16 * その名前、どうにかならなかったの?
さて、グレイが『依頼があったからちょっと出かけてくる』と言ってどっかに行ったと思ったらなんてことない顔して戻ってきて、そもそも依頼ってなんぞや? という私の疑問は新しい素材 (勝手に素材に確定)のせいですぐ頭から消え去ったその日の夜。
エイジェリン様はルリアナ様の実家に何度か行ったことがあるからその魔物についても知識があって教えてくれた。
それは聞くとなかなか厄介な魔物。
魔物というより害虫に近い、かな。
なんでも穀物を食い荒らす小型の魔物で、繁殖力はスライムを遥かに上回るとか。
ただ、時期が麦や米といった穀物の刈り入れに合わせて激増するとのことで、いつでも大繁殖しているわけではないと。
たまーに見たような? バッタとか蛾が町とか畑を覆い尽くすニュース。あんな感じ?
……魔物でそれ?
恐いんだけど。
あれらが空を覆いつくすニュースをテレビで見たときチャンネルを即変えた記憶が。ブルル、身震いしてしまった。
「人間に噛みついたりはしない。ただ大量に発生して飛び回るから当たると痛い、ずっとぶつかってくる。とにかく外にいる間は体のどこかしらにぶつかり続けて、そして家に帰るとポケットの中で死んでたりするほどとにかくずっとぶつかってくる、初めて遭遇した時は笑うしかなかったよ」
やだね!! どんだけ飛んでるの!! しかもポケットから死骸……。私なら泣きたくなる。
「ただ、そんなに痛くはないと思うんだが。飛ぶスピードは速いが、毛むくじゃらなんだよ。大物はすぐ目につくから避けられるし」
毛むくじゃら?
ん?
想像と違う。
虫みたいなのを想像したんだけど?
「虫みたいなのじゃないんですか?」
私の問に。
「全然ちがうな。一言でいうと、毛玉」
……毛玉、ですか。
毛玉ねぇ。
「ちなみに、質感は?」
「毛の?」
「そう」
「柔らかい。猫やウサギに近いと思う」
……ん?
柔らかい毛質の毛玉?
「それって、見た目が可愛い気がするんですが?」
「それを、ジュリに見てもらえたらと思うわけだ。もし可愛いと思えるなら素材の一つとして候補にならないだろうか?」
それは。
見てみる価値ありますね!!!
私の反応を見て、ルリアナ様がにっこり微笑んだ。
ルリアナ様が手で大きさを表現してくれた。
小さいものだと小指の先くらい、大物は多分バスケットボールくらいかと。そんなに大きなものだと毛玉というのは些か表現が合わないような気がするけど、お二人の話ではどうみても毛玉でしかないという。
ルリアナ様のご実家の伯爵領は良質な皮が取れる魔物が多いけど、毎年それを上回る量のその毛玉こと『穀潰し』が穀物の収穫時期に大量に発生するそう。
てかさぁ、名前が。
……『穀潰し』って。
自動翻訳でそれ? 凄いよね? もう少しまともな自動翻訳にならないのかと思うけど、該当するものがないなら仕方ないわ。
生態がよくわかっていない魔物の一つで、穀倉地帯で大量発生しやすい、というのが分かっているものの地域によって発生頻度も数も全く違うらしい。狭い地域なのに埋め尽くす程発生するのに隣の広い穀倉地帯はあまり発生しないとか、麦や米以外の農作物が主流な土地で大量発生して隣の地域に移動しそっちを食い荒らすとか、『なんで?』という首をかしげてしまうような土地もわりとあって、発生条件がいまいちはっきりしていないみたい。共通点としては穀物大好き、大量発生という二点。
言われてみればこのクノーマス領も農地がかなりあるけどその被害を聞いたことなんてない。
でも、とにかく発生すると穀物を食い荒らすので迷惑な魔物の代表格なんだって。恐怖とか危険じゃなく迷惑ってところがね、地味にいやだよね。
強くて脅威なら大陸全土で対策考えるんだろうけど、一部の地域で、人間自体には脅威はないんだからね、本気でどうにかするって考える人は少なかったかも。
特にこちらの世界は交通の便がとにかく悪い。だから『発生しました!』『分かりました、至急向かいます!』が出来ない。これは致命的よ、うん。
「とにかく、見た目が害があるようには見えないわ、地元の子供たちなんて『ポンポン』と呼ぶのよ」
「『ポンポン』、ですか。ずいぶんかわいい呼び名ですね?」
「穀物を荒らす以外の被害を出さないせいね、子供にはそれによって自分達の食べるご飯が後に危機にさらされるとは考えつかないのでしょうから」
ルリアナ様が苦笑して肩を竦めたを
「でも当たると痛いんですよね?」
「地元は慣れてるのよ、その時期になると厚手の帽子を被るしマントもわざと大きめのを羽織って外出するのが常識、飛んで来る『穀潰し』を叩き落とすための木のヘラを持ち歩くのも常識だわ。慣れって怖いわよ? 私も小さいものなら手で叩き落とせるわ、身体能力が極々平凡だけれど木のヘラさえあれば馴れない冒険者よりも確実に叩き落とせる自信があるもの」
……慣れって、恐いよね?
