16 * からの、この展開
しかしすごいこと言ったねこの人。
自国の埋もれた素材を世にって、そんなの知らないけど? そんなの背負ってないけど? これはこれで勝手なこと言ってるね、ちょっと迷惑な感じがする。
「失礼ですが、どちら様?」
私の問いに、その人は振り向くと優雅な身のこなしで一礼してきた。
「名乗るほどではございませんが、ロビエラム国の高貴なお方の使いで本日こちらに伺いましたとだけご承知いただけますでしょうか」
ロビエラム。はい、物凄く知ってますよ、ハルトに迎えに来てもらって転移で遊びに行くからね。ハルトが所属する国だもんね! ハルトの家近辺しか出歩かないからどんな国か全く知らないけどもね!
全くもう、こういう人たちってどうしてこうも笑顔が怖いんだろうか? 何考えてるか分からない目をしてるのよね、目の前の人を見てなくて何を見てるんだろう? って思っちゃう不気味さがある。
そしてグレイがすかさず私の隣に並ぶ。
「グレイセル・クノーマスと申します。ロビエラム国王側近のお一人、とお見受けいたしますが」
グレイの問いかけにその人は静かに微笑む。
「間違いない、とだけ申し上げておきます。本日は非公式、陛下の私的な興味を満たすための使いでございますので名乗らぬ非礼はどうかお許しください。貴方様でしたら、この意味をご理解頂けるかと」
「そうですね。……いずれ然るべき時に領主の侯爵と気兼ねなく語り合える席を設けお招き致しますので領主館へお越しいただけますか?」
「それは願ってもない申し出、是非ともよろしくお願い致します。本日は無礼の謝罪を受け取っていただければ幸いです」
非常に柔和な物腰の男性で、私が知る執事さんたちに近いかもしれない。でも、そんな立場の人が割って入ってくるなんてないから、グレイの言った通り、かなりの重鎮だ、この人。
「さて」
その人は再び令嬢に向き直る。それにびくりと体を強張らせたのは当然彼女。後ろに控える侍女さんもひどく怯えた顔をしていて動揺を隠せずにいる。
「私は、あなたをよく知っていますよ」
「えっ?」
「我が国の王太子が花嫁を探しておりますことを知ったあなたのお父上から打診を受け、名だたる名家のご令嬢方と共に候補として名を連ねましたのは五年前ですね。それはあなたも同意なさっている、間違いないですね? ベイフェルア国の公爵令嬢ならば申し分ないお家柄、候補者の中でも有力ではありますが……」
令嬢、固まっちゃったよ。
そりゃね、いきなり高貴なお方の側近の登場、しかもとんでもない暴露してるんだから。
これはちょっと、想定外の展開になってきたわね? グレイも妙な顔してる。
「ジュリ様とのやり取りを偶然とはいえ、見させて頂きました。私は、国王と王太子に具申を許された数少ない立場であると自負しています。少なくとも今の時点で、あなたを王太子の未来の妻……国母になられる妃として推薦することはできません。自国のことをもう少し学ぶとよろしいでしょう、そしてあのような態度が常日頃なのであれば、それを改めていただきませんと」
あ、令嬢が青ざめた。
令嬢はこの人が何者かわかったみたい。グレイも思い当たる節があるのかな? 表情に変化。少しだけ緊張を顔に滲ませる。
「ジュリ様のおっしゃるように、本日はお帰りなさい、このまま騒ぎ立てるようであればこちらの侯爵家のご令息がお父上と共に正式に抗議なさるでしょう。そしてその抗議に対してあなたのお父上がどうこうなさることは決してない。間違いなく謝罪することになりますよ、私が居合わせましたからね。……一度、この店について、そしてこのジュリ様についてしっかりお調べになるべきです。公爵家の令嬢を名乗るのでしたら、知らないでは済まされませんよ。そしてロビエラム国王もこのようなことがあったと知れば悲しみます。何故なら、未来の王族として迎えるかもしれない令嬢がこのようなことでご縁が切れてしまうかもしれないのですから」
グレイ曰く。
「あの国には表立って動く側近とそうでない側近とがいる。さっきのは後者だ。花嫁探しの話を出したところを見ると王太子の教育係も務めた経験のあるまさしくトップクラスの、一握りの側近であらゆる特権を国王から与えられている者だ」
凄い人が買い物してたわね!!
