16 * 公爵令嬢、不満を募らせる
ブクマ&評価、感想と誤字報告ありがとうございます。
16章になってから初登場の人が結構いることに作者ガクブルしております。書いてる本人が混乱しそうです。
私は、フィオール・ベリアス。ベリアス公爵令嬢。この学園で私より身分の高い方といえば、いずれは当主として由緒正しいアストハルア公爵家を盛り立てて行くであろうロディム・アストハルア公爵家ご令息、そしてこの国の国王となられるディラート王太子殿下。
でも、ディラート様はまだ十二歳、今は体験入学中。正式にはこの学園の生徒ではないの。
だから、先輩であり、公爵ご令息であるロディム様が事実上この学園で身分が一番高い。その次に、私が位置する。そう、この私。
「シャーメイン嬢、殿下がお話をされたいそうだ」
私は、少し離れたところから聞こえたその呼び掛ける言葉に驚いたわ。
いつもなら暗黙の了解で決まっているような序列順で私に一番に声をかけてくださるロディム様。私には気づかなかったのかしら? 全く別の、友人と談笑する一人の学生の名前を呼んだから。
そしてもっと驚いたわ。でもその驚きを隠しつつすぐさま令嬢らしく優雅に一礼。
ロディム様と並んで、本当に王太子殿下ディラート様がやって来たから。
ここはすべての学生が自由に使える大広間で、親しい者とここで食事をとることも多いし、数人で勉強会をすることも。でも大半はおしゃべりのために集まるから賑やかな場所なのよ。でも今は急に静かになった。
「いい、皆寛いでくれ。私用でここに立ち寄っただけだ」
殿下が堂々たる少年とは思えない落ち着き払った声でそういえば、皆がそれに従う。私もいつも周りに集う者たちと談笑を再開したけれど、耳はロディム様とディラート様に向けたまま。
「シャーメイン、友との語りに割り込んですまないな」
「もったいないお言葉です殿下、私になにかご用命でございますか?」
「いやまさか! これだよ、これ。シャーメインに見せたくて」
殿下が笑ってトントン、とご自分の胸を叩いた。
あれは?
見たことのない、青く透明な、美しいきらめきを放つ雫型の石?
(なにかしら、あれ。見たことがないわね。なんて綺麗な青かしら。しかも……キラキラしているわ、ああいう石なのかしら?)
きっと、王家への献上品の中にあったものなのね、そんな風に私は思ったの。だってあんな宝石見たことないわ、硝子でもあんなに鮮やかな青は出せない色だもの。
良いわね、お父様にお願いして私も入手できるかしら?
「思い通りの色のものが届いて本当に嬉しかったんだ。《ジュリ》はさすがだな、このようなものを簡単に作ってしまうのだから。今日はその礼を伝えて欲しくて君を訪ねたんだ」
え?
「まあ、そうでしたか」
「母には 《ジュリ》への直接の接触や礼は禁止されている、ただ、シャーメインに礼を伝えて貰うことは問題ないだろうと許可を頂いたんだ」
「左様でございますか。申し訳ありませんが、私も長くジュリには会っておりませんし、ジュリの仕事の妨げにならぬようにと父から定期的な連絡以外は止められております。ただ、父と母には明日にでも書こうと思っておりましたから本日のことをしたためることは出来ます、その上で改めて私からもジュリに殿下からのお言葉をお伝え致します」
「かまわないよ、それでいい。ではよろしくな、 《ジュリ》が作ってくれたブローチの飾りに僕は大変満足している、どの宝石よりも美しくて僕の好きな色をしている、いずれまた、何かお願いしてしまうかもしれないがくれぐれも無理なく自分のすべきことを優先せよ、と」
「はい、確かにそのお言葉承りました」
その学生が、静かに微笑み礼をしたわ。
シャーメイン・クノーマス。
クノーマス侯爵令嬢。
気に入らない。
そう。私は、最初から彼女が気に入らない。
「それにしても、本当に良い色に仕上がりましたね?」
ロディム様が感心したように、ディラート様の胸元を見つめる。
胸元のブローチは、金と白金の素晴らしい細工もの。その下に揺れる青い石がとてもいいアクセント。
「そうだろう? なんでもこの色のスライムは久しぶりに手に入ったはいいが、サイズが小さく作品も限られるほどだったと添えられていたグレイセル・クノーマスからの手紙に書かれていたと母から聞かされた」
え? スライム?
「あとは、これだ」
「螺鈿もどきですね? あ、その色は黒いかじり貝のラメですか?」
侯爵令嬢が笑みをこぼし自慢げなディラート様の胸元のブローチを見つめる。
「そうなんだ、黒はとても珍しいんだろう?」
「はい、千枚に一枚見つかるかどうかと聞いています、《ジュリ》も入手出来るととても喜ぶそうですよ」
「このキラキラした、不思議な黒みの輝きはかじり貝なんですか」
ロディム様も興味深い目をしてそのブローチを見ている。
「はい、普通のものですと、白くこのような輝きなんですが、黒かじり貝ですとこういう黒みの輝きに」
侯爵令嬢は自分の腕にある繊細なブレスレットを見せた。あれは真珠ではなかったの?
