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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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16 * 笑顔が素敵

 


 バスケットボールくらいの穀潰し様ですが、これが意外と皮が柔らかいと発覚。手で簡単に押して潰せる。

 なので、皮製品の取り扱いに長けた職人さんの所へ朝からお邪魔してます。

「まずは、真っ二つにカットしてくれますか? それからこのあたりを直線になるように」

 大きな穀潰し様をまず真っ二つ、半球のようにカット。そして元々口があった穴の開いた部分は見た目がちょっと歪なので取り除く意味も含めてまっすぐになるように。皮が比較的柔らかいので、半球にし、余分な部分を真っ直ぐカットすると緩やかな丸みを帯びた、お月様がほんの少し欠けたような2枚の皮になる。

「ふむ。……こんなもんか?」

「あ、いいですね!! そしたらですね、真っ直ぐ切りそろえた口のところは避けて、この黒皮をマチになるよう2枚を合わせて縫って欲しいんです。」

「真っ直ぐに切り揃えた所は口になるんだな?」

「そうですそうです、で、その後、切りそろえた穀潰し様とマチにした黒皮を細い幅の皮でグルッと覆って整えてから、同じ黒皮の取っ手を適当なサイズでいいので両方に付けてほしいんです」

「……つまり、バッグか!!」

 職人さんは完成品を想像して驚いてた。

 害虫並みに嫌われていた穀潰し様がまさかの毛皮のバッグですよ。


「丸いままでも柔らかいから加工や取手の工夫で形を活かした丸いバッグに出来ますよね。ただ、せっかくいい皮がたくさん産出される土地だし染色にも力を入れていて種類も増えているようなので、それを活かして組み合わせてもいいんじゃないかと」

 私が試作品として提案したのは黒皮でマチを作って、大きい穀潰し様を真っ二つにしてから皮に縫い合わせ、同じ黒の皮で作った取っ手を付けた手提げバッグ。皮はちょうど黒が余ってて試作に使っても問題ないって言われたものだったので、ならばと思い付いてすぐ提案したの。

 簡単に縫い合わせただけのものだから全く売り物にはできないって職人さんは言ったけど、でもその試作品はちゃんとデザインし加工すればかなりいい感じになると想像を膨らませてくれる。

 真っ白のファーに黒の皮というのは、こちらの世界ではあまりない組み合わせなのでかなりインパクトはあるけど、丸の形を活かしたから可愛いね、カットしたことで丸みがちょっと失われて緩やかな曲線の丸みになったのもいい。

 どうやら大きくなればなる程、穀潰し様は皮が柔らかくなるらしい。この特性は私のようにアクセサリーや小物に活用するのとは違い、革や布と合わせて加工する人たちにとってはいい特性だと思う。


「どうですかね? 穀潰しの毛皮のバッグ」

 ルリアナ様が可愛い!!

 手に取って眺めてめっちゃ笑顔になってくれたのぉ!!

 はぁぁぁ、眼福。

「この柔らかさなら革と組み合わせて色々作れますね、冬の新しいアイテムとして応用はし放題かと。もちろん、穀潰し様の大きさと丸みが欠点にもなります、コートやマントは必ず縫い合わせることになるので見栄えに問題が出るし、カットするにしても無駄が出やすくて加工から完成までの人件費、時間も嵩むので、私はオススメしません。ただ、私の所に小物の穀潰し様を卸て貰いますけど私の店とフィンの店では使う数に限りはありますからね、あとはこちらの領で色々売り出してみたらどうでしょうか? うちでは扱えないものが多いので、特産としてここから発信するのがいいですね。それらのデザイン料はもし穀潰し様が加工できるなら当面エイジェリン様が買ってくれるという約束を事前にしてありますので、ハシェッド領ではエイジェリン様が買ったデザインを元にまずは生産、それから得られる資金で今度は直接私やうちの優秀な従業員たちにデザインさせたものを買ってもいいですし、この土地でデザインを得意とする人を育成するのもいいと思いますよ」

「……ありがと」

 小さな声で、感極まるような、そんな声で言われて、キュンとしてしまったわ。


 嫁いでこの地を離れたとしても、なかなか帰ってくる機会もなくなり立場もそれをあまり許さなくなってしまったとしても、実家は実家。侯爵家の財力を頼っている現実があったルリアナ様には新しい財源がこの領にもたらされることはどんなことより望んでいたことだと思うの。


