16 * ライアス、語る。
前話の続きになっています。
ライアスの語り、ようやく出せました。そしてちょっと文字数多めです。
息子たち家族が帰って来た。別の侯爵領に居をかまえるこいつらがジュリと会うのは初めてだ。
馬車を降りた孫たちと、初めて合う一番小さい孫に俺とフィンが緩む頬のまま頭を手で撫で回したり会話しているんだが。息子たちとその嫁たちが立ち尽くしている。
まあ、仕方ねぇ。
長閑なのは変わりねぇが、増えたからな。
新築の建物。
道が市場より細いのも変わりねぇが、綺麗になったからな。
整備された石畳。
変わったからな、色々。
「じいちゃん」
「なんだ?」
「道綺麗だね。家も増えてる」
一番年上の、ウィッドの息子ウノスが目をキョロキョロさせて驚いている。下の子達はそこまでではないがそれでも変化はしっかり感じ取っているようだ。
この約三年でククマットは激変した。
土地開発なんてまだまだ計画されていて、先日第一回目の整備が完了した新区画だけでもククマットの市場とその周辺と同じ広さだっていうのに、十年計画とかであと三ヶ所、新区画が出来るっていうんだからな。
そもそも、今ククマットは異常な人手不足だ。
「これは好景気っていうのよ!」
とジュリが言っていたな。色んな分野に手を出しているから、それだけ仕事を受注する先も多い。ジュリからの仕事の依頼が増えたことで手が回らずトミレア地区に回せる仕事を依頼している工房もある。いや、それでも足りねぇんだけどな。
それくらい、仕事が増えた。それに伴って侯爵家がククマット全体の整備や修繕、改築をいま全力でやってくれている。そして個人でグレイセル様やローツ様も投資という形でククマットの整備に力を入れてくれている。微力ながら俺たちもな。
なので、『ここどこ?』と数年ぶりに訪れるやつらは言うんだ。例外なく。
「「ククマットじゃねぇ」」
ククマットだよ、バカ息子どもが。
一際大きく存在感がある 《レースのフィン》は今春から秋までの長期休業中だが、二階やすぐとなりの別館である休憩施設の二階は賑やかだ。……いや、うるせぇ。
そのすぐそばにはデカい馬車が四台停められる屋根付きの建物。そしてそれを引く馬を休ませるための放牧場と厩舎。さらには御者も休めるようにと馬車を格納できるその建物から直接出入り出来る二人暮らしなら十分住めそうな休憩所も最近出来た。
今までは夜になると真っ暗闇に包まれていた市場とこの区画を繋ぐ道も立派な街灯がいくつも設置され、上質な魔石を使ったランプがぶら下がり、足元は石畳。
「道整備されるといいよねぇ」
「わかった、やろう」
「わー! グレイ太っ腹! 大好き!!」
ジュリとグレイセル様のこの会話で本当に整備が始まった時には唖然としたが。
そして。
「家、増えてる」
次男が顔をひきつらせた。ああ、そういえば言ってなかったか?
「ああ、お前らの部屋はジュリの部屋と専用の作業部屋になったからな。足りねえと思って建てた」
「はっ?!」
「台所なんかはねえぞ、本当に寝る部屋二室と手洗いと、物置だけだな。飯や風呂はいままで通り家のを使えばいいだろう、廊下を繋いだから雨風当たらずに移動できるし大丈夫だろ」
さっそく孫たちは新築の木の香りが漂うその家に走って行く。
大人四人は固まったままだな、適応力がねぇな。
「初めまして、ジュリです」
そしてまた固まってるぞ。なんなんだお前たちは。孫たちを見ろ! ちゃんと挨拶出来てるじゃねぇか! 親が手本見せねぇで何やってる!