「いいだろう? ロディムも何か 《ジュリ》の店に買いに行かせるといい」
なに? なんの、話なの? かじり貝?
え? あのただ人間に狩られて食べられて捨てられるだけの魔物? スライムだって、厄介者で弱小の、なんの価値もない魔物よ。
「そういえば、母が……申していました。呼び出しが出来ないと。なんでもクノーマス侯爵の直筆の紹介状をお持ちでないと商談もしくは店に客として来店する以外は面談すら難しいと」
「そうそう。作り手が 《ジュリ》以外では限られているそうだ、母も使いを出して買いに行かせていて、妹のデビュタントの特注品以外は注文したことはない。こちらの都合で彼女の創作時間を遮るのはよろしくないということだ。 それに前にギルドが揉め事を起こしてくれたせいでギルドを通しての交渉も難しくなってしまったらしいからそれを知っている貴族は皆ギルドをさぞ恨んでいるのではないか?」
「その話でしたら私も聞いておりますね。父も気にしていました」
「ははっ! ロディムの父上に睨まれたら僕だって怖い、余計に貴族はおとなしくなるな!」
「はあ、そうでしょうか?」
「お前だけだぞ? アストハルア公爵を怖がらない者は」
待って。
なんの、話をしているの?
当たり前のように交わされる会話のように聞こえるけれど、私には理解出来なくて。
何だか、気に入らない。
「とにかく、あそこの商品は母もお気に入りだし、僕の妹もヘアピンを毎日付けているぞ。ああ、ほら、シャーメインが付けているバレッタによく似ているものだ」
「では王女様のお手元に届きましたものも新作ですね? 私は昨日これが届きました、さっそく付けております」
殿下の視線がアクセサリーに向けられると候爵令嬢はたおやかな笑みを浮かべたわ。
「全く器用なものだ、それはゴーレムなんだろう?」
「はい、白土と呼んでおります。製菓用器具で絞り出してこのようにバラの形にしてあるそうです。着色も大変楽に出来るためこのように綺麗な形成、発色も可能なのだとか。ただ、白土は重いので大きい物には向かないそうですが、小さいものならアクセサリーにも応用出来るそうです」
「全く驚かされるよ、これらが全部スライムやかじり貝、ゴーレムといった今まで捨てられてきた物で出来ているんだから」
そう。
気に入らない。
このシャーメインが持っているアクセサリー。
全てが注目の的。
入学当初から。
気に入らない、気に入らないのよ。
「ご歓談の席に失礼いたします」
私は、いてもたってもいられず。
「ああ、フィオールか」
「ごきげんよう、ディラート様、ロディム様。失礼を承知で参りました、何やら楽しそうなお話しをされていたようで。ぜひお聞かせ願えませんか? スライムやら、かじり貝やら、なぜあのような弱小のただ厄介な廃棄物となる魔物の話をなさっているのか」
侯爵令嬢はただニコニコしているが、突然、ロディム様の雰囲気が変わった。
「フィオール嬢、君は……知らないのか」
「え?」
「……【彼方からの使い】がクノーマス侯爵領で保護され今店を開いているんだが」
「店、ですか」
【彼方からの使い】が店?
それだけ?
「本当に、知らないのか!」
ロディム様の驚きの直後のディラート様の言葉に、私は衝撃を受け体がこわばった。
「そういえば、フィオールの父は 《ジュリ》に会ったことがあると聞いているぞ? だが全てシャーメインの父クノーマス侯爵に一任することになったそうだ」
なに、それ。
知らないわ。
「殿下、そのお話は……」
ロディム様が少し躊躇いがちに呟いたわ。
「僕はそう聞いている。《ジュリ》には【スキル】【称号】がないんだ、ただロディムも知っての通り【技術と知識】があってな、その証拠がこの僕のお気に入りやシャーメインのバレッタだ。ものつくりに優れた才能を発揮するだけでなく素材を見出す能力が極めて高くて今後も期待される人物だ」
どういうこと?!
「フィオールは本当に知らないのか?」
無邪気さの残るその質問。
私は、ただ無理やり笑顔で答えるしかない。
「申し訳ございません、私のところにはその話は」
「そうか、なにか理由があるのかな?」
屈託のない笑顔は、直ぐ様殿下ご自身のブローチで揺れる青い石に向けられた。
「フィオール様、知らされていないのは本当でしたのね」
「ご友人の方々もその辺りは気を配って話題にされていないことは知っていたけれど……」
モヤモヤした気持ちで、私は次の講義を受ける気にならなくて、書庫でただじっと、ぼうっとしていたとき。
ひそひそ聞こえてきた会話に私の名前。
「今日のご様子だと、ご家族からも隠されていたように思うわ、フィオール様にその話題を出すな、ということなら今日のような会話にはならないわよね?」
「ええ、私もそう思うわ。でも、仕方ないのかもしれないわ」
なんの話よ。
「だって、フィオール様のお父様、公爵様が【彼方からの使い】をシャーメイン様のお父様に押し付けたんでしょう?」
え?