 力になれたかな、この人の。


 私を初めから受け入れて守ろうとしてくれた人の一人。ドレスも何も持たない私が気を使わないように、困らないように、『私のお下がりを手直しすれば大丈夫そうね? 必要なときは言ってね?』って言ってくれた人。

「突然用意しろと言われてもどうしていいのか分からないでしょう? 特にジュリは私達よりもセンスはいいのだから勝手にこちらで用意されても好みに合わないことも多そうね。当分は無理に用意する必要はないと思うの。どんなものが必要なのか、その都度私のお古で確認したりしながらゆっくり覚えるといいんじゃないかしら。ジュリは貴族になりたいわけではないもの、マナーやルールを守れていれば誰も文句を言ったり笑ったりしないわ。ジュリにリメイクしてもらえたらドレスも喜ぶわ、私もどう変化するのか知りたいから教えて欲しいし、今後の参考にさせてもらいたいの」

 って。

 グレイとお付き合いすることになったころから必要になったら困るからってシルフィ様やグレイはドレスやそれに必要なものを作ろうとしてくれたけど、正直私は、困惑したし足を踏み出したくなくてのらりくらりかわしてた。それを察してこの人が皆の前で言ってくれて、私の気持ちをさりげなく周囲に伝えてくれて。

 気配りのとても出来る、優しくて本当に頭が良くて尊敬できるルリアナ様が私は、とても好きだ。


 いつでも私の味方をしてくれるこの人に、いつか、何か恩返しが出来たらと思ってたから、この顔を見れて良かった。


 ほんとに、良かった。


「私は、ルリアナ様の為になにかできましたか?」

「え?」

「私のこと、ずっと信じて支えてくれて。だから今こうしてここにいるんですよね私。ルリアナ様からのお誘いじゃなかったら、ククマットを長く空けるなんて多分躊躇って今でもどうしようかって悩んでたと思います。……いつか、何か恩返し出来たらと思ってたので、今回は役に立ったなら恩返しの代わりにならないかって思ってたんです」

「あなたは」

「はい?」

「もう、元の世界に帰りたいなんて、言わないでくれる?」

「えっ?」

「ずっと私たちと、ずっと、一緒に、いて欲しいわ」

「ルリアナ様……」

「酷いこと言ってるわよね、凄く、困らせるわよね」

 そしてルリアナ様が申し訳なさそうに寂しげな笑みを浮かべる。

「あなたにはまだ元の世界への強い未練があるわよね」

「!!」

 ドキリとした。この人は、私が『闇』を抱えていることに気づいているんだと。一瞬、心が陰る。私はそれを自分から口に出して誰かに伝える勇気も自信もまだなくて、心の奥底にしまっておきたいもので、誰かに触れられたくともないことだから。

「どういうものなのかそれは分からないし一生理解はしてあげられない。私の今の言葉そのものがジュリを苦しめる可能性だって、あり得る。それでも、黙ってなんていられないわ。聞いたりしない、あなたが話したくないことを、聞いたりしないから、お願い、私達と共に」

「ルリアナ様……」

「帰りたいって言って欲しくないの。私、あなたといると楽しいの。あなたといると毎日がとても幸せなの。今更、失えないわ、ずっと、側で一緒に笑っていたいわ、あなたと共に、ククマットが、クノーマス領が、もっともっと変化していくのを見届けたいの。あなたのために出来る事はなんでもするから、あなたを全力で守るから、私たちはあなたが大切だから。あなたの未練が和らぐように、寄り添うから。……ごめんなさいね、私のワガママを聞かせてしまって」


 あ、だめだ。

 泣きそう。

 精一杯私のことを思って、言葉を選んで、それでもどうしても私といたいと言ってくれるその気持ちに、表現し難い感情が込み上げる。


 久しぶりだぁ、こういう感じ。

 ルリアナ様も泣きそうだから、余計に泣きそうになる。

「……いますよ、私。グレイと一緒にいるって約束しました。この世界で、生きていくって。決めたんです、自分で、ここで生涯を閉じるって。だから大丈夫です、いますよ。帰りたいって、言いません。そんな言葉で、ルリアナ様を困らせたりしませんよ」