ハエをハエ叩きでやっちゃう感じなんだろうけど、魔物なんだよね? この世界はそういうものなの? 未だにその辺の感覚がよくわからない。
「聞く限り、見た目は怖くないですよね、小さいものだし、手で叩き落とせるってことはフワフワした手触りがしそうだし」
「とてもフワフワしてるわよ?」
「そんなに?」
「ええ、上質な毛皮と遜色ないわ」
「え? そんなに?!」
「そうよ? だから当たってもそんなに痛くないの。当然素肌の顔や手は痛いわよ? 成長すると飛び回る速さも上がるから握り拳くらいの物が当たるとアザになるし。でも毛質はとても柔らかいわ」
「色は、どうなんですか?」
「そうねぇ……白と黒が多いわ。中には変わり種と呼ばれる灰色や茶色もいるけれど、全体の七割は白と黒、その年によって色の比率は変化するみたい。黒が異常に多いときもあれば変わり種が多く混じる年もあるし。これはあくまでもハシェッド領のことで、他は分からないけれど」
それって、聞くだけなら。
ファーじゃない? 丸くてふわふわの。
それこそシルフィ様やルリアナ様が冬の装いで身につける毛皮のマントとか襟巻きとかに使えそうな。
こちらにも動物や魔物の毛皮はあるのよ、当然高級。珍しい魔物の毛皮になると、献上品になったりもするんだよね。
でもさ?
もし、『穀潰し』がそれらと遜色ない毛質、そこまででなくても毛皮として十分機能する質なら、小さくても真ん丸でも、使い道あるよね?
小さい丸いものならそのままイヤリングとかピアスにして売ってもいいし、キーホルダーにしても可愛いはず。飾りとしてうちの店で扱ってるパーツも付ければさらに豪華になるし。
そして、本当に使い道があるなら、布との組み合わせ、できそうだよね?!
ストールとかさ、手袋の手首の所にくるっと縫い付けられたら可愛いよ!! マフラーだって可愛くなる。
「ち、ちなみに、それ、加工出来そうなんですか?」
「それが分からないから、ジュリに相談しようと思ったの。駆除をいかに効率よくするかしか考えてこなかった私達では思いつかないでしょう? そんなものが加工できたなら、使い道がありそうな気がして」
妄想が、膨らんでしまいます。
冬の装いに使えそうな予感。
むふふふふ。
くふふふふふふふ!!
「ジュリ」
「うん?」
「顔が」
グレイの突っ込み、最後まで聞かなくても分かります。
「一緒に、来てくれるかしら?」
ん?
「ちょうど、その季節がやってくるから。直接見てもらうのがいいかと思うの。急遽お店を休ませてしまうのは申し訳ないけれど、その代わり当面の皮製品は我が家で無償で提供させてもらうように話はついているから。そして休業する場合はその期間の売上に該当する額の保証はさせてもらうわ。製品化できなくても、とにかく一度見てもらいたいのよ、ジュリに。なにもしないでいるよりも行動あるのみ、でしょ? ハシェッド領に観光するつもりで一緒に来てくれないかしら」
あ、ルリアナ様も一緒に?! それは嬉しいじゃないのぉ!!
行くしかないわぁ!!