「ええ、私の父の話では、【スキル】【称号】がないと聞いただけで【彼方からの使い】と会話もろくにせずお帰りになられたとか。その時同行した神官様が私の親戚なの。神官様はお話を聞きたかったそうだけど、まさか公爵様を蔑ろにするわけにいかないでしょう? 一緒に帰ってくることになったそうよ」
「それでその後発覚したのでしょ? ものつくりに特化した力を持っているらしいって」
「ええ、しかも【変革】もお持ちのようよ? その辺の情報は錯綜してるようだけど、間違いなく今侯爵領はめざましい発展を始めたとか」
「その話は私もお母様から手紙で。隣国からの入国がクノーマス領の港で激増しているんですって。ククマットに行かずとも港でもククマット編みの他にも手に入るものがあるし、色々なものが売り出されているみたい。それはもう凄い賑わいなんだとか」
明るく弾む声が耳障りに感じたわ。
「ふふっ、実はね、今度の長期休暇にお父様が 《ハンドメイド・ジュリ》に連れていって下さると約束して下さったの」
「まあっ!」
「好きなものを買ってくださるって。一度に五個まででしょう? 今情報を集めてどんなものが売っているのか調べて貰っているの」
「羨ましいわ。私の領地は西側、きっとお父様は許して下さらないわぁ」
「何日か滞在する予定なの、素敵なものを選んで来るからプレゼントさせてくださる?」
「ああ! 持つべきものは友ね!!」
「やっぱりフィン編みのレースかしら?」
「素敵よね! でも食べたくなるシリーズというのも凄く可愛いのよ? 叔父様から頂いたケーキの小物入れの美味しそうなこと! ずうっと見つめていて侍女に窘められた程よ」
「それを言うならランプシェードも可愛いのよ、色々なリザード種の鱗を使っているからカラフルで明かりを灯すとずっと眺めていたくなるの」
「あら、それなら私はノーマ・シリーズをお薦めするわ。子供のお人形遊びなんて言わせないわ、凄く精巧な作りの小さな家具やティーセット、いつまでも眺めていられるんだから」
「分かるわぁ、結婚して子供に恵まれて、女の子だったら絶対に揃えてあげたいものよね」
「でしょう?」
知らない。
知らないわ。
そんなの知らないわ!!
どうしてそんなに当たり前のように話しているの?!
そんなに、そんなに偉いというの?! 出来損ないの【彼方からの使い】だったのでしょ? お父様に見捨てられるような!! この私が、そんな女の話題のせいで腫れ物に触るような扱いを受けていたなんて……。
許しがたいわ。
お父様に手紙を書いたわ。今日知ったことについて。
返事は早かったわ。
『お前は関わらなくてよい』
ただそれだけ。
納得出来ず、お兄様にも手紙を出したの。
『子供の出る幕じゃないよ、静観しておくといい』
とだけ。
なぜ?! 私は公爵令嬢よ!!
お父様とお兄様からの手紙は、握りつぶしてゴミ箱に棄てた。侍女が慌ててそれを拾い丁寧にシワを伸ばしている。
「ねぇ」
「はい」
「お父様にドレスを買うからお金がほしいと連絡してちょうだい」
「え? ドレスでしたら先日十着ほど仕立て屋を呼んで手配を」
「気に入らなかったから買い直すとでも言えばお父様なら手配をしてくれるわ」
「しかし」
「いいからやってちょうだい」
「かしこまりました」
「それでね、送金されてきたお金で魔導師を雇ってちょうだい」
「魔導師を、ですか?」
「転移が出来る魔導師よ。クノーマス領とここ王都を往復出来る者がいいわ」
「お、お嬢様、それは旦那様にお伺いをたててから」
「いいのよ! 《ハンドメイド・ジュリ》でお買い物するだけよ。お店の物を全部買うと言えば店主も喜ぶでしょ? 何も問題にならないわ」
「……確かに、お嬢様が、公爵家ご令嬢が買い占めとなればお店の格は上がります、ね」
「でしょう? クノーマス侯爵令嬢なんて毎月数個しか買わないようだわ、なるべく見栄えのするものを厳選してもらってそれしか用意できないような店よ。私がもっと良い店になる提案をしてあげるのよ、喜ばれるわ」
初登場で可哀想な役回りで申し訳ない、フィオールさん。
彼女程の立場になると、一人が気を遣うと皆が同じように気を遣うんじゃないかと。憶測が憶測を呼んで周囲が勝手に箝口令を布いちゃう感じでしょうか。




