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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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16 * 壮大な計画の先にある出店?

 



「ジュリ、相談なんだが」

 それは、エイジェリン様だった。明日この伯爵領を発つので帰りの準備、主に私は小さな穀潰し様の山に囲まれてヘラヘラしてるだけだけど、グレイとは祭りが行われる地域があるのでそこに立ち寄りながら帰ろうなんて話ながらのんびり過ごしていた時間のこと。

 グレイも何も聞いていないみたいだし、いつも一緒のルリアナ様もいない。

 しかもなぜか侍女さんたちにも席を外させて三人だけに。


 その提案はもう少し先、グレイが領主となって統治する領となるククマットでのことだと思っていた私とグレイにとって軽い困惑と驚きをもたらした。

「次の店を、この伯爵領で出せないかな」

 エイジェリン様は私が穀潰し様を手に鷲掴みにして歓喜した時からうっすらと思ったことだと前置きして、話し始めた。


「《ハンドメイド・ジュリ》じゃなくていい。むしろ、この領地に合った、革と新しい素材である穀潰しを使った商品をメインにした店だ。ただ、その監修をジュリにしてもらいたい。例えばどの小物と穀潰しは相性がいいか、こんなデザインはどうかなんてことを提案してもらいたい。君のデザインしたものは当面私が買い取りこのハシェッド領に提供する話はもう済んでいるが、この地の職人と伯爵家が経営する店そのものの基礎に君の監修を初めから組み込みたい。もちろん、それなりの見返りというか、相応の融通としてその商品の一部の販売を 《ハンドメイド・ジュリ》で先行して当面独占的に扱う契約に。そしてこの領地の店でも 《ハンドメイド・ジュリ》の商品を一部取り扱う、というのはどうだろう。こちらの領で仕入れる 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》の商品は極端な話し、宣伝目的となるから毎月数点で構わないんだ。もちろん、生産が軌道に乗った細かなパーツ類も仕入出来ればありがたいが、あくまでも客寄せ、話題作りのためだ、決して負担にならない数で構わないんだよ」

 そこまで聞かされて、ふと頭を過ぎった言葉。


「……姉妹店、ですね」


「そちらでは『姉妹』というのか」

「それが近いと思いますよ、《二号店》とはちょっと違うと思います、メインで取り扱う商品がお互い違うから。でもお互いの商品を一部販売して、そして定期的に仕入れたり優先的に販売出来たり。何より私が関わるならば全く別の店とは言えません、姉妹店というのがしっくり来ます」

「そうか……ダメだろうか?」

 そしてエイジェリン様が続ける。

「この辺りではスライムはほとんど発生しないから、ギジレジンの商品は全く作れない。海もないからラデンモドキもしかり。逆にクノーマスでは良質な革は仕入れに頼り、穀潰しは一切発生しない。お互いに無いものを流通させる拠点の一つに、していきたい」


 それはエイジェリン様にとってとても深い意味がある気がした。

 ルリアナ様のご実家であるこの伯爵領の現状が関わっているのは間違いない。

 そして、そんなことを思いつつその先を聞いてまた驚かされた。

 エイジェリン様はこの数日でとてつもないことを思い付いていた。


「隣の辺境伯爵と共同で財政の立て直し?!」

 私の驚きとは反対にグレイは落ち着いた様子で反応を見せた

「兄上、それは流石に早計ではないですか?」

「え?」

「兄上は、ずっとそれが出来ないかと模索していた。それこそルリアナと結婚を前提とした見合いをする前から」

「へっ?! そうなんですか?!」

 エイジェリン様を見ると、力強く頷いて。

「この隣、マーベイン辺境伯爵領の悲願だ」


 それは、とてつもなく、非現実的で、途方もない道のりなのだと。


「マーベイン領は、長らく隣国との小競り合いで常に疲弊している土地だ。辺境伯爵が優れた指導者であること、辺境伯爵としてあらゆる特権と支援を受けられるからこそ踏みとどまれている。……そもそも何故国と我々貴族があの土地を守り、そして隣国が狙うと思う? マーベイン領は、大陸有数の肥沃な土地なんだよ。ネルビアに隣接する領の中で最も肥沃で隔たる山が低い土地でもある。そんなマーベイン領はその山々から流れる川によって肥えた土地が維持されてきた。山の向こうネルビアの裾野でも森や川があるのに強い部類に属する魔物が点在するように複数の地域で発生・生息し、人が住むには大規模な開拓と整備が必要な箇所が多い。おまけにその魔物絡みの生態系の問題なのだろう、平野部になると痩せた土地が多くてマーベインやハシェッドと同じ作付面積がありながら収穫量はほぼ全ての作物が半分程度と言われている……そして……知っての通り大昔ネルビアが今のマーベイン領の一部、正に国境から山の裾野付近を国土としていたことで、その所有権を主張し続け国境を巡る長い争いの原因になっている」