数日の滞在と往復の日数含めておよそ一ヶ月店を休むことになるけれど、キリアとローツさん、フィンに、ライアス、そしてまだ 《レースのフィン》は長期休業中なので人員には問題なし。私とグレイがいない間はお店の休業日を二日ほど増やし、負荷を減らせばなんとかなると思う。
これはこれで今後の二号店や姉妹店とかいうのを考えると、私達が不在になることも多いだろうから、その時の参考にもなりそうなのであえて挑戦してみようって気にもなれたので、いい機会だったわ。
そしてレフォアさんというギルドのお偉いさんもいつもいてくれるのでトラブルがあっても大丈夫そうだし (笑)。
グレイと結婚したらお店を空けることも増えてくる。それは覚悟していたから、これは私にとっても良い経験。いつも籠りっきりでお店の中から世の中を見ているけれど、外に出て直接この目で見てみるのもいい。
良いタイミングだね。
「聞くだけなら面白そうな素材だね」
フィンが興味を持ったのはいうまでもない。レースや布、革と組み合わせて新しいものが産み出せるかもしれないと話したら妄想が膨らんだらしく、楽しそうな嬉しそうなそんな雰囲気。
「加工できるかどうかの問題になってくると思うよ。例えば穴を開けられるとか、出来れば針を通せる柔らかさの皮ならいいんだけど、それが出来ないとそもそも素材になるまでの加工にお金がかかると思う。使い道も限られるし。あくまでもいずれは買い取る素材になることを考えて、今は格安で入手できる、そして何より職人じゃない私達でも扱いやすい素材であるっていう条件は外せないよね、ルリアナ様の実家からの輸送となればそれなりの輸送費が必ずかかるわけだし。でも加工に手間とお金がかからないなら、可能性を秘めてることは間違いないわよね。大陸全土で毛皮は高級品、それの代用になるなら画期的だし、なにより格安なら素材としてかなり有能だよね」
「そうだねぇ。皆もそんなのがあれば間違いなくレースやククマット編みと組み合わせたいっていうだろうし」
だよねー。
おばちゃんたちの意欲がすごいのよ。
「ここをレースの都にしてみせるよ!!」
って。
いや、農業手抜きだけはしないで。
おいしい野菜食べれなくなるのは辛いわよ。って言ったら
「うははは!! その辺は旦那しだいさ!!」
って丸投げしちゃったよぉ。
《レースのフィン》は今後も冬限定のお店、というスタンスは崩さずにいくことが決定したの。期間を設けることで大量生産しようと質が落ちてしまうことを防ぐ目的と、やはり一つ一つ丁寧に自信を持って仕上げた物を世に送り出したいというおばちゃんたちが多かったから。
いずれはククマット編みよりも複雑で時間のかかるフィン編みのレースも世の中に浸透して格安で買えるようになる日もくると思うけど、ここから発信するレースだけはいつでも高品質で、最先端、そして人を魅了するデザインを生み出すところでいてほしいから、そうなるとやっぱり手当たり次第の大量生産はすべきじゃない。
そのスタンスは今後も変わらないはず。
けれど、新しいものは取り入れていきたいじゃない?
それが今回の『穀潰し』なわけ。
融合出来たときの斬新さや面白さが、きっとまた活気をもたらすよね!!
そう期待しつつ、伯爵領へ行く準備をしているわけです。
「しかし、『穀潰し』かい。名前がねぇ、縁起が悪い」
フィンが苦笑した。それは私も同意する。
「あんた、素材の名前どうするの?」
「その辺は心配しないで、大丈夫。私がいた世界にも似たようなものがあったから、呼び方は結構あると思うよ」
しかし。
『穀潰し』。
ほんと、凄い名前だよね。他に適切な名前はなかったのかなぁ。
穀物大好き、食い荒らす……。それでいいのか、うん、仕方ないらしい。
以前ハルトが経営している 《本喫茶:暇潰し》が穀潰しに見える、という感想いただきました。
決してそれを真似たわけではなく、この本喫茶とファーの名前を考えていた時が同時期で、引きずられた感があったのは事実です(笑)。穀潰しという名前から、穀物を食い荒らすという設定が生まれたのです。
さて、ジュリが初めて長期でクノーマス領を出ますが果たしてせっかくの旅行を楽しめるんでしょうか?




