16 * 穀潰し……様!!
終息早くても、処理が大変って。
面倒よね?
本当に面倒な魔物よね?
それが、ミンクファー。じゃなく穀潰し。
……ふむふむ。
スライム様とかじり貝様のような、何やらお金の匂いがします (笑)。
この日はこの話で終わり、旅の疲れもあるので早めに休むことに。
ちなみに当たり前のように私とグレイの部屋が一緒なのはこちらの世界の慣例かと思いきや『どうせ結婚するんだから』という非常にテキトーな一言で伯爵様が決めたそうな。
おおらかな方のようです。
「使えそうか?」
「それは何ともね。ただ見た目は完全に合格」
私の淀みない『合格』の一言でグレイがニヤリ。
「面白そうな素材になる予感がするな」
穀潰しを捕まえて馬車に乗り込む直前、私が無意識にあれこれ使い途を口にしていたのを覚えていたらしい。
「冬の装いか。あれが確かに毛皮の代用になるなら画期的だな」
「んー、毛皮製品全ての代用にはならないかな」
「そうか?」
「形に問題というか制限があるからね。球体なわけでしょ? 全身を覆う毛皮のコートは無理だし、マフラーや帽子もたとえ繋げられるとしても見た目に問題が出るわよ」
「……なるほど」
「私が考えているのは、小物としての使い途と、部分使いね、他にもあるけど処理出来るかどうかにかかってるから」
ふわふわもこもこの『穀潰し』の最大の欠点はその形。
まん丸なんだよね。握った感触がそうだった。しかも聞く限りドン引きする程発生するのは握りこぶし以下の小さめサイズ。それを例えば加工出来たとしても一枚の毛皮にするのは形状からかなり難しいし、それを縫い合わせる手間を考えてみると、加工にかかる費用が相当嵩む。
あくまでもあの形と大きさを簡単に活用となると、小物とポイント使いの二点に絞られる。
「明日、色々見てからでも遅くはないわよ活用方法を模索するのは」
「それもそうだな」
こんな話をしながら私は加工出来ると信じてその使い途を寝付くまでニヤニヤしながら考えたので、翌朝グレイに。
「ニヤニヤしたままの顔で寝ていたな。幸せそうだった」
と、笑われたのはご愛嬌。
ゆっくりと優雅な朝を迎え、美味しい朝食を頂いて私は早速。
いざ外へ!
昨日捕まえていた彼らだけど。びっくりしたわよ、増えると聞いて大きな蓋付きの箱に移してたんだけどパンパンになるほど増えてたから。こりゃ確かに繁殖力がハンパない。そして昨日は屋敷のある壁の内側では見なかったのに、広い庭を飛んでる。一気に増えてる証拠だね。ブンッ! と音を立てて結構な速さで飛んでる。そしてそれを何てことない顔して使用人さんや庭師さんがしゃもじを大きくしたような専用の穀潰し叩きでパーン! と叩き落としてる。
「今日から本格的に増えそうね」
と、ルリアナ様も慣れた手付きで穀潰し叩きで目の前をかすめるヤツらを百発百中で叩き落としてる。
……シュールな光景に見えるの私だけ?
「あ、ホントに死んでる」
水瓶に沈めた麻袋を引き上げ開けてみると、無惨に水で貧相になった穀潰したちはピクリとも動かずに袋の底に纏まっている。
パンパンに詰め込んだのに約半分になってるから、かなり毛質は豊かでフワフワなのね、なんて感心したり。
グレイとエイジェリン様もこんなふうに間近でしっかり観察するのは初めてだそう。
なにせクノーマス侯爵領には一匹も発生しないので、私たちにしたらとても珍しい魔物。
「ところで、これ、顔とかあるんですか?」
「ああ、顔というより、口ならはっきりわかりますよ」
そういってルドルフ様がびしょ濡れのちょっと大きめ、握り拳大のそれの毛を掻き分けて見せてくれた。
かじり貝様の衝撃再び。
コワ。
えっとね。
イカの口、分かります?