「いや、親父、それより」
「なんでうちにグレイセル様がいるんだよ?!」
「あ? ジュリの婚約者だからな、いつも一緒にいるからよくうちにも来るんだよ。それがどうした」
「え、お義父さん? ……貴族様のご子息ですけど?」
「ソフィアの言う通りですよ、普通、この状況に驚きます」
義理の娘二人が泣きそうな顔しやがった。グレイセル様が気を遣ってるじゃねぇか、シャキッとしろ。
ん? ……そういえばそうだな、貴族がいるって普通はありえねぇな。すまん、慣れって恐いな。しょっちゅう四人で普通に飯食って酒飲んでるとか言えねぇな。
まあ、このガチガチの四人も直ぐにそれどころじゃなくなった。
ジュリがわざわざこいつらのために用意してくれてたんだ。
侯爵家との繋がりを強めるきっかけになったコースターから始まって、最近人気の神様お守りキーホルダーまで、一家に大きめ荷箱二つ分ずつ。俺とフィンで時々送ってるからいらねえって言ったのになぁ。
「ハーバリウム! あっ、ベルト! 何これ、見たことないバッグ!」
「やだぁぁ、もうっ! 好き! イヤリングにブレスレット! 何個入ってるのぉ?! ああっ、レターセットもあるぅ!」
「うおおっ! ブックバンドだ!! カフスもある!」
「ヤバイ、ヤバイ、このランタンメチャクチャいいっ! はうっ?! ウェストポーチ格好いい!」
うるせぇな。お前らグレイセル様いても平気じゃねえか。
「あの、ジュリさんいますか?!」
すっかり打ち解けてグレイセル様も一緒に賑やかに会話をしていると、珍しく日が暮れ闇が広がり始めた時間に人が訪ねて来た。
「あれ、キリックさんどしたの」
「ありがとう」
「え?」
「俺、俺っ、こんなっ」
「え、ちょっとなに?!」
「こんな、手が、こんなだからっ、彼女に結婚式させらんねぇって、ずっと諦め、ててっ」
「……ああ、手袋、受け取ってくれた?」
冒険者のキリックがジュリの顔を見るなり前屈みになり、両手でジュリの腕を掴んで泣き出した。俺たちがポカンとするなか、ジュリが笑いグレイセル様も穏やかに二人を見つめる。
「今日渡せるか分からなかったから店に預けてたのよ、ククマットに来ると必ず工房に顔だしてくれるでしょ、キリックさんに一番に渡したかったから良かったわ」
「キリック」
グレイセル様が声をかけると、キリックはガバ! と体を起こす。
「手が私と同じ位だと思ってサイズは私に合わせてあるんだが、大丈夫か?」
「はい、はいっ、大丈夫ですっ、凄く、ピッタリです!」
「それならお前の肌が目立たず、けれど指先が出ているから日常の細かな動作も妨げない。お前だけじゃなく負傷した手を人に見せたがらない者は多い、そういう者たちが少しでも人の目を気にしなくて済む物をジュリが作った。特別扱いしたわけではないから、気兼ねなく使えばいい」
「そうだよぉ、もちろんきっかけはキリックさんだけど。タダであげるのは今回だけだしね! 使ってみたその感想を期待してるんだから」
子供みたいに泣くキリックが、何度も何度も頷いていた。
元々指部分のない手袋はあったが、それは革製のゴツいものだけだった。
指なし手袋を愛用している奴らはそれなりにいるが、どうしても丈夫なものが求められる。
そもそも手袋は防寒、貴族の嗜みのもの。指先の部分がない手袋はあまり必要とされて来なかった。
だから冒険者や肉体労働をする男たちがアレンジして自分で切って使うようになったせいで、使う奴らも限定されちまったんだろう。
丈夫なものは大概分厚くて、直ぐに蒸れる。とてもじゃないがずっと着けていられるものじゃねぇんだ。俺も冬場の寒い時には使っている。指先部分がなくても手袋をしているかしていないかで冷えに雲泥の差が出るからな。
そしてキリックのように変形するほど負傷した奴らもよく手袋をしている。その見た目で恐がられたり不気味がられるからだ。
ジュリがそれを聞いて。
「じゃあ作ればいいのにね、普段使える指なし手袋。なんで今までなかったんだろ?」
といつものようにサラッと言った。それに反応したのがこちらもいつものようにグレイセル様だ。
「貴族の嗜み以外の手袋は機能性が重要視されている。特に危険な作業を生業にする者たちが手袋をよくするからどうしても耐久性も兼ねて厚ぼったい丈夫なものが多くなる」