 つまり、その土地についての所有権をこの国のマーベイン領のものだ、ってあちらさんが諦めない限り、マーベイン領の土地が肥沃である限り、延々に続く戦争なわけで。


 そしてその南には同じように肥沃でしかも平坦な農地として開拓されたこの伯爵領がある。


 間違いない、もしもマーベイン領が奪われたらこの土地も戦火に……。


そして、奪われる。


 ベイフェルアも、国としてマーベイン領には投資している。人もお金も。でもそれは土地のみを守るためのもので、領民のためのものではないし、国として賄えないものは全てマーベイン領、その周辺の貴族、そして財力の安定した貴族が支えている現状。

危機的な状況は、何かしらの打開策がない限り、これからも続いていく。


「この土地と、隣のマーベイン領の税収を高める。新しい職を生み出すことで生まれる税収を国が無視するわけがない。ジュリが召喚されて以降、クノーマス家の税収が安定し始め全体的に発展を始めたことで、王家の財政難を救うのに必要な税をもっと得るためにトミレア地区の近隣領含めた港を活かした交易の制度を一部緩和する許可を王家が来月出すことになった。下手に関与して我々の力を抑えつけるよりもある程度自由にさせることで王家に入ってくる税が増えるとようやく認めてくれたからだ。納める税が多くなる分だけ、王家は何かしら融通してくれる。ベリアス家のような無謀な徴税ではなく、真っ当な手段で得た税が増えれば増えるほど、王家もベリアス家だけを優遇することは難しくなる。そんなことで? と思われるかもしれないが、こことマーベイン領の税収がたとえ僅かでも、緩やかでも上昇するならば王家の対応も必ず変わってくるはずなんだ」

エイジェリン様はいつになく熱く力強い目で私を真っ直ぐ見据えている。

「それに……交易で活性化したクノーマス領は自領の税収が上がっただけではなく領民の生活水準が緩やかに向上しているし、クノーマス家の資金調達にも影響を与えて自警団の強化に繋がった、つまり兵の質が上がり、増員もしたんだ。素材の発掘とそれを取り入れた新しい文化や流行でクノーマスが今動いて発展を始めている。それがこの国境に近い、新素材が見出された土地で出来ないはずがない。複雑にあらゆる要素が絡み合ってはいるがどんな理由にせよある程度自警団を自力で維持できると言う事は王家はそこにかけるお金を削減出来、このハシェッド領とマーベイン領への心証は相当上がる。そして、ここからが私にとっては重要だ。ネルビア首長国との国境だからこそ新しいものを武器として交渉材料に出来るはずなんだよ」

「え? それって、どういうことですか?」

「ああ、ネルビアの穀潰しのことか」

 グレイの納得した顔に、エイジェリン様が強く頷いた。

 え?

 わからん。

 何の話ですかね?!


「ネルビアにも穀潰しがいるんだよ」

「それはチラッと聞きましたけど」

「しかも、見た目がちょっと違う」

「え」

「あちらは濃い赤や茶色、斑点模様がいるんだ」


 ……まじすか!!

 欲しいわ!!

 それ!!!


 私の顔をみて、エイジェリン様がニヤリ。

「たった一部でも両国公認の山越えの道が開拓整備されれば、王都やクノーマス領に行くよりも近い所で、隣国の物が手に入るようにもなる。そして穀潰し以外にもジュリのお目に叶うものがまだまだあるかもしれ―――」

ないよ、とエイジェリン様が言い切る前に私は、叫んでいた。


「うひょほほ! 新素材! 私の老後を豊かにしてくれる素材たちよ! どんと来い! 未知の素材もどんと来い! 私がハンドメイドで売りさばいて差し上げます!!」


 グレイがそんな私の隣で、いつになく真面目な顔をした。

「ジュリは」

「うん?」

「魔物に嫌われる人間だろうな、そのうち魔物がクノーマス領からいなくなる気がしている」

「それ真顔で言うのやめて」

「あははは」

 エイジェリン様がツボに入ったらしい。めっちゃ笑うんですけど。

 いや、困るよ、魔物に逃げられたら。素材になる魔物には好かれたいわ。


「どうだろうか?」

 ひとしきり、私とグレイのいつもの不毛なやり取りを見た後のエイジェリン様の顔といったら。

 なんですかね? この顔。

 まるで私がイエスと言うのが分かっていたような自信満々な、余裕の笑みで。

「条件があります」

 私も笑ってたけどね!!