黒い、あの足の間にある物体。
あれがあった。
しかも、よくみえるようにってルドルフ様が指で開いて見せてくれたんだけど、その口、小さいくせにかなり硬く、さすが米をガリガリ食べる魔物だな、っていうごつい歯。そして食べ方は実って垂れた穂先に齧り付き、稲穂がなくなるまで食べ進むので毛玉がぶら下がって稲が折れたりしなっている光景が常なんだとか。なんとも奇妙な光景……。
「だからね、私クノーマス領で麦畑で毛玉が一切ぶら下がらない麦穂を見て感動したわ」
と、ルリアナ様。そりゃ、感動するわ。
そして、穀潰しは口以外は見当たらず、目や鼻らしいものを私は見つけられなかったからそういう種なのかもね。
こうしてみると魔物だよねぇ。
うん。
魔物だ。
「あのぉ、これ、口を含めて中身って取り出せるんですかね?」
「え?」
「コレが付いたままだとまず、無理ですね、作品には出来ないです」
見栄え悪すぎる。そして重さが気になる。
少し困った顔の伯爵様。どうやら中身を抜く、なんてことはしたことがないらしい。
だよね。
じゃあ今までどう処理していたんだろう? の質問をぶつけると、溺死させたあと一つは魔物の処理の定番になってる土に埋める。もう一つはこの穀潰しの場合燃やすのだそう。量が量なのでこの二つが処理の仕方。
ただ、燃やすときに燃えた毛が舞ってしまうので煙突に専用の網がついた焼却炉の中で燃やさないといけないそうな。
「抜いてみるか」
グレイが『穀潰し』の口を指で摘まんで引っ張ると、ぐらぐらと動くみたい。死んでるから劣化が始まっているのかな、と呟いた後。
「お、抜けた」
ひえぇぇぇぇ。
スポン! と結構簡単には抜けたわ、抜けたけど、内臓らしきものがデローンと一緒に。
魚の内臓抜いたときに似てる、けど、見慣れない形? してるから……怖いです。
グレイがその内臓をポイッと何事もなかったように投げた。
そして。
「洗うとどうだろう? ほとんど中は内臓が占めていたようだな、肉的なものは無さそうだ。洗うだけで大丈夫ではないか?」
の一言で私も気持ちが一気に高揚。
いざ、洗浄!!
「うはははははは、くわっははははは!!」
私の笑いに慣れているグレイとルリアナ様とエイジェリン様が私の手元を覗き込んできた。ビショビショの貧相な穀潰し様を手に乗せて私がおかしくなっていても気にせず。
「使えそうね?」
「素材、新素材ゲットぉぉぉぉ!! ひゃあっはははははっ! ようこそ 《ハンドメイド・ジュリ》へ穀潰し様! どんどん繁殖してください! どんどん作品にしてあげますから!! ひょほほほ!」
「うふふふ、楽しみね」
「久しぶりの素材だな」
「これは期待出来るかな?」
ルリアナ様が無邪気に笑い、グレイも笑顔。エイジェリン様も非常に好奇心満載の笑顔。
奇っ怪な状態の私にドン引きしている伯爵家の皆様ごめんなさい、少々お待ち下さい。
怖い作業 (口と内臓抜き)をして、中を綺麗に洗った穀潰し様は、まさしくミンクファーやファーボンボンと呼ばれる物でね。中は毛の色とほぼ同じ、皮製品よりちょっと硬いゴムみたいな皮膚があるだけになる。乾かすと毛が抜けることも質が落ちることもなく綺麗に元通り。洗ったから余計にフワフワ艶々になった気がする。
ちなみに、私が新素材ゲットと叫びおかしな状態の時にエイジェリン様が
「穀潰しを捕獲してきたものに大麻袋一袋につき十リクル出すと近隣に広めてもらえるかな?」
と伯爵様にすかさず伝えてたらしい。
伯爵様は『お金を出すの?!』って凄く驚いてたけど、素材として今の時点でしっかりと確保しておきたいこと、一度素材と認定されれば 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》なら大量に消費するのでいくらあっても困らないと伝えると大旦那様とルドルフ様が大喜び、そして大急ぎで執事と共に屋敷に戻っていったそうな。
さて。即席の工房として一部屋借りました。
道具やアクセサリーパーツをライアスに作ってもらっていた私専用お道具箱に沢山詰め込んで来てたの。お道具箱、便利だな、後でキリア用にも作って貰おう。
ちなみに、私の横にはグレイとルリアナ様がそれぞれ陣取り、正面には大旦那様と大奥様が席を確保、その左右に伯爵夫妻。エイジェリン様は笑いながら皆に席を譲った形で、何故か私の真後ろから私の手元を覗き。
