16 * あの、皆さん、稲刈りを。
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「日雇いの仕事として、これから毎年安定的な需要が望めそうね」
ルリアナ様がポツリ、柔らかな優しい声で呟いた。
日雇い。
この数年で感じていたこと。
この世界には日雇いの仕事というのが極めて少ない。
あったとしてもそれは子供たちがお小遣いを稼ぐためか、オールマイティな作業をこなせる冒険者たちの仕事として。
土木工事含む肉体労働系のちょっとした雑用、イベントのお手伝い、それならありそうと思うでしょ? 実はこの世界ならではの慣例のようなものが存在するせいで、それらの仕事も臨時収入先として見なすことはむずかしいのよ。
何故なら、どんな仕事でも『職人』のようにある程度の経験が必要とされているせい。指導、教育は長年の経験がある人たちだけが許されていて、その経験がある人たちはさらに先輩たちから教わり実践を重ねることでそこまでに至っている。イベント開催のお知らせの看板を持って人の集まる場所を練り歩くのだって、経験豊かな人に教わって何度か経験した人に任せるのが当たり前。
つまり、この世界の大半の仕事は師弟関係的なものが大なり小なり構築出来た人たちが出世していく仕組みが定着していて、資格といった明確な判断基準になりうるものがほぼ存在しない。なのでその資格ありきの私が持ち込んだ『ネイリスト』、そしてリンファが持ち込んだ『鍼灸師・整体師』はここでは極めて珍しいものになってしまう。
日雇いという働き方が少ないというより、信頼関係を結べない労働環境に対して多くの人たちが抵抗感を持っているので仕事を割り振るということがないのよ。
そして少ないながらも僅かに存在する簡単な仕事は、それらを望む数に対してあまりにも少なくて。
地球の、日本の現代の多様な働き方というものがとてもありがたく、そして恵まれていたのだと思い知らされて久しい。スマホ一台で登録から単発の簡単なアルバイトへ行ける気軽さ、これはこの世界では恐らく余程文明が発達しなければ不可能でそこに至るまでいったい何十、何百年かかるのかわからないわね。
たとえ未発達の世界でも。
ここから一つ、生まれようとしている地域に根ざす日雇いという働き方。
「ジュリの言っていた通りね」
「何がですか?」
「働き方に多様性がないと、お金が動かないと以前言っていたでしょ?」
「ああ、そういえばそんな話もしましたね」
ルリアナ様が、私が『内職』を定着させようと躍起になっていた頃、どうしてそんなに拘るのかと質問された事がある。
それに対して、私が答えたのは。
「働き方が増えれば、その働き方が都合がいいと言う人が出てくると思います。都合のいい働き方で働けば当然給金が発生しますよね? そしてその働き方で都合のいい人を雇った所も、人手不足の解消や効率化が進む。そうすれば事業が回る、事業が回ると言うことはそれに関連するものも動く、ものが動くということはお金が動く、お金が動けば、人も動くと思いますよ」
大学で学んだ事やメディアから得た情報がごちゃまぜになった私の適当な持論に過ぎないけれど、未発達なこの世界ゆえに、動くのは現金オンリー。キャッシュカード? クレジットカード? 電子マネー? なんですかそれ? の世界だからね。
だから単純。現金が動く仕組みを作ればいいんだけど、それを邪魔していたのが働き方。
「ククマットではジュリが持ち込んだ働き方はいくつあるかしら」
「んーと、内職から始まって、準従業員、非正規従業員 (レフォアたち外部の人材のこと)に、アルバイト、日雇いですかね?」
「私はね」
「はい?」
「日雇い、とても大きな意味があると思うの。……クノーマス領では、日雇いの仕組みを取り入れてからスリや窃盗の犯罪が激減したのだから」
たしかにね。
その日を凌ぐのも困難な人たちが、スリや窃盗をするケースは珍しくない。
でも、たとえ低賃金でもその日を凌ぐだけの金額でも、働く場所があり、お金が手に入るなら、犯罪に手を染める必要がその日は無くなる率が高まるだろうと安易に考えたら、実際に良い結果が出始めている。それはやはり現金をその日に手にできるという安心感が犯罪抑止になるという現実。
あえて日雇いを推奨するつもりはないけれど、選択肢の一つとしては定着してほしいかな。
「たった数日、されど数日。雇用を生み出せるということは、お金が動くということ。……ごく僅かなこの変化、このハシェッド領にとっても、とても重要なことだと思うわ」
「そうですね……そうであれば、私も嬉しいです」
