さい!!」
すると。
『そんなに気にすることではないわよ、【変革する力】に色が付けられた程度のことなの』
とても穏やかで、何より魅惑的な、美しい声のセラスーン様は、通常運転。初めて神の声を聞く人達やエイジェリン様達が固まってることは無視して一切気にしてないのはいかにも神様って感じよね。
「色、ですか」
『ええ、技術や知識が今までよりもわずかだけれど浸透しやすく広がり易くなるのと、あなた自身の探求心や好奇心によって行動することで運が向上するのよ』
「技術や知識が広がったりしやすくなるのはわかりますが、運が向上ですか……不思議なものが向上するんですね」
『そうでもないわよ? あなたの運は、【変革する力】と【技術と知識】に直結しているわ。運が上がるということは、そうねぇ……新しい素材と出会う確率が高まるとか、非常に強い影響力をもつ【選択の自由】が発動する前にグレイセルが仲裁する確率が高まるとか、他にもあなた自身は気づかない些細なことに対して影響するけれど、あなたにとっては今言った二つがとても大きな意味を持つのではないかしら?』
たしかに。
全体的な運が上がって、未だ苦戦する新素材探しに棚ぼた的な展開があったり、誰かに絡まれた時にセラスーン様による【選択の自由】の発動前にグレイの【スキル】発動で被害が最小限に留まるというのはとても助かる! とても嬉しい。
「それは、とても助かります」
『そうでしょう? あなたの心が【技術と知識】に誇りを自覚したことによって齎された 《格上げ》よ。ジュリ、あなたの行いがこの世界にとって非常に相性がいい証しでもあるわ、その【技術と知識】を誇り、進んでご覧なさい。きっとまたいつか 《格上げ》が起こり、あなたを導くでしょうから』
「はい、ありがとうございます」
『御礼なんてよくてよ』
「いえ、《格上げ》は、神様皆様の同意あってこそのことだと思います。皆様が、私の行いを見てくださってる証拠だと。セラスーン様、ありがとうございます。それと、他の神様にも御礼をお伝え頂けますか?」
そして。
「セラスーン様。私からも、御礼を言わせて頂けますか」
グレイが私の隣で目を細め、嬉しそうに微笑んでる。
「ジュリは、セラスーン様に【選択の自由】を発動させてしまうことに悩んでいました。ジュリは神の手を煩わせること、【知の神】であらせられセラスーン様に人を裁かせることに罪悪のようなものを感じていました。しかし、私がそれを代行し、更に 《格上げ》によって回避率が高まるならジュリにとってそれだけでも気持ちの負担は減るのです。《格上げ》はセラスーン様をはじめとした全ての神々による素晴らしい恩恵です」
グレイは、知ってるからね。私が【選択の自由】が発動してしまう不安を常に抱えてること。そして自分のことのようにグレイがジレンマを抱えてたから。いくらグレイが【スキル】と【称号】を与えられても、【神の守護】である【選択の自由】を完璧に、完全に止めることは不可能だから。
私は、本来なら与えられ喜び誇るべき【神様からのプレゼント】に、影響力が凄まじいそれに悩んできた。
それが今、少しだけ緩和されたの。
セラスーン様に、人を裁いて欲しくない。
神様は、私達を見守る存在でいてほしい。
グレイに嫌なことを押し付けてしまったことへの罪悪は、一緒に背負えばいいと割り切ったから。私達は大丈夫。
私の我が儘だ。神様のすることに口出し出来ないことはわかってる。
私のエゴとか、偽善とわかってる。
でも。
本心。
セラスーン様には私の【技術と知識】や【変革する力】を見守ってくれるだけでいい。一緒にこの世界に可愛いものや綺麗なものが溢れるのを楽しく見ていてもらいたいだけ。私の為に人を裁くなんて【知の神】らしからぬことをして欲しくない。
いつだっけ? 大量のお酒を飲みながらグレイに絡んで延々その話をした記憶が (笑)。