「……普段使いの指なしも売れそうだけどねぇ。キリックさんみたいに気にしすぎて『彼女に恥をかかせる』とか言う人が多そう」
「まあ、少なくはないだろう。『可哀想』という視線も嫌だろうしな」
「……グレイの名前で売り出してみない?」
「指なし手袋、普段使いだな?」
「そう。ほら、グレイとローツさん未だに男性小物のお店諦めてないでしょ? 」
「ははは! そうだな、虎視眈々とジュリに掛け合うタイミングを見計らっているな」
「そのうちね。でも、その時のためにも男性小物として手袋はありだよね」
そんな会話から生まれたのが、指なし手袋の、男物で普段使いのものだ。
革と布の合わせ技だ。指の付け根や手の甲などに一部布を使い通気性を確保して、他の部分は薄くて丈夫な革にしそれなりの耐久性も持たせた。細かな縫い合わせと薄くて丈夫な革を使ったせいで良くあるゴツい指なし手袋の八倍の値段になったが、指の動きがスムーズになり蒸れにくくなり物を掴んだ時の感覚が格段に感じられるようになった。
高価な手袋だ。
けどな、それ一組で人の目を気にせず普段誰とでも握手をしたり物を差し出したりがしやすくなる。気持ちに余裕が出る。
「結婚式で自分と腕を組んだ彼女さんを想像して怖くなったって言ってたからね。せっかくのお祝いに自分の手をみて『可哀想』って言葉が出てくるのが嫌だって。祝って欲しいのに自分に憐れみの目を向けられるのは嫌だって。それをみて、彼女さんが無理して笑って大丈夫って言うだろうってキリックさんの中で確定しちゃってて。それがなんかイライラしちゃって!」
あはは! と笑い声を上げたジュリは驚きっぱなしの息子たちに話を続ける。
「それこそ被害妄想ってやつよね。キリックさんの被害妄想で結婚式あげられない彼女は被害者じゃないの?! って。ま、私はキリックさんの彼女の味方をしただけ、そして売れそうなものは売るだけ。女として商売人としていいとこ取りさせてもらったわ」
息子二人は、何を思ったんだろうな。
ジュリの当然のように、何でもないことのように『想像もつかなかった考え方』を語る姿に、どう答えていいのか分からない、そんな顔をした。
いい経験をしたじゃねぇか。
この長閑な農業地区を出て、他の領地でいい仕事に就いて、幸せな家庭を持って、人より恵まれてる、なんて自惚れてただろ。世界が広がって俺は成功したんだと自惚れてただろ。
お前たちはな、まだまだヒヨッコだ。
世界が広いってのは、目の前のその女ぐらいのことをやって初めて言えるんだよ。それでも言わねえけどな、その女は。
打算と人情、そのバランスが絶妙だと以前エイジェリン様が仰っていた。
「あれが善意だけの言動だったら今やっていることに反対する勢力はかなり多かっただろうね」
と。
「だがジュリは必ずそこに打算がある。利益から生まれる幸福も見逃さない。人のほとんどが心のゆとりだけでなく金銭のゆとりも欲していることを十分理解しているんだよ、人の貪欲さを理解している。だから皆が付いていくし信頼するんだ、綺麗な部分も汚い部分も持っていることを隠さずそれを率先して見せてくれるから」
なるほど、と納得した。
「欲しかったら次からは買ってね、よろしく」
サラッと息子たちに告げて笑うジュリ。息子たちは貰ったものに夢中で『ああ』とか『わかってる』と返すだけだ。グレイセル様がそんなやり取りをみて口元を隠しフッと笑った。口約束だしなんとも緩い会話だが間違いなく言質を取ったわけだ。グレイセル様がいる前でこの会話をするあたりがジュリのいやらしいところだ。これで息子たちはジュリに立場を利用して甘えておねだり出来なくなったからな。ははは、バカ息子ども、俺も今後は送らねぇぞ、買って売上貢献しやがれ。
フィンが黙ってニヤニヤしてやがる。
どうした。
「……ジュリとグレイセル様に転がされてるなぁと思わないかい?」
ああなんだ、そんなことか。
「今も会話を誘導されてアイツらが住む領の内情を上手く聞き出されてるぞ」
「何を聞き出されてるんだい?」
「金属の相場とかな。アイツらがいるところは金属加工の工房が多い地区だろ、新規開拓とか言ってたからその参考にするんじゃねえか?」