買い物しに来るような人なのか?!
って聞いたらね。
「なんでもする、隠密行動はもちろん暗殺も請け負う。国王不在時に宰相と共に国庫を動かすことも可能だと噂があるし大臣たちの相談役も務めたりするらしい。とにかく国王のためになんでもするから『手足』と揶揄されることもある。本来の名前や身分は完全に非公開、ああして介入することはかなり珍しい。珍しいがそれが出来るということは、あらゆる権限特権を与えられた宰相クラスの立場だろう」
超エリートだ!! すっごいエリートだよそれ!
だからなんでそんな人が買い物!!
「まあ、本人が言っていたように、国王のお使いだろうな」
「それ本当?! おかしくない?!」
「こういう言い方は大変失礼な、不敬罪ととられかねないが。……あのハルトと懇意にしているようなお方だからな、ハルトを野放しにして笑っているような方だから、あまり気にせず側近を利用なさると思う」
あー、そういう感じの人か。
「ちょっとお茶買ってきて」
くらいな軽さで言ってるね、きっとね。そして超エリートを無駄使いしてるんだね。
ちなみにね、二回並んで五個ずつ買ってくれてさらに三回目、という動きを見て申し訳なくてグレイが自腹で『今日の事態の終息のお礼』と称してフィンが編んだレースとか高額商品欲しがる貴族のために予備で置いてるのもいくつか入れてロビエラム国王と本人用にプレゼントを渡しておいた。
喜んでたよ、もちろん。普段店に出てないものばかりだしね。ハルトは『なんで俺が』ってロビエラム国王に買っていったりしないしね。
国王は必ずこのお気遣いお喜びになるでしょう、ぜひこのお礼に祖国にお招きしてさせていただきたいとか言われたわ。
「いや、そういうのいいからやめて。普通にお店営業していたいから。無理に騒ぐようならハルトに泣きつくから」
と脅して黙らせた。こういうとき役に立つ【英雄剣士】。
そしてあのあと、令嬢は無言で侍女さんと立ち去った。もうね、手を貸してあげたいくらいフラフラしてて、あまりにも憐れで侍女さんに手を貸そうとしたけど、侍女さんもそれどころではない感じで『どうか御内密に』と何度も頭を下げるだけで私たちの話なんて聞く余裕がなくて周りの目を気にすることも出来ず、行っちゃったのよ。
まあ、大打撃だよねぇ、結婚の話になると。特に相手は他国の王族で、そのお目付け役からノーを突きつけられたんだから。
願わくば、彼女がこれ以上自爆しないように。
私に出来ることはそう心配するくらい。
あとから分かったのは、グレイの妹シャーメイン様と同じ学園に通う一人で、アストハルア公爵様の息子と、この国の王太子とシャーメイン様が 《ハンドメイド・ジュリ》の話をしているところに入って来てなにやらおかしな雰囲気になったとか。
その後のあの令嬢の来店。そして全部買うよのあの発言。
……余計な詮索はやめましょう。
私の出る幕ではないです、はい。
いずれ、彼女の気持ちが落ちついて、この店に来たいと望んでくれたなら快く迎える、私に出来ることはそれくらい。
と。
思ったの。
ほんとに。
でも騒ぐ人は騒ぐ。
それが貴族社会、社交界というもので。なによりご立腹な二人がいまして。
「あの小娘、学園を無断で抜けてわざわざ来たんですって。そんな暇があるなら淑女の教養をしっかり学ぶべきではないかしらね」
と、辛口発言は私じゃないよ。シルフィ様よ。
「お義母様、彼女にそのようなことをおっしゃっても無意味です、きっと。可哀想なのですよ、きちんとした情操教育を受けさせてもらえない家庭環境だったということですから」
とこちらも地味に辛口はルリアナ様。
ベリアス公爵からは二日後という異例の速さで謝罪の手紙が来たんだけど、それが私にではなく侯爵家に対してで、しかもとっても簡単な文章だった。
それで憤慨する侯爵家の夫人二人ってわけ。
「仕方ないけどね」
と笑ったのは侯爵様よ。