「……そう、ありがと。いてくれるのね、ずぅっと、私たちと一緒にね?」

「はい」

 ふふふって、照れくさそうにルリアナ様が笑って、私も笑って。


 いつか、帰りたいって、思うことはあると思う。今でも懐かしくて泣きたくなる思い出が過る日はある。

 でも、言わない、絶対。

 この人の前で絶対言わない。


 そう、決心した。












「あ、それはルリアナ様の」

「これは?」

「それも」

「こっちは?」

「ルリアナさまのだよ?」

「……じゃあこれは」

「ルリアナ様の」

 グレイがしかめっ面。ごめーん。

 だって、ルリアナ様の為に作りたくなったんだもん。

 即席の工房で、用意してきたパーツを広げて作っているのはルリアナ様の為のイヤリングとブレスレットと扇子やバッグに付ける飾り。

 気分がとっても乗ってるので、あと二日しかない滞在なのに観光もせず私はひたすら作る。

 帰って皆を驚かせたいわね、って言ったルリアナ様のためですよ!!

 大量の洗浄済みの穀潰し様と共に帰るだけはつまらないよね、確かに。

 なので本気モードでつくってるのよ!!

 なので話しかけないで。

 って雰囲気を察してグレイは工房を出ていってくれました。

 素敵な婚約者です。


「はぁぁぁ……素敵」

「パーツが少なくてルリアナ様のだけになりましたが、戻ったら作りますので送りますね」

「本当に?! ありがとう!!」

 耳元にポワポワと揺れる白い穀潰し様の下に小さい花のパーツを連ねたものを垂らして真珠が一番下で揺れるロングタイプのイヤリングにしてみた。真珠なしのものもスッキリしてて可愛いけど、せっかくなのでちょっと豪華に仕上げてみました。

 それに合わせたブレスレットと小物の飾りもルリアナ様に似合う! てか可愛いわ!! と、一人ぐへへと笑いながら作っているものに伯爵夫人や大奥様の視線が釘付け、侍女さんや使用人さんたちもソワソワしながら気になって仕方ないって様子なのでハシェッド家ではクノーマス家のように働く人たちが争奪戦で殺伐となるのは困るだろうから沢山作って送りますと確約したら。

「数量限定の米酒を持っていって」

 と、言われた (笑)。ちなみにそのお酒、王家に献上したり王都の酒屋にしか卸さない本当に数が少ない品らしいんだけど、夫人は伯爵を言葉と気迫でねじ伏せてグレイに『馬車に積んで置いてください』って一樽手で叩きながら笑顔で言ってた。グレイも『お気遣いありがとうございます』って笑顔で返してた。

 ……伯爵様、泣きそうだ。あ、もしかして伯爵様キープのやつだったの? 

「いいのよ」

「ええぇぇ、ホントにいいんですか?」

「お兄様のものは私達のものだもの」

 って、ルリアナ様が笑顔。その隣で伯爵夫人も笑顔で頷いてる。

 えーっと。


 伯爵様! ありがたく頂戴いたします!!











「わお」

「壮観だな」

 グレイと、冒険者さんたちと、その()()()()()を眺める。

 確かにハシェッド家とエイジェリン様が集めてほしいと、買い取ると言った。私も大量に欲しいと言った。そして素材として十分価値がある的な発言も多々していた。

「この荷箱、どこから出てきたんだろ」

 私の呟きに、にっこりしたのは大旦那様。

「集めました、手当り次第に」

「あ、そうですか」

 顔が引きつる。

「……中身、穀潰し様ですよね」

 この問に大奥様がにっこり。

「これでも去年の最盛期より少ないと思いますわ」

「これで、少ない……」

 乾いた笑いが出る。

(ジュリさん、これ、全部持って帰れませんけど)

 エンザさん筆頭に冒険者さん皆の顔がそう訴えてくる。

「せいぜい十箱かな? 後は順次輸送の手配をしよう」

 エイジェリン様も笑顔で言ったんだけど、若干苦笑。


 荷箱の山が出来てる。

 これ全部穀潰し様だよ。

 たった数日でハシェッド家の庭が荷箱に占拠される程の穀潰し様の繁殖力が怖い。

 そしてこれを笑顔でなんてことないって顔してるハシェッド家の人々が怖い。


「でも我が家で確保させて頂いた分はもっとありますわよ?」

 伯爵夫人笑顔だぁ。

「粗方捕獲したので、稲刈りも進みますからご安心を」

 伯爵も笑顔だぁ。


「初めてのことだったから、いつもより発生数が少なくて助かったわね」


 うん、当然ルリアナ様も笑顔だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] サブタイトルでSMAPの昔の曲を思い出したり
[一言] 今後ハルトとの会話で穀潰し様って言葉が出たら絶対何とも言えない顔になりそうだよね
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