「内職、セミオーダーを同時に根付かせるのが条件です」


 その提案はエイジェリン様には少し意外だったのかな? 見開かれた目で瞬きを繰り返して驚いてた。

 でも。

 これはグレイと二号店の話をする度にいつも真面目に計画を詰めていた時から出てきていた話。この二つは譲れない。

 そもそも私の店 《ハンドメイド・ジュリ》では内職さんがいなければ成立しない。単調でも細かな作業であり、そして数を必要とする物が商品を構成している。そして、今後の需要を拡大して維持していくにはフルオーダーは無理でもセミオーダー方式は取り入れ定着させるべきだとちょうどここに来てからグレイと夜に話してもいる。

 この二つが、今後二号店を出すに必要な条件となるだろうと。

「『代理』では 《ハンドメイド・ジュリ》を維持することは不可能です。徹底した素材の管理と取り扱いが出来なければたとえエイジェリン様からの後ろ楯があったとしても私は 《ハンドメイド・ジュリ》の名前を姉妹店に貸すわけにはいきません。そして、富裕層向け限定のフルオーダーの店もダメです。あくまで、高品質でありながら一定の量産が見込めつつ幅広い客層を取り込める価格帯でなければダメです。でも、幅広い客層というのは現状この世界では成功させるのが難しいし、私が直接見て触って都度修正していくことがこの領では不可能。なので……姉妹店ともう一つ 《レースのフィン》と類似のセミオーダーが可能な店にして欲しいですね」

 私の隣で、グレイが驚いた。


「ジュリ、その話は聞いてない」

「うん、今思い付いた」

「は?」

「いけると思うのよ、穀潰し様でも 《レースのフィン》に近い店。高級な革やドレスに合わせて特別にあつらえる穀潰し様は別の店がいいと思う、高級な革になると職人さんも別になるよね? ドレスだってお針子さんがドレス専門でいるくらいだから。そして穀潰し様は晩秋から初冬の発生・捕獲だから期間が決まってるしそして穀潰し様の見た目から身につけるのも冬の装いが大半を占める。つまり、お店の形態も 《レースのフィン》と同じで期間限定でいいと思う。前のシーズンで確保した穀潰し様を選別・厳選して翌秋までにその冬の流行に合わせたドレスや小物のデザインに合うものに仕上げてそしてお客さんの希望になるべく沿ったものを提供出来るように。フルオーダーはしなくていいの、だって高級毛皮があるんだし、そもそも穀潰し様は形が決まってるものだからフルオーダーに対応できないから」

「ちょっと待て」

 ん?

「紙と筆を持ってくるからもう一回」

 エイジェリン様。

 顔が非常にキラキラしてます。


 ハシェッド領、お店が二店舗出来そうです。それがいつのことになるかはわからないですけども。


  《レースのフィン》のセミオーダーは、レースの柄は選べない。その代わり、サイズ、糸の色、そして更なるオプションとして飾りが選べる。

 なので例えば本来はドイリーサイズだけど柄が気に入ってテーブルクロスサイズにしたいなら柄がそれに対応できるならそれを受注できる。そして縁取りにタッセルやフリンジと言った飾り紐やレースリボンやプリーツリボンを更なるオプションで付けられる。

 もちろん、既存の作品にも飾りを付けるだけも出来るけれど、そのセミオーダーに対応できる商品は限定している。

 その理由はセミオーダーばかりに人員を割くわけにはいかないから。至って単純な理由だけどそこを有耶無耶にするときっとトラブルになると思ってレースを使っていても帽子やバッグ、手袋や衣類などはクノーマス侯爵家からの依頼以外は一切セミオーダー出来ないようにしてある。


「穀潰し様でもそれは可能ですよ、レースのように製作期間は気にしなくていいのでセミオーダーはいけると思います。ただ、どこまで対応するかの線引きはしっかり決めないと大変です、その辺りは実際に作る職人さんやお針子さんたちの意見を尊重してください、作る側と使う側では許容範囲は全く違います、良いものを安定的に送り出したいなら作り手の意見を優先すべきです。その代わり、デザインや使い勝手などは使う側に沢山意見を出してもらってバランスを取るようにするといいかもしれませんね」

「なるほどバランスを取る、か」

「セミオーダーって、フルオーダーと既製品の中間なので、やり方もそれに合った方法が必要ですからね」

 そんな話をしつつ、私は穀潰し様が使われた服やバッグや帽子が並ぶ店内を妄想して。


「へはははは! ちょっとぉ、いいんじゃない?! フワッとホワッとヌクヌクした感じのお店! けへへへっ! 絶対に冬に立ち寄りたくなるお店! へへっ、うへへへ!」

 笑い声、大盤振る舞いよ。

「最近笑い声も凄みを増してきたな」

 グレイが嬉しそうに言ったけど。

「笑い声に凄みってあるの?」

「ジュリはある」

 笑顔で断言された。


 嬉しくない。

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[一言] 凄みのある笑い方w
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