「ジュリに謝罪してしまうと、公爵家の人間が公の場で【彼方からの使い】を侮辱したと認めることになる。それでなくても公爵は君を放逐している。これ以上【彼方からの使い】絡みの騒ぎを表沙汰に出来ないということだ。それを私に謝ることで私の息子であるグレイセルの婚約者ジュリを一族と認める形でまとめて謝罪したことになるし、クノーマス侯爵領内での騒ぎだから侯爵に謝り許されればそれで問題ないというのが社交界でのルールになる。そして爵位のない未婚で学生の娘が起こした不祥事なので大目に見てくれってことだから、おもしろくなくても、これで収まるなら収めてしまうのがいい。下手に大事にすると王家が出てきてジュリに近づいてしまう可能性がある、それはジュリの望むところではないだろう?」
ごもっとも。
私は将来の蓄えのため、グレイと二人で今のお店を盛り立てていければいいのでね。
はい、この話はおしまい。解決、解決。
になったんだけど。
シャーメイン様が私が作り送っている物で学園で話題になって目立つことがそもそもの元凶なんだから、しばらくはシャーメイン様には新作が出来てもあまり送らないように、って侯爵様には言われてしまい。
これはちょっと悲しいわ、シャーメイン様のいる場所は王都の中心で若者で成り立つ、学校よ? 流行りに敏い若者の集う場所!! いい市場調査の場であったのに!! 流行りの色とか小物とか、シャーメイン様やお付きの侍女さんから手紙で教えてもらってそれに合わせて試しに送る、なんてことを最近してたの、シャーメイン様の周辺情報は大変参考になるから。
仕方ないかぁ。このままシャーメイン様が変に注目浴びてしまうのはさすがに私も嫌だしね。
今回は大人しく侯爵様に従いましょう。
翌日。
その事についてシャーメイン様に手紙を書いていると。
「ジュリ、ちょっといいか?」
グレイは私が作業をしていないのを見てとって事務所になっている二階から降りてくる。
「なに?」
「昨日はシャーメインのことで話が逸れてしまったから、多分また改めてルリアナから話があると思うんだが」
畏まって言われる話ってなんだろう? と首を傾げたら。
「ちょっと見てもらいたい魔物がいるということだ」
……魔物ですか。
私に見ろってことは?
つまり?
素材になる可能性があるってことだね。
これは久々の展開きましたよ!!
わかる?!
最近の私の悩みは素材が相変わらず簡単に見つからないことなのよ!!
わかってる、分かってるよ、ここ異世界だもん。科学とか物理が通用しない訳のわからない世界だもん。素材を構成する物質がなんなのか分からない世界なのよ、げんそきごう? かがくはんのう? ソンナノワカリマセーン! の世界なのよ。
だからなんでも試して使えるかどうかを判断するしかない。
それが本当に途方もないこと。大変。たまに不和反応起こすしね。その不和反応でグレイのイタズラ始まったりして説教したりね。冒険者さんたちが届けてくれる素材がただひたすらに廃棄になったりね。
忙しくて素材なんて探す暇がないし、でも新しい素材欲しいし、試したいし。私のストレスを解消してくれる素材がどこかに落ちていないかと本気で思っちゃったり。
そういえばルリアナ様の実家は魔物の素材含めて革製品が特産。
最近はうちで仕入れる他にもその品質の良さから再び仕入れの契約を交わす商家や新規契約の商家、そして他国からも問合せが増えてきて値崩れがようやく収まってきたらしいのよ。
結局のところ、良いものは残る。
貴族同士の裏のやり取りで妨害したり忖度したりしても、良いものは皆が受け入れる、ダメなものからは人が離れていく。
この国の貴族にもう少しそういうことを考えて商売して欲しい、そういう人が増えて欲しい、なんてことも考えつつ。それよりも!
私に見て欲しい魔物とは。
ルリアナ様が言うってことは多分見た目が悪くない、そう直感が働く。
「ふ」
「?」
「ふへへへへへへ」
「ジュリ」
「けへへへ、新しい魔物様ですかぁ」
「ジュリ」
「早くお会いしとうございますぅ!」
グレイがこれ以上何を言っても聞かないと判断したのか、笑顔で頭をナデナデしてくれた。
「素材になる魔物だといいな」
喜びのあまり勢いでガッツポーズをした手を下ろした瞬間、書き終えようとしていたシャーメイン様の手紙にかすり、インクが擦れて書き直しになった。もちろん手も汚れた。
もうちょっと乾きの速いインク、買おう。
新素材登場の予感ですが、次話は場面ちょっと変わります。必要な閑話ですのでお許し下さいませ。