覚えてたんだね、そしてグレイも気にしてくれてたんだね。
嬉しいね。
「セラスーン様、心から感謝申し上げます、そして全ての神々へも等しく感謝を」
『ありがとう、サフォーニには直接言ってあげてね?きっと喜ぶわ』
「はい。サフォーニ様、聞いておられますか?」
『ええ、グレイセル』
また別の、知的な落ち着いた柔らかな声の持ち主。
「ジュリの 《格上げ》、誠に感謝申し上げます」
『いいのです、当然のことですから』
「ジュリ同様、私からも全ての神に感謝を。どうかこの思い、私に代わりお伝え頂けますでしょうか」
『確かに、その思い皆に伝えましょう』
「ありがとうございます、我が主サフォーニ様。領地に戻る頃には屋敷に新しい祭壇の設置が始まります。サフォーニ様の像が祀られますので、その際に改めてお礼とお話をさせて頂きます」
『ええ知っています。楽しみにしています』
グレイと二人、よかったね、なんて顔をしてたら。
「普通のことのように会話するのやめてくれるかな」
エイジェリン様がみんなの気持ちを代弁したのか、そりゃもう複雑そうな顔をしてました、ごめんなさい。
セラスーン様とサフォーニ様との会話に騒然となったのが落ち着くのを待ち、改めてお話を再開。
穀潰し様を素材として売り出す時の名前は『ボンボン』に決まった。古くから子供たちが使う呼び名『ポンポン』から分かるように可愛らしいのがいいという意見と、私が『ファーボンボン』という呼び方があると話したことで耳に馴染みやすいだろう、と。
そして、大事なことを提案。
「ブランド……ですか」
「ここハシェッド領とマーベイン領の見た目は一緒、でも隣の国の穀潰し様は見た目が違うんですよね? 出来ますよ、というかすべきです、産地によるブランド化」
そう、私が提案したのは『ブランド化』。
「共通点がある土地ならではの交渉材料になりませんか? まずこちらで穀潰し様が流行れば必ずネルビアだって注目するはずです。そしてもし本気で交渉をするなら、まず商業の部分から入ると楽そうですけど? 国境線全ての領の停戦は無理でも、たった一部でも土地を互いに荒らさず利益が出る交易が可能ならそれだけで抑止力になると思いますよ、だって下手に争ったら損害を齎すだけで、せっかくの産業をダメにする、それって両国にとって痛手ですよ。素人考えなんでしょうが……とにかく、同じ穀潰し様でも見た目が違うなら、『ベイフェルアボンボン』と『ネルビアボンボン』などとしてブランド化出来るはず。こちらで買います、加工のノウハウ教えます、だから商業に限りまず正常な取引ができる環境を整えませんか? って、交渉材料になりそうです。安直ですかね? 下手に堅苦しく停戦協定だの平和協定だのと言葉にしてしまうと構えますよね、疑いますよね、だからお互いに利益が出る、物流が活発になるから民間レベルで取り敢えずちょっと交流しましょうよって方が私は話を聞きたくなりますよ」
あるよね? 国交はギクシャクしてるけど、取り敢えず商業の面では取引があるっていうの。地球でもそういう国家の繋がりがあったと思うのよ。後でハルトに聞いてみよう。
「……なん、てことだ」
「はい?」
「君は、一体」
「はい?」
「何者だ」
ハシェッド家の皆さんの私を見る目がやだなぁ、珍獣でも見る目をしてる。そんなに突飛なこと言ってないはずだけども。
「……と、言われましてもね? 異世界から来た女です、としか言えません。それと、そういった難しい話を掘り下げたかったらハルトとマイケル紹介するのでそっちに聞くといいですよ、元の世界でも天才に分類される人間と頭のいい人じゃないと入れない会社勤めの経験がある博識な人間ですから」
と、丸投げ出来る伏線。
ハルトトマイケル、ヨロシクタノム。
そのへん私が深く考えちゃダメよ。
言っとくけど非チートだから! 世界最弱だから! 役に立つのはものつくりの時限定よ。