「それもジュリが穀潰しを買ってくれれば、の話にはなってしまうけれど?」
「買いますよ、バンバン買いますので一匹残らず捕獲するつもりで皆さんに頑張ってもらわないと」
ブンブンと穀潰し様が飛び交う中で、私達は笑いあった。
しかしルリアナ様、慣れてますね。お喋りしながら穀潰し様を叩き落としてましたよ。
ルリアナ様とのほほんと笑い合っていた頃。
ルドルフ様と大旦那様の連名で近隣に御触れを出した。
『穀潰しを麻袋に詰め込んだもの一袋につき十リクルで買い取るよ。制限ないよ』
と。
で、起きたこと。
「こっち大量発生してるぜ!!」
「おい、誰かこいつを水に沈めてきてくれ!」
「あんた! こっちは人が少ないよ!!」
「よっしゃぁぁぁ! 五袋目!!」
……あの、皆さん。
稲刈りしてください。
専用のヘラで叩き落とす、虫取り網を振り回して捕獲する人たちが翌日田んぼの至るところにいました。
稲刈りに絶好の清々しい晴天なんですけど、ね。
昨日からちょうど大量発生が始まり、皆で一斉に稲刈りと穀潰し様の叩き落としとの二刀流による腕の見せどころ、なんて話を聞かされていたんだけど。
だぁれも、稲刈りしてない。
皆で昨日より遥かに増えてる穀潰し様を追いかけ回してる。田んぼの至る所で人が物を振り回し飛び跳ねている。
……シュール。
いやしかし、何この穀潰し様。晴天台無しの数。叩きを初めて使う私が適当に振り回しても簡単に当たる。グレイとエイジェリン様なんて、ちょっと振り回しただけで足元に穀潰し様の死骸が山になるほど。
「お金になるなら話は別よね」
ふふふ、と伯爵夫人のメイフェ様。耳にはしっかり昨日作った真珠の下に穀潰し様が揺れるイヤリング。
「お金になるし、駆除になる。これだけ皆で一斉に捕獲すれば明日発生する穀潰しは発生が抑えられるだろうから稲刈りも進みますよ」
と、ルドルフ様。
「ちゃんと捕獲すれば数は増えにくいんですか?」
「スライムと一緒で分裂して増えるんですよ、大きい穀潰しがいますでしょ? 小指先のものが一日であの大きさになって、翌日には大量に分裂して、それを数回繰り返してようやく寿命を迎えるんです」
すごいね! 一日でバスケットボールサイズになるの?! そして分裂してまた一日で大きくなって、一週間くらい稲とか麦を食べるわけか。そりゃ大変だよ。
……でも、欲をいうと大きいのも欲しい。
加工できるかどうかは別として、興味ある。
「いたー!!! あそこにも!!」
というわけで、グレイと共に田んぼを爆走することに。大きいのを見つけてはグレイが颯爽とかっこよく捕獲する。で、それを麻袋にいれてヘラヘラ笑う私。
デカいと麻袋には六匹、七匹くらいしか入らない。何せずっと動いてるから袋に突っ込むのも一苦労。そして翌日には分裂してしまうのですぐに水に浸けて処理。
「ん?」
口と内臓取り出すのは私まだ無理なのでグレイが護衛としてやとった冒険者パーティーのリーダーであるセルディアさんとやってくれたんだけど。
なに? 何か見つけた?
「あれ、魔石綺麗ですね? 結構いい魔石ですこれ」
え?
「この大きさの穀潰しは魔石がいいのが入っているのか? 全部確認してみたほうがよさそうだな」
そういえば。
魔物だから魔石があって当然よ。でも、この穀潰しは皆で捕獲すると処分するだけの害虫扱いだった。いちいち確認してる暇ないよね、その間に米や麦が食べられる。しかももしかすると昔の人は小さい穀潰しを解体したことがあるのかも、魔石がほとんど取れないって伝わってて。実際、握り拳大の大きさのものでも魔石がほとんど入っておらず、しかも使い道がない小さすぎる魔石しかないらしい。
それこそ米粒サイズの魔石が入ってるらしいけど、最低でも小豆サイズの魔石じゃないと魔法も付与出来ないらしいから、米粒サイズはね、ないも同然だわ。
でも、バスケットボールサイズの穀潰しはビー玉サイズの魔石が入ってて、一つ偶然で入ってた、ではなく半分以上に魔石が入ってた。そしてスライム様やかじり貝様のより大きい魔石。
色も結構綺麗で毛の色に左右されるのではなく黄色とオレンジ色の中間色の魔石でね。この綺麗さと大きさなら魔法付与も出来そうなのでお金になる可能性がある、と。
これには皆で驚いてた。
大物は見つけると分裂する前に皆でそりゃもうすさまじ勢いで捕獲後水に沈めて土に埋めるか燃やしてたわけだから。燃やしても魔石は燃えないけど煤だらけになってるだろうし、なにより割れたり大地に還元されて気づく前に消えている。
しかもですね。
「あれ、魔石だったのか?! 捕獲する時や死骸をかき集めた時に混じった石かと思ってた。だって焼けて煤だらけだし」
って皆が言う。
……そういうものですか?