「あー、あの子達領主様の所で金勘定する仕事してるからね、そのへん知ってるからね。喋っていい情報なの?」
「知るか。誘導されて喋るほうが悪い。グレイセル様なら最近得た【スキル】なんて使わんでもあの二人相手なら喋らせる会話が出来ることくらい知っておけって話だ、警戒しねぇのが悪い」
肩を震わせ、フィンが笑う。
たった三年だ。
三年で国どころか大陸中がその動向に注目している人物にのし上がったのがジュリだ。
それを見落とす奴、デマだと信じない奴はその時点で出遅れてる、もうジュリの隣に並び立つどころか後ろに付いていくことも出来なくなる。もちろん、バカ息子二人のように上手く丸め込まれてる奴もだな。我が息子ながら呆れる。
「トルファ侯爵かぁ。穏健派、つまりアストハルア公爵様の派閥だよね?」
「クセのある方だぞ、アストハルア公爵家を介さない限りは直接の交渉はオススメしない」
「グレイにクセのある人って言われるの、珍しいわね?」
「他人の揉め事を楽しむお方だ」
「あー、それはヤバイ。公爵様にそのうち相談だわ。ちょっと交渉は保留にして情報収集だけだね」
ほら見ろ、ジュリは聞き出した情報からその侯爵領の金属加工の工房と価格交渉しようかと思えるいい情報を得てるらしいぞ。その情報の出処がバレるかどうかなんて俺には関係ねぇが、まあ、せいぜい戻った後にジュリが動いても『俺らのせい?』と顔を青くするハメにならなきゃいいな。
数日の滞在だ。
またこれで孫たちとしばらく会えねぇんだなぁ。
「金は俺が出す、父ちゃんはいらねぇからお前たち母ちゃんとたまに帰って来い」
孫たちはそれを聞いて喜び、義理の娘たちも『分かりました』と笑顔で快諾。
「なんで俺らはいらねぇんだよ」
「お前らには仕事があるだろう、だから別に帰って来なくていいんだよ」
「部屋も狭くなるしね」
フィンまでそんなことを言ったもんだからここから口喧嘩。
「二度と帰って来てやらねぇぞ!!」
「くたばれ親父!!」
ん? 前回もこんな感じで見送ったな。
まあ、息子なんてこんなものか。
「ジュリさん」
「ん?」
「子供たちが大人になって独立したら、私ククマットに移住するから 《ハンドメイド・ジュリ》か 《レースのフィン》で雇ってよ」
「あ、私も!!」
義理の娘たちの発言に、バカ息子たちはぎょっとしたが、ジュリは気の抜けるようなあっけらかんとした笑顔で。
「うんいいよぉ」
と即答した。
冒険者たちの護衛で守られた馬車が遠ざかって行く。
……移住するしないで大揉めの大人たちの声がしばらく聞こえていたのには正直呆れたが。
「案外締まりのない見送りだったね?」
「息子なんてこんなもんだろ」
「二人共ライアスに似てたね」
「昔はフィンに似てたぞ」
「声がそっくりだったな」
グレイセル様の一言にフィンとジュリが吹き出した。
「ホント!『うるせえ』とか全く一緒だったよね!? そっくりだった!!」
「歳を重ねるごとに似てきてるからあたしも笑っちゃうんだよ」
仕方ねぇだろ、息子なんだからよ。
「ジュリと会わせられてよかったよ」
不意にグレイセル様が穏やかにそう呟いた。
「私と結婚した後では、ここまで距離を縮められなかっただろうから」
「グレイセル様が気を使う事じゃないですよ。それにアイツらは図々しいとこがありますからね、結婚してたとしてもジュリに対して気後れすることなんてないでしょうよ」
「そうかな?」
「俺の息子ですよ、ジュリを受け入れないようなアホを育てた覚えはこれっぽっちもありません」
「なるほど」
「お調子者の馬鹿ですがね」
「そこも似たのかな?」
「あいつらの個性でしょう」
息子たちの帰郷は、次はいつになるのやら。
なにはともあれ、ジュリとの顔合わせが済んだ。
『この世界の父親』としてジュリにしてやれること、してやりたいことを一つ、消化できて割とスッキリした気持ちになった。
さり気なく新作の指先なし手袋出てきましたが、まだまだ男性小物専門店を出す気がないジュリとグレイセルの攻防戦がこのお話の裏で行われてる気がします。
ライアスがジュリのことをどう思っているのか、何となくお分かり頂けましたでしょうか? もっと掘り下げてもいいかな、とは頭を過ぎったのですが今回は曖昧な感じにしてみました。