複雑な政治の話は別として、『穀潰し様頼み』はいいと思うのよ。だってネルビアがマーベイン領を返せと言い続けて来たのは、自分達の所は痩せた土地、魔物発生で悩む所が多くて貧しい暮らしを強いられる土地が多いから。 農業以外の産業一つ増えるだけでかなり変わると思う。情報社会、高度文明の地球ではあらゆることが複雑に絡み合っていてそう簡単にいかないだろうけど、この未発達な世界なら、いけそうな気がするわけ。
「やってみよう」
ルドルフ様の力強い、決意の一言。
私が今、できる事。
「やりましょう、お互い全力で」
真っ直ぐ見つめて、私も力強く答えるのみ。
「またいらして下さいね」
出発の朝、別れを惜しみハシェッド家の人たちとハグをして、最後の相手となった大奥様はちょっとだけ涙ぐんでいた。
「はい、いつか必ず」
「あなたの恩恵を、この目で直に見れたこと、感謝します」
「え?」
「お気づきではない? どこか、いつも不安をにじませていた私達が、あなたがいらしてからいつの間にか笑顔が絶えなくなって。笑えるって、素晴らしいことですよ? 沢山の人を笑顔にさせることが出来る人は、そういないのですよ。……あなたにとっては些細な、何でもないことなのでしょう。だからこそ、私達は心から笑顔になれたのかもしれません。覚えておいて下さいね、あなたには人を笑顔にする力があり、それに感謝するものが、数多いることを」
ふと、もしかして私が【スキル】も【称号】もなく、魔力もない事で、この人たちの耳に私の噂が入っているのかもと思った。
未だ私の評価はこのベイフェルアで【彼方からの使い】の中で最低だということは知っている。
私は今更そのこと言われてもねえ、って感じでそんなことを言う人たちを構ってる暇はないし今の生き方に満足してるから正直気にしていないの。でも、それに対して他の人たちが憤り、怒ってくれる。
きっと、この大奥様もその一人。
私という個を認めてくれる人。
ありがたい。
本当に、ありがたい。
こういう人たちがいてくれるから、私はね、頑張れる。
「……そう言って頂けると嬉しいです。やっていることが報われた気がして、自信に繋がります」
私の返答に、目を細めて嬉しそうに大奥様が頷いた。
「帰ったら早速製作に取り掛かるのかしら?」
「そうですね、作りたいものが沢山ありますから。仕事も山積みですが、些末な事ですよ」
「ふふふ、あなたの原動力は、やっぱりものつくりなのね」
「ものつくりしてないと死ぬんですよ私」
「あら、じゃあ机の上のお仕事は誰かにやってもらうしかないわね?」
「まあ、そのへんはローツさんあたりがそつなくこなして片付けてくれてそうです。大変なのは新しい素材を見るとみんなやることそっちのけになるので色んな事が捗らなくなることですね」
「それはそれで面白そう」
「面白いですけどね、大変です」
別れの挨拶から、クノーマス領のある南へと馬車が動き出して間もなく。
ルリアナ様とそんな会話で笑いあった。
あっという間のハシェッド領での出来事。楽しかったなぁ。うん、穀潰し様、最高!
……あれ?
そういえば、観光してない。
出されるお酒と料理が美味しくて市場や酒場すらいってない。伯爵家と田んぼと河川敷、工房しか見てない。そんなことを呟いた。
「「……」」
二人で、無言。
お土産は、穀潰し様オンリー。
キリアあたりに『他にお土産はないのか』と、ツッコミ入れられる予感しかない。
ルリアナ様と再び笑って呟きをぶん投げた。
とりあえず帰還!! 途中良さげなものを買って帰れば許される!!
ジュリ、結局観光してないです(笑)。このまま一生どこに行っても新素材を見つけちゃったら観光しないで帰ってくるっていう、パターンですかね。
次話でこの章終わりです。グレイセルに語っていただきます。
そしてその後ハロウィンスペシャルを一話更新し、新章突入です。