そういうことにしておこう。うん。
この伯爵領は新しい収入源を確保することになったからそれでいいことにしておく。
そして、裁縫の得意な侍女さんに制作依頼していたものが午後には出来上がってた。
それはサイズの揃っている小さな穀潰し様に糸を通してずれないように連ねてもらったもの。
それをシンプルな帽子のリボンの代わりにくるりと一周巻き付けて縫い付けしたものと、念のため持ってきてもらっていたルリアナ様が去年使った手袋の袖口の所に同じく一周縫い付けてもらったもの。
高級毛皮を使った帽子飾りや手袋に見劣りしないものが完成しました!!
しかもこっちはポコポコと丸い形が連なってて可愛いのよ。今回は即席だったけど毛の長さもちゃんと選別して揃えたものを連ねたらこれは結構使えるよ?!
無理して高級毛皮の端っこを縫い合わせた、それでも結構な値段する毛皮の小物より均一な見た目が実現する。
色は黒と白がほとんどになるけど、それでも十分じゃない? 珍しい灰色や茶色だって集めて連ねても毛皮より遥かに安く上がる。
手袋をして目をキラキラさせている若奥様。
伯爵家といえど、小競り合いの続く領地の隣でいつでも財政に頭を悩ませて。領民のために過度な贅沢は一族で避けてきたから、毛皮なんて身につける機会はあまりなかったそう。
使い道は毛皮に比べればコートや襟巻きにできない分限られるけど、それでも冬の装いがこれで幅が広がる。
「小さいものをこうして連ねたものを縫い付ければドレスの襟元、袖口、それからストールにも応用できますね。あと、ワンポイントとしてブーツやヒールに飾っても可愛いんじゃないでしょうか?」
って言ったらね。
「大変なことになったな」
グレイがボソッとつぶやいた。
「えーっと、なんか……ごめん」
そう答えるしかなかった。
伯爵と伯爵夫人、暴走しまして。
今晩はご飯何かなぁ? ってグレイや同行していた侍女さんたち、衣食住を全て保証するから徹底して警護するようにと依頼を受けてる冒険者パーティーの皆さんとウキウキしながら話してたんだけど。
「そんなのはどうにでもなります!!」
ってすごい剣幕で伯爵夫人がいいまして。
近くの領民総出です。
皆に穀潰し様の口と内臓処理を教えて綺麗に洗うという作業が、川沿いで一大イベントのように始まりまして。
綺麗に洗った穀潰し様なら一袋二十五リクルで買い取るよーってエイジェリン様が言ったもんだから。私がもっと色々作れるよなんて言ったから。
皆さん。
稲刈り……。
そして寒いですけど? こんなのへっちゃら、なれてるって? そうですか……。
でも、本業を疎かにするのはどうかと。
いいかけた私の肩を叩いたのはエイジェリン様。
「皆目が血走ってる感じしない? 今口出ししたら多分【彼方からの使い】でもジュリは怒られるかと」
口を閉じることに。そして川。見慣れない色に染まってる……大丈夫?
「大丈夫よ、毒性がないことは証明されているから。この領を出る頃には薄まって分からなくなるしどうせ自然に還元されるもの」
それ、笑顔で言うことですかねルリアナ様。
まさか、夜通し行われるとは。
そして、川沿いで炊き出しまで始まり。
何事かと聞き付けた少し離れた地区の人も穀潰し様がお金になると知り、捕獲して持ち込むということが続いたの。日付が変わっても。
さすがに暗くなってからは夜道は危なくて来る人は減ったけど、集まった人たちが松明やランプで煌々とその場を照らし川に穀潰しを沈めてそして口とか内臓の処理をせっせと行い洗ってそれを並べて水を切る、って作業がね、ずうっと。中には視力が自慢だと田んぼで穀潰しを追いかけ回してる人もチラホラ。
「稲刈り、寝不足で出来ねえな!! まあ、一週間くらい遅れても大丈夫だ、食い荒らす穀潰しを駆除するんだからな!!」
「そうだな、ははは!」
おっちゃんがガハガハ笑いながら口と内臓引っこ抜きながら言い合ってたよ……。
稲刈りもして。
美味しい米、下さい。
私事ですが本日コロナワクチン接種2回目行ってきます。
副作用の話を結構耳にするのでビビっております。
なので本日夜間ダウンする可能性がありますので、感想への返信ない場合は『あ、ダウン中ね』と思っていただければ。