人口密度高いわ。
「簡単なのからやってみますね」
まずは、この土地特産の皮の切れ端を、小さな四角にカットして、それに9ピンと呼ばれる金具を穴を開けた皮に通して固定する。
口の部分を見栄えよく埋める方法はあとから考えるとして、即席でまずは穀潰し自体をパーツにしたいので9ピンを固定した皮を入れたらピンが口の所から真上に出るように接着剤で固定。
小さいと針を通すことは出来ても縫いあわせは難しいね、皮が結構硬いから。
9ピンを取り付けたものをいくつか用意して、接着剤が固まるまでに他のパーツも組み合わせていく。今回はイヤリングにしてみようって思いまして。
これからの季節に合いそうな、雪の結晶の形をした銀色と金色のパーツをそれぞれ二組、擬似レジンにラメを入れて固めたおはじきくらいの、円に沿って穴が二つ空けられているパーツ一組、ちょっと贅沢に真珠をビーズとして穴を貫通させたものもパーツとして一組。
イヤリングパーツに繋げて用意した。
「ん、乾いたかな?」
接着剤がある程度乾燥したのを確認して、私はそれぞれのパーツにチェーンやイヤリングパーツをピンや丸カンで繋げる。そして穀潰し様にあらかじめ接着した9ピンと繋げる。
「どうでしょう? これからの季節に、ちょっとこのフワフワが暖かそうで、でもパーツ次第で色々楽しめるイヤリング作ってみました」
いやぁ、女性陣の反応の良さ。
嬉しいかぎりです。
侍女さんたちもすました顔してるけど近くで見てみたいのかソワソワしてる (笑)!! ジリジリと近づいて来て、なんとか見ようとやたらかたづけるものがないかと確認してきたり。それには流石にルリアナ様たちが笑って侍女さんたちが恥ずかしそうにシズシズと距離を取る。
「ふふ、ふふふっ可愛いわ」
伯爵夫人メイフェ様がご満悦。
「こんなふうにできたのねぇ、どうして今まで見向きもしなかったのかしら」
大奥様がしみじみ。
「素敵ね、他にも何か出来そうな顔をしてるわ? 他には?」
おう、ルリアナ様はさすが。私の顔をよくみてらっしゃる。そしてこの可愛らしい笑顔、ダメだ、この顔を見てると期待に応えたくなるのよマジで (笑)!
「うーん、私だとちょっと苦手なことなんですよ、裁縫の得意な方を」
呼んで頂けますか? と言い終わる前に
「誰か裁縫の得意な者はいる?」
と、その場を取り仕切るルリアナ様でした。
相変わらずカッコいい。
それにしてもいい毛だわ。
この穀潰し様、見た目の色は同じでも毛質にも種類があることが判明したの。
とても柔らかな長めな毛質だけのタイプと、弾力のある短毛と長毛が混ざっているタイプ。そしてとても短い毛だけのタイプ。色は一緒だけど並べると雰囲気が全然違う。
「色を分けたあと、この違いも分別して貰えると買い取りしやすいね」
テーブルに並べた穀潰し様を前にそういうとグレイは私の隣で頷く。
「色もそうだが、長さの違いもあるとなると、少ない種は価格も高めに設定出来るだろうな」
「うん、先にそういう買い取り価格一覧を出しておくといいよね、いざ買い取りとなったときに混乱しないように」
「それと、辺境伯爵、マーベイン領でも発生する。そちらからの買い取りも視野に入れて欲しい」
「うん、そこはグレイに任せるわ。年に数日の捕獲でしょ? いくら数が多いと言ってもスライム様たちみたいに毎日捕獲できるわけじゃないから多少の不安要素はあるから複数の仕入先の確保は必須よね」
「それもあるんだが」
「え?」
「あそこも、財政の立て直しを迫られている」
ああ、そうか。
マーベイン辺境伯爵領。
未だ続くネルビア首長国との国境を巡る戦争の最前線。
一リクルでも無駄には出来ない。
その一リクルを得るためにどれ程の努力をしなくてはならないのか。
一リクルの先に領土が、領民の命が直結している。
それがマーベイン辺境伯爵領。
「……それも全部、任せるよ」
私が穀潰し様を買い取る事でマーベイン辺境伯爵領の誰か一人でも生きながらえるチャンスが生まれるなら。そして隣接するこのハシェッド伯爵領が少しでもその支えときっかけになるなら。
迷わない。
私は、買い取って、買い取って、売りさばくだけ。




